双子と双子の組み合わせは一つだけ
ある日、妹からメールが送られて来た。内容はただ、これだけ。
“大局的見地に立てば、大きな問題はない”
妹からメールが来るのは珍しい上に、まるで政治家が何処かの国との外交問題で使いそうな言い回しで、しかも意味が通じない。けども、それでも私にはそれがどんな類のものなのかが分かった気がした。これは暗号でもなければ、謎かけでもない。恐らく、これは腹芸の類なのだ。何かを察しろと彼女は言っている。妹の性格からいって、恐らくはそうだろう。向こうも私の性格を知っている。
一卵性双生児。
言うまでもなく、同じ遺伝子を持つ稀有な存在。そしてその特性から、人間の性格は遺伝子の影響を強く受けるのか、それとも環境の影響が強いのかといった問題の研究対象とされる事が少なくない。
その調査結果の一つとして、こんなものがある。
一卵性双生児は、一緒に育てた方が性格の違いが生まれ易く、別々に育てた方が性格が同じになり易い。
意外に思われるかもしれないが、同じ環境で一緒に育てた方が双子の性格は変わってしまうのだという。これは、似たような存在が近くにいる事で、お互いが個性を主張すべく差別化をしていくからだ、などと説明をされている。または、役割分化をするからだ、などとも。
この結果を受けて、性格への遺伝子の影響力を強く主張する学者の一部は、遺伝子が性格を決定づける証拠だと言い、逆に環境の要因を強く主張する学者の一部は、環境が性格に強く影響を与える証拠だと言った。
つまりは、全く同じデータを観て、双方が全く逆の主張をしたのである。そういう意味でも、これは稀有な事例の一つだと思うし、興味深くもあるのだけど、まぁ、別にそんな事を訴える為に私はこれを書いた訳ではない。遺伝子の問題は、確かに個人的にも興味深いのだけど…
簡単に言ってしまえば、この話は私達を説明する上で、前振りとして非常に適していたのである。
で、この話の流れなら簡単に分かると思うが、私は双子の片割れで姉。そして、妹とは別居という訳ではないのだけど、ある程度の距離を置いて育った。
自立心を養う為か、それとも単に部屋が余っていたからか、どういう意図なのかは、両親に確認した事がないから分からないのだが、幼稚園に入る前から私達は別々の部屋で育てられていた。小学校に上がると、学校側の方針で別のクラスになったし、それは中学校でも同じで、そして家に帰るとそれぞれの部屋に引きこもる。そんなだったから、私達は関わり合わない疎遠な双子として学校内でも有名だった。同じくらいの成績ではあったけど、そのままの流れで別々の高校へ。これはお互いに避けたという事もあったかもしれない。しかし、それから大学進学になってなんと合流。が、実はお互いに進学する大学を知らず、偶然、同じ大学になったというのがその真相だ。同じくらいの成績で入れる大学で、通い易い所といったらそんなに選択肢はないから、これは充分に偶然で説明がつく。同じ家に暮らしながらそこまでお互いを知らない。ここまで来ると、流石に干渉をしなさ過ぎだと多少は自分でも呆れた。
ここで、先の、双子は別々に育った方が、性格が同じになるという話を思い出して欲しい。私達は非常にそれに近い状態で育った双子なのだ。つまり、性格は同じになるはず。普通の双子以上に。
さて。
問題はここからだ。
大学を卒業して少し経つと、私達はお互いに相手を見つけて結婚をした。相手は在学中に見つけていて、同じ大学の男生徒。そして、なんとなく察してくれるかもしれないが、彼らも双子だった。私達は双子の兄と弟とそれぞれ恋をし付き合って結婚まで至ったのだ。しかも、私達と同じく一卵性双生児。彼らは私達とは違って、ガチに別々で育った双子らしい。もっとも、同じ大学に進んだのは偶然じゃなくて、お互いに話を通したらしいけど。まぁ、それで、その所為か、この二人も、性格がとてもよく似ている。
双子が見つけた相手が双子。
これは流石に凄い偶然だろう。もっとも、全てが本当に偶然だったら、だが。
ある日、私は不意に夫にこう話しかけてみた。生まれたばかりの赤ん坊をあやしながら(因みに、女の子だ)。
「私達が初めて会った時の事を、覚えている? 確かあれは、飲み会の席で……」
すると夫はこう返すのだ。
「違うよ。君の方から、話しかけて来たのじゃないか」
なんと?
こいつ、忘れていやがるな。
とそれを聞いて私は思ったのだけど、考えてみればかなり酔っていたから、記憶がおぼろげになるのも無理はないかもしれない、と思い直す。そして、その飲み会の後に会った夫の姿を思い出した。見た顔がいるな、と思って私から話しかけたのだ。夫はとても驚いた顔をしていたっけ。まるで、初対面の人間から声をかけられたような…
ん?
と、そこで私は妙な違和感を覚えた。それでちょっと思い出してみる。何だか、芋づる式に色々と出てきそうな…
卒業後、妹も結婚する事になり、自分の婚約相手が、相手の双子の兄弟だとそこで初めて分かると(それまで知らなかった事が、まず驚異的かもしれないが)、珍しく私達は盛り上がり、そこで互いの馴れ初めを話し合ったのだ。確かそこで妹は、相手から突然に道で話しかけれられたのが付き合う切っ掛けだったと言っていたような気がする。飲み会で会ったじゃないかとか言われたと。古臭いナンパだと思ったとかなんとか…
あれ? これって…
そこで私はまた強い違和感。
そう思い始めると、何だかまた違和感を思い出した。夫と会っていて、時々、変だなと思った事が何度もあったのだ。そして、それから私が夫だと思って会っていた相手は、本当に毎回夫だったのか?と私は不安になり始めた。
何度か寝た内の、何回かはもしかしたら…
それから私は自分の赤ん坊を見てみた。
この子の父親は、もしかしたら…
いや、流石にそれはない。ないと思う。ただ、調べようと思ってDNA鑑定しても恐らくは分からない。だって、疑いのある相手の遺伝子は、全く同じなのだから。
しかし、そう思ってしばらくしてから、私はこう思い直した。
――まぁ、逆に言えばそれは“別にどちらでも良い”という事なのかもしれない。
だって、生物は自分の遺伝子を持った子供を残す為に生殖行動を執るのだ。全く同じ遺伝子を持つ子ならば、どうであろうと、それは間違いなく夫の子だ。後発的な要因が遺伝子の発現に関与する“エピジェネティクス”を考慮するのなら、多少は影響を受けるだろうが、それも無視できる程度のものだろう。生物的な大局的見地に立てば、大きな問題はないはずだ。
そこで私は妹からのメールを思い出した。
“大局的見地に立てば、大きな問題はない”
なるほど。流石に双子だ。
そう思った。