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なんどでも  作者: killy
ご、ろく、しち
44/55

07

 最近セヴラン公爵の元へ来た娘は、不思議な能力(ちから)を持っているらしい。……


 そんな噂が王城の人々の間でささやかれるようになるまで、さほどの時間は要らなかった。


 人々に聞かれたカリーヌが、嬉々として噂を助長するような受答えを繰り返したため、噂は時とともにさらに大げさに成長し、速度を増して人々の間を駆け巡った。

 これまでのリンならば、自分が誤解されて変に持ち上げられることを恐れるように、カリーヌのそうした言動をたしなめてブレーキをかけていただろう。が、今回の彼女はそれをしなかった。


 おかげで、三日も過ぎるころには、リンはすっかり、「遠見の能力を持つ聖女の御遣い」として、王城の人々に認識されるようになっていた。



 人々の間にそんな「誤解」が浸透しきるのを待って、リンは、セヴラン公爵夫人に面会を要請した。


「御子息に関することで、内々にお話ししたいことがあります」


 という伝言を持たせると、すぐに夫人の部屋を訪れるように、という返事が来た。


 予め、そのような返答が来ることが分かっていたような態度で、リンは夫人からの応答を受け、すぐに夫人の居室に向かった。




「唐突な会見のお願いを快くお容れくださり、誠にありがとうございます。公爵妃殿下におかれましては、――」


 王宮儀礼の手本通りに、深々と腰を落として礼をし、長々とした挨拶の口上をのべようとするリンを、公爵夫人ブリュエットは、わずらわしげに遮った。


「挨拶は良い。それより、私に、息子に関することで話があると聞きましたが、どういうものですか?」


 リンは、小さくスカートをつまんでもちあげ、膝をかがめる礼をすることで、あいさつを省いてくれたことに対する謝意を伝えると、深刻な表情で人払いを願い出た。


 公爵夫人は、これにもやはり、イライラとした、眉間にしわを寄せた表情で首を振った。


「ここにいるのは、私が深く信頼する者ばかりです。私が知るべきことで、彼女たちに隠しておかねばならぬことはありません」


「それは失礼をいたしました」


 苛立って先を促すブリュエットと対照的に、リンはゆったりと落ち着いたほほえみを絶やさない。

 柔らかいほほえみを浮かべたまま、リンはブリュエットに訊ねた。「公爵妃殿下は、御令息ニコラ様が、御父君公爵閣下から受け継がれた血の呪いに関して、御存知でいらっしゃいますか?」


「あの子が、父親から受け継いだ……?」


 ブリュエットはいぶかしげに呟いた。

 本人に不吉な文言を聞かせる可能性を厭うたのだろう、今日の彼女の膝の上に、幼子の姿はない。ブリュエットの心配するような目が、おそらく彼が今いるのだろう、隣室へと続く扉へと向けられた。


「さようでございます」


 リンは静かに、しかし力強くうなづいて続ける。「妃殿下は、公爵家の血筋の中に、とある理由によって、生まれて間もなく、親兄弟から引き離されて、一人モーリスという遠い土地で一生涯を暮さねばならない者がいることを、御存じでいらっしゃいますか?」


「公爵家では、不定期に、モーリスの城で一生を送る者がでるらしい、ということは知っています。

 最近では、閣下の年の離れた弟君がそうだそうですね。

 が、それが血の呪いであるとは、どういうことです」


「そのまま、その通りの意味でございます。

 公爵家は、神の怒りによって呪いを受けた家系なのです」


 室内にいた女官たちが、動揺した様子で小さく悲鳴を漏らした。

 さすがにブリュエットはそんな動揺はおもてに出さなかったものの、肉付きの薄い顔からすっと血の気が落ちた。


「セヴラン公爵家は、神の怒りを受けておいでです」


 こわばったブリュエットの目をまっすぐに見つめて、リンは静かに繰り返した。「1000年前に、我欲に駆られて聖女をあやめたことに対する罪です」


 そうしてリンは、聖女アーディラの最期とそれに伴い負債を負った公爵家の伝説を話して聞かせた。


 リンが初めてカリーヌから聞かされて衝撃を受けた、あの物語だ。


 感情を抑えた淡々とした語り口のためか、その内容は真に迫り、女官たちの中にはおびえて涙ぐむものまで出始める始末だ。


 リンは、彼女自身が呪いの存在を深く信じて疑わぬ態度で、滔々と語りあげた。


 リンが語り終えた後は、しばらくはだれも口を開かなかった。


 広い室内は、針が落ちても響きそうな、寂とした静けさに包まれた。


 やがて。


「お前の話が真実だとして、」


 青白く血の気の落ちた顔を冷たく凍らせたブリュエットが、固い声を絞り出した。椅子の肘置きをつかむ手は、関節が白く浮き上がるほど強く力が込められている。が、話す彼女の声は、感情がうかがえない、平坦なものだった。「それがどうしたというのですか。

 私のニコラは、お前の云う、神に呪われた目を持ってはいませんよ」


「さようです。ニコラ様は、呪いの発露からまぬがれました。幸いにして」


 けれど、とリンは続ける。「けれど、ニコラ様のお子様はいかがでしょう。

 そのさらにお子様は?

 呪いは、公爵家の血の中に深く深く食い込んでいます。

 公爵家が続く限り、呪いもまた続くのです。

 妃殿下の大事な御令息は、呪いの中にはめ込まれておいでです。

 御令息の血脈が続く限り、呪いもまた続くのです。

 あなたの愛する御子孫は、呪われた生を送ることが決められているのです」


「お前は――!」


 こらえかねたように、ブリュエットが声を荒げた。「お前は、だからどうしろとこの私に云うのですか!?

 解きようのない呪いに冒されているニコラを憐れんで泣きわめけとでも云いたいのですか!?」


「いいえ」


 激昂するブリュエットに、リンはあくまでも淡々と答える。「いいえ、妃殿下。

 わたしは、この呪いを解きたいと思っております」


「――は、」


 何を云われたのか、とっさに理解できない態で絶句するブリュエットに、リンは云った。


「わたしは、呪いを解けます。そのために、聖女様から遣わされました。

 ニコラ様の血脈から、呪いを晴らす手段を存じております」


 ブリュエットは、怒気のこもった眼でリンをねめつけた。


「ならばさっさとそうすれば良い!」


「ですが妃殿下。それには、必要なものがございます」



「……なるほど」


 とたん。

 リンを見るブリュエットの目が、猜疑深い鋭い光を帯びた。


「褒美が目当てか。金か、宝石か、それとも絹布か。

 何が欲しいのだ。云ってみなさい」


「褒美ではありません。

 呪いを払うために、公爵家伝来の黄金の腕輪が必要なのです」


 ブリュエットは細い鼻筋にしわを寄せて鋭い息を吐いた。


「あれを望むか。

 しかしあれは、さほどの黄金は使われておらなんだし、宝石の類も全くはめ込まれておらん。

 お前が何をどう聞き及んだかは全く知らぬが、あんな物で良いのか?」


 リンの本心を疑うように、ブリュエットが目を眇める。


「腕輪が必要なんです。

 腕輪をわたしに渡して頂きたいのです」


 感情をこめてそうねだったリンは、実は、と声をひそめて言葉を継いだ。「同様のことを、すでに公爵閣下に申し上げて、伝来の腕輪を貸して頂きたいとお願いしました」


「あれは断ったのだろう」


 ブリュエットは歯ぎしりした。「自分の子どものことなのに、見向きもせん。

 あれはそう云う男だ。冷酷で、独善的で、興味があるのは己の栄達と王国における権力の拡充のみだ」


 呟く声には、抑えきれない苦々しい感情がうかがえる。

 それに力を受けたように、リンは深々と頭を下げて、必死の声で願った。


「わたしは、今現在呪いに苦しんでおられる公爵の弟君のためにも、この呪いを解きたいと願っております。

 どうぞわたしに、伝来の腕輪を貸し与えてくださいませ」


 ブリュエットは、すぐには答えなかった。

 無言で、何事か考えるように、頭を下げたリンの後頭部をじっと凝視する。


「なにとぞ、お願いいたします」


 リンは重ねて願った。

 胸の内にたぎる必死の思いが感じられる声だった。


 やがて。


「……数日待て」


 何とかしよう、とブリュエットは小さな声で請け負った。

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