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魔王と勇者が時代遅れになりました  作者: 結城忍
第4.5章ー魔王軍の日常編2
65/78

65話:魔王、部下の育成に注力する(後編)

2話連続投稿です。話数にご注意ください。



 標準時間で17時過ぎ、ステーション内の照明が橙色の夕日のような光量になる時間。

 俺は『ハルナ02基礎学校』で一人の生徒と向かい合っていた。


「ケイト……さあ、手を伸ばしてやるんだ」


「せ……先生、できません。こ、怖いです」


「怖いと思うのは最初だけだ。なぁケイト……本当に怖いだけか?やってみたいと思っているんだろう?」


 向かい合っているのは先日成人資格を取って卒業を控えたケイトという、犬の獣系アドラム人の少女。

 伸ばした髪と三つ編みにし、野暮ったい眼鏡型の補助デバイスを使っているから地味な印象を受けるが、非常に整った顔つきの少女だ。


「それにな―――ケイト。普通の子はこんなものを怖いだなんてわからないんだ。なぁ、ケイトには何をしたら良いかもう全部わかっているんだろう……?」

 少女の片手に手を載せ、肩から喉、顎と手を動かして顎を僅かに持ち上げて、涙を浮かべ潤んだ瞳を見つめる。

 ああ、瞳に浮かんでいるの不理解や混乱の恐怖じゃない、これに手を出したらもう戻ってこれない、自分が決定的に変わってしまうと理解している故の恐怖と、一摘みの好奇心が浮かんでいる。



 無垢な少女を誘っているようにしか見えないだろうが、実はこれ進路指導なんだ。



「さあケイト、この支払期限が過ぎた借用書をお前ならどうする……?」

 俺と少女の間にあるのは一枚の借用書。総合商社・魔王軍兵站課がとある企業に物資を売却した時に受け取ったものだ。


 ちょっと派手な戦闘ドンパチをした結果、ワイバーンが修理中(ドック入り)になり暇をしていたら、卒業シーズンを控えて進路指導が忙しいと聞いて手伝いに来たんだ。

 とはいえ、普通の進路指導は学校の教師に任せている。

 俺がするのは鑑定魔法で見て、特筆に値するスキルを持っている生徒のスカウトだ。


 ケイトが持っていたスキルは『負債回収Lv3』。

 俺やライムが取得している汎用スキルでは無く、特定の分野にのみ特化したスキルだな。

 まだ学校に通っている少女が持っているにはやや不自然な代物なので、持って生まれた才能だろうか。

 その分野の専門家でもスキルレベルが1~2程度なのが多い中、負債回収に特化しているとはいえスキルレベルが3とは、この少女はどれだけ借金取りの才能に溢れているんだろうか。


「あ……いや………っ」

 震えるケイトの手が借用書に伸びて表面を撫でる。


「さあ好きにやりなさい、やり方は体がよぉく…知っているだろう?」

 柔らかい熱を持ったケイトの手に、社用の携帯汎用端末をそっと置く



 導いておいてなんだが、違和感しかないな。

 脳裏で冷静な部分の俺がツッコミを入れている。



 ぐすり、ぐすりと涙を流してしゃくりあげながら、口元を僅かに愉悦の形に歪ませたケイトは請求書と回収指示書を作っていった。


「せ、先生……終わり……ました……もう……もうこれで帰って……いいですよね?」


 ケイトが作った請求書と回収指示書を確認するが、実に良く出来ている。これからすぐにでも回収できるな。


「ああ、とても良かったよ。これをとっておきなさい」

 ケイトの手に短時間労働アルバイト基準の給料と、所有者設定をしてない社用の携帯端末を握らせる。


「―――だから、また頼むよ、ケイト」

 悪魔のように甘く低く耳元で囁くと、ケイトは「ひっ」と小さく悲鳴を漏らし……諦観の表情を浮かべているが、頬が僅かに紅潮しているし、瞳は恐怖以外の感情で潤んでいる。

 いや実に良い……非常に男心じゃしんをくすぐられるんだが、シチュエーションがおかしすぎるだろう!



 ……うん、本当になんでこんな内気な少女が借金取りに特化しすぎたスキルを持ってるんだろうな。

 SF世界住人のファンタジー的なスキル取得は相変わらず謎が多い。



―――



 久々にワイバーン以外の戦闘艦に乗っていた。

 魔王軍の仕事中に高速巡洋艦セリカや他社の輸送艦の艦内に入る事は多いが、長く乗船するのは久しぶりだ。

 そして座っているのは艦長席ではなく、艦長席よりも高い位置でブリッジの中を一望できる司令施設にある提督席に座っていた。


 『民間軍事企業・魔王軍』が新しく建造した練習艦。練習艦と言えば聞こえは良いが、改造した旧式艦だな。

 学校を購入し、訓練校も一緒に作った時に一緒に購入したんだ。

 以前も学校が練習艦を持っていたが、メンテナンス不足でスクラップになっていたんだ。

 ステーション内から出ないで生活する事もできるが、気軽に宇宙を移動するSF世界なのだから学生や研修社員だって宇宙船の操作体験があって損はない。

 練習艦に乗ったついでに国家資格もあれこれ取っておけば給料も良くなるしな。


 船員は基礎学校の学生が6割、研修・訓練中の社員が2割、それらの指導をする熟練社員が2割で、ワイバーンに比べると船内が非常に賑やかだ。

 民間軍事企業魔王軍所属・練習艦『オールドファーザー』はリゼル監修の元に性能向上より使い易さに特化した改造をしたが、それでもトラブルが頻発しては騒動の種に困る事はない。

 トラブルが起きるたびに学生や研修社員達は必死に対処しているが、普段ワイバーンで行う戦闘に比べれば「随分とぬるい」状況だな。

 同乗して近くの参謀席に座っているリョウやヴァネッサも眠そうな顔をしてくつろいでいるしな。


 『ヴァルナ』ステーションを出港してそろそろ一週間、練習航海の日程の半分位まで来ているが、特にやることも無く提督席でSF世界のネットゲームをして暇を潰していた。


「なぁリョウ、前に青い果実がどうとか、純愛がとか言ってたのどうなった?研修生には結構人気あると聞いたんだが」

 前に遊んでいたファンタジー風のネットゲームに別キャラでログインし、敷物の上に武器を適当に並べただけのやる気のない露天商プレイをしながらリョウに話を振ってみた。


「うるせー……どうせ俺についてくるのは筋肉ばかりのムサイ連中ばっかだよ」

 最近同じゲームを始めたリョウが、ゲーム内でも隣に露天を広げて色気過剰な女性戦士に銀細工のアクセサリーを勧めながら小声で答えてくる。

 リョウのチャラさと胡散臭いアクセサリー屋の組み合わせ、これが非常に似合っているんだよな。

 どこかのゲーム情報サイトの胡散臭い露天商ランキングに乗ったとかで取材を受けていた。


「リョウよぉ、あれだけ訓練生に慕われていて贅沢言ってんじゃねぇよ。まあ、ムサイ連中ばかりだけどな」

 ネットゲーム内でも現実と同じリザードマンアバターで、露天近くの壁に寄りかかり寡黙な用心棒プレイをしてるヴァネッサが唸るような笑い声を上げるが、実にさまになっているな。


「うっせぇ…イグサこそどうなンだよ。結構こまめに顔出してるじゃねぇか」


「俺のは半分スキル持ちのスカウトだからな……ええと……うん、まあ、それなりだな」

 心当たりを指折って数えて……片手を超えたので気にしない事にした。


「もげろ……!」

 リョウの吐き捨てるような呪いの声にヴァネッサと一緒に低い笑い声を漏らす。

 たまには男同士の会話というのも気楽で良いじゃないか。


 とはいえ、この船の司令部施設、小声じゃないと会話がそのままブリッジへ聞こえてしまうのは不便だな。


「だからよぉ……!っち!」

 また何かリョウが言おうとした時に、聞き慣れた魔王軍規格の警報が船内に響いて、急いでサングラス型の簡易ゲーム機を取り外す。


「騒ぐな、報告を早くしろ!」

 同じタイミングで簡易ゲーム機を外したヴァネッサの低い声が、喧騒を沈めてくれる。


「近距離に高エネルギー反応、何かのエネルギー兵器です!」

 ブリッジの当直、船長席に座っている若い学生が反応してくれる。

 今の時間は……オペレーター以外学生か、慌てるのも仕方ないな。


「落ち着け、多少攻撃を受けた位で船は沈まない。落ち着いて攻撃元を特定しろ」

 大口径砲とか威力重視のミサイルだと割と簡単に沈むが、リゼルが魔改造した船に俺とリョウが乗っていればそこそこ耐えるからな。


「不明艦発見!左舷遠距離に感3,クラス3から4の戦闘機が3機、戦闘出力のリアクター反応です!」


「……まぁ、こんな所に出てくる海賊ならマックスでもこンなもんだよな」

 相変わらず騒いでいるブリッジを横目に、はぁー……と、リョウがため息を漏らして、テーブルの上に投げ出した簡易ゲーム機をまた付け直している。


「親分に任せる。俺はちょっと仮眠取ってくるぜ」

 ヴァネッサまで司令部施設にある仮眠室に潜り込んで行った。


「……薄情な連中め。通信、相手から何か連絡は着てないか?暗号通信から一般通信まで確認しろ」


「一般チャンネルに受信あり、海賊です!」

 ブリッジ内がまた騒ぎ出す。


『法理魔法 注目Ⅰ』


 注意を引く魔法を発動させて、パンと手を叩いて視線を集める。


「戦闘中は冷静に指示にしたがって行動、ゆっくりで良いから失敗しないように」


「「「はい、先生!」」」

 船の中でまで先生と呼ばれるのは慣れないな……


「左舷偽装用装甲開放、副砲1番から20番まで展開」


「左舷偽装装甲ロック解除、開放します!」

「左舷副砲1番から20番までエネルギー伝達、起動しまふっ……舌噛んだぁ」


「各副砲を個別照準、拡散率15%設定」

「副砲、各個に照準開始してください!」

「総合火器管制起動、拡散率15%設定……完了しました」


「各副砲照準固定、発射スイッチをこっちにまわせ」

「副砲照準固定開始」

「発射スイッチを司令部に送ります!」

 俺の手元に投影ウィンドウが開いて、シンプルな発射スイッチが開く。

 これのためだけに俺達が乗ってるんだよな。自衛でも人間相手の発射スイッチを学生達に押させるわけにいかない。人道的とか倫理がとかよりも、学校行事で変なトラウマを作られても困るんだ。


 いつもはリゼルに任せてる砲の発射スイッチを押すと、わざと収束率を落として拡散させた20連装大型プラズマ砲の連射が海賊らしい戦闘機がいる空間を薙ぎ払った。


「反射が収まったら敵影確認。最終位置の周囲を高密度走査して痕跡を見つけるように」

 ワイバーンじゃないと効果音が無いから寂しいものだな。拡散させたから、蒸発しきれなかったリアクターの誘爆痕位は見つかるんじゃないか。


 民間軍事企業・魔王軍所属、練習艦『オールドファーザー』。

 現役の頃の艦名は2世代前の『ザ・アドラム・ワン』外見こそ大型輸送艦だが、中身は準戦艦クラスの元アドラム帝国主力艦隊旗艦。

 老朽化して解体予定だったものを、解体予算を着服した情報局・局長様が、外装だけ取り外して民間企業にこっそり売り払った代物だ。


 私立学校の練習艦が実は昔の主力戦艦とか愉快じゃないか!と思って作ってみたんだが、戦力過剰すぎて、乗っていて暇なのが玉に瑕なんだよな……



 結局『ヴァルナ』ステーションへ戻るまで、似たような海賊遭遇イベントが2回起きただけの実に平和な練習航海だった。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



>準戦艦 [SB]  (Semi Battle Ship)


・DLC-SBTV-00オールドファーザー (980m×380m)

 アドラム帝国の民間軍事企業『魔王軍』が中古船部品をレストアして建造した練習艦。

 艤装は大型輸送艦そのものだが、旧式艦の装甲と重力炉式リアクターを搭載しているため非常に出力・質量ともに大きく分類上は準戦艦になる。

 重力炉の出力波が先日解体された2世代前のアドラム帝国旗艦に類似しているため、分解された炉を民間企業がどこかから入手したものと推測される。


・ARMBS-98Eリトル・ザ・ワン・シンE型 (970m×380m)

 二世代前の軍縮条約時代に建造されたアドラム帝国旗艦。当時は「ザ・アドラム・ワン」の艦名だったが、旧式化と共に改名された。

 軍縮条約下において、いかに性能を保ったまま可能な限り小型化するかを突き詰めた当時の技術の結晶。建造時は主力戦艦に分類されていたが、改名と共に準戦艦にカテゴリーが変化した。

 現役時代に何度も改造され、ドックの女王の悪名もついている。最終的には大型重力炉を搭載し燃費に優れた戦闘艦になったが、反面メンテナンス性が悪く、また武装と装甲も同サイズの艦に比べると難点が多い。

 とは言え、この艦が長らくアドラム帝国臣民に愛された旗艦であった事は間違いない。



残りの閑話部分も近日中に投稿予定です。

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