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なんどでも  作者: killy
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19/55

05

 朝のやり取りが頭に残っていたため、せっかくコーヒーの生豆が手に入っても、リンの気持ちはさほど浮き立たなかった。


 それでも豆を焙煎してコーヒーを淹れたのは、コーヒー好きのなせるわざだろう。


 豆を煎るリンの手元を興味津津な表情で覗きこんでいたヨランダとジェンマに、リンは味見を勧めた。


「ヨランダは、苦い味が苦手だから、ミルクと砂糖を入れて飲んでみて。ジェンマはそのままで大丈夫ね」


「お嬢様は、どうして私たちの味の好みまでご存じなんでしょう」


 ヨランダ達は不思議そうに首をひねっていたけれど、勧められたコーヒー自体は気に入ったらしく、美味しい、美味しいと飲みほした。


 その様子を見守ったリンは、新たに淹れなおしたコーヒーとカップ二つを持って、彼の書斎を訪れた。


「エヴラール、ちょっと休憩しませんか?」


 リンが書斎に入ると、エヴラールは驚いた様子で、座っていた椅子から腰を浮かせて、彼女を見た。 


「コーヒーが美味しく淹れられたので、お持ちしました。是非あがってみてください」


 リンはそう説明しながら熱いコーヒーで満たされたカップをエヴラールの前に置く。

 エヴラールは、湯気を上げるカップをじっと見つめて、


「……もう、いらっしゃらないと思っていました」


 ぽつりとこぼした。


 リンは首をかしげた。


「誰がですか?わたしが、ですか?」


「はい。……今朝、あんな態度を取ってしまったのですから、あなたは怒って、もう私の所にいらしてくださらないのではないかと。そう思っていました」


「今朝のことは、わたしが悪かったんです。エヴラールの置かれている状況や事情を全く知らないで、裏付けもなく証明もできないことを無責任に云ったんですから。エヴラールが気分を害するのは当然だと思うんです。ごめんなさい」


 頭を下げたリンに、エヴラールは、よしてください、と顔をあげるように云った。


「リンは私のことを心配して、励まそうとしてくださったのでしょう?だったら怒った私の方が悪いんです」


「でも、やっぱりわたしが無神経でした」


「いいえ、あなたの優しさを汲み取れなかった私が悪いです」


 しばらくそんなやり取りが続いた。

 やがて。


「コーヒー、冷める前にあがってください」


 リンがふと思い出したように、エヴラールに勧めた。「冷めると味が落ちるんです。せっかくなんですから、エヴラールには美味しいものを飲んでもらいたいです」


「あ、……はい。いただきます」


 まずは何も入れないまま、恐る恐るカップに口をつけたエヴラールは、一口飲んで驚きの表情を浮かべた。


「美味しい」


「お口に合いましたか?」


 よかったぁ、とリンは晴れやかにほほ笑んだ。「今朝のお詫びになればって、特別丁寧に、美味しくなるよう気を配って淹れたんです」


「今朝のことは本当に――」


 すみません、と続けようとしたエヴラールを、リンは、もうやめませんか、と遮った。


「わたしが云うのもなんですが、この件に関しては、どちらも悪くてどちらも間違っていない、ということで。引き分けにしましょう」


 エヴラールは、しばらく無言でじっとリンの笑顔を見つめたのち、頷いた。


「リンがそれでよろしければ」


「じゃあ、これで仲直りですね?」


 リンが差し出した手を、エヴラールは躊躇いがちに握った。

 すかさず、リンが握る手に力を加えてぶんぶん振り回す。


「良かったぁ。仲直りでーきた!」


 歌うように節をつけてそう云い、云い終わると同時に手を放したリンを、エヴラールは驚いたように見た。


「今のは?」


「仲直りの歌です」


 真面目な顔でリンが答える。「仲直りできた時にこうして歌いながら握手すると、次は喧嘩しないですむんです」


 エヴラールは唖然とそんな彼女を眺めやり、……


 ふふっと、笑った。


「では、私たちはもう喧嘩はしないんですね」


「はい。ずっと仲良しさんです」


 真面目にリンが応じる。


 エヴラールは、今度こそ耐えられないと、声をあげて笑いだした。


「たしかに、こんな楽しい歌を歌う人とは、喧嘩しようなんて思いませんね」


「そうでしょう、そうでしょう」


 リンは得意げにうんうんと頷いた。「なので、コーヒーもあがってください。わたしもお相伴します」


 エヴラールの座るテーブルの前に椅子を運んできたリンは、にこにこと自分の分のコーヒーを取り上げた。


「仲直りできた後でこんなことを云うと、またご気分を悪くするかもしれないですけれど」


 コーヒーの入ったカップを両手で包むように持ちながら、リンは遠慮がちに云いだした。「今朝エヴラールが云ったことから推測すると、エヴラールは、過去にあなたと同じ色の眸を持って生まれた人たちがたどった運命をご存知のようですね。わたしにも、教えていただけませんか?」


 エヴラールは、すぐには答えなかった。

 半分近く飲んだカップの中を覗き込みながら、しばらく黙考する。


 やがてエヴラールは、静かにリンに訊ねた。


「どうしてリンは、そんなことを知りたいのですか?」


「知らなかったら、対策も立てようがないからです。

 

 わたしは、呪いなんてものは存在しないと思っています。生れたその瞬間から、悲惨な死に方をすることが決められている人なんて――しかもその人自身の行いが全く関係ないところで決められるだなんて、あるはずが無いと思っています。


 ならば、何らかの事情か理由があるんじゃないかって、そう思いました。

 だったらその事情さえ分かれば、――過去にもう起きてしまったことは変えられませんが、エヴラールにこれから起きるかもしれないものは防ぐことだってできるでしょう?」


「防ぐ……」


 エヴラールは、寂しそうに笑った。「お気持ちはありがとうございます」


「そんな、諦めたように笑わないでください。あがきましょうよ。抵抗しましょうよ。そうして長生きしましょう。よぼよぼのおじいちゃんになるまで生きて、周りをびっくりさせましょう。ね?」


 リンが重ねて云うと、エヴラールは、あなたの気がそれですむのなら、と云って立ち上がり、以前――と云っても、日時的には今リンが過ごしているこの日の翌日なのだが――リンが『セヴラン公国モーリス地方の伝承』を借りたのと同じ一角に収まっていた一冊の小型本を取りだした。


「ここには、私と同じ眸の色をした人間に関して、先々代の城主が調べてまとめたことが記されています。

 余談ですが、この城は、400年前から、私と同じ色の眸をした人間が、男女限らず城主として収まることが慣習とされています。

 先々代が調べてまとめた伝承は、一千年近くにわたっていますので、最初の数名に関しては、詳しいことは不明ですし、真偽のほども怪しいですが、少なくともここ300年間、私が書き足した先代の分を含めた4人の記録は確かなものです」


 おそらくは、エヴラール自身も何度も何度も読み返したのだろう、ほとんどページに目を落とさないまま、彼は話した。


「新しいところから始めましょうか。先代――12人目は、私の伯母にあたる人でした。彼女は自分の運命を理解できる年齢になって以来、自分が辿ることになる末路に異常な怯えを見せるようになりました。

 彼女は自分の無様で惨めな死に様を他人の目にさらしたくないと云い張って、城の敷地の一角に建てさせた離れに引きこもって、使用人も誰も近づけないまま、本当に一人きりで暮らしていましたが、25歳になる前日に、首をくくって死にました」


「離れって、敷地の東北の方角にある、果樹園の先にあるあれのこと?」


「そうです。皮肉なことに、自分の惨めな死に方を人目にさらしたくない、という彼女の願いは、彼女自身の生活様式によって破られました。

 使用人を誰も近づけないで暮らしていた彼女が自害したことに、しばらく誰も気づきませんでした。定期的に運び込む食料や物資が全く使われていないことに気がついた者が、離れの扉を開けたのは、彼女が死亡してから数日後のこと。

 夏場だったこともあって、遺骸はかなり悲惨な状況になっていたそうです」


「……そう」


 女として、自分の惨めな死骸を人目にさらしたくない、と願った彼女の気持ちを、リンも理解できた。なればこそ、その結果には同情を覚えた。


「先々代に話を移しましょう。

 先々代は、私の曾祖父の末の妹にあたるひとでした。

 彼女は植物を愛する、物静かで教養のある女性だったそうです。この城館の外壁をめぐるつるバラは、彼女が植えたものなんです。……ご存知でしたか?つるバラは、魔を縛って封印する聖なる力があるそうですよ。

 彼女は、自分が辿ることになる運命を泰然と待つことはせず、分析しようとしていたようです。

 これまで誰も知ろうとしなかった、呪われた眸の持ち主の歴史を調べてまとめ上げたのは、先ほども云った通りに彼女でした。

 しかし、呪いに関しては何も分からないまま、彼女は突然世を去りました。

 バラの木の手入れをしていたときに、突然倒れたそうです。全身が水膨れして、酷い有様だったそうですよ」


「……」


「その前の代は、男性でした。彼は自分の運命から逃れるように、十代半ばから諸外国を旅してまわっていたそうですが、アフリカ大陸に渡った先で、異教徒に惨殺されたそうです。

 旅に付き添っていた従者は辛うじて襲撃から逃げられたそうで、彼が主人の遺骨を持ってこの城へ戻ってきたことで、彼の死に際が伝わりました。



 その更に前は、女性。彼女は自分の運命を粛々と受け入れたうえで、少しでも神の近くに行きたいと発心し、修道院へ入ったそうです。

 冬の厳寒期にも粗末な修道服一枚しかまとわず、常にはだしで、篤い信仰に生きる日々を送っていたそうです。

 修道院ではもっともひとが忌む重病者の看病をしながら、神の赦しを祈っていたそうですが、全身が腐って爛れる奇病に冒されて落命しました。

 落命時に彼女は29歳。これが、先ほども云った通りに、この色の眸を持って生まれた中で最も長生きしたケースなのですが、同時に、いかに神を畏れあがめ、信仰に篤い敬虔な生活を送っていたとしても、運命からは逃れられないのだと、私たちに知らせてくれます。



 その前は、……これは特殊なケースなのですが、まず、ほぼ同時期に、男女がこの目を持って生まれました。

 過酷な運命の下に生まれた彼らは、当然の帰結として、心を通わせ合う恋人となりました。

 やがて女性が子どもを宿します。

 が、難産の果てに彼女は落命しました。

 生まれた子どもは、両親と同じ色彩の眸を持っていたそうです。

 運命の過酷さに絶望した父親は、赤子を殺して、自分も自殺したそうです。



 更に前は、男性。

 彼は信頼していた使用人の一人に、全身をめった刺しにされたそうです。



 その前は女性。

 彼女は冬場に、暖炉の火がドレスに燃え移って、焼け死んだそうです。



 その前は男性。

 彼は錯乱のはてに、家族を含む周囲の人たちを惨殺し、自分も自殺したそうです。



 その前は女性。

 森で放し飼いにされていた豚に食い殺されたそうです。


 ……以上です」



 長々と話したエヴラールは、全身を絞るようにして息を吐くと、カップに残っていた冷めたコーヒーを飲みほした。


「なにか、云うことはありますか?」


 訊かれたリンは、首を振った。


「今は、得た情報をかみ砕いて理解することに手いっぱいで、あまり有益なことは云えません。

 ただ、12人の人たちの最期は、大きく二つに分類できると思うんです」


「ふたつ?」


「はい」


 頷いたリンは、右の人差し指と中指、二本の指を立ててエヴラールに示した後、左手を使ってまず中指を折り曲げてみせ、「ひとつは、自殺や殺人という、人為的なもの。もう一つは、」


 云いながら、人差し指も同様に折り曲げて見せる。「もうひとつは、事故や病気などの、自然発生的なもの。

 人為的なものは、自殺は本人の問題ですし、他殺も、害者と被害者の間に存在したもろもろの事情が原因ですから、一概に神の怒りの結果とは云えません。

 残る自然発生的なものが、問題ですね。これらの経緯と原因が分かれば、事情もまた違ってくると思います」


「事故や病気?

 それこそが、神の怒りが発露した結果ではないですか?」


「神の怒りなのか、そうでないのか。それを、これから調べるんです」


 リンは力強い声で断言した。

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