08
「嘘よ!」
誰もが自殺だと云ったエヴラールの死を、リンは真っ向から否定した。「彼が自殺なんてするはずが無い!」
けれど、状況はエヴラールにとって不利だった。
彼は、鍵のかかった寝室で、ひとりで死んでいたのだ。
発見したのは、メイドのジェンマと執事のベランジェだった。
エヴラールは、その二日前にジルベルト医師の往診を受けて、ベッドから出る許可を受けていた。
その彼が、いつもの時間に起き出してこなかったことを不審に思ったジェンマは、寝室の扉越しに呼び掛けた。
が、いくら声をあげて呼び掛けても、室内からは何の反応も戻ってこない。
たとえ寝坊をしたのだとしても、こうまで無反応なのはおかしいと、ジェンマはいぶかった。
が、寝室の扉はかぎが掛かっていたため、ジェンマにはどうすることもできなかった。
エヴラールは数日前に頭を打った、病み上がりである。医師はもう心配ないと太鼓判を捺してくれたものの、もしかしたら遅れて何か悪い症状が出たのかもしれない。
心配になったジェンマはベランジェに相談をし、彼女と同じ危惧をしたベランジェは、預けられている合いカギで錠を開こうとした。
が、鍵穴の向こう、室内の側から鍵が差し込まれているようで、ベランジェの合いカギはカギ穴に差し込むこともできなかった。
外から室内を覗きこもうにも、窓にも掛金がかかっており、開けられない。
窓にはめられた小さく厚いガラスは歪んでいて、光は通すものの、向こう側の景色を正確に見ることはできないし、そもそも窓には光を通さない厚いカーテンがかかっている。
業を煮やしたベランジェは、庭師のニーコに薪割り用の斧を持って来させ、これで扉を破ることにした。
そうして、胸に短剣を突き立てて絶命するエヴラールを見つけたのだ。
誰もが、自殺だと判断した。
リン以外は。
鍵がかかった室内から、どうしてひとが抜け出せるのか。
扉のカギは、カギ穴にささったままだったし、唯一の合いカギを持っていたベランジェは、前の晩から早朝まで、モーリスの街に住む家族のもとを訪れていて、不在だった。確認したところ、鍵は彼が身に着けて持っていたという。
城の敷地は10フィートの高さの城壁に囲まれており、唯一の出入り口である城門は、その前の晩、ベランジェが家族の待つ街へ向けて出てて行ってから、固く閉ざされていた。
誰か不審者が敷地に侵入した痕跡はないし、そもそも侵入自体が不可能だ。
以上の状況を鑑みて、人々はエヴラールの死を自殺だと判断したのである。
けれど、リンは信じなかった。
「だって、エヴラールは云ったんだもの。死にたくないって……!」
彼の死んだ状況よりも、リンは彼の言葉を信じた。
そうして。




