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Psychic Sleuth  作者: 輪廻
9/9

Case.5 鏡越しの目~二掴み~

前話と同じ状態です。すみません・・・

それは生。

それは罪。

それは死。

人間とは、なんて無残なのだろうか。

無残なのはあまり過ぎるということ。

それはいらないということ。


なら消せばいいだけじゃないか―――――


*******

「っ・・・」

黒い物を見た。

黒い物体を見た。

その衝撃で着物の少女は身体の力が一気に抜け、床に座り込んでしまった。

ガクガクと身を震わせながら。


―――――なんだ、こいつは・・・!


真先は瞬きもせず、物体を見る。

いや、正確にはできなかった。

瞬き一つ、透き一つでも見せれば自分の命が危ないと感じ取ったからだ。

それぐらい、相手は禍々しい。

ニヤリ、と相手は口を傾ける。

気味の悪い笑顔は口の部分しか見れなかった。

「ほう、千江。とうとう逆らったか。」

静かな、しかし狂気のこもったその声は空間全てに響き渡る。

声質からして相手は男だと言う事が分かる。

千江と呼ばれた少女はその言葉にますます反応し、怯えた。

相手は続ける。

「まぁ、予想はしていたがな。しかし人間の小娘に助けを求めるとは。愚か愚か。」

呆れるように首を横に振る男。

すると身を包んでいた影が、触手のような形態に変わりながら身から離れていく。

一本。また一本と横に不気味な動きを見せながら離れて―――――


影が無くなったその時見えたものは。

ただならぬ霊力を放つ、青年の姿が見えた。

外見だけは眉目秀麗なその男は怪しい笑みを浮かばせながら、姿を現せる。

腰辺りまで伸びた黒く長い髪は、先端部分で纏められており、横に踊る陰と一緒にゆらゆらと動作を見せる。

するどい視線は獲物を駆るハイエナのようで、不気味に光っているのが見えた。

白装束をまとうその男は一見上品に見えたが、錯覚なのかもしれない。

彼の光る目は真先に向けられる。

ビクン、と一瞬振るわせた真先の身体。

冷や汗が止まらない。

目は見開いたまま、くっきりとその男を焼き付けている。

「お前は―――――」


!!

「がっ・・・!!!」

真先が力を振り絞り、一言出そうとした瞬間、影に首を絞められる。

痛みと苦しみに耐える呻き声が喉から放り出されていき、必死で影を解こうと手を伸ばす。

が、その手もまた別の影にとらえられ、上へと伸ばされる。

「俺に話すときは口に気をつけろ、小娘。」

鋭い言葉と同時に影がもっと縛りつく。

「ぅ、ぐぅ・・・!」

「しかし良くここに自力で入れたなぁ。よほど霊力が強いんだろう。」

「くっ、あぅ・・・!」

「もう怪我してるのか、かわいそうに。」


ペロン。


「っ・・・!?」

身動きが取れない状態になってしまった真先の頭に手差し伸べ、先ほど千江に殴られできた傷の部分を優しく撫でる。

滴る血。

頭からもう胸元辺りへと浸透した真先の血液はどんどん道を進んでいく。

そしてその血に魅了されたのか、顔に流れている赤い液体を男は舌で少量舐め取った。

驚きと気味悪さに変な呻きが出る真先。

ビクン、と再び身体が痙攣する。

両腕を上に縛り上げられ、首までも絞められた状態で男を見る。

―――――こいつ、なにを・・・!

艶めかしい目線でじっと真先の顔を見つめる。

まるで、この様な光景が楽しいかと思わせるように。


「さっきのやり取りを見ていたがお前、かなり活発力があるらしいな。腕の一本でも折っておくか。」


―――――!?

そんな事を口にした。

怪しい笑みを浮かばせながら。

舌なめずりを一つ見せた後。

影が真先の左手を思いっきり締め付け、引っ張りあげる。

徐々に、徐々に。


「ひっ・・・!?」


ゴキリ。

嫌な音が響いた。

締めきった何かが真っ二つに折れる音。

「ぎ、ぎゃあああああああああああああああああああああああ!!!」

痛みに走らされ、めいっぱいの悲鳴が空気を打った。

人生で一度もそのような叫びを出さなさそうな真先が。

自分でもこんなに声を張り上げるのは初めてだと感じた。

痛みに堪える呻き声が徐々に小さくなっていき、ぶらん、と反対に曲がってしまった左腕が力無く下がる。

そして、首に巻かれていた影が少しづつ解かれてゆき、糸の切られた人形のように真先は床に倒れこむ。

荒い息を吐きながら、左腕を押さえて。

「う、っくっぐう・・・」

「お前は消すのが面白そうだ。最初は千江にしよう。」

床に横たわった真先に対しそう言った。

そして、涙で顔がずぶ濡れになった千江に視線を流した。

ゆっくりと近づく。不気味な笑みを浮かべながら。

「み、水無月様・・・!あ、アタイは・・・」

「頼みごともろくにできない役立たずはいらないよ。」

影がゆっくりと千江の身体に絡みつく。

シュルシュルと滑らかに少女の身体にすべり、死の一刻を鳴らす。

「ひっ!ゆ、許してくだされ。水無月様ぁ!!」

ニヤニヤとご機嫌な表情で千江の身体を影で持ち上げ、彼女の顔が自分の顔と同じ高さのところで止める。そして千江の喉の部分を目掛けて先の尖った影が立ちはだかった。

千江はもう泣き喚くしかない。

「じゃぁね。」

水無月は眉一本動かさずそう一言告げた。

風のように飛ぶその凶器は千江の身体を貫く刃と化し、襲う。

そう、見えたのだが。


「?」

―――――暖かいのが、感じない?


千江の返り血を浴びるのを待っていた水無月。

しかし、その異変に笑みで閉めていた目蓋を開いた。

その目に映った光景とは。


「ふ、ざけんな。こいつとは、私も用があるんだよ!」

ゼェゼェと息を切らしながら、まだ動く右手で影を掴んでいた存在がいた。

左腕を引きずらせ、頭の右部分から血を滴らせながら。

右手でめいっぱい力をこめながら止めた影は、千江の喉まであと10cmと言ったところだろうか。摩擦力で右手の平からも血が出ていたが、左腕の激痛に比べたらなんでもなかっただろう。



―――――どうせ死ぬなら、なんで生まれてきたのだろう。

―――――俺の存在に、何の意味があるんだ。

触れた影から流れ込んだ声。

間違いなくそれは目の前にいる水無月の物だった。

でもそれは鼓膜を突いて聞こえた物ではなく、身体のどこからか流れ込んで脳に響いたような感触だった。

「なんで、お前は。邪魔するなぁ!!」

あの涼しい表情とは裏腹に剣幕を立てた水無月は影で真先を吹き飛ばした。

床に叩きつけられた衝撃でまた激痛に悶える真先。

でも、ただそこに突っ伏すだけじゃない。

「そいつを・・・千江を、離せ。ここから、出せ!」

無理にでも身体を起こそうとする彼女は、口が血まみれである事も気にせず未だに言葉を出す。

それがカンに触ったのか、水無月は千江を放り出した後、真先に影を一気に伸ばし、今度は首だけを締め上げようとした。

「ぐ!う、くぅ・・・!」

「うるさいうるさいうるさいうるさい!お前ぇ、少しは命が延びたのに無駄にしたぞ。今ここで殺すぞ!・・・!?」

怒りで変化したその安らかな顔は急に驚きの表情で一面となった。

まるでこの世の物ではないような物を見たかのように。

人は信じられないものを目撃すると指一本動かせず硬直してしまうというが、今まさに水無月はその理由が分かったかもしれない。

なぜなら自分がどう対応して良いか分からないからだ。

そしてそこから迷いが生まれ、人は動けなくなってしまう。

「な、んだよ。その顔はぁ!?」

水無月が驚いた物。それは。


真先の朗らかな、悲しそうに笑う表情だった。


首を絞められ、腕を折られ、顔の殆どが血だらけというのに、真先は水無月に向かって笑みの表情を見せた。

抵抗しようとは思えない手の動作で、首に巻かれた影に触れながら。

その行為の意図が分からなかったのか、水無月は真先の思いっきり放り出す。

ガッという嫌な音と共に真先は倒れるが、まだ息はしている。

むしろ、息が荒くなったのは水無月の方だった。

「ぅら、いよ、なぁ・・・」

「あ・・・い、今なんて・・・」

驚きと恐怖が混じった声で水無月は問う。

真先の吐いた呻き声が聞こえなかったのだろうか、彼は問う。

真先は、髪で隠れた顔を挙げ、涙が少したまった眼で水無月に向く。


「生きる前から死を前提されるなんて、辛いよなぁ・・・」


「孤独は、痛いよなぁ・・・」


ハッとした表情で固まってしまった水無月。彼の目は真先の血だらけの顔だけを打つしている。

―――――こいつ、なんで。

―――――なんで、そんなこと言えるんだ!?

ハァハァと息を切らしながら、やっとのことで立ち上がれた真先。頭からは血、口からは少量の吐血と唾液が混じり出ている。

「縄縛り・・・」

「!?」

その言葉に水無月は震え上がった。

「お前の、生前についていた宗教・・・」

「あ、やめ・・・」

「生贄を、黒い髪でできた縄で、神に捧げる・・・」

「やめろぉ!黙れ!!」

「生贄は、生まれてから死人として扱われる・・・18になったら・・・」

「頼む!!黙れ!!もう聞きたくないぃ!!」

真先が吐く数々のフレーズに敏感になる水無月。

耳を塞ぎながら蹲り、震え始める。

それにより、周りの影たちが乱暴に暴れ始めた。

「・・・・・・」

真先はもう何も言わない。

水無月も、やっとのことで息を整え始めた千江も、一言も話さない。

ただただ沈黙が流れていくだけ。

―――――いやだ、思い出したくない・・・!

―――――あの人生を、あの頃を思い出したくない!!


もうかれこれ5分はたったと思えたところで真先がよろめきながら立ち上がる。

その時に、水無月が一言告げた。

「お前に、何が分かる・・・何故、分かる・・・?」

蹲ったまま、水無月はそういった。

消え入りそうな声で。

真先は左腕を押さえながら静かにこう言った。

「嫌なクセなんだ。相手の記憶が読み取れるってな・・・」

すこし期待違いだった答えを聞かされた水無月は顔を挙げ、真先を見上げる。

暴れていた影が治まっていった。

「それに、お前ほどではないかもしれないけど、少しは知ってるんだ。ほんの少しだけど」

―――――そんな。

―――――ありえない。

―――――そんな事、存在しない。


なのに。


「けど、同じだから。お人、好し・・・だから・・・」

ぐっ、とふらつきながらついに膝を突いてしまった真先。内出血が拡散してしまったのか、左手は変色し始めていた。半袖の白かったYシャツは赤色と化し、雫が垂れていく。カクンと床に倒れかけた彼女をただただ驚きの目で見つめる水無月。

―――――出血しすぎた・・・

―――――頭が、ぼーっとする・・・

真先は薄れかかった視界を一秒でも長く保とうと心がける。眉間にシワを寄せ、目の前にいる水無月を必死で見つめながら。

「なんで、出れないんだ?」

「?」

「千江も、お前も・・・なんで出れないんだ?」

途切れ途切れの言葉。

でも、まっすぐで。透明で。


涼しい・・・


―――――まるで、あの人のように。

水無月の意識に一瞬、昔の記憶が通った。それは走馬灯のように一瞬だったが、たしかに覚えている。

艶やかな黒髪に白い肌の女性。

いつも、悲しい顔で笑っていた女性が・・・


「力が足りないんだ。だから千江を使って女を殺し、少しづつ溜めてきた。」

「れ、霊力が強い人のほうがいいんだよぅ・・・アンタみたいな・・・」

後ろで小刻みに震えていた千江が恐る恐るそう言った。

彼女の顔は未だに恐怖に染まっており、それは水無月のためか血塗れの真先のためかは定かではないが、2,3歩後ろに下がっている。

「君みたいなら、身体の一部でも十分だ」

「・・・・・・」

「でも、君をもう痛い目に合わせたくない!俺は・・・こんなのもう・・・」


―――――もう繰り返したくない

―――――苦痛に紛れて泣き叫ぶ人の姿なんか、もう見たくないんだ


それはまるで自分を見ているようで。

暗闇の中に消えていく昔の自分を見ているようで。

でも、でも・・・


「美味しそうで・・・」


ゴクリ、と唾液を一飲みする音が劈く。そして、フルフルと水無月の身体が徐々に震え始めた。何かを必死で我慢しているような、そんな感じで―――――

ギュッと自分の左腕を握り締め、自分を取り押さえる。

ギョロギョロと眼が泳ぎ、どこに直視していいのか分からなくなってしまう。

けど彼はもうすでに、自分がしでかそうとしている事を理解していた。


食べたい。

食べたい食べたい!!


こいつを食べたい!!


「あ、あぁ・・・」

グチャグチャだ・・・

もう何もかももグチャグチャに混ざってしまって・・・

自分が何したいのかも、どうしたいのかも・・・

分からな・・・


「千江、妖怪の好物ってなんだ?」

「え、えっと・・・心の臓とか・・・目とか・・・柔らかいもの・・・」

「そうか。水無月」

静かな声で、何かに怯えている水無月問う。

水無月の目は獣のように輝いており、目の前にいる血だらけの真先に向かって視線を泳がせる。

―――――あぁ、美味しそう。

―――――腹を割いて食べてやりたい。

―――――力が欲しい。肉が欲しい。

―――――赤い血にまみれたい・・・


「ぐっ、うぅ・・・」

「水無月」


「私を喰え」


!!??


その言葉にありえない感情が芽生えた。

その迷いも無い言葉に恐怖さえ感じた。

それは言葉では名前も無く、こんがらがった忘却の感情なのだが、

たしかに、しっかりと―――――


「アンタ!それ、どういう意味か分かってるのかい!死んじまうんだよ!」

千江がおびえた目で叫ぶ。

「遣り残したことも、何もかも終えないんだよ!」

自分だって後悔を得た。

何も抵抗しなかった自分に後悔した。

今更開き直っても手遅れなのに・・・

「死んじまったら、もう何も得られないんだよ!!」

「それは違う。」

嫌悪と恐怖が混ざった奇声に釘を刺す。

冷静に補った声が千江の予言を覆す。

否定の言葉を浴びせる。

「それは、違う。死んでから得る事だってたくさんある」


自分がやってきたように。


「信じてくれる人は、私の周りにはいてくれた」

とうとう限界が来てしまったのか、息切れを起こしながら真先は告ぐ。

「お前達のように負に陥ってしまっても・・・助けてくれる奴らが絶対いるはずなんだ」


彼がやってくれたように。


真先は浮かべる。自分が今まで知り合ってきた関係を。

一人の自分に唯一声をかけてくれた、あの人を。


「だから恐れるな・・・怖がるな。」


あ・・・


スッと、白い手を水無月の肩に触れる。

優しく、撫でるように。

安堵が伝わるよう、笑顔で。


あ・・・あ・・・


「うわああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

もう・・・もう・・・

限界・・・!!!


水無月が叫んだ途端、真先が極度に押し倒され地に仰向けになった。その上これでもかというほど強く影に体中を縛られ、身動きが取れないように固定される。ギチギチと嫌な音が走り出し、真先の顔も苦痛に必死に堪えるものへと変化していく。

地に固められた真先の上にマウントし、近づいてくる水無月。

目はもう獣同然で、唸りながら這い蹲るようによってくる。

ゆっくりと、ゆっくりと・・・

「腹は・・・痛い。だめ、だ・・・」

ぼそっと水無月が呟く。

その表情を真先は目に映しながら、うっすらと顔に冷や汗が浮かぶ。

「もし、こいつが本当に私を殺したらどうなる?」という疑問をかすかに感じながら、自分自身に動揺している水無月の表情をまじまじと見つめる。

引き裂かれる?

グチャグチャにされる?

潰される?

殺される?

いや、怖くは無い。

怖くは無いんだ。

死に恐怖は無い。

死には恐怖は無い。

問題はその後だ―――――


もし自分が霊や妖怪になって、他人に危害を加えることになったら?


それは、考えるだけでも恐ろしいんだ・・・


「目・・・目。」

「!」

ドクン、ドクン。

鼓動が止まらない。

ドクン、ドクン。

無いはずの心臓が弾けそうだ。

気持ち悪い・・・

「目・・・目ぇ!」

震える手を恐る恐る真先の顔に手をつける。

ヒヤリと冷たい指が顎から頬を伝い、じわじわと乾き始めた血の上に滑らせる。ずるずる、ずるずると・・・

―――――いやだ。

―――――なのに、なのに


―――――なんで、笑っていられるのさ・・・!


「怖くは無い。」

目を少し細めながら真先は呟く。

右の目を少しづつ押さえられながらでも、静かな笑みを浮かべながら。

「私は死には怖くない。けど」


「もし何か危害を加えそうになったら、迷い無く壊して欲しい。」


それは遠い目で、まるでそこには存在していない誰かに告げているようで。

「ぐっ、ハハッ・・・」

水無月は俯きながら微笑した。


同じだ・・・


―――――水無月さん


同じだ・・・


この子はあの人と―――――


片方の視界に指が見える。

白く細い陶器の様な指先。

それが5本、だんだんと自分の目の前に近づいてきて、

目蓋をしまらないように無理矢理押さえつけ、

眼球に触れる。

「っ・・・・・・」

普通では白め部分に触れられただけで些細な痛感が伝わるはずなんだが、真先はそれになんの反応もしない。

指はどんどん、どんどんと奥深く入って行く。さすがに限界だったのか、彼女の表情がゆがみ始めた。人差し指、中指が上の部分、親指が下から進入していき、眼球のうらから無理矢理押し込め始める。

「ぐっ、っく・・・」

真先は痛みに堪えるためにも下唇を必死にかみ始める。冷や汗が流れて仕方ない。もう叫んでもいいほどの苦痛を右目から浴びているのに、呻き声の一言ぐらいしか吐かない。


そう、こうやって持って・・・

潰さないように引きちぎるんだ


水無月が一瞬動きを止めたかと思うと、ぐっと大きなビー玉ぐらいの眼球を指先で掴み、上に引っ張り上げ始めたではないか。

ゆっくりと、じわじわと・・・

ブチリ、と何かが引き裂かれる嫌な音がした。

ブチリ。

また聞こえた。

ブチリ、ブチリ。

また、また。

ブチリブチリブチブチブチブチーーーー!!!


「ぐっ、ああああああああああああああああああああああぁぁぁ!!」

肉が、切れた音。

血が吹き出る音。

眼球と頭の内側を繋ぐ何本ものの肉の繊維が力技によって引きちぎられる。

もう堪えられなかったのか、真先は今回二度目の悲鳴を上げた。

その悲鳴に恐怖は混ざっていなかったが、今までためていた痛みの感想を思いっきり吐いてしまった。

「あああああああぁぁぁっああああ・・・!!」

千江がその光景を今にも吐きそうな目で見ている。

口を手で押さえながら、涙目でその残酷な光景を。

真先は暴れたりなどはしなかったが、馬乗りになっていた水無月の左手を手で引っつかみ、自分の行動を抑えようとしていた。

かなりの力で握られているはずなのに、水無月は痛みを感じないかのように真先の目を引っつかんでいる。

そして、最後の最後の肉の繊維が引き裂かれる音で、グチャグチャの合唱は終了となった。

真先と眼球がついに離れた後、必死に彼女は右目を抑える。

新しくできた空間からたらり、たらりと血が流れてきた。

頭の切り傷、左手の骨折の次には目を丸ごと抉り取られるという悲惨な状態になってしまっているが、彼女は気にせず水無月に唯一無事の右目を向ける。

水無月の白かった右の5本指は真先の血で濡れており、その間には赤白いビー玉のような眼球が握られていた。

その目はプラン、と肉の繊維の残りがぶら下がってはいたが、まじまじと見ると綺麗な紅色の宝石のようで。

まぁそれは血で濡れていなかった時の状態だったかもしれないが。

「綺麗で美味しそう・・・」

サディスティックな目で自分の手にしている眼球を、水無月は見つめる。

かすかに見える蝋燭の日で灯される赤白い玉。

妖怪が大好きな、生暖かい血の味・・・

「いただきます・・・」

消え入りそうな声で呟く水無月。

そして大きく口を開き、唾液まみれの舌にその玉を乗せた。

玉は口の中の闇へすーっと吸い込まれ、

とうとう見えるはずの無い、体内の中へと入っていってしまった。

ゴクリ、と喉が鳴る音。

その音が響き渡ったと同時に、真先はフラフラと立ち上がろうとする。やっとのことで身動きを取り戻せた千江が、小さい身体で真先を支えながら。

そして―――――


辺りが一瞬で暗くなった。

灯されてあった蝋燭の日は消え、自分の足すら見えなくなってしまう。

空間自体が水無月の影に飲み込まれていってしまった。

どんどん、どんどんと。

「水無月!」

目の前にいる、哀れな妖怪。

彼が真先の目を飲み込んだおかげで霊欲が増し、この空間を飲み込もうとしているのを察した。

影は全てを飲み込み始め・・・

水無月自信をも包み・・・

やがて、自分の身体さえ見えなくなってしまった。


*******

「真先ちゃん・・・」

真先が鏡の中に入って五分。

外の世界ではそれっぽっちの時間しかたっていなかった。

女子トイレの前で心配そうに立ちすくむロウ

左手には先ほど時雨にマーキングしたボタン式の携帯と、にはあまりのショックで気絶してしまった女子生徒。

目の前には赤い沼を作ってしまった、顔面が無い無残な死体。

先ほど先生たちが悲鳴に反応し、駆けつけてきてくれた。

すぐに救急車と警察を呼んでくるからここで待っていなさいと忠告され、取り残されてしまった。

片隅には真先が放り出したショルダーバックがある。狼は恐る恐るそれに手を出し、ぎゅっと祈るように抱きかかえる。

―――――お願いだから死なないで・・・!

―――――僕もう一人ぼっちは嫌いなんだ!

―――――だから、お願い


生きて帰ってきてよ、ご主人(真先ちゃん)・・・!


ピシッ

「?」

必死で想う狼の耳に届いた謎の音。

何かが割れて、亀裂の入る音がした。

ピシッ。ピシッ。

「なに・・・!?」

ピシッ、ピシッ、ピシッ!

ピシピシピシピシシシシシシシシーーーーーー!!!!

トイレの鏡、そしてトイレの入り口前にある廊下の窓に急にひび割れが始まった。

それも何も無く、ただ変哲に。

薄い透明の結晶を引き裂いてゆくラインが走り始める。

そして。


ガシャーン!!!


一斉に4階全ての窓が粉々になり割れて行った。

廊下の窓ガラス、そして4階の女子トイレの鏡が破片となって地に落ちる。

その意外な光景に叫びが数々聞こえてきた。

幸い、狼も失神している女子生徒も傷は無かったのだが、全員がそうとは行かないだろうか。

そのとき、見えたのだ。

狼には、はっきりと。


ガラスが割れていく瞬間、黒い塊が鏡から外へと目掛けて出て行ったのを。


狼は慌てて窓際へと駆け寄る。

黒い塊は、そこにいた。

囲んでいる森の端へと立っている。

狼が奇妙な顔でそれを見ていると、塊はシュルシュルと身に撒いている影の蔦のようなものを解き始める。

そこに現れたのは三人の人影。

一人は背丈の高い、黒髪の男。

一人は小さなおかっぱの子供。

そしてもう一人は、何故かぐったりとしており、全身血塗れの少女の姿。

その姿には見覚えがありすぎて―――――


*******

ガサリ、と草の生い茂った地に血塗れになった少女の身体傷つけぬよう、そっと置く。

真先の目を食った後霊力が異常なほど強まり、あの空間を逃げ出せた三人。手鏡が元々現実世界と空間の正式ルートだったのでそこを通ったが、あまりの強さに鏡と、外に出ようとした衝撃で4階全ての窓ガラスを粉々に割ってしまった。

「本当に、これでいいのか?」

心配そうな顔をした水無月が問う。

彼女の頭部に刺激を与えぬよう、そっと手を離しながら。水無月の両腕は真先の血で濡れてしまっている。赤く染まった手を引きながら、うつろな目で横たわっている少女を見つめていた。

「あぁ、ここにいればいずれは見つかると思う。」

「そうか・・・」

その答えに満足しきれないような返答をする。

血が垂れた左目の空間を見せないようギュッと瞑りながら、口をにわかに傾かせる。

残りの目は疲労で疲れ果てている色が着いてはいたが、嫌悪や恐怖などは一切見れなかった。

「でも、見つからなかったらどうするんだよぅ・・・見捨てられたりなんかしたら・・・アンタの記憶の中では今の人間って、皆酷いヤツじゃないかぁ・・・」

「はっ、そこまでする人はいないと思う・・・少なくとも、変に世話焼いてくれる人はいくつかいるからな・・・」

消え入りそうな声で話す真先。そこにはちょっと皮肉が入った安堵の笑顔が浮かべられていた。

ゆっくりと、右目で千江と水無月のいる方へ見上げる。

「二人ともさっさと行け。見つかる前に・・・」

「でも・・・」

「私なら大丈夫だ。行け・・・」

うつろな目をしながら真先は釘を刺す。

ぐったりと横たわった身体は少し湿った草の上に乗り、未だ乾かぬ血が一滴、二滴と垂れていく。

その言葉にもう申し分がないことに気付いたのか、水無月は後方を向き、森の中に入ろうとし、千江も不安そうな表情を残しながらその後ろに付いていこうとする。

そのまま去ろうとしたが、水無月は一瞬だけ止まる。

「小娘、名前を言え。」

「・・・・・・。」

「触れたとき、お前の記憶もいやというほど流れ込んできた。そのソラというやつの手がかりを掴んだら連絡してやる」

静かに、振り返らずそう告いだ。

実際真先の眼球を飲み込んだあと、彼女の記憶の断片が見えた。

家族や周りとの関係。自分の立ち居地。目標。


そして、ソラという青年との出会い。


それがいまこの状況や立場とどう関係しているのかまでは理解しきれないが、今はただ、それだけ伝えた。

「ちょっとした恩返しのようなもんだ。調子に乗るなよ。」

「ふっ・・・」

傍からではただ、血塗れの少女が横たわりながら独り言を話しているようにしか見えない。そして、彼女は何やら満足そうに笑みを浮かべた後、こう言った。


「真先。無垢真先だ」


ふわり、と心地良い風が吹く。

草木が風と共に歌い始め、雑草すらも気を休める音を奏でてくれる。そんな場にはとっても不釣合いな身体が一つ。上半身の殆どが血塗れになり右目からも血を少し垂らしている黒髪の少女。


一人で、その場に倒れている。


―――――あー、身体痛い

―――――出血しすぎた・・・


一瞬だけまるで先ほどまでそこに誰かがいたように、ある方向に視線を泳がせ、また上を見る。

ぼーっとその場で真先は自分の置かれた状況について思考を巡らせる。


―――――やば、意識薄くなっていく・・・


遠くから誰かが走ってくる音が聞こえた。

ザクザクと草の生い茂る道をかき分け、こちらに向かってくる。

近づいてくる足音を元に、ゆっくりと呆れの笑みを浮かべ・・・


真っ赤。真っ赤。

緑が徐々に赤に飲み込まれてゆく。


「・・・先、ちゃん!」

聞き覚えのある甲高い声が耳を劈いた。

でも、その方角に目を向ける力も真先には残っていない。

そしてそのまま、目を瞑った。


*******

少しして聞こえたのは人のざわめき、何かのサイレン音、そして甲高く自分の名前を幾度も呼ぶ声。

ガタガタと地が揺れるような感覚に包まれ、その上息がしやすいのかしにくいのか分からない者がちらりと見えた。

自分から漂う血の匂いは消えないまま、

またゆっくりと目を閉じた。




さらりさらりと揺らめく物。

それは何を意味するのだろうか。

自分の感情かそれとも運命か。

この永遠に続きそうな度はいつか終わってしまい、

終止符という口に飲み込まれるだろう。



ちょっとちょっと深入りさせていきたいと思ってます。見守ってくだされば嬉しいです^^

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