名探偵
『名探偵指南書』がテーブルに置いてある。ここのところ、あなたはずっとこればかり読んでいる。
「ねえ、本当に探偵になりたいんじゃないの?」
「違うよ。俺じゃなくて、ウチのパティシエ」
「パティシエってあの、入ってきたばかりの娘?」
白い調理服に身を包んだ、初々しい女の子の顔が浮かんだ。ちょっと、面白くない。
「面白い顔になってる」
眉間を人差し指でぐいぐい押される。とても、面白くない。
指をそのまま押し返すと、額をぺちりと叩かれた。
「痛い」
「痛くない」
「痛い」
「そんなに強く叩いてないだろ」
そう言いながらも、叩いたところを優しくなでてくれる。
「彼女のために読んでるの?」
「まさか……いや、でも、結局はそうなるのか?」
「どういうこと?」
ことの次第によっては、私とあなたの関係に亀裂が生じるかもしれない。さっきよりも、眉間にしわを寄せて唇を噛みしめる。
私の額をなでていた指先が、ぎゅっと頬をつねる。
「痛い」
「うん。変な誤解しているから、つい」
「だって」
「信用されてないんだなと思ったら、つい」
「……ごめんなさい」
誤解をさせるような言い方をしている、あなたが悪い気がするんだけれど、そんなこと言ったら後が怖いから、素直に謝る。
許してくれたのか、頬は解放された。またつねられてはたまらないと、自分の頬を手で押さえていると、
「彼女が仕事をしないから、その分のしわ寄せがこっちに回ってくるんだ」
疲れた声であなたが言った。
私が話についていけず、戸惑っていると『名探偵指南書』を一瞥して、名探偵とは正反対の悪者の雰囲気であなたは言葉を続けた。
「さっさと探偵ごっこをやめてもらいたいからね、さりげなく誘導するんだよ」
パティシエの彼女が、身近に起きた事件を「わたしが謎を解く!」と息巻いて、仕事をほったらかしては事件を筋違いな方向にもって行き、あなたはそれを陰で軌道修正して、解決までの道のりが最短で済むように誘導しているのだと説明してくれたけど、なぜそこまでして彼女を庇わなければならないのかが分からない。仕事をしないのなら、普通にクビでいいと思うのだけれど。
疑問が表情に現れていたのか、あなたは苦笑して理由を告げる。
「オーナーの愛娘だから、文句を言ったらこっちの首が危うい。それに癪だけど、クビにするには惜しいくらい腕もいい」
肩を落とすあなたの、頭をなでて慰める。
気持ちの良い肌触りの髪は、私のよりも少しだけ硬い。
「とろこで」
「うん?」
「解決までの道を軌道修正して誘導してるってことは、あなたはもう謎を解いちゃっているってことよね?」
なでていた手を止めて問うと、あなたはいつのまにか閉じていたまぶたを開いた。濃いグリーンの二つの目がきらりと光っている。
「さて、どうかな」
笑みを浮かべて
「それより、ごめん。痛かっただろ、赤くなってる」
さっきつねられた私の頬に口づけをした。
ごまかしが下手ね、名探偵さん。と、私も笑った。