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なんどでも  作者: killy
ご、ろく、しち
41/55

04

「エヴラールを、アンボワーズ城へ連れていったらだめだ……」


 泉から身体を引き上げたリンは、自分に云い聞かせるようにそうごちた。「実のお兄さんにひどい言葉を浴びせかけられて、自暴自棄になっちゃう……」


 もしかしたら、それを阻止することもできるかもしれないけれど、そんな不確かな賭けをする気にはもうなれないよ、とリンは喰いしばった歯の間から嗚咽をこぼした。「もう二度と、エヴラールを目の前で殺されるのは厭だ……っ!!!」


 やっぱり王城へは、わたし一人で行こう、行くべきなんだ、とリンはしわがれた声を絞り出す。



「ごめんね、エヴ。ごめんなさい。あなたはあんなに嫌がっていたのに、わたしが無理やり連れて行ったから、あんなことになっちゃったんだ……っ!!!」


 水際に生えた雑草を握る細い手に力がこもった。「守るって云ったのに!」

 握りこんだ雑草を力任せに引き抜きながら、リンは絶叫した。「絶対に守ってあげるって云ったのに!!!わたし、何もできなかった!!何もしなかった!!!」


 やってきたロッコが戸惑って立ち尽くしていることにも気づかないまま、リンは自分を責めて泣き続けた。



***



「アンボワーズ城への往復でひと月半。腕輪を手に入れるために公爵と折衝するので5――うんん、十日。あわせてふた月弱。

 どんなに遅くても、ふた月が過ぎる前には戻ってくるから。

 だから、それまで待っていて。

 絶対絶対、待っていて!」


 必死にそういうリンの勢いに押されて戸惑うエヴラールに、半ば無理矢理約束させると、リンはアンボワーズ城へと急いだ。


 道中の車内では、前回や前々回同様、カリーヌがエヴラールの悪口を云ってリンがたしなめる、という会話が繰り返されたが、リンに注意されたカリーヌは、今度はまた、素直に自分の否を認めて、態度を改める約束をした。


 その態度の違いに、リンは面食らった。


「どうしてこんなに素直なの……?」


 思わずといった様子で、彼女の口からそんな問いが零れ落ちる。


「はあ、……?」


 云われたカリーヌは、わけが判らない様子できょとんとしていたけれど、リンは戸惑う彼女を気遣う余裕もなく、顎に手をやって考え込んだ。


「前回と今回と、違うところがあった……?

 前々回と今回の共通項は、なにがある?日付?会話した場所?タイミング?それとも、……」


 自分に話して聞かせるように呟いていたリンの目が、馬車の対面席、カリーヌが座っている隣の席に向けられた。


 今は空であるその席は、先回エヴラールが座っていたところだ。

 クッションしかないその席をしばらく見つめていたリンの口から、


「……エヴラール?」


 思わずといった様子でその名が零れ落ちた。


「城主が、どうかしましたか?」


「うん、……」


 いぶかしげに、気遣うような目をするカリーヌを無視して、リン自分のは考えに没頭した。「彼が近くにいないから?でも、それがどうしてカリーヌの心情に影響を与えるの……?」


 が、その日一日考え続けても、答えは出なかった。




 アンボワーズ城にたどり着いたリンは、公爵家に仕える人々の迎えや案内を待たず、馬車を降りるなり迷いのない足取りで歩き始めた。


「お、お嬢様、どちらへ行かれるんですか?」


 カリーヌが慌ててその後を追いかける。

 リンは足を緩めず、振り返らないままに答えた。


「公爵のいるところへ」


「公爵様がどちらにおいでなのか、お嬢様はご存じなのですか?」


「ええ、もちろん」


「でも、お嬢様はこの王城の間取りをご存じなのですか?

 どちらへ進めばよろしいのか、ご存じなのですか?

 迎えの者が来るまで待っていた方がよろしいのではありませんか?」


「そんな時間はないの。

 わたしは急いでいるの。

 間取りも道順も知っているから、わたしは大丈夫。あなたは心配なら、馬車のところに戻って、迎えの者を待ちなさい」


 前々回に、2か月ほど王城に滞在したリンは、王城の構造はもちろんのこと、公爵の日課やある程度のスケジュールも知悉している。


 今日のこの時刻なら、公爵がどこで何をしているかくらいは、簡単に推測できるし、そこへ行くこともできるのだ。


「聖女のみ使い様、さすがです!」


 からくりを知らないカリーヌは、感激の面持ちでリンを見やる。

 リンは、そうしたカリーヌの反応を無視して歩を進めた。


 王宮の入り組んだ通路を迷いのない足取りで歩む旅装の美しい娘に、すれ違う人々は好奇の眸をやった。


「誰だ、あれは?」


「見慣れない娘だな」


「しかし美しい」


「身に着けている物から見て、どこぞの貴族の縁者か?」


「誰の親類だ?」


 そんな会話がそこかしこから立ち上がるが、リンはこれもやはり無視し、毅然と前を見据えて歩き続けた。


 リンが推測した通り、セヴラン公爵ジスラン・ヴィトーは、彼が通常執務室としてしようしている一室に、側近のエラルドとともにいた。


 リンを迎えるにあたって、彼女を試すための入れ替わりの相談をしていたのだろう、ジスランは、普段の彼からすればかなり地味な衣装を身に着けていたし、エラルドは、おそらくジスランから借り受けたのだろう、厚いビロード地に金糸の縫いとりのある豪奢な上着を身につけていた。


「誰だ!?」


 入口に立っていた見張りの制止を振り切って、強引に部屋に入りこんだリンを、エラルドが厳しい声で誰何する。


 リンはそれには答えず、つかつかと迷いのない足でジスランの前に立つと、


「旅塵を落としておりません、むさくるしい身なりで失礼いたします、公爵閣下」


 先回身に付けた、優美な、王宮儀礼に適った完璧な仕草で礼をした。


「わたしは、リン。モーリスより、代官ロジェ・ボワヴァンの紹介で参りました」


「お前は、……ロジェが手紙で知らせてきた、聖女の泉から現れたという娘か」


 流れるように美しいその所作を目にした公爵が、興味を惹かれた様子で訊ねた。


「さようでございます」


 リンが頷くと、ジスランとエラルド、二人を取り巻く雰囲気から、少しだけ険が削がれた。


 入れ替わりを続けるべきかと、エラルドがリンの頭越しに、目でジスランに訊ねる。


 ジスランは、首をかすかに振ってエラルドに否と答えると、続けてリンに訊ねた。


「誰がお前に儂のことを教えたのだ?

 それに、お前が王城(ここ)へ着いたら、まずは客間に通して身支度を整えさせるように家臣の一人に云いつけて手配させておったのだが、その役目を負った者はどうした。どうして奴は鷲の云いつけを訊かずに、お前をここまで連れてきたのだ。一体どうしてやつを云いくるめた」


 初めてこの城を訪れた者が、馬車がつけられる王城の入り口からここまで、案内なしにたどりつけるはずがないと決めつけるジスランに、


「いいえ」


 リンはあでやかにほほ笑んで、ゆっくりとかぶりを振った。


 ほぅ――と、エラルドの口から、本人も意識していないだろう、感嘆の息が漏れ出でた。

 ジスランは、特に目につくような反応は示さなかったものの、リンから目をそらさず、目線で先を促した。


「いいえ、閣下。誰にもなにも教わっておりませんし、手引もして頂いておりません」


 あでやかな微笑みを保ったまま、リンは言葉を継いだ。「わたしは、一人でこちらへ参りました。

 閣下がどちらにいらっしゃるのか、わたしは知っておりましたから」


 ゆったりとした口調で告げると、ほほえみを保ったまま、沈黙を続ける。


 やがて。


 リンの告げた言葉を、彼なりに理解して受けとめたのだろう、ジスランは「ふむ、」と呟いた。


「なるほど。ロジェの手紙にもあったが、お前は不可思議な力を持っているらしい。

 それで?そのお前が何故王城(ここ)へ来た。

 何が狙いで儂との面会を希望したのだ」


「黄金の腕輪」


 リンは、挑発的な光を躍らせた双眸で、ジスランの目をまっすぐに見据えたまま、一言、鋭く云い放った。


「黄金の腕輪、と……?」


「さようでございます。セヴラン公爵家に代々伝わる家宝を、わたしにおあづけください。そうしてくださいましたら、公爵家を覆う呪いを解いて差し上げます」


「呪いを解く……?」


 ジスランの口角が、皮肉な嗤いに歪む。

 彼の口が続く言葉を紡ぐ前に、リンはその先を奪うように云った。


「わざわざ呪いを解く手間をかける必要はどこにある。『呪われた眸を持って生まれた赤子は捨てれば良い。そうして替えの子どもをまた作れば良い。それだけのこと』ではないか――で、ございましょう?」


 リンが言葉を紡ぐにつれて、ジスランの目が小さく瞬かれ、やがていぶかしいものを見るようにすがめられる。


「聖女の泉の御使いは、ひとの考えも読むのか」


 鋭い目線にさらされながらも、リンは動じた様子もなく、穏やかに言葉をつづけた。


「閣下のお考えは存じております。

 ですが、わたしは閣下の御意志とは離れたところにあります理由から、公爵家を覆う呪いを解きたいのです。そのために、黄金の腕輪を貸して頂きたく存じます」


「儂の石とは関係のない理由とは、何だ」


 ジスランが訊ねるが、リンは微笑んだまま、沈黙を続けた。


 しばらくリンを睨みつけていたジスランは、やがて彼女に説明する意思がないことを悟ると、小さく息を吐いた。


「それで?」


 冷たく片方の眉を持ち上げたジスランは、問いを変えて訊ねた。「それで、呪いを解くことで、儂に何のメリットがある。

 お前も知っているようだが、儂は呪いを解くことに何の興味も関心もない。

 そもそもお前が本当に呪いを解けるかどうかも確信がない。

 今日初めて(まみ)えたお前に、伝来の家宝を貸し与えて、儂にどんな利益があるというのだ」


「直接的には、閣下の直系子孫が、今後呪いの影におびえずに生きて行けるようになります――と云うのは、不足なのですね」


 ジスランの顔色から彼の答えを読んだリンは苦笑する。

 おそらくは、ジスランのそうした反応は予測のうちだったのだろう、その様子に特に落胆したところは見られない。「では、閣下が今現在、最も知りたいと望む情報を差し上げましょう」


「儂がもっとも知りたいと望む情報、……?」


「国王陛下に対する反逆罪を企んでいる不穏分子に関するものです」


 リンがさり気なく云ったその言葉を聞いたジスランとエラルドが、はっと全身をこわばらせた。


「お前……どこでそれを聞いた?」


「ありえません!これは、私と閣下以外はこれを企んでいるはずの首謀者とその周辺のごく少数しか知らないはずの、極秘事項です……!」


 さすがに驚愕して取り乱す二人に、リンは泰然とした笑みを崩さない。


「知っているんです。

 わたしは、知っています」


 自信に満ちたリンのその態度が、二人をはっと我にかえらせた。


「……なるほど。――否、ここはさすがだな、とでも云うべきなのか」


 ジスランが不敵な笑いを浮かべてつぶやく。


 リンは、穏やかな笑みをたたえたまま、再度深々と膝をかがめて礼をした。


「必ずや、閣下のお役にたってみせましょう」


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