64話:魔王、部下の育成に注力する(前編)
2話連続投稿です。話数にご注意ください。
短話形式でございます。
光があるところに影が生まれる。
実に魔王や悪役が言いそうなフレーズだよな?
まあ、こんなセリフを吐く時って悪役はだいたい負けた後だけどさ。
魔王軍が本拠地にしてから発展を続けている『ヴァルナ』ステーション。
魔王軍の基本方針として、閉鎖的な補給形体をあえてとらないようにしている。
『総合商社魔王軍・兵站課』の経済力や輸送力をフルに使えば、『民間軍事企業魔王軍』で使う戦闘艦のミサイルやリアクターの燃料、社員の娯楽や戦闘艦や輸送艦の空気に至るまで自前で用意する事だってできる。
実際に総合商社が運営している民間軍事企業では、補給の一切から娯楽や食事まで全て自分で準備している事も多い。下手をするとステーション単位で単一企業が運営している所だってある。
値段を自分でコントロールできるし、補給物資の備蓄量まで把握・調整できるので、戦争が始まった時や物価の暴騰とかを考えると、単一資本による経済支配はメリットも多い。
とはいえ、リゼル母から「なるべく地元にお金を落として貢献してねー」と頼まれている。
リゼル父?孫にプレゼントする玩具のカタログを良く見ているが、中央星系や他国のブランド物ばかりだな。
何より補給やステーション運営まで魔王軍の社員を回す位なら、戦闘艦を買って民間軍事企業の仕事を増やしたり、輸送艦を増やして総合商社の規模を大きくした方が儲かるんだよな。
だからこそ『ヴァルナ』ステーションが豊かになっている。
中古の船部品を買い集めたり、新規の機材を零細工場に発注するなど、わかりやすい地元への貢献もあるが、ステーションに常駐している事務方の社員が昼食に外食へ行く、出前を取る、弁当を頼むなどしても飲食街がお祭り騒ぎになるし、仕事が終われば健全な方から不健全な方まで歓楽街が早朝まで賑わい続ける。
残業手当や危険手当がついた魔王軍の給料が結構高いのと、『ヴァルナ』ステーションの物価が安いおかげで、落とす金額もかなり大きいんだ。
『ヴァルナ』ステーションの発展は目に見えて顕著だ。
閑古鳥が泣いていたシャッター通りに新しい店舗が入って商店街が復活したり、仕事を求めて他のステーションから移住してきた住民が増えて、電源が落とされ閉鎖されていた居住区画が復活したりと、実際に目に見える規模で発展を遂げている。
だが、発展という名の変化によって、良い影響を受けている場所ばかりではない。
新しい店が増えたせいで古い店が潰れたり、魔王軍が使ってるポート近くの地価が上がって家賃上がり、古くから住んでいた住人が他の場所に引っ越す事になったりする。
変化があれば良い影響も悪い影響もあるのは当たり前の話だけどな。そして悪い影響のフォローをして周るつもりもない。
……とはいえ他人事じゃなく、身近でトラブルが起きていたら、なんとかしてやらないといけない。
魔王は部下からの人望や信頼が何より大切なんだ。
アイドル並に人気に気を使う仕事じゃないだろうか。
たまに勇者を送り出す王様が羨ましくなる。
余程の悪政をしてなければ気にされない、実に美味しいポジションだと思わないか?
―――
「子供たちが通っている学校が閉校になりそうだって?」
『ヴァルナ』ステーションにある自宅で携帯用端末片手に趣味の調べ物をしていたら、「イグサ様イグサ様イグサ様ー!」とリゼルが半泣きで腕の中に飛び込んできたんだ。
「そうですよぅ!この前学校の父母会で噂を聞いたから調べてみたら、閉校寸前で出資者を探してて、来年の新入生募集を止めるかどうか真剣に検討しているんです。何とかしてくださいよぅ~」
唐突にリゼルに抱きつかれて泣かれると、日本で人気のあった未来の青狸的なロボットになった気分だ。くつろいでいた場所が昭和日本の畳の間を再現した部屋だったから余計にな。
「新入生募集の停止を考えているなら、閉校と言っても急に学校が無くなる訳じゃなく、少なくとも今通っている子供達が卒業するまでは運営が継続されるんだろう?」
日本の学校が閉校する時も、余程の事情がなければそうだったしな。
「そうですよぅ。でもアイルとかリリーナとかミリーとかアイナとかルミネとかルイとかユナとかアイルとかルイだけじゃなくて、私やミーゼも子供の頃に通ってた思い出が沢山ある母校なんですよぅ!」
思い入れがあるのは良くわかった。後なんでアイルとルイだけ2回出てきたんだ?母親目線では娘より息子の方が可愛く感じるのだろうか。
リゼルの願いが自分の欲100%なのはいい傾向だ。悪の組織の女幹部として我欲を重視するのは当然だろう。
リゼルの場合は天然だろうけどな……
「そもそも学校が閉校になる理由は何故なんだ?ステーションの人口は右肩上がりで増えていると聞いていたんだが」
子供の減少で経営が悪化するなら判るんだけどな。
「人口が増えたのが原因なんです。すぐ隣のブロックに大きな国立の学校が出来て、生徒がそっちに取られちゃったんですよぅ……」
「確か子供達が通っているのはステーションの自治体が運営している私立学校だったよな。国立の学校とはそんな違うのか?」
「国立の学校は国から補助金が出ているから、学費が安くて施設や奨学金制度とかも充実してるんですよぅ!学校で教える内容や、成人資格の取りやすさなんて制度化されてるから学校が変わってもそう大差無いんですもん」
……それは生徒が国立学校に流れて当然だよな。
「もしかしてミーゼにはもう相談済みか?」
「ですよぅ!あの子ったら“時代の流れだから仕方ないです”なんて言うんですよぅぅ!」
合理的なミーゼらしい言葉だな。だからリゼルが最初から泣いていたのか。
「しかし困ったなそこまでの状況なら資金融資位じゃ状況は良くならないな。何とかするなら、それこそ学校そのものを買い取る位しないと……駄目…だよな」
ふと懐かしい思い出が脳裏をよぎった。SF世界に召喚されるよりもずっと前―――高校生の頃に学校を裏から支配しようと生徒会長になった事があった。
あの時はトラブルが多発して裏の支配者になりきれなかった。これは懐かしいあの頃の悪巧みを成就させるチャンスじゃないだろうか?
「よしリゼル、お前の願いを叶えてやろう」
にぃ、と笑顔でリゼルに答えてやる。
「ほ、本当ですか、本当に良いんですか、イグサ様!」
「ああ、任せておけ」
「やった、やりました、お願い聞いて貰ったのですよぅー!」
涙目の泣き顔が一転、弾けるような笑顔になったリゼルが抱きついてくるのを改めて抱きとめた。
魔王軍の社員達にも子供が生まれた家庭が増えてきて、子供が預ける場所が欲しいと声が上がっていたしな。
学校に寮を併設して社員福祉施設扱いにするならミーゼも苦い顔はしないだろう。
それに―――口には出さないが、我儘を言われるのは嫌いじゃない。
普段から我儘ばかりだと流石にうんざりするが、たまに言われるなら嬉しい位だ。
だってそうだろう?我儘を言われるって事は、それだけ身内として頼られているという事じゃないか。
―――
「ライム、リゼルから話は聞いているだろう?例の学校に対して融資や出資じゃなく買い取りで交渉を持ちかけてくれないか?」
「ん。経営状態がすごく悪化してるし、簡単に行けると思う」
ライムが見込んだ通り、学校組織の買い取り交渉は実にスムーズに進んだ。学校は自治体にとって頭の痛い赤字の種になっていたようだし、何より『ヴァルナ』ステーション内では魔王軍の評判が良いからな。
知らない企業の手が入るよりは……と、学生の保護者達からも賛成の声が上がった位だ。
「おにーさん、寮に使える建物の買い取りが終ったのです。利益設定はどの位にするのですか?」
「そうだな……ミーゼ、寮と学費に関しては収益を考えなくて良い。赤字になっても良いから、奨学金制度を充実させてくれるか?」
「…………なるほどです。魔王軍に対する士官学校みたいな扱いにするのですね」
「話が早くて助かる。うちは一応民間会社だしな、士官学校というよりは職業訓練施設になるの……か?学校にいるうちから、幹部育成コースや技能特化コースを選ぶ事もできるようにしておきたいな」
「そっちの方が長期的にメリットが出ていいのです。講師の手配をするのにうちの人を使わせて貰うけどいいですか?」
「構わない、使ってくれ」
ミーゼには社員福祉施設の他に、若手の社員確保・育成施設も兼任させると言ったら笑顔で納得してくれた。
民間軍事企業や貿易メインの総合商社が船の乗組員を募集すると、素人さんやチンピラ紛いの素行不良者とかが集まりやすいからな。
大半は素人だったが、素直な性根をしていてやる気が天井知らずにある人材の宝庫だった『ヴァルナ』ステーションは例外も良いところらしい。
「なあイグサ、今度学校作ってるって話じゃねぇか。敷地が結構余ってるンだろ?うちの連中みたいな海賊上がりや魔獣みたいな常識欠けてる連中や、素人連中をまとめて鍛える訓練施設を併設しねぇ?訓練・研修段階の社員が増えすぎて、実働艦の中で全部教えるのはキツいって話が出てンだよな」
「親分、俺からも頼めるか?陸戦隊や白兵戦の訓練希望者への訓練も、いい加減専用の訓練施設が欲しいぜ。大型輸送艦の船倉やメンテ中の船を間借りするのも肩身が狭ぇ」
リョウとヴァネッサからも頼まれて、新入社員や陸戦隊用の訓練施設も併設する事になった。素人を宇宙船乗りや軍人に育て上げるのだから、21世紀地球でたとえるなら海兵隊の新兵訓練施設に近い代物だ。
敷地はあまり気味だから大丈夫だな。訓練施設も前から言われていたし併設するか。
『ねぇねぇイグサくん。学校を買ったんだって?ちょーっと相談があるんだよ。聞いてみない、聞いてみようよ、聞いてよお願いだからさ!』
携帯端末が帝国情報局からのホットラインを鳴らしたと思ったら、局長のリリスが相変わらずのハイテンションでまくし立てて来た。相変わらず耳の早い事だな……
だんだん大事になってきてないか、これ?
「そうだな、リリスのような可憐な女性に夕食に誘われたら、ついつい行って色々聞いてしまうかもしれない。酒も入るとつい頷いてしまうかもしれないな」
『おっけー!』
とりあえずリリスには下心満載の返事をしておいた。
自分で言っておいて何だが、腹黒でうざ明るいキャラをあえて作ってるリリスに可憐とか無理があるよな。
―――
「……忘れていた。俺がいた頃の地球と違って、学校は基本的に成人資格を取りに来る場所だった」
理事長室とプレートが貼られた木造の部屋、俺の趣味を反映しまくったクラシカルな内装の部屋の窓から『ハルナ02基礎学校』の校門を見てため息をついた。
学校の買い取り交渉から改装工事、講師の入れ替えや新規制度の導入などは簡単に終わった。
簡単というか予算をつけて基本方針を決めれば、後は専門家がやってくれるから自分で苦労する所が無い。
2回ほどワイバーンに乗って海賊多発地帯へ巡回に行って帰ってきたら、全部終わって運営開始したという連絡が来たんだ。
肩書だけで権力はあるが仕事のない理事長のポスト、好きに弄れる自分の学校と、ロマン溢れる環境に胸を高鳴らせていた………が
「悪事の対象にしたり毒牙にかけるには青すぎる果実が多すぎて辛いな……」
生徒が想像より全体的に若い。
アドラム帝国の市民は13~15歳で成人資格をとって学校を卒業するという話を忘れていたな……
「いや、何がと言えないがライムやミーゼでも守備範囲内な俺にとってはギリギリいけない事もないが……!」
「なぁイグサ、たまにお前がすげぇ馬鹿に思える時があるンだけどよ」
『民間軍事企業魔王軍・初等訓練施設長』『ハルナ02基礎学校理事』と2つのプレートを胸に付けたリョウからのツッコミが耳に痛い。
「ロマンは馬鹿に思える事も多いんだ。というかリョウ、そう言うお前こそ何で理事なんて引き受けたんだ。どう見ても俺と似たような下心あったとしか思えないぞ!」
「ち、ちげぇし!俺みたいな海賊は妖艶な姉ちゃんばっかに縁があるから、たまには青い果実が気になるっつーか!」
「いやそれ下心しかないよな。というか苦悩してる俺より直球でやばいだろう!?」
「大人の姉ちゃんはすぐに金とか肩書に目が行くから、たまには純愛とかしたくなるンだよ!」
リョウの言い分は完全に危険人物だが、少しだけ気持ちがわかってしまうのが悔しい。
「そうか、ならカナに連絡しておこう。同じ釈明をすると良い」
素早く携帯端末を取り出し、海賊ギルドマスターへのホットラインにテキストメッセージを打ち込んで素早く送信。ワイバーンを入手した時に取得した機械操作スキルを無駄に発揮して数秒で入力と送信が終わった。
リョウの従妹で妹分にて、現役海賊ギルドマスターの頼れる姐さんことカナに、リョウは同じ釈明を言えるだろうか。
「ちょ、イグサ、おまっ、馬鹿やめ…!」
思わず手を伸ばすリョウの胸元、リョウの携帯端末からファンシーな呼び出し音が鳴り響く。
血の気が引いて青から白い顔色になったリョウが機械的な動きで携帯端末を取ると―――投影表示には『通信先:身内/カナ』とあるな。
「……はい。リョウです……はい……うん。……はい」
リョウが何を言われているのか気になる。なんかすごい丁寧語になってるし、こうして見るとリョウも賢者に見えなくもない。
ああ、悪事をしている訳じゃないが、この瞬間の楽しさの為に金と手間を使ったなら後悔はないな。
リョウと馬鹿な事をしていると青春を謳歌しているような気持ちになるじゃないか。
ちなみリョウは翌日にしばらく出かけてくると伝言を残し、跳躍輸送艦に乗って海賊ギルドへ向かってから暫く姿を見なかった。
(後編へ)




