06
『あの泉は、一族の聖地だったの』
私が殺されたときのことを聞いて、顔をしかめるリンに、私は淡々と話す。『冷泉――って云えば、あなたには判るかしら。鉱物やガスが多量に含まれたわき水で、適量を摂取したり身を清めるのに使用すると、健康を促進する効能もあるわ』
「それは冷たい温泉……ってこと?」
『そうね。私が生きていた時代には、そんな分析はされていなかったけれど』
「じゃあどうして今はわかるの?」
『理由はよくわからないけれど、私は今、ひとつの時空軸に縛られていない様子なの。私は、「聖女アーディラ」を信仰する人々の思念に乗ることで、その信仰がわずかでもあるならどこにでも行けるし存在していられる。
あなたとこうして話しているのと同時に、百年前の教会でミサを受けている。と同時に20年後の泉のほとりで供え物の花束を受けとめている。
私はどこにでもいるし、どこにでも行けるの』
「そんなにたくさん自分がいて、頭がこんがったりしない?」
真剣に心配してくれるリンに、私は思わず噴き出した。
『大丈夫よ。ありがとう。この感覚は、ちょっと説明しにくいけれど、けして不快なものでも不便なものでもないから』
「本当に、神様みたいな存在になっちゃったんだ。……」
『神じゃないわ。そんな大層なものじゃない。
私はただの人間よ。罪を犯して、その結果として殺された。単なる人間。そのなれの果て』
「泉で殺されたのは、伝説通りね。
そういえば、泉が一族の聖地だったって、今初めて聞いたわ」
『そうね。私が死んで以降、あそこは禁忌の土地となったから。
あそこは長が執り行う儀式の場として長年使い続けられてきた、云ってみれば長の権威を発揮する場所でもあったから、長の継承制度を変えたあとには、余計に封印したかったんでしょうね』
「儀式?」
『長の権限にはいろいろあったけれど、なかのひとつに、罪人を裁いてその罪を清める、というものがあるの。
罪を犯した者は、長によって裁かれて、犯した行いにふさわしい罰を受けるよう云い渡される。その権限の象徴が、黄金づくりの天秤だったの。
永年にわたって長とともにあって、さまざまな人たちの思惑や祈りを受けてきた天秤は、それ自体が不思議な、聖なる力を持つにいたった。
本来はこの時空に物質として存在していない私を、あなたと会話できるように繋いでくれているのも、この天秤の力』
物質として存在しなければ、光を屈折させて姿を見せることはできないし、空気を震わせて声を出すこともできない。
リンのように強固な精神の持ち主の意識に直接関与して幻覚を見せるには、私の力は弱すぎた。
『溶かされて作り直されて、本来の形は失っても、宿ったちからは抜けていないわ』
「天秤のちから……」
リンが、不思議そうに腕輪の表面を指先でなでる。
私は、自分がくすぐられたようにかすかに咲いをこぼした。
『お願い。その天秤を、泉にささげて。出来ればエヴラールや他の人も見ている前で。
そうしたら、あなたが望むような結果を作れるわ』
「つまり、エヴラールを呪縛から解き放てる……?」
リンが期待を込めた目で念を押してくる。
私は小さくうなずいた。
『そうね。いわれのない罪悪感から解放することはできると思う。
あとは、あの子とあなた次第よ』
泉には、あの子たちがいる。
死んだ後もまだ、縛られている。
あの子たちを解放すること。それが、私の願いであり使命なのだ。




