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リンから、エヴラールと一緒に食事すると聞かされたベランジェとヨランダは、驚いた。
が、二人とも特に何を云うわけでもなく、云われたとおりに二人分の食事を食堂に並べてくれた。
「やっぱり、一緒に食べる人がいるって良いですね」
リンがうきうきして云うと、エヴラールは、鶏と蕪のスープをすくう自分の手元を見つめながら、困ったようにほほ笑んだ。
「ごめんなさい、良く解らないんです」
「解らない?」
「誰か他の人と食事するのは、これが初めてですので」
「初めて!?」
リンは驚いた。「えっ!?でも、小さなときとか、クリスマスとか、それぞれのお誕生日とか、ご家族と一緒に食べたりしなかったんですか?」
「家族は、その……」
エヴラールは、やはりうつむいたまま、ぽそぽそと呟いた。「その、忙しいものですから」
その場しのぎで出された作りごとだと、すぐに判るような口吻だった。
そのことに気づいたはずのリンはしかし、何事か感じ取った様子で、口を閉ざした。
しばらく、食器とスプーン、フォークが触れ合う微かな音だけが食堂に響いた。
そうして。
「ええと、ですね、……」
遠慮がちに、リンが口を開いた。「わたしは今、自分にどんな家族がいたかすら思い出せない、心細い状態なんですけれど、だから、でしょうか」
にっこり、ほほ笑む。
「城主様とこうしてお食事をご一緒できて、とてもうれしいです」
ありがとうございます、と笑うリンをちらりと見たエヴラールは、弾かれたように、慌てて顔をそらした。
また、無言が少し続いた。
やがて。
「お一人で食事するのは、嫌でしたか?」
躊躇いがちに、エヴラールが訊ねた。
リンは、にこにこしたまま頷いた。
「そうですね。嫌というか……寂しかったです」
「寂しい?」
「はい。一人ですと、お料理は黙っていただくほかないですよね。それってやっぱり味気ないんです。胸の中に、食べ物と一緒に何か重くてかたいものが詰まってくる感じで、食事が続くほど、重苦しくなってきます。
けれど、こうして会話を交わしながらいただくと反対に胸が軽くうきうきして、お食事はもとの何倍も美味しくなります」
「私はその、……あまり人と会話するのが巧くありませんので、あまりお役には立てないと思いますが」
「そんなことないですよ。今もこうしておしゃべりしてくださってるじゃないですか」
「そう、……ですか?」
「はい。おかげ様で、お料理が昨日までより何倍も美味しいです」
にっこり、笑ったリンはその後ほぼ一方的に、その日あったことや自分がしたこと、思ったこと、その他諸々をしゃべり、話すあいまに笑い、エヴラールに感想を尋ね、彼が躊躇いがちに口にする内容に興味深く耳を傾けた。
数日ぶりに話し相手が見つかったのが嬉しいのだろう、リンのおしゃべりは食事が済んでも止まらず、場所を居間に移してなお続いた。
気がつくと、夜もすっかり更けていた。
窓から射し込む月明かりでそのことに気づいたリンは、遅くまで引き留めてしまったことをエヴラールに謝った。
「構いませんよ」
エヴラールは穏やかにほほ笑んだ。「私も楽しかったですから」
「そうおっしゃっていただけると、ほっとします。じゃあまた明日の朝、お会いしましょう」
「明日の、朝、……ですか?」
怪訝な顔で聞き返したエヴラールに、リンもきょとんとした。
「朝ごはんです。城主様は、朝はご飯はあがられない習慣なのですか?」
「それは……いただきます」
「じゃあ、またご一緒できますね。良かった」
おやすみなさい、と笑って告げたリンが居間を出て行く。
エヴラールは彼女の後ろ姿を無言で見送った。
はちみつ色の双眸に、不安そうで怯えるような、それでいて何かを求めるような乾いた光を宿して。