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東方桃幻郷 ~ Utopia of Sweetness.  作者: トロ
前章 花は盛りに、月は隈なき
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第6話 幻想の夏 ー紅霧の館ー

 紅魔館。




 妖怪の山と鬼ヶ岳の、両山の麓にある紅い洋館で、周囲には常に霧が立ち込めている。


 これは、館に隣接する霧の湖から発生しているものである。


 霧の湖は、館の周囲を囲むように位置する、幻想郷の中でも特に大きな湖で、妖精を中心とした妖怪たちが多く集まる場所である。




 「今日も霧が濃いわね...」


 紅魔館の窓越しに、そう呟く少女がいた。


 レミリア・スカーレット。吸血鬼にして、この館の当主である。


 年齢は五百歳を超え、吸血鬼にすればまだまだ子供のようであるが、短命な人間からすればかなりの年長者であり、幻想郷の妖怪の中では強大な力を誇っている。


 しかし、吸血鬼にはそのぶん弱点も多い。


 その中でも、彼らにとって最大の致命傷となるのが、日光である。


 とりわけ、今年のような酷暑となると、当然日差しも強くなってしまい、吸血鬼にとっては迷惑極まりない環境である。


 しかし同時に、今年は霧の湖の霧が濃い年でもあった。


 普段は濃いときでも、紅魔館の上階から湖の水面が見えるくらいには見通しが良いのだが、今年はその比ではない濃さのため、湖の水面どころか、もはや地面さえ見えにくいほどである。


 「そうね、パチェが昼夜の寒暖差がどうのこうのって言ってたけど...。

  まあ、いいわ。 私たちにとっては好都合だもの」


 そう言って、レミリアは視線を再び湖に向けた。


 視線の先には、湖の水面を撫でながら、ゆっくりと大きく流れていく霧の姿があった。


 豊かな水をたたえる湖。幻想的な風景を形作る濃霧。霧の狭間からうっすらと差し込む日差し。


 全てが静かで、そして美しい情景であった......かのように思われた。




 「やーい! ただの魚のくせに生意気だー!!!」


 「チルノちゃん、イタズラしちゃだめだよ~!」




 「...ん? ああ...いつもの氷精(バカ)ね...。

  まったく、こんなに暑いっていうのに、妖精は元気でいいわね...」


 湖に蔓延る霧の流れを乱しながら、レミリアの眼下に二人の妖精が現れた。


 彼女たちのイタズラの標的にされているのは、霧の湖の人魚の妖怪である、わかさぎ姫である。


 「なん...ですって......?

  ただの...魚......?」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ......


 「チルノちゃん、怒ってるよ~!」


 「ふんっ、あたいに恐れをなして立ちすくんでいるだけよ!

  まったく、あたいったら最強ね!!!」


 「もう、知らないっ!」


 そう言って、大妖精が霧の彼方へと飛び去っていった。


 「ったく...。 喧嘩もほどほどにしなないよね...。

  ...ん? これって...」


 レミリアはふと、霧の湖を見渡してみた。


 霧が濃いのでよく分からなかったが、湖のところどころで霧の流れが掻き乱されており、甲高い歓声が聞こえてくる。


 「妖精、だらけ...?」




 ふと、部屋の奥からドアをノックする音が聞こえてきた。


 「...誰?」


 「私です。咲夜でございます」


 「ああ、咲夜ね...。

  どうぞ、入っていいわよ」


 レミリアがそう言うと、メイド服を身にまとった少女が入ってきた。


 十六夜咲夜。この紅魔館に住む唯一の人間で、メイド長である。


 「午後の紅茶を淹れに参りました」


 「そう、ありがとう」


 レミリアの言葉を聞き留めて、主人に微笑みかけた後、咲夜は真鍮の装飾が施された白い陶器のティーポットを手に取り、レミリアのティーカップに琥珀色の液体を注いだ。


 「今日は差し入れでスコーンもありますのよ。

  紅茶のお供にいかがでしょう?」


 「本当? じゃあ、遠慮なくいただくわね」


 そう言って、レミリアはスコーンが載った小皿を受け取り、カップに注がれた紅茶を一飲みした。


 「ふぅ...。

  やっぱり、ティータイムは大事にしないとね」


 「ふふっ、そうですね」





 「...ねえ、咲夜。

  ちょっと、これ見てくれる?」


 そう言って、レミリアは窓のほうを指さした。


 「はい? ...ああ、妖精のことですね」


 「咲夜は気づいてたの?」


 「ええ、買い物に行くときによく見かけるのですが。

  それにしても、最近数が多いような気はしますね...。

  美鈴も、館に入ろうとする妖精が増えて困っている、と言っていましたわ」


 「そうねぇ...。

  急にどうしたのかしら...?」


 「これは、私の単なる憶測に過ぎないのですが...。

  お嬢様、何か外から甘い香りがしてくるとはお思いになりません?」


 そう言われて、レミリアは窓に近づいた。


 「ああ...、確かにねぇ...。

  それがどうかしたの?」


 「この香りが元凶ではないかと思うのです」


 「要するにあなたは、この香りに妖精が集まっているといいたいの?」


 「それが一番妥当な仮説かと」


 「なるほどねぇ...」


 レミリアは少し考える間を空けてから、咲夜にこう言った。


 「...咲夜。 この香りの正体、突き止めてくれないかしら?

  こんなに妖精がたむろしていたんじゃあ、ゆっくりお茶もできないわ」




 「はい、仰せの通りに」

完全で瀟洒な従者

十六夜 咲夜

Izayoi Sakuya


種族:人間

能力:時間を操る程度の能力


 紅魔館で、メイドとして住み込みで働いている少女。

 瀟洒で手際のよい身のこなしで評判で、館の庶務は実質彼女がほぼ管理しているといっても過言ではない。

 主人のレミリアに対しては、世話のかかる娘のように愛情を寄せているが、心から忠誠を誓っていることも事実である。


 主人の命で、謎の甘い香りの正体を突き止めるために、調査へ向かうことに。

 ただし、咲夜は鬼ヶ岳が何たるかをまだ知らない。


 もちろん、その香りを辿っていった先に、幻想郷の異変の元凶が隠されていることも。

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