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なんどでも  作者: killy
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17/55

03

 エヴラールが、「聖女の御遣い」という存在にストレスを感じていたのなら、自分がまた城に行くのは、彼にとって良くないことなのかもしれないと、リンも少しは考えた。


 が、それでは彼はずっと、自分が呪われていると思い込んだままだ。


 リンは、彼のそうした思い込みもなくしてあげたかった。そうでなければ、たとえ自殺を防げたとしても、彼は救われない。


 日当たりの悪い、薄暗い書斎で日がな一日書を開いて閉じこもるエヴラールの姿を思い返したリンは、自分の思いをますます強くした。


 あんな寂しい時間を、もうこれ以上彼に過ごさせてはいけない。



 城に着くと、前回同様、リンは別室に留め置かれた。

 狭い控えの間でリンが待っている間に、まずはロジェとユベールの二人が、エヴラールに事情を説明するために、彼に会いに行った。


 さほど待つこともなく、ユベールがリンを呼びに来る。


 リンは、背筋をぴんと伸ばした姿勢で、ユベールに続いて書斎に入った。


 革装丁の厚い書物が整然と並ぶ書棚を背景に、ユベールは、ロジェと向かい合う形で安楽椅子に腰かけていた。

 その眸は茫洋と暗く沈んでおり、新たに部屋に入ってきたリンに対しても、さほど関心を示さない。


 こんなに暗い眸だったのかと、改めてエヴラールと対面したリンは驚いた。

 確かに彼の眸は確かにきれいだったが、そのきれいさは、黄水晶のように固く冷たく無機質なものだった。

 そこに人間らしい感情はみじんも見られない。


 リンは、そんな彼の眸をじっと見つめて、にっこりほほ笑んだ。


「初めまして、城主様。滞在を許可くださいまして、ありがとうございます。これからどうぞよろしくお願いいたします」


 エヴラールは、驚いたように瞬きした。

 他人から自分の目を見られることに慣れていない、濃いはちみつ色の眸が細かに動く。

 黄水晶のようだった目に、感情の光が浮いて揺れた。


 そのまま、二人はしばし見つめ合った。


 先に目をそらしたのは、エヴラールだった。


「ああ。……城では好きにしてくれていい。今、執事のベランジェを呼ぶから、城内を案内させよう」


 リンは、彼から目をそらさないまま、静かに首を振った。


「城主様に案内していただきたいです」


「私に?」


「いけませんか?」


 無邪気を装ったリンが訊ねると、エヴラールは気おされたように小さく首をすくめた。


「あなたがお気になさらないのでしたら、私も構いませんが」


「でしたら、ぜひお願いいたします」


 連れ立って書斎を出て行くリンとエヴラールを、ロジェとユベールは不思議そうに見送った。


***


 片側に窓が並ぶ明るい廊下を並んで歩きながら、エヴラールはかたくなに、リンの方を見なかった。


 見ない、というよりも、自分が目を向けることで、相手に嫌悪や恐怖など負の感情が沸き起こるのを恐れている様子だ。


 リンはエヴラールの歩く前に回り込んで、間近から彼の目を覗き込んだ。


「な、何ですか?」


 驚いて狼狽するエヴラールに、リンは静かに云った。


「わたしは、聖女の御遣いではありません。あなたに何かをするために、ここを訪れたのでもありません」


 エヴラールの顔が、強張った。


「ロジェやユベールに、そう云えと云われましたか?」


「いいえ。あの人たちは、何も云いませんでしたし、わたしに何も教えてくれませんでした」


 教えてくれたら、前回のことも防げたかもしれなかったのに、とリンは多少恨みがましくつぶやきながら首を振った。


「しかし、あなたは、あの聖女の泉から現れたのでしょう?」


「その前後のことは良く憶えていないので、何故わたしがあそこで溺れかけたのか、説明できないのです」


「溺れた?」


「そうです。溺れかけて半死半生だったところを、教会の下働きのロッコに発見されたんです」


「単に溺れかけただけなのですか?」


「そうですよ。云いましたでしょう。わたしは、聖女の御遣いではないんですから」


「しかし、ユベールが云うには、あなたは突然泉の中に現れたそうではないですか」


「ロッコの見間違いか、勘違いだと思います」


「ずいぶん自信を持って云えるんですね」


「自分のことですから、解ります」


「でも、その前後の記憶は憶えていないのでしょう」


「前後どころか、自分がどこの誰なのかさえ、憶えていません」


 リンはやや胸を張りがちにして断言した。

 エヴラールは、ぽかんとリンを眺めやり……


 やがて苦笑した。


「つまり私は、単なる身元不明の迷い人を保護した、というわけですか」


「そうですよ。ご親切にありがとうございます」


 リンは、エヴラールの右手をぎゅっと、両手で握って礼を云った。


 初めて触れたエヴラールの手は、冷たく乾いていた。

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