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七、祓魔の歌姫と狼の円舞5

「で。どういう事か、説明は?」

「えーとぉ、こっちがフェルゼさんでぇ、こっちがルゼさんだよぉ」

「ふざけてる?」

 宿の部屋で二段になった寝台の一階に腰掛けながらにっこりとリラが笑うと、ビオルはちょいちょいと銀髪の青年二人を手招いた。

「フェルゼと申します」

「ルゼ。まぁ、よろしく」

 簡潔な自己紹介の後、青年二人は黙って窓際に立ったビオルを見遣る。

「この二人ぃ、種族は人狼ウェアウルフでぇ」

「そ・ん・な・の・は、さっき見たからわかる」

 レルトが消えてから、何故かまず宿に戻ることを優先したビオルが着いて部屋の扉を開けると、そこには灰色に近い銀の毛並みをした狼が二匹寝そべっていた。その狼二匹に驚いている暇も無く、ビオルが「レルトさんが猟師に目を付けられたみたいぃ。気を遣って離れてくれたんだけどぉ、今から迎えに行こうと思うんだよねぇん」そう言った刹那、襲い掛かる前の威嚇のような声を上げ、二匹の狼に変化が生じた。

 背が膨れたかと思うとその体躯全体が音を立てて体積を増やし、人間の青年へと変じていく。狼二匹が変じた青年二人は手早く衣服を身につけると、我先にと駆け出して行ったのだからこれ以上の説明はいらないだろう。

「アタシが聞いているのは、どうしてその二人が居て、何処からその女の子を攫ってきたのかって事なんだけど?」

「あは。理由は私よりぃ、レルトさんに聞いた方が早いかなぁ」

 そう言って、リラとは反対側の二段になった寝台の一階に横たわる銀髪の黒服少女と、その様子を心配そうにしている金髪の十才くらいの姿に戻ったレルトを全員が見た。

「レルトさんや。説明できるぅ?」

「……ええ。まず、この子は猟師ですわ。ビオ兄様、その説明はなさっていますの?」

「うん。この街の仕組みについてはぁ、話してあるよぉん」

「では、猟師に関しての説明はいりませんわね。猟師に狙われた理由は、レルトが吸血鬼だからですわ」

 そう言って、レルトは茜色の瞳でリラを見る。

「どうやって見つけたのかは、この子に聞かなければわかりませんけれど、この街ではそういった人間以外を見つける物があるようですわね」

「そう。それで、その子はどうして連れてきたの?」

「限界だからですわ。女の子が一人、壊れそうになっているのをそのままには出来ませんでしたの」

「限界、ね」

「レルトは、猟師が嫌いですわ。猟師は、主人が『作る』ものだからですの」

 うなされているのか眉根を寄せた寝顔の少女へ視線を移し、レルトは言葉を紡ぐ。

「三百年くらい前でしたわ。レルトはこの街に来た事がありますの。その時も、猟師に追われましたけれど……腕の良い、そういう子ほど、身体ではなく心はボロボロでしたわ。代によって主人は変わりますから、絶対とは言えませんけれど……猟師になる子は、人間以外に害された子を主人が引き取って憎しみの種を育てて作りますの」

 躊躇い無く狩れる様に。それが絶対的な正義だと思わせるために。

「腕の良い子、は。二通りですの。狂信的にそれを信じ続ける子と、……自分のやっている事に気づいても、後戻りできなくて追い詰められている子」

 やっている事に気づいても、狂ってしまえば考える必要もなくなるけれど。

 そこまで突き抜けるのも、並大抵ではない。

「この子は、後者ですわ」

 言い切ったレルトに、リラは腕を組んで目を眇める。

「どうしてわかるの?」

「泣いてましたの」

「え?」

 レルトはそっと少女の頬を小さな子供の手で撫でた。

「助けて、と。泣いていましたの」

 殺気と、憎しみで隠したその奥で、紫の瞳は泣いていたとレルトは感じ取った。

 必死に押し殺した感情が泣き叫んでいた。それは過去にも見た瞳。その時は救えなかったもの。

 ルゼとフェルゼに守られたレルトを見て、顔を出した感情は、嫉妬。自分には、こんな風に守ってくれる人はいないのに、何でこいつは。そういう思いが透けて見えた。

 裏を返せば、守って欲しい、助けて欲しい。その叫び。

「女の子を、泣かせたままにはしておけませんわ」

 レルトの言葉に、ルゼとフェルゼは揃って溜め息をつく。

「レティは言い出したら本当に頑固だからな」

「仕方ない。レーティだからな」

「あは。達観しちゃってるねぇ、二人ともぉん」

 笑う布の塊を、ルゼとフェルゼは恨めしそうに半眼で見つめた。

「そりゃ……」

「ビオルさんとレーティの二人ですからね……」

「えぇー? 私は別にぃ」

「ビオルさん」

「どの口が言っているんですか?」

 二対の金目に真顔で凄まれ、布の塊はふいっと顔を背ける。

 そんな様子を呆れたように眺め、リラは溜め息をついた。

「何にしたって、一言では『誘拐』に当たると思うけど、どうすんの」

「あは。大丈夫ぅ、一度は今のご主人様の元に連れて行くからぁ」

「主人がわかってんの?」

「うふ。勿論だよぉ。あとぉ、この子の名前も。この子はシセリアさんだねぇ」

「…………」

「あのねぇ、リラさんもそうだけどぉ、ルゼさんとフェルゼさんも人を化け物みたいに見るのやめてくれるぅ?」

 失礼しちゃうよん。そう言ってビオルはローブの下から一枚の張り紙を取り出して見せた。

 そこには、街の象徴である大劇場とそこで一番の歌姫が描かれている。

「この子が?」

 横たわる少女よりも大人びた『歌姫』の肖像に交互で実物と見比べた。

「ビオ兄様……」

 レルトがそっとビオルの袖を掴む。その頭をビオルはもう一方の手で安心させるように撫でた。

「くふふ。大丈夫ぅ……。一度連れてくけどぉ、すぐに奪い取ってあげるからぁ」

 不穏なその言葉にリラが胡散臭そうにビオルを睨む。

「ちょっと……? 何考えてんの?」

 ニヤァァっと笑ったビオルの顔に、リラは嫌な予感がした。生憎とこういう時の勘こそ良く当たる。




「へぇ。余興に?」

 豪奢の一言に尽きる応接室のソファに腰掛けたダークグレイの整った髪と青い瞳に自信を湛える青年は、向かいに腰掛けた薄茶色の布の塊……めいた推定男性とその横に座す黒服の神官に嘲笑混じりの言葉を投げた。

 向かいの布の塊はそこに含まれた嘲りを感じているだろうに気にした素振りも見せず、付けた道化の面そのままに楽しそうに言う。

「そぉ。うふふ。そちらのぉ、シセリアさんとぉ、こちらの歌い手で歌比べをいかがぁ?」

「君たちが勝ったらシセリアを寄越せって?」

「そちらが勝ったらぁ、こちらの歌い手をあげるぅ」

「やる前から結果が見えているし、負けた歌い手を貰っても意味がないな」

「あらぁん。それじゃあ、何がいいのぉん?」

「何?」

「歌い手がいらないならぁ、他に欲しい物はぁ?」

 たとえば、と布の塊がローブの下から取り出したのは大振りの紅玉ルビーがついた金細工のネックレス。灯りの下で紅玉に星型の光彩が光る。星紅玉スタールビーの恐らく最上級品だ。

「こんなので良ければそれでもいいけどぉ」

「こんなの、ね。なるほど。良いだろう。お客様もたまには新鮮な余興が欲しいだろうからね」

 馬鹿な道化だと青年は嗤う。

「歌比べを、しようじゃないか」




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