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なんどでも  作者: killy
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21/55

07

 ベランジェたちによって取り押さえられたイレネオは、急遽呼び付けられたロジェに引き渡され、罪人として城を去って行った。


 頭部の傷をジルベルト医師に看てもらったエヴラールは、数日間の安静を云い渡されて、ベッドに運び込まれた。


 リンは、エヴラールの看病をすると云い張って、彼の寝室に居残った。


「私はもう、大丈夫ですから。あなたも休んでください。今日は色々とショックだったでしょう?」


 エヴラールは宥めるような口調でそうリンに話しかけたけれど、リンは聞き分けのない子どものように首を振って、これを拒絶した。


「いや。離れない」


「リン。あなたも疲れているはずですよ」


「いや」


 そのままでいれば、誰かが強引に自分を引っ張ってゆくのではないかと怯えているように、リンはエヴラールが座るベッドの掛け布団を握り締めてしがみつき、いやいやと首を振る。


 エヴラールは、そんな彼女を困ったような目で少し眺め、


乳母(ばあや)、」


 部屋の端で血に汚れたシャツと上着をまとめていたヨランダに、救いを求めるような視線を送った。


 が、ヨランダはそんな二人に困ったような目を向けて、ゆるゆると頭を振った。


「お嬢様のお気が済むまで、そうされてあげてください」


「しかし、……」


「お嬢様は、強烈な悪意にさらされて、ショックを受けておいでです。未遂でしたが殺人の現場に立ち会ったのですから、それも当然でしょう。

 坊ちゃまがちゃんと助かったのだと、死なずにいらっしゃるのだと実感できるようになられますまで、どうぞそのままでいらしてください。

 それが、お嬢様の為です」


 エヴラールは、なおもためらう様子を見せていたものの、やがてヨランダの云うことももっともだと理解した様子で頷いた。


「解った」


「それでは、私はこれで失礼いたします。

 後ほど、気分が落ち着く香草茶(カモミールティ)とビスケットをお持ちしましょう」



 残されたエヴラールは、戸惑いがちな眸をリンにやり、彼女が依然慄えていることに気がついて、宥めるように、その肩を優しく撫でた。


「大丈夫ですよ、リン。イレネオはもう、私たちに何もできないよう、街の牢獄に入れられているはずですから」


 リンはふるふるとかぶりを振った。


「違うんです。わたし……気づいたんです。

 あなたは、きっと前回も、あの人に殺されていたんだって……!」


 エヴラールは、きょとんとした。


「何の話ですか?」


 リンは、そんな彼の問いかけは耳に入らないまま、浮かされたように続けた。


「あなたは自殺じゃなかった。自殺する人じゃなかった。

 だのに誰も……わたしも気づかなくて、前のときはてっきり自殺だって思いこんでいて、それ以外の可能性を確かめようともしなかった……!」


 耐えかねたようにすすり泣きを始めたリンを、エヴラールはしばらく戸惑って眺めていたけれど、やがてためらいがちに、そろそろと腕を伸ばして抱きしめた。


 リンは抵抗せず、素直に彼の胸に顔をうずめて泣きじゃくった。


「ごめんなさい、エヴラール。ごめんなさい。わたしはあなたのことを誤解していた。

 あなたは安易に死を選ぶような、弱い人じゃなかった……!」


「あなたが何に対して謝っているのか、全く判りませんが、」


 エヴラールは、慄えるリンの背中をなだめるようにさすってあげながら、落ち着いた声で云った。「確かに私は、自殺する気はありません。

 私は、死ぬのが怖い。死にたくないんです。生きていたい。生きていたいからこそ、呪いが怖い。

 こんな私が、自殺なんかできませんよ。

 私は、この世にとどまって、生きていたいんですから」



 生きていたいんですから。



 そう云ったエヴラールは、その5日後に、死んだ。


 自分の寝室で。


 自分の胸に、短剣を突きさして。



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