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Psychic Sleuth  作者: 輪廻
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Case.5 鏡越しの目~一掴み~

みてみんのパスワードを忘れてしまい未だに挿絵がうpできない状態になってしまいました・・・まぁ放置していた自分が悪いんですがね・・・再発行されるまで挿絵無しです。申し訳ありません・・・

あ、また見てる。

私を見てる。

でも見えていない。

映るのは自分。見えるのは自分。

でも、もし見える人が来たら・・・


その時点で食べちゃうけどね―――――


******

「降ってるな。」

自室の窓のカーテンを少しだけ開き、眠い顔で真先は呟く。

時は6月のど真ん中。

梅雨と梅雨と梅雨しかないこの時期にはほんのりと蒸し暑さも漂ってくる。

ただ、真先は好きだった。梅雨が好きだった。

自分の髪に浸透し、ゆっくりと重力に従いながら落ちる雫を見るのが、彼女は好きだった。

――――ちょっとは過ごしやすい日かもな。

いつもとは違う形の一日に、真先の機嫌も少しはよく良くなる。

もう夏服可能となった聖ヴィクトリア学校。

冬物とはあまり変わりの無い生地でできた半袖Yシャツに各性別によって決められる、一年中同じ柄のスカートとズボン。ネクタイもいつもどおりに風紀の規則として入っているのだが、やはりこの時期になると着けている者は極限に少なくなる。

けど、真先は変に目立ちたがりでもなく、汗っかきでもなく、Yシャツにスカート、色は変わった白い靴下にネクタイを半分解けめで首に巻いている。

外からは彼女が見たとおり、ポツポツと水の雫が地に落ちていっている。

いつもと同じ足取りで白いタイルで飾られた階段を降り、ダイニングルームへと向かう。

すると、聞きなれてはいたが親近感のない話声がダイニングルームの方からかすかに聞こえてきた。

「あ、真先さんおはようございます。」

ダイニングルームに付いた途端、真先の家に住み込みで勤めてくれている調理人係の津久野がいつものさわやかな笑顔で出迎えてくれた。

そして、その横に立っているのはある女性。

茶色に染めているということが丸分かりの髪を先だけくるくるとカーリングをしている。上品そうなスーツドレスを着こなし、滑らかな体は綺麗なカーブを作り上げる。顔は中年ほどらしいが、それを化粧で隠そうとしている事も丸分かりだったりする。

「おはようございます。津久野さん、律子さん。」

「あら、おはよう真先ちゃん。顔を見れたのは1週間ぐらい前かしら?」

「そうですね」

彼女は真先の義理の母、そして大嫌いな父の清十郎の再婚者、無垢律子ムクリツコだった。

父は大抵不在の時も、彼女はこうやって時々顔を出してくれる。しかし、やはり実の母には水と油のように正反対の女性だった。

真先の実の母は医学研究員を職業としており、その中でも脳細胞の仕組み、働き、活動条件などを徹底的に研究する。清十郎との離婚後与えられたため、遠出で研究所を転々とし、日本にいることも少ないらしい。

まぁ、それは清十郎も同じなのだが。

対して律子はある経済会社の上層部の一員らしいが、彼女の仕事には殆ど聞いておらず、興味もまったく無かった。初めて紹介されたときだって「そうですか、よろしくお願いします。」と言い残した後、すぐ部屋にこもったぐらいだ。

「あら、あなたまた痩せたかしら?ちゃんと食べないと、まだまだ育ち盛りの年頃なんだから。

1週間も帰ってこなかったくせにもう遠まわしに仕事人の文句か、と真先は少々イラついたがどうって事なかった。

真先は殆ど帰ってこない律子に、母親気分を遣って退けられるのがあまり好きじゃなかった。それも、この家の主とも言えるように振舞うのだから。

――――よく言うよ。

小さく心の中で呟く真先は見えぬよう、反対側のキッチンに顔を向け、はにかむ。

そして気付かねぬようすぐに振り返り、一旦ダイニングルームにおいてあった鞄を手にし、玄関へと向かおうとする。

「小食なんで、津久野さんは関係ありませんよ。」

「あ、あらそう・・・」

出しゃばらせてはいけない、と思った真先はすぐに釘を打つ。

白い緬の生地に包んだ足を少しづつ速め、黒い革靴を履き、重たい玄関のドアを開ける。

呆けた顔で何も返せなかった律子を後ろに、津久野が急いである折り畳み傘を手にこちら側にやってくる。

「真先さん、傘を持っていかないと」

「あぁ、うん。一応持ってっておくよ」

「濡れて風邪なんて引かないでくださいよ!」

「分かってる。じゃぁ行ってきます。」

ゆっくりと顔に笑みを浮かべた後、手渡された黒い折り畳み傘を開き、アスファルトを歩き出した。


*******

学校に着いた途端、雨は豪快に降り始めた。

ポツリポツリとなっていた雨がザアザアと叫び始めるようになり、風は窓を何度か叩き、今にも嵐を呼び寄せるような光景を生み出していた。

薄暗い空間を白い蛍光灯で灯された教室の中には天気の様子を気にしている者もいれば、特に眼中も無く世間話に夢中になっている者たちもいる。

そこに一人、自分の席で机に突っ伏して居眠りをしている心霊探偵がいた。

教師が休み、自習となった教室の中ではざわめきが絶やすことなく広がっており、その時間をとって自分は寝る、というマイペースな行動を取っていた。

しかし、その行為はチャイムのおかげで中断となる。

ざわめく周囲に気付き、重たい頭を上げながら半開きの目で視界のぼやけが収まるのを待つ。

数々の生徒達が動き出した中、隣のクラスの伊達時雨ダテトキウロウが現れた。

「まっさきー!おーい、まっさきー!」

後ろ側のドアから何のためらいも無く歩み入ってくる二人。

周りにとっては人気が寄せ集まる人物が自分達の教室に入ってきたという混沌が少しだけ聞こえていた。

時雨の呼び声でやっとのことで意識が浮かび上がってきた真先は不機嫌そうな顔で二人を見つめる。

「なっ、お前すごい顔だぞ。」

「そりゃどうも、女はそう言われるの大好きだぞ。」

皮肉100パーセントの答えを返した後、ふああと大きなあくびを漏らす。

確かに、真先の顔はまるで3日間連続で徹夜した漫画家のような顔だった。

だがその表情も徐々に薄れて、いつもの冷静で真剣な顔に戻る。

「何か用か?」

「え、いや特に無いよー」

「無いなら何故起こす」

「いや用あるよ。今仕入れたんだ。」

あっさり答えた狼に不機嫌さが増す前に時雨は本題に進める。彼女達がやっている「心霊探偵」に関わる仕入れ物なのだろうか。

時雨はにっこりと笑みを浮かばせ事を明かす。

「この校舎のこの階、4階の女子トイレ、出るって知ってたか?」

「・・・・・・。」

少しの沈黙が現れ、バシッと勢いよく時雨の頭にビンタを食らわす真先。

その行為に驚きの感情しか表れないのは無理も無い。

「え、ちょなんで!?」

「お前って馬鹿か?お前には本当に霊感があるのか?」

「いやあるっちゅーたらあるぞ!お前みたいに敏感じゃないけど」

「ならそんな馬鹿げた事言うな。この学校全体に霊やらなんやら住み着いてるのは丸分かりだろうが」

彼女が言ったことは事実。

この学校は合併され、新校舎が建てられるまでは今にはありえないと思うほど古風であり、中に霊が出ることは一目瞭然だった。

その上、今まで保管されていた旧校舎は妖怪達が大好物な暗闇と湿気、周りは森に囲まれている事もありよく住み着いている。その妖怪達が時折、遊び半分でこの校舎にやってくるのだ。

一度、声を掛けたことがあったが向こうは意外なその行動に驚き、奇声を響かせながら逃げていってしまったことがある。

真先はくいくい、と両足首をマッサージするように動かせながら時雨の話を少しずつ耳に入れていく。興味は殆ど無かったが。

「でも、でも!これ、マジらしいぜ!!何にも、着物の着た女の幽霊が鏡に映って、そのままにしておくと吸い込まれるんだと!」

「・・・、女子かお前は。」

「女子には聞いたけど、俺は違うぞ、たぶん。」

「「・・・・・・」」

ツッコミに入れようが無いのに察したとこで沈黙が起こる。

時雨は続ける。

「だから、退治しようと思うのですぞ!」

「・・・・・・。」

「・・・、退治しようと―――」

「聞いた。二回も言わなくて言い。まぁ、答えるとすれば―――」

すっと真先は腕を振り上げ―――


ガンッ!


時雨の前髪を引っつかみ、顔面を机に思いっきりぶつけた。

衝撃の音が教室中に走り、その音で時雨の呻きも消え去った。

真先は掴んでいた前髪を離すと、時雨は白い煙が出ている頭だけを机の上に乗っけたままだらりと身体の力が抜け、魂のような白い塊が口から出ているのが見える。

その光景にざわめく教室内。

10秒くらい立った後、はっと意識を取り戻した時雨は激怒。

「な、何なんだよー!!」

「それはこっちだ。お前、霊を退治することがどう言う意味か分かってんのか」

「え、それは、ちょちょいと追い出す―――」


「殺すんだよ。」


その瞬間、場が凍りついた。

ぴたり、と一瞬で泊まった空気は一秒ごとに重たくなってくる。

真先が行った言葉の意味は、狼でも分かってようだ。

普段は見せない深刻な目で時雨を見つめていた。

「退治っていうのは霊や妖怪を殺すんだ。話も聞けねぇやつが勝手に都合の良い話でっちあげて、無理やり首から押さえ込んで浄化させる。人間がやる無差別殺人と同じような物。」

退治、という単純な言葉が他人にとっては生と死を決められる行為だったということを知らされた時雨は呆然とした後、辛い目を向け「ごめん・・・」と誤る。

たぶんその言葉は、霊を唯一信頼している真先にとっての謝罪の言葉でもあったが、目はそんなことも知らずにペラペラと喋り続けた自分に向ける責めでもあったろう。

―――悔しい。

―――何も知らない自分が悔しい。

その真先はただ一言、呟いた。


「興味ない。」


*******

南校舎、四階の女子用トイレ。

そこは、あまり人気の無いスポットの一つだった。

ペンキははがれておらず、タイルも一つも割れていない。

ドアの故障もないし、電気がつかないわけでもない。

しかし、皆怖がるのだ。

そのトイレにある巨大な鏡に一人の女子高生が吸い込まれていったという噂があったからだ。

正確に言えば、ある少女に腕をつかまれ、鏡の中に引っ張り込まれた、という仮説があがっていた。

日本の学校には必ず聞いたことはある分七不思議のひとつだ。

そして、被害者が消えてしまった数日後、


無残な屍が赤一色になった顔を向け、鏡の前で立っていたという。


奇妙に、実際その遺体は一瞬だけ両足でバランスを取っていただけらしく、目撃者が視線を向けたその時、グシャリと嫌な音を立てて倒れてしまったという。


「あ~、言うだけでもぞっとする・・・」

「こ、こわいよー」

時雨が噤む怪談話にあまりなれていないのか、身震いしながら狼は真先にしがみつく。

雨は降り続けている模様で、薄暗い廊下の窓に背を持たれながら話を聞いていた真先。

その顔には、「はぁ、それでなんすか?」という気持ちがぴったり当てはまる呆れた表情を見せている。その表情に堪え切れなかったのか、時雨は続ける。

「それでさ、この話にはすこし奇妙なバージョンがあるんだよ。」

「奇妙なばーじょんって?」

言いなれない言葉をゆっくりと繰り返す狼。

怯えていた所為か、いつの間にか彼には獣の耳と尻尾が出ていて、やはり感情を表すのか、両耳はへにょんとたれ、尻尾も下がっていた。

その事をまったく慌てようとはせず、仕舞うように手で覆い隠す。

「それはな、被害者はみんな、霊感があったらしき女子ばっかだったって!」

「・・・」

その言葉が気をつついたのか、真先呆れた目をゆっくりと和らげる。

「ということは、見えたら終わり。みたいなモノか」

「そうだろうな。ま、でも真先がイヤだって言うから断るわ」

「依頼があったら行くがな」

「お前、人間からの依頼は受けないもんなー」

「人間は必要性は無い。」

人間相手すればがっぽり稼げるのに・・・、とボソリ呟いた時雨を差し置いて、彼女は窓へ視線を送る。

薄暗いモノクロトーンの雲、永遠に降り止みそうに見えない雨。

雫の一滴一滴が校庭の砂でできた土に染み込み、たまった水には波紋を作り、一瞬で消え行く。

彼女が大好きな雨を、ゆっくりと見つめる。

すると、廊下の向こう側からある人影が見えた。

人影はどんどんとこっちに向かって行き、よく見ると手を振っている。

「時雨せんぱーい!どうでしたかー」

「あーゴメンりっちゃん、やっぱ無理だったわー。あ、ちなみにこの子、里中利歌サトナカリカちゃんね。」

表情が可愛らしいその女子高生は時雨に満面の笑顔を見せながらこっちに駆け寄ってきた。ふんわりとしたセミロングの髪はゆらゆらと舞い、すこし息を切らしながら話し始める。

「えー残念です・・・」

「ごめんねー。頼んでみたけどイヤだって言ったから・・・」

時雨はチャラチャラした困り顔でりっちゃん、と呼ばれた女子に謝る。彼の数多すぎる女子友達の一人らしい。

彼女はしょんぼりと顔を俯かせたが、諦めるどころか何かを決断した顔を再び上げた。

「そこなんとかー!」

「うー・・・」

キラキラと輝かせる瞳を無視できないと理解はできている時雨はチラリと真先を見る。

―――はずだったが真先の姿はもうそこにはなく、いつの間にかショルダーバックを腰に下げ、学校から去ろうとしていた。それには狼も付いて行ってる。

「て、ちょっとー!!!」

慌てて二人を止める時雨。

「お前実も蓋もねぇな!せっかく頼んでくれてんのに!」

「言っただろ、人間からの依頼は受けないと」

「そこ何とかしろよー。パッと見てパッと帰ればいいんだよ!これもこの学校の生徒のため!」

「本音は?」

「俺の評判のため!」

「「・・・・・・」」

狼が仕掛けた罠のおかげで、本音駄々漏れ決定な時雨。

それに気付いたのか少し赤面し、何も無かったように説得に再びかかる。

それに、あの後輩らしき人物も加わる。

「お願いです!確かめるだけでもいいですから!それに、退治に成功したら真先さん人気者間違い無しですよ!!」

「興味ない」

必死で二人は説得を試みたが成果無し。

真先はくるりと振り返り、歩もうとしていた道を進む。

その結果に納得いかなかったのか、半分ムキになり後輩は真先を追い越して叫んだ。

「じゃぁ私が行きますよ!」

そして、階段の踊り場のすぐ側にある例のトイレに駆け足で入っていった。

優れない天気のおかげでいつもは日がよく通るこのトイレも他のと同様、薄暗く気味の悪い個室となっていた。

3つ並んで立っている洗面台。蛇口の一つは締りが悪いのか、水の雫が一滴一滴と怪しい間を空けながら落ちている。

大きく壁一面に広がる鏡は蛍光灯の光だけを反射し、5つの洋式トイレの個室のドアをも移していた。

落ちる雫の音だけが広がる空間。その静かな空気にパタパタと駆け足の音が徐々に広がっていく。

里中利歌が走ってくる。

その後どうなるかも知らずに―――


「え、なんでー出てきてよー!」

大急ぎで駆けて来た後、鏡の前の洗面台にて止まりしばらく様子を見たがいつまで経っても変化が無いため、見切れてしまった。

苛立ち紛れに鏡や洗面台をバンバンと乱暴に叩く。

「ちぇ、何コレ結局デマだったの?つまんねー」

鼻につく口調で呆れ言葉を吐き、トイレの入り口の方に振り返る。

自分が申し込んだ話が結局は嘘っぱちだったことに屈辱が芽生えたのか、まるで自分じゃ他人のように振舞い始めた。

真先達はそんな彼女を入り口から遠い目で見ていた。いや、正確には真先だけが遠い目で見ていた。

その時―――


「!?」


「すぐにそこから離れろ!!」

「え?」


―――さっきは何も見えなかったはず。

―――ただただ蛍光灯の光を反射していただけのはずだった。

―――なのに、何コレ・・・!?

利歌が振り返り文句の炸裂中、

鏡から色白い両手がぬっと出てきた。

そしてその瞬間、利歌の首を鷲掴みする。

「ぐあ・・・あ、ぁ・・・」

「っ・・・!」

ものすごい怪力で首を抑えられ、もうもがく力も残らなくなった利歌。

真先は鞄を床に捨て、すぐに利歌に追いつこうとする。

しかし、時すでに遅し。

「きゃ・・・!」

利歌はもう連れ込まれていった。

宙を浮かばせる力は腕にも無かったのか、だんだんと床にへばりついていく利歌は床から数センチだけ上げ、洗面台を引きずり、鏡の中へと引き込まれた。

―――もう少し。

―――もう少しなのに!

真先は必死に走り向かったが届かない。

これでもかというほど力いっぱい手を伸ばすが、届かない。

そしてとうとう利歌は完全に鏡の中へと吸い込まれてしまった。

真先は見えた。

何も無かったはずの鏡には、和風の赤い厠といわれていた様な場所と、黒いおかっぱをまとった和風人形のような着物の少女の姿を。

その少女は、真先が見えたのを察したのか、

ニヤリ、と悪魔の様な笑みを見せ、一瞬で消えていってしまった。


その奇妙な現象が起こった空間には、

カコン、という音を立てて落ちた利歌の上履きしか残らなかった。


*******

「やっぱ、見つかんないみたいだよ、A組の里中さん。」

「あーこの前急に行方不明になったって人?」

「そうそう、学校来てからそれっきりなんだって」

「誘拐?」

「いや、靴は残ってたからもしかしたらまだ学校にいるのかも」

「監禁とかされちゃってたり」

「こわー」

「あーそういえばさ、あの子もちょっと霊感あったって」

「へんなとこで気配感じたとか・・・」

「うわ、無垢さんみたい。」

「いや、無垢さんはもっと変だよ」

「これ噂なんだけどさ、最後に里中さん見た時無垢さんと一緒にいたって」

「うそーじゃぁさ、これってあの人の仕業?」

「こわー」

「この前尋問されてたって、警察に。」

「まぁ当然だよね」


「あの人変だし―――」


里中利歌が消えた次の朝。

彼女の両親はやはり警察へ通報していた。

娘が学校へ行ったっきり帰ってこない、と。

警察が調べたところ、鞄は教室に、革靴は下駄箱にあったらしく恐らくは学校の中のどこかにいるんだろうと考察された。

見物調査のため、その日は休校。

部活も授業もすべてがシャットダウンされ、急速に連絡網が回り、校門にはパトカーと警官が待ち伏せている見慣れない光景となってしまった。

そして同じく、利歌が真先達といたのが最後だ、という情報は学校中駆け巡っていた。

真先はその日署に呼び出され、またしても運悪く五月に当たってしまっていた。

小一時間続いた質問と説教は小さなグレーの個室で空気に漂っていた。

五月はやれ危ないことをするな、やれ清十郎と自分に迷惑をかけるなと延々と口説いていたが、真先にはそんな言葉はまったく聞こえていなかった。

先日のあのシーンが頭を駆け巡る。

あの時自分は何もできなかったという恨みと悔しさが胸を押しつぶす。

そして彼女が唯一言った言葉は一つ。

「里中利歌なんて、知りません。」

それは人形のように冷たく、心のこもっていない言葉だった。

―――彼女は知らない。

―――いや、知らなければよかったんだ。


―――私が、会わなければ・・・


そして現在。

取調べの噂ももう学校中の殆どが耳に入れており、彼女の評判は前よりも急激に激変した。

「お、おい真先―――」

自分の扱いが前よりも酷くなったのは一目瞭然だった。

唯一会話がこなせそうな二人にも少し気まずい感じだったのもすぐに察した。

だから離れた。

彼女は回りに迷惑をかけないため、時雨と狼から一時的に距離をとった。

いくら彼らが接してきても振り向いてはいけない。

相手にしてはいけない。

彼らも、せっかくできた仲間も傷つけてしまう―――


それだけは、絶対にいやだ。


―――帰るか。

授業が一通り整った一日。

全ての科目が終了となり、することはなくなったので帰宅の準備をする真先。

元々彼女に近づくものは一人もいず、むしろ彼女にとっては気軽い状況でもあったかもしれない。

―――一年前も、こんな感じだったかな。

そんな事をほうけながら、薄暗い廊下を歩く。

雨はまた降っており、同じトーンの光景を描いていた。

一人で、雫が振り落ちる空を見ながら。

「真先ちゃん!」

甲高い声が廊下に響く。

彼女を名前を叫んだ幼く見える少年、狼が後ろに眉間にシワを入れながら立っていた。

真先は一瞬だけ鋭い視線で彼を見たが、すぐに前を向き歩き始める。

狼は再び彼女の名を呼ぶ。

しかし、効果は変わらない。

それに懲りたのか、狼は歩み寄り真先の腕を力強く捕まえる。

「いったいどうしたの?僕にも時雨にも声掛けないし、答えないし!ねぇ!」

必死。

狼は必死だった。

もしかしたら彼はやっと手に入れた居場所をなくしてしまわないかと怖くて仕方なかった。

真先はそれでも沈黙を続ける。

「皆が言ってる事なんて気にしてもないし信じてもいないよ!だから、ねぇ返事だけでもしてよ!それとも僕が嫌いになったの?真先ちゃ―――」

「私は―――」

その時、悲鳴が響いた。

その声は廊下中に響き渡り、二人の鼓膜に届く。

どうやらその悲鳴は4日前、里中利歌が連れ込まれていった同じトイレから聞こえた。

その声を聞いた瞬間、真先は走り出す。

4階の女子トイレに目掛けて、またあの過ちを繰り返したくないがために。

「あ、あぁ・・・」

目的地に着いた頃、トイレの入り口には一人の生徒が床にぺたんと座っており、何か衝撃的なものを目撃したのか、目を見開きながら涙を出している。

真先は彼女を揺さぶり声を掛けたが反応は無く、体中が震えていた。

そして、真先はその生徒の向けている視線の方向へと目を動かす。


そこには顔が赤一面と染まった身体がこちらをじっと見ている。

鏡の前で、血だらけの遺体がゆらりと立っている。

そしてその身体はまるで人形のように、ドサリと床に自分の血をぶち撒きながら倒れた。


目も口も鼻も無い赤の顔がこちらを見ている。

倒れても尚、こちらを見つめているようだ。

その身体は倒れた衝撃が血を飛び散らせ、真先と地べたに座っていた生徒の顔と服に1滴、2滴と跳ねてくる。

「あ、あ、あ・・・あああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

跳ねてきた血のおかげで女子生徒はパニック状態に陥ってしまった。

叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。

彼女はこの光景に叫ぶことしかできなかった。

「真先ちゃん!」

やっとのことで追いついた狼が駆け寄る。

そして入り口に着くなり、その物体を目にした時は「え・・・」としか声が出なかった。

真先は顔についた血を手でぬぐい、その物体をじっと見つめ、確かめるためゆっくりと歩み寄る。

ペチャリ、と最後の足は血溜りを少しだけ踏んでしまう。

アレは4日前鏡の中に連れ込まれた里中利歌だった。

無残な屍。

これにはその言葉がぴったりだった。

身体のあちこちが抉られ、まるで何かに噛み千切られたかのような傷跡。

出血も多く、爪が割れており、引っかかれた跡があることから抵抗はしたのだろう。

でもこうなっては全てが無駄。

そして彼女は、顔も何かに引っかかれたように真っ赤。

顔のパーツは一つも残ってなく、全てが肉の一面だった。

まるで何かに削られたかのように。

「っ・・・」

―――里中さん・・・


「うふふっ、あなたやっぱり見えてるのね」


声が聞こえた。

後ろの入り口からではない、前にある鏡からだ。

ふと真先は前に視線を向けると―――


そこには黒いおかっぱの少女が立っていた。

本物の和風人形のような白い顔。

怪しげな笑みを浮かばせながら、彼女は鏡の中に写っていた。

真先は鋭い視線を向ける。

「お前は・・・」

「知りたいならこっちにおいで。たぶんその子と同じになっちゃうと思うけど。ウフフ・・」

立ち上がる。

真先はさっと立ち上がり、鏡に近づく。

その少女を目から放さないように。

「真先ちゃん、どうしたの!?」

パニック状態の生徒をどうにかしようと揺さぶっている狼が慌てて叫ぶ。

どうにか彼にはこの少女の姿は見えていないようだ。

鏡の前に立つ探偵はゆっくりこう言った。

「救急車と警察を呼ぶんだ。すぐ戻る。」

すると洗面台に足を掛け力強くジャンプし、鏡の中へするりと入って行ってしまった。

彼女の姿はもうどこにも見当たらない。

鏡は何も表さずただ蛍光灯と自分達の姿しか映さなかった

「え・・・とっ時雨に連絡しなきゃ!」

狼はありえない光景を目にし、慌てふためくがその衝動を抑えながら最近買ってもらった携帯に手を伸ばす。

手馴れない手つきでアドレス帳を開き、唯一登録されている2つの携帯番号の中の一つ、時雨を選択し着信ボタンを押した。


*******

「・・・?」

そこは、空間。

何も無い場所だった。

宇宙のど真ん中のように無が延々と広がっており、落ちているのか上がっているのか、どうやって今立っているのかも分からない不思議な空間だった。

その何も存在しない所にポツリとある小屋があった。

草と木材でできたその小屋はもう今の時代には一つも残っていないだろうと思わせるほどの古小屋だったか何故だか人気ひとけが感じられた。

小屋を後にし当ての分からない方向へ向かっても戻れなくなったら意味が無いので、一番にその小屋に入ることにした。

何歩進んだかは定かではない。

ただ歩くたびに自分が近づくのではなく、まるで小屋自身が自分の方に向かって歩いているかのようだった。

古びた扉に手を掛ける。

今にも崩れるのではないかと思わせるほどの木がきしむ音が鼓膜を劈き、また見知らぬ空間へと連れて行く。


真っ暗。


さっきの宇宙の方が明るかったと思わせるほどの暗闇。

辺りを見回そうとすると、ポウと蝋燭の明かりが部屋にともる。

そこにはさっき見たおかっぱの少女がちょこんと畳の上に座っていた。

「良く来たねぇ。もう帰れないと思うけど」

「?」

「あんた、遺言書とか書いてきた?好きな相手に告白するとか・・・」

「そんなもの必要ない。」

蝋燭の火が照らすオレンジ色の光。

そこに見えるのは人影が二つ。

和風の小さな小屋に行われたある会話。

二人だけができる、ある会話。

「必要な物だったのに、なんでやってこなかったんだい?」

「どういう意味だ」

年寄りのような口調を広げる少女はからかうようにそう言った。

そしてうふふ、と奇妙な笑みを浮かべる少女。

すると何かが落ちる音がした。

何か小さな物が畳の上にポタリ、ポタリと落ちる音が。

その音に気付いた真先は辺りを見渡す。

牡丹の絵が描かれた小さな襖。

埃と湿気臭い部屋。

そんなに広い部屋でもないのに、少女がいた場所のその奥は暗くて見えない。

しかし、奇妙な音はその奥から聞こえるようだ。

「見たいかい?」

少女がゆっくりと尋ねる。

「・・・、奥には何がある」

「うふふ、アンタの未来を映す物とでも言おうかねぇ・・・」

怪しい光が灯る。

暗闇が去っていき、視界の通行を可能にする。

そこには奇妙な小さい手鏡がちょこんと置いてあった。

銀色に輝くガラスの一面。

一人でも立っていれるよう補強に支えられており、小さな戸棚の上に立てかけてあった。

それを良く見るため、歩き近づく真先。

鏡を手に取り、まじまじと確かめる。

―――普通の手鏡・・・だよな。

―――じゃぁあの音はどこから・・・

ふと自分の足元を見る。

普段は真っ白な上履きと靴下が、見事に赤に染まっているではないか。

そして自分が足を踏み入れていた畳のその部分も、血溜り状態になっていた。

そして良く見ると一滴ずつポタリ、ポタリと落ちてくる雫があった。

上の方からポタリ、ポタリ、と止むことも無く。

自分が今から見るものが何なのか半分は予想がついている。

だからこそ、決断を決めて上を見上げることにした。

ゆっくりと、真先は顔を上げる。

延々と落ちていく赤の雫の線をなぞりながら。


「!」


アレは飾りじゃない。

アレは絵じゃない。

アレは能面じゃない。

アレは―――


「っ・・・!」

顔。

顔だ。

引き剥がされた、顔だ。

里中利歌の顔が、床に血溜りを作りながらその壁に掛けられてあった。

普段目がある部分には眼球はすでに無く、二つの赤黒い穴がぽっかりと開いている。

口はコレでもかというほど開き、鼻だけがこの無残な仮面の唯一生存者とでも言えるだろうか。

酷い有様。

もうあの可憐な少女でなく、無残に傷を施した肉の塊と化してしまった。

里中利歌の顔だけでもなく、今まで被害にあってきただろう女性たちの顔が数個張ってあった。どれも赤黒い穴を開け、口を開き、血溜りを作っていた。

「驚くのも仕方ないよねぇ。でもねぇ必要なのよ。」

「っ・・・」


「アタイがここから出るには必要なの。」


いつの間にか、少女は真先のすぐ後ろに立っている。

手には今まで使ってきたであろう、赤い液体に錆付いている鉈が握られてあった。

そして、真先に向ける。

彼女の動きを封じようと、力いっぱいで自分よりも大きいであろう凶器を振り上げ、攻撃する。

―――こいつは

―――こんなこと・・・

鉈が真先の顔をかすれる。

重症ではなかったが少し頬に当たってしまい皮が血と一緒にむける。

顔一面に走った痛感に耐え、頬に手を当てながら逃げる真先。

彼女は分かっていた。

こうなっていたことを。

少女が目の前に姿を現したときから、彼女の表情で察していた。


その少女が仕方なく、何かのために自分を殺そうとしているのを。


必死に鉈を振り回す。

真先を目掛けながら振り回す。

赤い花を咲かせるために。

しかしやはり少女には手に取った鉈が重すぎたのか、動きがとっても鈍くなり交わすのも容易くなってしまう。

それでも彼女は必死になって殺そうとする。

―――アタイは

―――ここから出たいだけなのに

―――どうしてこんなことをしなくちゃいけないんだい!

「!」

聞こえた。

真先にははっきりと、聞こえた。

少女の心の声が。

痛みの叫びが。

―――騙されたのに、捕らえられたのに!

―――殺したいのはアイツらなのに!

―――この子も、あの子も放っておきたいのに!


ただここから出たいだけなのに・・・!


「・・・」

そのとき、真先は立ち止まる。

一番止まってはいけない場面で、足を動かさない。

そして予想通り、少女の鉈の丁度刃が無い部分が真先の頭にヒットする。

ガッと嫌な音が小屋に広がり、真先は糸が切れた人形のように倒れてしまう。

刃の部分が当たらなかったのが不幸中の奇跡でもあったが、今は史上最強の危機に陥ってしまっている。

ただ死が訪れる時間をほんの数秒だけ遅らしたことができた。

それだけで、真先は十分だった。

「お、大人しくしておくれよ・・・痛くしないから」

恐る恐る、頭から血を垂らす真先に近づく。

衝撃で気を失ってしまったのか、真先は指一本動かさない。

ただ動くのはドクドクと少しずつ流れる血の液体。

そして何かに恐れながらゆっくりと近づく少女。

―――ごめんよ

―――でも、こうすることが必要なのさ

そう思いながら、少女は最後の力を振り絞り鉈を振り上げる。

真先の首を目掛けて凶器は風と共に叫びながら、今よりもっともっと錆を作ろうとする。

その時―――


「ぎゃ!」

一瞬で、ほんの一瞬で真先は立ち上がり、少女をなぎ倒した。

衝撃と恐怖で少女は鉈を手から離してしまう。

それを見逃さず咄嗟に掴み、なぎ倒した少女の首にあて、馬乗りになる。

驚き、そして恐怖。

混ざった二つの感情が涙と荒い息となって少女から外へと滲み出てゆく。

ポタリ、ポタリと落ちるのは残酷な能面と化した里中利歌の顔、少女の涙と真先の頭からにじみ流れてくる血液だけ。

―――あぁ

―――アタイは殺されるのかい

―――人間に、殺されるのかい

―――外にも出れず、海も見れず朽ちてしまうのかい

沈黙が二人を包む。

たったの数分だが少女にとっては何時間にも感じられた。

真先の血がポタッと顔に落ちる。

生暖かい液体が自分の顔に落ちる。

そして真先は無言のまま鉈を引き、少女から立ち退く。手を差し伸べ、立てるか?と想像もできないほど優しい声でささやいた。

少し戸惑った後、小さく頷き、手を握り立ち上がる。

少女は真先の手を握りながら、顔をじっと見上げる。

横から見れば、それは淡いオレンジの光に灯された手を繋ぐ二人の人物。

なんとも仲睦まじい光景が生まれあがってくるのだろうか。

「アンタは、アタイを殺さないのかい?」

恐る恐る、震える声で少女は尋ねる。

「別に。殺人は趣味じゃない。」

真先は静かに吐き捨てる。

頭から上がれる血は濁流のように顔を伝い、すでに右肩を血液で濡らしていた。

ただそんなことは微塵も気にせず、真先は冷静な顔で口を開く。

「お前、何でこんな所にいるんだ?何が目的で殺す?」

「・・・・・・。」

再び訪れる沈黙。

しかしその間は前よりも意外と短く、少女は何か決心したように話し始める。

ただ、彼女の顔には恐怖が未だに張り付いていたが。

「アタイは・・・アタイはここから出たいんだ。遠い昔に閉じ込められちゃってね。もう何年経ったかも忘れちゃったよ。」

絶望に満ちた笑顔で少女は呟いた。

「それでアタイのことをあの手鏡を通して、現実世界で見れる小娘達を引きずりこむ。その小娘達で能面を1000個作ったら開放してやるって、ある方に言われたのさ。」

「ある方・・・?」

その瞬間、空気が変わった。

ゾクリ、と真先の背筋が震える。

今まで流したことが無いほどの冷や汗を、体中に浴びている事を感じる。

視線を感じる。

後ろから。何も無いはずの後方から視線が。

―――何か、ヤバイかもしれない。

ぞわぞわと近づいていくその空気は二人をあっという間に包む。


ドクン、ドクン。

感じた事も無い鼓動の音と振動がから中に響き渡る。

そして、掴んでいた少女の手からも恐怖に満ちた振動が伝わる。


沈黙。

音一つ立てられないような空気が張り詰められ、沈黙だけが滞在する。

そしてついに恐る恐る後ろの、何も移らなかった手鏡に視線を向けると―――――


「!」

そこにはくっきりと見開いた赤い目玉がこちらを見つめていた。

じっと、まるでこちらを初めから観察していたかのように。

そして、ズブリ、ズブリと奇妙な音が聞こえてきた。

真先と少女の視線は手鏡に刺さったまま。


ズブリ。ズブリ。

ズブリズブリズブリズブズブズズズズズーーーーーーーー!!


手鏡から。

手が伸びてきた。

学校で出た手ではなく、今回は黒い影のような手が。

気味の悪い音を立てながら、今度は左手が出る。

次に頭のような物体と肩、そして胴体と「人」の形をした何かが出てきた。

グシャリ、グシャリと嫌な音を立てながら、それは立ち上がる。

横からは影のようなものが蠢きながら包んでおり、それはまるで影そのもののようだった。

―――――妖怪・・・か?

―――――でも何なんだ、この圧力。今まで見たヤツと、まったく違う・・・!

真先は久しぶりに恐怖の一部を思い出した。

今まで見たことの無い物体と出会うということを思い出した。

そして、その物体は。


ニヤリ


と気味の悪い笑みを浮かべる。

あたり一面を暖かい炎から暗闇へと飲み込みながら・・・


何か本当にすみません・・・

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