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悪役令嬢の姉  作者: 鵠居士
遺された者達
10/15

民の上に立つ人間が弱いなど許されず

それまでの強気で、堂々と輝きを放っていた姿から、表情から雰囲気までも一変させた、ライナ。顔を背けたままアルスに伝言を頼む姿からは、悲しみや寂しさなど気落ちした様子や、愁傷な雰囲気が感じ取れ、これまでの言葉や雰囲気をまじまじと観ていたアルスも、これを無下に断ることは出来ないと思った。

「絶対に伝えるね」

だからこそ、亡き母への伝言は確実に届けると、答えたのだ。


「ありがとう。これで憂いは一つ、無くなったわね」


すると、再びライナの表情や雰囲気は一変。

背けられて視線を合わしてはくれなかった顔が正面に、アルスやグレンをしっかりと目に収めるように戻り、にっこりとまた艶やかな笑みを讃えていた。


「あぁ、良かった。南の辺境まで足を向けなくてはいけないかしらと思っていた所だったのよ。あら、勘違いしないでよ。お姉様に、私の不備の為に巻き込んでしまって御迷惑をかけ、負わなくてもいい苦労を負わしてしまったことは、ちゃんと謝りたいとずっと思っていたことは本当なんだから。でもね、ほら、私って今や、おの王都の、いえ国で一番の人気者、売れっ子の女優なのよ。公演は殆ど休み無しに行っているし、客を飽きさせないように趣向を凝らして、様々なジャンルを織り交ぜて月に8本、日替わりで行っているでしょう?」


「いや、知らないし」

「まさか、それに全部出てるの?」


ていうか、国で一番の人気者とか、よく自分で言えるよね。


雰囲気のあまりの変わり映えと、息継ぎの合間さえも気づけない程の矢継ぎ早のライナの怒涛の言葉に、一瞬は唖然としグレンとアルス達だったが、問い掛けるように一瞬止まったライナの言葉の合間に、それに対するツッコミを入れることに何とか成功した。

先程の愁傷な雰囲気は嘘だったのか、女優というのだから演技だったのか、と本気で思ってしまうような変わり映えだったが、こちらのライナの方が彼女らしいとホッと安堵する気持ちも、胸の奥深くに二人共感じていた。


「まぁ、知らないですって?お前達、王都に来てどれだけ経つと思って。グレンに至っては、二年も居るのでしょう!?それで、どうして、この劇場の話を耳に入れないことが出来るのよ!お前、まさか私の甥だというのに、学校で友達もいないの?まさか、家に引き篭もっていたなんて馬鹿な事をしていたなんて言わないわよね!?」


「失礼な。ちゃんと友達も居るし、友達とまではいかないけど学園外にも知り合いはたくさん居るし、家に篭ってたりしないよ!ダルーシアン劇場とか言う前に、こういう娯楽系に興味が無かっただけ!」


「「その友達って、女?男?」」


グレンの反論に、なんだか血の繋がりを感じる息の合った、ぴったりと声と言葉が重なる、確認が戻った。


「…流石に学園だと女生徒が多いけど、気の合う男友達も何人か居る」


「…あら、やだ。お前、学園内で女の敵を何人も作っているでしょう?苛めはちゃんと、それ相応の反撃をしないと頭に乗られてしまうわよ?」

「えっ、何それ。学園って、そんな所なの?」

アルスとライナ、従弟と叔母からの確認に数回瞬きして唖然とした思いを落ち着かせたグレンは、答える義務は無いというのに、素直に答えを返した。

すると、今度はニヤニヤという性根の知れる意地の悪い笑みを作り上げたライナが面白がった発言をし、学園に入学したばかりで、まだまだその生活や同級生などとの交友を築き上げれていないアルスが食いついた。

一応、アルスのその容姿が大人達に知られる前、その整った容姿に釣られて話しかけてくる女生徒、辺境伯の養い子という立場に興味を示した生徒達が学年に関わらずアルスへと話しかけてきていた。その容姿やその背景が警戒すべきだと、親などに指示された生徒達はアルスに興味を示しながらも、不用な事で話しかけたり、近づいたりしないようになったが、少数だかそんな事を気に止めなかった貴族階級の生徒や、平民出の生徒達が傍に残り、友人のような存在になり始めている。アルスは今、学園でそんな状況にあった。その友人の中には女生徒も居て、ライナのその言葉はアルスの興味をしっかりと引いたのだ。

「無駄に母親に似て、見た目だけならまだ美少女って言えるわ。もしも、その男友達という者達に恋心でも抱いている女が居ると、考えてみなさいな。しかも、元は男だからこそ深くも考えずに、傍から見ると馴れ馴れし過ぎるくらいにベタベタと接触する。そんな事は恥ずべきこと、下品だと教えられている普通の女生徒達から見たら、そんな男友達が何人か居る、あぁなんてふしだらな女なのかしらって事じゃない?」

「つまり、嫉妬?」

「女は何歳であろうと女なのよ。恋心を抱く相手にそんな女が近づいている。私が排除しなければと考える。そして始まるのが、ちまちまとした、しつこく、鬱陶しい苛めが始めるのよ。嫌悪、妬み、不快感、不愉快さ、そして憧れまでも、女にとっては攻撃の要因と原動力になるのよ」

「経験者は語る?」

持ち物を隠す、陰口を叩くから始まって、と段々と発展していく流れや苛めの内容などを詳細に語っていくライナに、アルスがぽつりと鋭い指摘をしてみせた。

「言っておくけど。私は王太子になんか、恋心なんて抱いていた訳じゃないわよ?私は、貴族の矜持と分別、幼い頃より自分に課していた"王妃"という役割を護る為に、何も分かっていないあの女を排除しようとしただけ。勿論、おの女へ嫉妬心を募らせていた女生徒達の想いは利用させて貰ってけれど、私自身にそんな感情は無かったわ」


「あっ、それって今日観た劇の中でもあった場面だね。叔母さん役の女の人が、とっても禍々しい感じがして怖かったけど、良かったよ」

ライナとはまた違う美しさを持つ女優が、舞台に漂った煙や薄明かり、音楽の効果にも負けないくらいの怪しさを強烈に放ち、嫉妬に心を震わせている女生徒を唆す場面が、アルスは思い出した。

「あら、ありがとう。あの場面には力が入ったわ。あの子はあぁいう役がとっても得意でね。本人も好んで、あぁいう役をやりたがるの。不義を働いた男を恐怖のどん底に追い詰めて殺す狂女、とかね。乳兄弟として私と一緒に育った子だから、私役も指導なんて必要なくしっかり演じてくれるのよ」

ファンも私の次に多いのよ、とライナは誇らしげに笑う。

「へぇ、面白そう。その演目って、今やってるの?」

「えぇ、明々後日の公演よ」

来るのなら良い席を取っておいてあげましょうか?

そこまで言って、ハッとライナは元々の話題というものを思い出した。

「そうそう。話を最初に戻すけれど、このダルーシアン劇場は毎日違う演目で客を楽しませ、飽きさせないようにしているの。純愛ものから恐怖もの、英雄もの。お姉様の元へ謝罪に訪れようにも、辺境まで行く時間の余裕は無いのよ。劇場の顔たる私が欠けては、折角足を運んだ客達が可哀想でしょう?そういう意味で、お前に伝言を頼めて良かったという話よ」

「まぁ、辺境伯領まで行くとしたら、随分と掛かりますしね」

「そうでしょう?」


というか、来られても困る。


色々な理由があるからこそという理由もあるのだが、あまりにも強烈なこの叔母という存在が辺境伯領に訪れたなら、と想像すると頭が痛いという理由も大きく、アルスはそう思い、ライナの判断に大きく頷いて同意を示した。


「あぁ、本当に良かった。心の閊えが一つ取れて、仕事にもより身が入るというものだわ」


にっこりと上機嫌に笑うライナは、そう言うとパチンと指を鳴らした。

「終わりましたんで、姐さん?」

「えぇ、表通りまで送ってあげて」

すると部屋の外に出ていた先程の男達が再び顔を見せ、今度は簀巻きすることなく、ひょいとアルスとグレンの二人を肩に担ぎ上げた。

「人目につかないように頼むわよ」

「お任せくだせぇ」


「何、その犯罪っぽい会話!」

肩に担ぎ上げられたグレンから抗議の声が飛ぶ。

すると、ライナはそれを鼻で笑い返し、男達までもガハハッと豪快な笑い声を上げた。

「話を聞いていなかったの?この劇場の裏口から出てきたなんて人に見られたら、お前どうなるのか想像もつかない?」

「大人しく運ばれた方が身の為だぜ、坊主達。この劇場の役者に近づこうと、気持ち悪ぃくらいにしつこい奴ってぇのが少なくない数で、本当に居るンだからな」

「これらは見た目はこうだけど、こういうことが得意なの。任せていたら、安心よ」

「こそこそ、人知れずに動くのは得意だからよ。安心して、任せてな。」


全く安心出来ないのは、男の荒くれ者のような見てくれのせいだろうか。

この見た目で、こそこそだの、人知れず、なんて言葉は怪しくて、命の危険を感じてしまう。


「アルス。明々後日に本当に観に来るのなら、これを入り口で見せなさい。良い席に案内するように、指示しておくわ」

さらさらと紙にペンを走らせたライナはそれを、肩に担がれたことでぶらつかせていたアルスの手に持たせた。

「あぁ、ただし。中での飲み食いは自分で払いなさいよ?」

「ありがとう。…えっと、それじゃあ、また?」

「えぇ、さようなら。次来たら、そうね他の役者達を紹介してあげるわ」

公演を観に来ていいという事は、これで会うのは最期なんてことは無いだろうとは思ったものの、恐る恐る口にした"また"という言葉に"次"という言葉が返ってきたことが、アルスもグレンも、少しだけ嬉しかった。

親から離れ王都に来た二人にとって、とっくの昔に消えたと思っていた親族が居るということは、確かに心強いものだった。

「今日は対して持て成せなくて悪かったわね。この後、大口の金蔓に会ってあげる予定があるのよ」

フフフッと笑うその姿は優雅で気品のあるものだったが、その言葉がすっかりと俗っぽいもので、二人は再び、本当に王太子妃になる筈だった人なのか、と口には出さずに思ったのだった。

「金蔓って」

「叔母さん…」

「ちゃんと、人目がある時はパトロンとか支援者、理解者って言葉で持ち上げているわね」

ほほほ。悪びれもなく言うライナに、アルス、グレンだけでなく、男達までも苦笑を浮かべている。その様子を見ると、この男達の前でも普段からライナは本性を隠してはいないという事が理解出来た。


「…やり過ぎて、また王家に目をつけられるような真似は止めなよ?」

「やるなら、僕達が王都に居ない時にしてね」


王都で人気の劇場を率いている、王太子と王太子妃を題材とした演目を公演している、など今でも十分に目立っているのだろうが、何もなくところを考えるとまだ大丈夫なのだろう。

だが、あまりにやり過ぎれば、取り締まられることになる。そうなれば、今度こそ無事では済まない。見逃しては貰えないだろう。

子供ながらにそう考えた二人だったが、折角の叔母を案じた言葉は、その叔母ライナ本人の高笑いによって掻き消されてしまった。


「ほっほほほほ!お前達は本当に可愛いわね。…今の皇太子あれはもう、節穴ではないわ。私が此処に居る事も、していることも、全て認知の上よ」


王族が運営する王立学園に通っているのなら何れ、会うこともあるだろう。

その時を楽しみにしているといい。

そんな謎の言葉を耳に残し、アルスとグレンは男達によって建物の外、薄暗い細道へと連れ出された。


「さてと、姐さんは表通りってたが、どっか行きたいところはあんのか?」


「あっ、じゃあ、ヒルト叔父さんがやってるっていうパン屋に」


ライナの言葉は謎で気になるものだったが、考えても分からない上、何れと言われたのだ。なら、その時を待てばいい。

なら男に丁度話しかけられた事で思い浮かんだのは、ライナに教えて貰った、叔父達のこと。

まずはお腹も空いたし、ヒルトが商いをしているというパン屋。

ライナが劇場でも売っていたと言ったが、実は二人共、劇場内で行列が出来て売られていたそれを口にしていた。人気なのが分かる美味しいパンだったが、それが彼らも知る問題児の片割れ、ヒルトが作ったと言われると驚き、信じられなかった。

ライナにも行ってみればと言われたのだ、行って確かめ、味を確かめないとという不要な使命感さえ、アルスとグレンの中には芽生えていた。






「それなりに大きい店だな」

「うん、しかも、ちゃんとお客さんがいるよ」

表通りまで後数歩、という所でアルスとグレンは解放された。

薄暗い横道から出ることなく男達は来た道を帰って行き、二人の好奇心を隠せない視線の先には表通りの太い道を挟んで向かい側で、ひっきりなしに人が出入りしているという賑わいを見せるパン屋がある。

人混みをすいすいと抜けて、通りを横切り、二人はワクワクドキドキという心音を耳にしながら、良い匂いの立ち込めるパン屋へと足を踏み入れた。


店内には客が数人。見ただけで美味しさが伝わってくる、多くの種類や大きさのパンが並び、店員である女性は、あれやこれやと客達に言われたパンをトレーに乗せていく。


忙しそうだな。いないな、ヒルト叔父さん。あっあれ買おうかな。

二人が入り口近くで店内を見回し、そんなことを考えていると、アルスとグレンの目当ての人は店員の女性達の後ろ、店の奥から現れた。

ほかほかとまだ湯気のあがっているパンが乗ったトレーを手に、店に並べにきたのだと分かるその姿、顔は確かに記憶に残っている叔父ヒルトだった。あの頃よりも歳を重ねたという変化はあるものの、そう変わってはいなかった。

ただ、客に笑顔を振りまき、てきぱきと動いているその姿は、昔の彼からは想像もつかないもので、二人の感じた違和感は大きい。


パンを並べ終わり、美味しいよぉ~と言いながら客達に愛想を振りまくヒルトが顔を挙げ、店内を見回した。


くるりと店内を一巡しようとしたその視線がアルスとグレンに向けられると、ヒルトは目を大きく見開き、ぱくぱくと口を開閉させた。


そして、店員も客達も驚かせることも構わず突然走り出し、グレンとアルトへと抱きついた。

「グレン!アルト!うわぁお!ひっさしぶり~!!!!」

人の目が多い場所ということで動きも口調も美少女たるよう努めるグレンに、まだ初々しさも見える子供のアルス。

店主がいきなり、涙を滲ませてこの二人を抱き締めた光景に、この場に居合わせることになった者達が何を思ったのか。

「話は耳にしてたけど、会いに来てくれるなんてっ!うわぁぁっ、めっちゃ嬉しい!!」


「お母さんっ!お父さんがお客の美少女を抱き締めてる!!」


ぎゅうぎゅうと抱き締めてくる叔父ヒルトの背を叩き、息苦しいから離してくれと必死に伝えようとした。

だが、ヒルトはそんな事は意にもかけず、ますますぎゅっと抱き締め続ける。

そんな中で、彼らを救ってくれたのは、二人居る店員の片方、三角に折った布を頭に置いて縛っている少女だった。

ヒルトがパンを手に出て来た店の奥へと叫ぶ。

その効果は絶大で、ヒルトはあっさりと二人を抱き締める手を離し、二人を解放したし。店の奥からはドスドスと恐怖を何故か煽る足音が聞こえてきた。


「あんた!!浮気したら即、家から追い出すって言ったでしょう!!!しかも客に迷惑かけるなんぞ、拳一つで足りるなんて、思っちゃいないだろうね!」


「誤解だよ、ノエルっ!浮気なんて、愛する君が居るのにする訳ないじゃないか!」

「どうだか、このすけこまし!」


店の奥から荒々しく出てきた女から、その手に握られていた太い麺棒がヒルトに向かって投げつけられた。



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