第5話
物語の関係上、話が長く少し暗いです。
あの忙しい本崎がせっかく休みなんだからと、友だちに引き止められ本崎は夕方にようやく帰ることができた。本崎は自分の家が見えた瞬間驚愕し、慌てて走って家の前へ行った。
「橋森!お前なんでここに!?」
本崎は自分の家の前に座り込んでいた橋森に声をかけた。すると、橋森は突然立ち上がり頭を下げた。
「な、なんだよ。」
本崎は状況が理解できなかった。
「ごめんなさい。」
「・・・・はあ?」
「私、あなたのこと誤解するところだった。あなたは私を守ろうとしてくれたのに。」
橋森のその言葉で本崎は瞬時に状況を理解した。
「お前だったんだな教室を出た時感じた気配は。で、全部知ったから謝りに来たってことか。」
「ず、ずうずうしいかもしれないけど、教えてほしいの。ううん、確かめさせてほしいの。」
「確かめる?何を?」
「あなたがバイトしてるのって・・学費や生活費のため・・なん・だよね。」
橋森が一言一言確かめるようにゆっくりと口を開く。
「違ぇーよ。」
それに対し本崎は冷静に即答した。
「違わないよ!あなたは遊ぶためって言ってたけど、そんなのおかしいよ。だってあんたは学力的に無理してまであの学校を選んだんでしょ?なら、退学の危機なのに勉強しないで遊ぶなんて信じられない。勉強時間を削ってまでしないといけないほど、お金がないんでしょ?そうなんでしょ?」
橋森の目には涙が溜まっていた。しゃくり声をあげながら、橋森は必死になって言った。
「とりあえず中に入れ。このままここにいたら、近所の人から誤解を受ける。」
本崎がカギを開け橋森を中に促した。
「紅茶でいいか?」
「うん、ありがとう。」
「じゃあ、その辺適当に座っといてくれ。」
橋森は言われた通り適当に場所を見繕って座った。しばらくするとキッチンの方から本崎が2人分のコップを持ってやってきた。
「ほら。」
「ありがとう。」
橋森は差し出されたコップを受け取る。
「・・・お前の・・・お前の言った通りだ。」
「え?」
「お前の言う通り俺には金がない。」
「・・・・。」
お金がないのではないかときいたのは橋森自身だったが、実際に答えられるとどうすればいいのかわからないようだった。
「・・・ここから先は誰にも話したことはないし、これからも言わないと思ってた。あまり気持ちのいい話じゃねぇけど、それでも聞くか?」
「・・聞かせて・・ほしい。」
本崎はゆっくりと息を吐いてから口を開いた。
「もう気づいてるかもしれないけど、俺には親がいない。とは言っても中3の秋ぐらいまではいたんだ。ある日母さんが福引で1泊2日の2人分の温泉旅行を当てたんだ。父さんも母さんも受験がある俺に遠慮して行かないつもりだったんだ。でもせっかく当てたんだし、もったいないから2人でデートしてきなよって俺が言ったんだ。ならお言葉に甘えるなって言って父さんたちは旅行に出かけた。そこで事故が起きた。2人とも即死だったらしい。父さんたちはほぼかけ落ち同然で結婚したから頼れる親戚もいなくて。それでしかたなく校則違反になるとしてもアルバイトするしかなかったんだ。」
「ごめん、きいちゃいけないかもしれないけど、なんで受験をやめなかったの?」
「え?」
橋森は本崎の予想してなかったことをきいてきた。
「そりゃうちの学校に入りたかったかもしれないけど、金銭的に余裕がないなら諦めて公立に変えるべきだと思うの。あなたくらいの成績なら余裕だと思うし。それか奨学金制度のあるところにするべきだと思うの。学校がアルバイトを禁止してるかは入んないとわかんないけど、うちの学校はほかの私立と比べて学費が異様に高いし。そこまでして学校を変えなかった理由が知りたくて。」
「ね、姉さんが・・。」
「お姉さん?」
本崎はいきなり立ち上がって
「・・ちょっとついてきて。」
そういうと歩きだした。橋森は理由わからなかったが、おとなしく後をついていった。本崎は2階にあがり、いくつかあるドアの中で1つを開けた。
「入って。」
橋森は言われるがまま入った。その部屋は明るいベージュと柔らかいピンクでまとめられていた。
「ここって・・。」
「姉さんの部屋。」
「勝手に入っていいの?」
「大丈夫だ。」
本崎は机に置いてあった写真立てを橋森にさし出した。
「これが姉さん。俺の2つ年上。」
写真には本崎よりも幼い少女が笑顔で写っていた。
「これがお姉さん?随分幼い気がするんだけど・・・。」
「元気に笑顔で写ってるのがそれしかなかったんだ。」
「元気?」
そう問いかけた橋森を本崎はまっすぐ見て答えた。
「姉さんは高1の5月突然病に倒れた。」
「え?」
本崎は橋森から目線をはずしベットに腰かけた。
「姉さんはもともとあまり体の強い人じゃなかったんだ。それでも中学の時は全然元気だった。だから高校も平気だと思ってた。だけど突然病に倒れて入院した。でもそんなに心配してなかったんだ。今まで入院することもあったけど大体風邪をこじらせたとかだったから。だけど違った。検査を終えて呼ばれた俺たち家族に告げられたのは驚愕する内容だった。聞いたこともない病だった。医者もこれまでほとんど見たことないって言ってた。治療方法もまだ見つかっていない病気だとも言った。」
橋森は思わず息を呑んだ。
「その日から姉さんは人が変わったように笑わなくなった。日々をただ淡々と生きることしかしなかった。俺はどうしても姉さんに笑顔を取り戻してほしかった。だからある日言ったんだ。『俺、頑張って勉強するから。そして姉さんの学校に合格するから。だから姉さんは病気を治して学校で待っててよ。』って。俺はその時から必死に勉強した。その時の俺の成績は到底合格できるレベルじゃなかった。だからこそ合格には意味があった。俺が合格すればきっと姉さんを勇気づけられるって思ったんだ。俺はこれでもマシになったんだ。」
橋森は何も言えなかった。そして本崎をバカにしたことを悔いた。
「俺のバカみたいに上がっていく成績を見て少しずつ笑うようになったんだ。調子のいい時は勉強もするようになった。これなら大丈夫だと思ってた。・・・・・・でも幸せな日々は続かなかった。・・・・俺の合格を待たずに姉さんは両親の後を追うように亡くなった。だけど俺は姉さんに誓った約束を守ると決めた。そして俺は合格した。自分でも奇跡だと感じた。だからこそ今度は姉さんのためにこの学校を卒業しようと誓った。姉さんはたった1か月しかいられなかったけどそれでも入院するまではとっても楽しそうに学校のことを話してたんだ。誰よりも学校に通いたかった姉さんのためになんとしてでもこの学校を卒業しようと。だから俺は学校をやめるわけにはいかないんだ。死んでもやめられない。誰になんと言われようと関係ない。俺はあの学校を卒業する。」
「ご、ごめん。」
「え?」
橋森に突然謝られて本崎は驚いた。
「だ、だって、泣い・・てる・・から・・。」
本崎は自分の顔に触れた。そして涙のしずくが付いた指を見つめる。
「・・あ・れ・・?俺・・・泣いて・・・。」
本崎が口にしたとたん、涙が次々溢れていきうつむいた。
「・・あれ・・?・・なんで・・止まら・・・ない・・・。」
ふいに本崎の視界が暗くなった。橋森が抱きついたのだ。
「ご、ごめん、ごめん!わ、私、無神経・・だった・・な、何も・・知ら・・ないで・・あれ・これ・言って・・ほんと・・ごめん。」
橋森は泣いていた。
「・・・なんで・・謝るんだよ・・俺が・・いけない・・のに。全部、俺のせい・・なのに。・・そう、家族が死んだのも・・俺のせい。」
橋森はハッとして本崎の肩に手を置き自分から引きはがしまっすぐ見つめた。
「そんなことないよ!!」
「そんなことあるよ。俺が・・俺が旅行に・・行ってきなよって・・言わなければ・・父さんも・・母さんも・・死ななかった・・死ななかったんだ・・俺が、言わなければ・・俺が・・殺した・・」
「わ、私が、あんたを、が、学年1位に、して、みせる!!」
橋森は自分でもびっくりするほどの大声で力強く叫んだ。橋森はどうにかして本崎の気を逸らしたかった。
「え?」
「私があなたを学年1位にしてみせる!!」
「学年1位って・・無理だろ?」
「無理・・かもしれない・・。でも!それは挑戦しない理由にはならない!そうでしょ?1度自分の限界を超えたあなたにはわかるはず。」
「でも、なんで学年1位なんだ?」
「ど、どうせ目標を立てるなら、大きい方がいいし。・・お姉さんにも・・お父さんにも・・お母さんにも・・誇れる息子でいるべきだと思うの。自分が殺したなんて嘆いていないで新たに目標を持つべきだと思う。家族がいて、お金もあって、苦労なんてしたことない奴が何言ってんだって思うかもしれない。偉そうなこと言うなって思うかもしれない。でも、でもね、ご両親もお姉さんもあなたにそんな風でいてほしくないと思う。あなたは亡くなられた家族のためにも日々に希望を持って生きるべきなんだよ。それが亡くなられた家族に対するつぐないだと思う!」
「でも、どうするんだよ。これ以上勉強時間は増やせないぞ。」
本崎の発言に橋森はニヤっと笑って答えた。
「ちょっといい事思いついちゃって。」
橋森は本崎に耳うちした。
「はあ!?本気・・で?」
「うん!これならアルバイトの時間を減らさずに勉強時間を増やせるでしょ?」
「そうだけどよ。」
「じゃあ、明日からね。」
そう言って橋森はドアへ向かった。
「じゃあ、私帰るね。明日からよろしくね。あ!あと紅茶ありがと。」
そうして部屋には沈黙が落ちた。
「もう飯食って寝よ。」
いつも読んでくださってありがとうございます。未だに地の文が苦手でよくわからない部分も多いとは思いますが、これからもよろしくお願いします。