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五、祓魔の歌姫と狼の円舞3

 人間ではない者は、匂いがする。

 それは長年の経験から培われた一種の勘。

 部屋の窓から何気なく通りを見下ろして、その姿に目が吸い寄せられる。

「…………」

 小さな金髪の人形。そんな容姿の少女が楽しそうに笑いながら表を歩いていた。

 同時に、呼び鈴のような音が響く。

 それは、人間以外が近くを通れば反応するように造られたもの。

 窓硝子に指を当てる。外の熱気とは正反対の冷えた指先。沈んだ紫の瞳はただひたすらに通り過ぎていく金髪の少女を追っている。

 きっともうすぐ主人からお呼びが掛かるだろう。

「……………………」

 クスッと。微笑む。

 それは通りを行く少女とは正反対の、どこまでも昏い笑み。




(見られてますわね……)

 菫の仮面の下でレルトは茜色の瞳をさりげなく周囲へ向ける。

「ビオ兄様」

「うんぅ?」

「レルト、ちょっと気になるものがありますの」

「…………」

 食事を終えて連れ立って歩いていた麗しの(レルト限定印象の)その人へとにっこり笑ってみせた。

「先に戻っていて下さいませ」

 普通、十才程度の少女が夜の街でこんな事を言って、はいそうですかと言うわけは無い。現にもう一人の連れは怪訝な顔でレルトを見ている。が。

「くふ。わかったよぉ。けどぉ、あんまり遅くならないようにねぇ?」

「ちょっと!」

「はい。それではビオ兄様、また後ほど、ですわ」

 ひらりと臙脂の裾を翻し、レルトが踵を返す。

「気をつけてねぇー」

「女の子を一人にするとか何考えてんの!」

「あっは。追っちゃだめだよぉ。リラさん」

「はぁ?」

「レルトさんの気遣いを無駄にするのは賛成できないのん」

 ビオルは追おうとするリラの首根っこを掴んで引き止める。その視線だけで人が殺せそうなものだったが、布の塊は防御が高すぎるのか一つの同様も見せなかった。

 襟から白い骨ばったビオルの指が離れ、解放されたリラは怪訝な顔と声で振り向く。

「うふ。この街はねぇ、『人間の』貴族が集まる街なんだよぉ」

「…………」

「リラさん、この街に入ってからぁ人間以外の子ぉ、見たぁ?」

「……見てないわね」

「だろうねぇ」

 ひらひらと袖を振るこの布の塊が一番の人外に見えるのだけれど。

「この街には代々『主人ホスト』がいてねぇ、子飼いの『猟師ハンター』は毎夜、ご主人様の命令オーダー一つで街に紛れ込んだ『ウルフ』を狩るんだよん」

「それって」

「だからぁ、この街ってぇ人間以外の子がぁ『神隠し』に合う率が異様に高いのぉん」

 ニタァと笑う人外代表みたいな布の塊は言う。

「さてぇ、コレってぇ、神官さんはどう思うぅ?」




「どこかで撒ければいいのですけど」

 そうもいかない気配にレルトは小さく溜め息を吐く。夜とはいえ、まだ夏の気配が色濃い。

 あまり動いて汗臭い姿で戻るなんて、一人の淑女レディとして耐え難いものがある。

 人気のない街外れの区画まで来て足を止めた。そこにあるのはすっかり水の枯れた噴水と広場の成れの果て。ただ薄ぼんやりと街灯の骸に残った硝子が赤く染まっていた。

「わたくしはもう帰りたいですの。御用なら、直接言って下さいませ」

 広場を囲む廃墟の影から少女が一人姿を見せる。

 飾り気の無い黒い服。シャツも黒ければ、手袋は勿論のことベストもズボンも編み上げたブーツさえも闇のように黒い。それがこの街の猟師になった者の服装だ。

「変わりませんのね」

 ひっそりとレルトが呟くけれど、目の前の少女には届かなかった。

 それにしても、と幼いレルトは眉をひそめる。

 後数メートルの距離まで音も無く歩いてきた少女。そう『少女』だ。それも。

(稀に見る玉の原石ですのに)

「許せませんわ」

 あの銀髪! 星のようにきらきらとした美しい髪。紫水晶のような深い瞳に花びらのように薄く染まった唇。

(それを! あんな無粋な格好させますなんて! 考えられませんわ!)

 見事な銀髪は素っ気無く首の後ろで一つに括ってあるだけ。それもただの黒い紐。リボンですらないとはどういう事だ。猟師の服装は主人が与える。

(だからこの街は大嫌いなんですのよ!)

 信じられない。考えられない。

「今までの猟師は殿方でしたから、それも致し方ないと思いましたわ。けれど」

 ぷるぷると小さい体をレルトは震わせる。

(女の子にこんな格好をさせるなんて何を考えてますの!)

 レルトにとって自分も含めて女の子とは可愛いものだ。女の子はみんな実際の身分はどうであれ、お姫様だと思っている。それは、顔の美醜は関係なく。

 ただ、容姿が良いのならそれはそれ。生かすべきだと考えるし、使わないなんてもったいないとも考える。

 つまり、レルトにとっては相手がたとえば自分を狩ろうとしている猟師だろうと何だろうとどうでもいいが、女の子が愛想の欠片どころかその魅力を半減以下の相殺する格好というのは、許しがたい。この格好をさせている主人、顔見せろ。目が腐ってんじゃないですの! というわけだ。

「何をさっきからぶつぶつ言っているの」

「声までこれですの? さらに許せませんわ!」

 鈴を鳴らすような声音にますますその服装が許せない。女の子の魅力を損なうものは、レルトの敵だ。

 キッ! と睨みつけてレルトは言う。

「あなた! 主人の首根っこを捕まえて連れて来なさいですの!」

 そんなレルトの言葉に応えるはずも無く、少女は腰に差したレイピアを鞘から引き抜いて距離を詰めてくる。

 紫水晶のような瞳にはその色よりも深い闇が広がっていた。

(嗚呼、本当に! この街の主人は代が変わってもどうしようもありませんのね!)

 突き出される切っ先をワンステップで横へずれて避けつつ心の中で叫ぶ。

 猟師は主人の命令には絶対服従。そういう風に育てられる。ただしそこに暴力や薬などは使われない。

 それがこの街で一番たちが悪いと思う事だ。“手っ取り早い”手段は使わない。時間も手間も掛かるけれど、最も効果がある遣り方で作り上げる一種の美術品。それが『猟師』である。

 武器として、作品として、この街の『主人』が用意する目玉商品にして展示物。

 人間以外の者に害された過去がある子供を使い培養される哀しい花。

(悪趣味にもほどがありますわ)

 冷徹なほどの表情を浮かべ、攻撃を繰り出す少女は、大人びて見えるけれど恐らく十六才くらいだ。

 そんな少女を、こんな風にするなんて。

(許せませんですの!)

 許せない。そんな『もの』を作り上げる事も、罪も無いのに人間以外を狩る事も。

 今度こそ潰さなければならないと、レルトは思った。

 その為には。

「まず、どうにかしなくてはいけませんわ」

 ひらりと石畳を蹴り、何度目かの攻撃を避けて目の前の少女を見据える。

 この猟師をどうにかしなければ、主人の所まで行けない。

 レルトは茜色の瞳を静かに光らせ、心を決めた。




 目の前の十才程度の自分より小さな少女が、憎くて仕方ない。

(私が家族を失ったのは、もう少し前だったわね)

 確か六つの誕生日が後数日あれば来る筈だった。けれど、ある晩。

 住んでいた村に、妖の一団が強襲を掛けて来た。元々、それまでいざこざのあった一族だったけれど、それでもその日までは何とか互いの領域を守って暮らしていたのに。

 次の日の朝に使う水が無いと気づいて水を汲みに家を出た。村の広場にある井戸に行くと誰かに見つかるかもしれない。それは夜歩きみたいでちょっとばつが悪かったから、正反対の方向にある森の小川まで足を伸ばした。夜と言っても月が明るく村からとても近かったから、怖いと思うことも無い。

 水を汲んで帰るだけ。ただそれだけの夜になる筈だったのに。

 小川について水を汲んだ。そして振り返ると。

 村が明るかった。赤々と、燃えていた。

 桶を放り出して、駆け戻った。そこで見た光景は、転がる骸と、村人を引き裂く獣達。

 優しかった隣の家のおばさんおじさん。それから、いつも不機嫌で時々は機嫌が良いと昔話を聴かせてくれたおじいさん。友達、いじめっ子の男の子。皆、逃げ惑った中で、殺されて。

 悲鳴は獣の雄叫びと舐めるように踊る炎が爆ぜる音で掻き消されて聞こえない。

 焦げた匂いの中に、変な匂いが混じっていた。それの正体を認識すると同時に、自分の喉から意味の無い叫びが迸った。

 その声に、友達の首を噛み千切った獣が振り返って、赤い瞳で笑った。

「…………」

 目の前の少女は、それと同じ。たとえ姿は人間の様でも、あの獣達と同じもの。

 人間を害する獣だ。

 だから、排除する。

 それが今の自分の役目で存在意義。それが後見になってくれた主人への恩返しになる。

 その為に泣き言なんて言う暇も無い毎日を送ってきた。

(生け捕りとは言われていない)

 ならば始末していい。薄く笑みを浮かべて、突き出したレイピアの切っ先がその時になってようやく、薄く平らな少女の胸へ吸い込まれるように届き、貫いた。

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