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八、祓魔の歌姫と狼の円舞6

 目を覚ました少女、シセリアは一瞬わけがわからず怯えた様に飛び起きてそのまま寝台の奥へ後退りした。

「目が覚めましたのね?」

「こ、こ」

 そこにはもう猟師の顔はない。ただ、心細さと恐怖に怯える少女がいるだけだ。

「くふ。だぁいぶ、まいっているみたいだねぇ」

 レルトから視線をずらして布の塊を見たシセリアはびくっと引きつったように顔を歪めて小さく身体を縮こまらせる。どうやら物凄く怖がられているようだ。

「……うん。そこまでぇ、怖がられるとぉ、傷ついちゃうかなぁん。―― 何もしてないのにぃ」

 その一言に、紫色の瞳が息の根を止められたように瞠られる。本当に、呼吸すら止まったようで。

「ちょっと! 過呼吸に陥ってる!」

「あらん。相当根深いぃ?」

 この有害物質が! と心の中だけでリラは布の塊を罵って、現実では銀の腕輪を嵌めた手で浅く早い呼吸を繰り返すシセリアの目を覆った。

 突然の暗闇に身体を硬直させたシセリアに、落ち着かせるように声を掛ける。

「大丈夫。大丈夫だから。『誰も君を傷つけない』よ」

 一瞬だけ高く硬質な音が響き、何かがパリンと割れる音がした。

 それを壁際で見ていたルゼとフェルゼは片眉を軽く跳ね上げる。

「ゆっくり、息を吸って。そう」

「……、……、……ぁ」

 呼吸が落ち着いてきた様子を見て、リラはシセリアの視界を解放した。

「大丈夫?」

「は、い」

 シセリアの紫の瞳に光が戻ったのを確認してから、リラは寝台から離れて振り向き様にまず布の塊に殴り掛かる。

「きゃー。リラさん怖ぁい。くふふ」

 そんな声を上げながら楽しそうに逃げる布の塊。むかつく。

「黙れこの不審者が!」

「ストーップ!」

「レーティの前でビオルさんに殴り掛からないで下さい」

「避けるな! 止めるな!」

 どうどう、と馬を宥める様にルゼが後ろからリラを羽交い絞めにし、フェルゼがさりげなく移動して寝台の側に立つレルトとまだ寝台に身体を起こしているのがやっとのようなシセリアの視界を遮った。

「あ、の」

 おずおずとしたシセリアの声にひとまずリラも布の塊を殴るのを後回しにしてそちらを見る。ルゼは大丈夫そうだと確認してからリラへの拘束を解く。

「大丈夫ですの?」

「気持ち悪いとか、あの不審者がいる以外で怖いとか動悸がするとか無い?」

「リラさん酷いよぉ」

「黙れ。布の不審者。今度やったらその素っ首、胴体から切り離してやる」

 リラが真剣マジそのものの目でそう言った。

「うふふ。怖い怖い。じゃあ、ちょぉっと席を外しておこうかなぁん」

 ビオルはそう言って部屋を出て行く。

「で。大丈夫?」

 再度確認するリラにシセリアは小さく頷いた。

「お手数お掛けして、申し訳ありません」

 小さな小さな声に、レルトが溜め息をついて靴を脱ぎ捨てると寝台の上にひょいと乗って、そのままシセリアの肩へ両手で抱きつく。

「え。あ、の」

「お馬鹿さんですの。言いましたでしょ。これからはレルトたちが一緒にいてあげますの。無理して大丈夫なんて、言うものじゃありませんことよ」

 レルトの言葉に黙ったシセリアの紫色の瞳には再び涙が浮かび始める。それを振り切るように、戒めるようにシセリアは頭を横に振って。

「……仕方ないわね」

 リラがぽつりとそう呟いて、レルトと反対側に腰掛ける。

「アタシは神官だから。悔いがあるなら聞いてあげる。お悩み相談もお仕事だし」

「…………」

「聞くだけしか、出来ないけど」

 それでも良ければどうぞ? そう言って脚を組み、その膝に頬杖ついて。

 シセリアはしばらく黙って唇をかみ締めていたけれど、やがて唇を震わせながらゆっくり、言葉を紡ぎ始めた。

「私は、猟師をしています。……していました」

「うん」

「狩るのは、人間、ではない、街にやってきた、もので」

「そう」

「……そこに、種族、以外の、区別は、なくて」

 見境など無くて。ただ命じられたまま。憎しみのまま。

「私、ずっと、憎くて」

「疲れちゃうわね」

「……」

「疲れちゃうわよ。怒るのも憎むのも、体力気力大幅消費するんだもの。けど、それで得られるものは少ないから、大概は大損だったりするのがオチ」

 ふぅっと疲れたような息を吐いて、リラはシセリアを見遣る。

「お疲れ様」

「……っ! ぃいえ。そうじゃ、なく、て。私っ」

「殺しちゃった命は、戻らないわよ」

「ぁ」

「どれだけ後悔しても。どれだけ嘆いても。どんなに謝っても。失われた命は取り戻せない」

 淡々とそう口にして、リラは言う。

「だから後悔する。それを知っているから、自分のやった事に打ちひしがれる。それで良いんだと思うよ」

 決して良い事ではない。だけど、それすらわからないよりはまだマシだ。

「後悔しても、懺悔しても、失われた命が戻るわけじゃない。それさえしっかりわかっているなら。わかっていて、繰り返さなければそれで良い。そうは思わない?」

「そんな都合の」

「だって、他にある? そりゃ、彼らの中にはずっとそうやって苦しめば良いって思っていたのが居たかもしれない。けど、それだけ苦しんだならいいやって言うやつもきっといる。もう彼らはいないから、結局、彼らがどう思ってたか、とか、どう思うかっていうのはわからない。あれこれ想像する事は出来るけど、そこで止まったって仕方ない」

 冷たく聞こえるだろう事は承知している。受け入れられないと思うかもしれないそれでも。

「貴女を縛り付けているのは、貴女自身。それは、気の済むまでやればいいけど、あんまり有意義ではない。それなら、悔いても前を向いて、じゃあ繰り返さないために、自分がやった事の償いとして何が出来るか考えて実行する方が、幾分は人の役に立つし、意義があると、アタシは思う」

 すぐには無理でも。時間がかかっても。そうして前に進むことでしか生きていけない。

「誰だって間違うことがある。その時は間違いでなくても、後で間違いになる事もある。だから、後悔して、皆苦しむんだよ。だから、とりあえず泣いておきな」

 ぱさっとシセリアの頭へシーツを被せる。

「全部一度まっさらにして、そこから考えなよ。お疲れ様」

 震える手がシーツをさらに目深に引き下げ、小さな嗚咽が零れた。

「一緒に、考えますわよ」

 震えるシセリアを、レルトが抱きしめる。

 ルゼとフェルゼが顔を見合わせ、仕方なさそうに息をついた。


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