05
港町モーリスを足元に置く小高い丘に荘厳な姿を見せるロメール城は、セヴラン公爵家の血を引く者のうち、とある条件を満たした者が、年齢性別に関係なく城主に収まるしきたりとなっている。
現在の城主は、エヴラール・ヴィトー。
二十代の青年だった。
事の次第を聞いたエヴラール・ヴィトーは、目の前の代官と神父に、呆れた目をくれた。
「それではお前たちは、その娘をここで預かれと、そう云うのか」
「左様です」
エヴラールの特徴的な、はちみつ色をした双眸から可能な限り目をそらして、ロジェが答えた。
彼の隣に座るユベールは、やはりエヴラールの顔から目をそらしたまま、会話に入った。
「彼女は、あの泉から突如として姿を現しました。あそこが、余人は容易には侵入できないように囲われていたことは、城主様もご存じのことと存じます。また、下働きがその状況を目撃したのですが、直前まで何もなかったことを証言しております。この不可思議な登場の仕方から考えますに、彼女は聖女が遣わされた御遣いであられる可能性もあります。無碍には扱えません」
「その、無碍には扱えない聖女の御遣いを、この私に預かれと、お前たちはそう云うのか」
何がおかしいのか、整った口元を皮肉な形に歪ませて、エヴラールは薄く笑う。
ロジェとユベールは、バツが悪そうにそれぞれ顔をしかめて黙り込んだ。
居心地悪そうに、もぞもぞと細かな身動きを繰り返す二人を、エヴラールは少しの間無言で眺めやった。
やがて。
「ここには、彼女の身の回りを世話する人手はないぞ」
諦めたようなため息とともにエヴラールがそう云うと、ロジェたちはぱっと顔を喜色に輝かせた。
「侍女は、私の方で手配します」
ロジェが云った。「もちろん、生活に必要な衣類や食料品やその他の物資に関しましても、こちらで十分に手配させていただきます」
「そうか」
エヴラールは、興味なさそうな様子で相槌を打った。色素の薄い彼の眼は、窓の外の青空をぼんやり眺めている。
「リン様にお会いになられますか?」
もはや彼には拒否する意思がないと見てとったユベールは、そう提案した。
「会う?彼女に?」
エヴラールは、意外なことを聞いたと云うように目をしばたたいた。その視線が窓の外から離れてユベールに注がれるが、ユベールは慌てた様子で、つっと目をそらしてうつむいた。エヴラールはそんな彼の態度を気にした様子もなく、少し考えてから頷いた。「そうだな。一度会っておくか。そうすれば、以後向こうも無用な気遣いをする必要が無くなるだろうから」
「かしこまりました」
すかさず立ち上がったユベールが隣室へと下がる。それを見たエヴラールは苦笑した。
「もう連れて来ていたのか。さすがだな。最初から、私に押し付けることは決定事項だったわけだ」
「押し付けるだなんて、とんでもないことです」
ロジェは真顔でかぶりを振った。「彼女が聖女の御遣い様であらせられるかは、俗人の身である自分には判りかねます。が、彼女が貴族階級の生れであられることは、私にも見て取りました。立ち居振る舞いには気品がありますし、会話の端々に深い教養が伺われます。そのような高貴なお方をお預かりできますのは、やはりこちら以外にないのではないかと、そのように考えました」
「なるほどな。もし本当に聖女の御遣いだったりしたら、何か粗相があった場合のことを考えると恐ろしい。とはいえ、身元不詳の不審人物であることも事実だ。もしかしたら何か企んでいるのかもしれないことを考えれば、身元を引き受けるのは気が引ける。かといって粗略にもできない。だとしたら、この私にあつけるのが一番差し障りがないな」
ロジェはぎくりと、身体を微かにこわばらせた。
「お、お戯れを……おっしゃいますなあ!」
取り繕ったように空笑いを響かせるが、ひきつった表情が、エヴラールの推察が的を射ていることを表していた。
なにぶん相手は、千年もの長い間に渡って神の怒りを解かない原因となった聖女にかかわりがある――かも知れない人間なのである。めったな扱いはできない。
が、盗賊が家人の寝首をかくために送り込んできた、一味のうちの一人だと云う可能性だって、無きにしも非ずだ。だとしたら、鍵のしまった屋内へと気軽に招き入れるのは危険だ。
様々な可能性を考えた末に出たのが、エヴラールに彼女の保護を願う、ということだった。
とはいえ、それを表だって認めることはできない。
ロジェは真面目な表情を作って首を振った。
「差し障りがないだなんて、そんな云い方はおやめ下さい。それに、今度のことはあなたにとっても幸運の兆しなのではありませんか?」
「そうか?」
エヴラールが、疑わしげに相貌を細めて訊ねた。
「左様ですとも。もし彼女が本当に聖女の御遣い様であらせられたら、彼女の御心にかなうことさえできましたら、あなたさまだとてきっと――」
得々と話していたロジェは、エヴラールの冷たい視線にさらされて、顔色を落とした。
エヴラールは何も云わず、ただ冷気を感じさせる冷たい怒りの眼でじっとロジェを見据える。
ロジェはもじもじと、居心地悪そうに身じろぎする。
神経がささくれ立つような尖った静寂がしばし続いた。
そうして。
「失礼いたします」
扉を開けて、リンを連れたユベールが現れた。