02
アンボワーズ城へは行かない、自分はモーリスにとどまる、と云うエヴラールを、リンは、言葉を尽くして説得し、本気で泣いて感情に訴え、ほとんど無理やり同行を承諾させた。
「何があっても、あなたのことはわたしが守るから。持てる知識を全部使ってあなたのことを守るから。必要なら、『聖女の御遣い』になって奇跡も起こすから」
自分が行けば公爵の不興を買って、あなたにまで迷惑がかかる、と渋るエヴラールを、リンはそう云って説き伏せた。
エヴラールを説得するために、先回出立した時より6日ほど、出発の日付が遅れることになったが、変化はそれだけではなかった。
道中の馬車の雰囲気は、最悪だった。
カリーヌは、何かとエヴラールを敵視して、つっけんどんな態度をとることをやめようとしないし、エヴラールはそんな彼女に気圧された様子で、終始暗い表情を晴らさない。
リンがどれほど心を砕いて会話を取り持っても、二人の様子に変わりは見られなかった。
「いい加減にしなさい」
モーリスを経って三日目の夜、耐えかねたリンは、宿の寝室でカリーヌをそうしかりつけた。「なんたってあなたは、エヴラールにああまでひどい態度をとり続けるの?彼がいったい何をしたというの」
「だって、お嬢様」
カリーヌは、不服気に顔をしかめて抗弁した。「あの男は、神に呪われた者なのですよ。本来なら、お嬢様の御目に触れることさえ許されない穢れた存在なんです。だのに図々しくお嬢様のおそばにいるだなんて、本当に厚かましいことこの上ないです」
「カリーヌ」
リンは、怒気を溜めた目でカリーヌをにらみつけた。「いい加減になさい。エヴラールがあなたに何をしたというの?あなたは実際に何か被害を受けたわけじゃないでしょう?どうしてそんな風に、辛辣に云うの?」
「今まで害を受けなかったからといって、これから先もそうだとは限らないじゃないですか。あたしは、あんな男の呪いに巻き込まれて、自分の魂まで穢されるのはごめんなんです。あたしはまっとうな、善き信仰者なんですから」
「あなたはどうしてそう、強情なの?前回はもっと――」
「前回?」
不思議そうにきょとんとするカリーヌを見たリンは、はっと口をつぐんだ。
「……何でもないわ」
もう下がりなさい、とリンが疲れた声で命じると、カリーヌはなおも怪訝そうな表情を浮かべたまま、それでも命令に従って踵を返した。
「カリーヌ、」
立ち去りかけたカリーヌの背中に、リンは感情を消した平坦な声で告げた。「明日から、あなたはわたしとエヴラールの乗る馬車に同乗しなくていいわ。荷物を運ぶ後続の馬車に乗りなさい」
「えっ!」
まさかそんなことを命じられるとは思っていなかったのだろう、カリーヌが顔をこわばらせる。
が、リンは、たいそうショックを受けた様子のカリーヌを見ても動揺せず、
「乗りなさい」
淡々と繰り返した。
静かではあるけれど、逆らうことを許さない毅然とした強さが感じられる声と表情だった。
「……はい」
抵抗しても無駄だとカリーヌも悟ったのだろう、悄然とうなだれて、この命令を受け入れた。
カリーヌが部屋を出て行くと、リンはふっと、表情を緩めて息をついた。
「何だろう……」
疲れた様子で、椅子に体重を預けて座った彼女は、低い声で自問するようにつぶやいた。「どうして今回の彼女は、エヴラールに対する敵視を解かないんだろう?なにが前回と違うんだろう」
日付的には、あっているはずなんだけれど、と呟いて、リンはまた考え込んだ。




