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Psychic Sleuth  作者: 輪廻
7/9

Case.4 Silent Noise

挿絵(By みてみん)


朝。

誰にでも来る朝。日が暗闇から真っ赤になった顔を出し、辺りを数時間前とは思えないほど照らし出す瞬間。穏便でもあり、残酷でもある瞬間。ある者にとっては嬉しくて、ある者にとっては悲しくて、そしてある者にとってはどうでもいい、ただの日付代わりになる時。

その数分の瞬間が、心霊探偵の下にも届いていた。

携帯の目覚ましが部屋に響き、アニソンのような、ロックような音楽が部屋を包む。

黒の布団に白いシーツカバーといった、今時の女子にとってはすこし暗がりなベッド。その中には黒い髪が少し出ている物体がすっぽりと入り込んでおり、音楽が響くとモゾモゾ、と動き始める。そしてしばらくすると、くるんである布団からぬっと手が伸びてきた。白く透き通るような右腕。しかしこんな登場をするとまさしくホラーにも見えかねない。

その右腕はゆるゆると伸びていき、ベッドの横にあるライトスタンドの上でバイブレーションとともに音楽を鳴らす携帯をゆっくりと掴む。そして、手馴れた動作で、目覚ましを止める。一瞬右腕と一緒に布団の中の闇に吸い込まれていったが、数秒後、ライトスタンドへと戻された。

現在、朝の8時37分。

もう起きなければ、という反面もあるが、その物体は携帯を元の場所の戻した後、布団から少しも動かなかった。

「真先さーん、起床時間ですよー!」

部屋の外から声が聞こえてきた。さわやかな、けど同時に頼もしそうな声。

何度か同じ台詞が部屋の外から聞こえたが、物体は少し、モゾモゾと動いた後、またぴたりと止まる。

反応がないのに気づいたのか、部屋の向こう側にある階段からトントン、と足音が聞こえてきた。そしてその足音は廊下に続き、部屋の扉の前で止まる。

ノックが聞こえ、さわやかな声がまた囁く。

「真先さーん、起きてくださーい。」

「ん~・・・」

囁きに応じ、すこし不機嫌な唸りを上げる物体。しかし、いまだに布団から出なく、正体を見せない。ノックが何度か聞こえたが、変化無し。


ガチャリ。


「起きてください、真先さん!」

勢いよくドアが開かれた。すると、声とも予想通り、さわやかな顔付きの青年が薄暗い部屋に入ってきた。白いTシャツの上にベージュのVネックトレーナー、水色のジーンズと、服装もシンプルに決めてあり、後ろで小さく束ねられ、ふわりと揺れる桃色の髪はかすかに入ってくる日差しで綺麗なグラデーションを写している。日光を反射させながら輝く空色の瞳が素早く、黒い布団に包まった物体に向けられる。

「朝ですよ、真先さん。」

「ぅん・・・。」

さっとカーテンを開き部屋が見違えるほどに明るくなった後、白く、整った綺麗な手が布団に乗せられ、ゆさゆさと動かす。中にある物体は呻きのような声を出し、またぴたりと止まる。青年はそれにすこし呆れた顔を見せてしまう。

「真先さーん・・・、では問答無用で。」

反応がまったくないのを確認すると、ガシッと黒い布団を両手で掴み、即座に羽織りは上に飛ばされる。

「!?」

布団をひっぺがされたことに気づいた物体はすぐに被り物を取ろうと、必死に両腕を動かすが、耐え切れなかったのか、へんな呻きを出しながら自分の枕を掴み、頭の上へと思いっきり押し付ける。

「ダメですよ、真先さん。起きてください!」

布団の次は枕を掴み、黒髪物体の両手から引き離す。

黒髪の物体、無垢真先ムクマサキは、ゆっくりと仮死状態の頭を起こす。ポリポリ、とバサバサになった黒髪の中に右手を入れ頭をかきながら。

一目瞭然で『眠たい』という単語が当てはめれる顔を、窓から差し込んでくる日光から手で覆い隠す。

「・・・・・・、ちっ。」

「舌打ちしても朝は来てしまいますよ、真先さん。さ、早くお着替えになってください。」

「はぁ、分かったよ。」

声さえもまだ仮死状態のような音で答えた後、のそのそとベッドから降り、ドアに向かう。パタン、とドアを閉めた後、トイレとシャワールームに向かう。

無垢真先、傍から見れば普通の女子高生だが、実はこれでも心霊探偵という物をやっている。

彼女の仕事は一つ。死んでしまった「霊」たちの依頼をこなし成仏させること。たとえそれが単なる物探しであっても、遺体探しであっても、霊から頼まれたことはやってのける。霊は未練があっては成仏できない。

簡単に言うと、真先はその霊たちの成仏を手伝う役人だろうか。

霊感が強い真先はそれぐらいしかできないと言い放すのだが、それは昔、ある大切な人に誓ったことでもあった。

助けが要るものには、手を差し伸べると。

たとえどんな霊(人)であっても―――――

そんな彼女にも、また同じ朝が来た。


「すごく眠たそうですね。また昨日も深夜の4時ごろまでゲームをやってらっしゃたのですか?」

「あ?あぁ、うん。中々エピソードクリアできなくて・・・」

「ゲームが面白いのが分かりますが、ほどほどにしてくださいよ。ホラーゲームのやり過ぎで、精神的に不安定になったりなんかしたらどうするんですか。」

「今のところはなってないから大丈夫だと思うが。」

いつもの灰色の半袖パーカーとジーンズ、水色のシャツをまとった後、トボトボと1階にあるダイニングルームにたどり着く。一般市民にとってはほんの少し上品そうな家具が並べられてあり、中にも本や絵などが飾られてあった。綺麗なクリーム色を施す木製のテーブルにたどり着き、同じ種類の椅子を引き、腰を下ろす。

テーブルの上には黒い陶器のマグカップにあったかいホットコーヒーが入ってあった。

「ですけど、精神病って自分ではあまり気づかないって聞きますよ。」

「・・・、私が狂っているって言うのか?」

「え!いや、そう言う意味で言ったんじゃ・・・」

「まぁ、大半狂ってるかもな・・・」

ダイニングルームと外にある庭を仕切る窓に目線を当てながら、そっと呟く真先。

「え・・・」

「いや、やっぱなんでもない。とにかく、私は大丈夫だ。」

そう言うと、テーブルの上においてあったテレビのリモコンに手を伸ばし、すこし離れた部屋の隅角に配置されたブラウン管の電源を入れる。朝にはニュース番組がほとんどであり、中にはアニメなどもやっていたが特に興味はなかったので、あるチャンネルのニュース番組でボタンを押していた指を止める。

―――――この人、時々あんな寂しい目線を作るんですよね。

―――――理由は未だに分かりませんが・・・


「そうですか。ささ、冷めない内にお召し上がりください。」

そういうと、桃色髪の青年はホカホカになったコーンポタージュを真先に差し出す。

「いつもありがとう。もしあれだったら私が自分の分も作るのに。」

「そっそんな!いけませんよ、真先さんの食料管理はこの津久野にお任せください!それに私は好きでここに勤めさせていただいているんです。ですから・・・」

「あー、分かった、分かったから。でも本当にありがとう。すごくおいしいよ、このコンポタ。」

ズズッとスープを飲み込んだ後、優しい微笑みを向ける真先。

「!」

その笑顔に感激したのか、津久野と名乗った青年はぱぁと花が咲いたような笑顔を浮かべた後、両手で赤面した顔を隠しながら後ろを振り向く。そしたらなにかブツブツと呟き興奮しながら悶える青年。

彼は津久野冬季ツクノトウキ。半年ほど前から真先の家で調理係として父、清十郎が住み込みを許可し、雇った。本当は料理だけ、という条件だったのだが、父は大半不在、母は夜勤が多くと、家事がほとんどできていないところを目撃し、自分から進んで、炊事以外のことも整えてくれている。そして、娘の真先の世話も任され―――――

そして、彼は極度の「真先好き」になってしまった。

恋愛感情はあるらしい、が今はまだ主人に懐いてしまった犬のような関係を保っている。だからこのようにほとんど無表情な真先の感情をすこしでも見れたとなったら興奮してこの上極まりない。


挿絵(By みてみん)


そして、真先自身も彼には心の底から感謝していた。

肉親の父も、再婚者の義理の母もあまり気にしてくれなかった自分にこんなにも手を焼いてくれているのだから。彼は、真先にとっては「特別な存在」の一人でもあった。


「そういえば、今朝こんなものが届いていましたよ。」

我を取り戻したのか、またさわやかな表情に戻った津久野は手にある茶袋を持っていた。あまり大きな袋でもなかったが、薄くマチのない袋には限界といえるほどパンパンになっていた。後ろにはすこし荒い字で「むくまさきさんへ」と書いてあった。

真先の手にその袋が渡り、中を見渡したその瞬間、むっと真先の目が俯いた。その行為に気づいたのか、津久野が心配そうに尋ねる。

「あの、真先さん。くれぐれも危ないことはしないでくださいね。」

つぶらな目で、真先を見つめる。

静かに、二人は見つめ合う。

彼は知っていた。真先には実際に霊感が宿り、霊の手助けの仕事をやっていることを。

彼女が選んだ道だから自分は口出しはでできないが、やはり危険な仕事というのは感づいていた。

「死んでしまった人たちの手助けをするのは感心します。私は気配ぐらいしか察せませんし・・・でも、もし真先さんの身に何か起こってしまったら―――――」

「大丈夫。」

津久野の言葉が終わる前に、真先はきっぱりと言う。自身に輝いた優しい笑顔を向けながら。

「危ないことはしないよ。手助けだし。」

その後、真先は立ち上がり、スープが入っていた容器を手に取りながら台所へと向かう。食器が流し台にぶち込まれると同時に、水が流れていく音がかすかに聞こえた。

ドクン、と津久野の鼓動が強い音を胸に響かせた。

―――――ああ。

―――――だから私は、こんなに彼女が好きなんだ・・・。

優しい視線を食器を洗っている真先に当てながら、静かに心の中で呟く。

静かに、静かに。

今の関係を壊さないように、彼は想う。

愛おしい雇い主のことを、彼は想う。


そんな空間をぶち壊すように、真先の携帯電話が鳴り響いた。

ついさっき立ったリビングのテーブルに置いていたので、着信だと気づいた直後、急いで両手を乾かしながら真先は携帯を掴む。

着信が助手の時雨からということを確認した後、ボタンを押す。

すると途端に―――――

「ま、真先ー!!」

「なんだ、時雨。朝っぱらからうる―――――」

「た、助けてぇー!!!」

その奇声が真先の鼓膜に届いたあと、ブツリと乱暴な音を立てて、回線は途切れてしまった。着信不可の音が鳴り響く。

真先は数秒固まった後、テーブルの上に置いてあった愛用の黒いストローハットとさっき渡された茶袋を引っつかみ、慌てて玄関へと向かう。

「ちょ、どうしたんですか真先さん!?」

「時雨の家に行く。すぐ戻るよ。」

そう言い残すと、靴を数秒で履き、家を出て行ってしまった。

ポツリ、と残された津久野は心配と不安がこもった目で、彼女の背中を見送る―――――


*******

「あら、真先ちゃん。早いわねぇ。」

携帯に着信があり、家から数十分歩いた後、時雨の自宅に到着した真先。

家自体はそんなに特徴が無く、一般市民が扱える2階建てのシンプルな家。白い壁はどこと無くお洒落さを施し、小さい庭もあった。

インターホンを押し、玄関に入ると時雨の母がエプロンをまといながら出迎えてきてくれた。彼女は他の人とは違い、時雨の親友として、時には実の娘として扱ってくれていた。

今は中には狼も住み込んでいるということで、中々迷惑をかけていると真先も責任を少し感じていたのだが、母親はあまり気にしておらず、その上「もう一人男の子ができたみたいで嬉しいわ。」と微笑んでいたことが記憶に残っている。

「時雨ならまだ寝てるわよ。まったく、何度も起こしたのにねぇ。悪いけど、部屋に言って叩き起こしてくれないかしら?」

まさかの人任せ。

まぁ、時雨の母はいつもどおり、明るく、親らしい行動を保っていた。

玄関から繋がる木製の階段を上り、長い廊下の一番最後の突き当たりのドア、時雨の部屋の扉の前に立った後、何度かノックをして、呼んでみた。

しかし、聞こえるのは返事や沈黙ではなく―――――


奇声、呻き、叫びが鳴り響いていた。

それだけじゃない。物が豪快に落ちる音や、ぶつかる音、なにかが破れる音などがドアの向こうからかすかに聞こえてきた。

これはいけない、と真先は一気にドアを開ける。すると、


「あ、真先ちゃん!!」

部屋の中には狼男のロウ、助手の伊達時雨ダテトキウそして数十人ものの子供の霊が拡散して暴れまくっていた。

「・・・・・・。」

「ま、真先ぃー!!!」

半分泣き顔を見せながら、ボロボロになった部屋に居座っていた時雨が必死に真先に抱きつこうとする。

が、その拍子に綺麗なループを描く、後ろ回し蹴りが顔面ヒットした。

その衝撃的展開に、子供の霊たちが一斉に近づき、時雨の様子を見る。

「お約束、だね。」

狼がノックダウンしている時雨にそう呟いた。


*******

今朝の8時半ごろの出来事。

休日でありながらも、母親に何度も叩き起こされる時雨。

狼は意外とすぐに目が覚めるのだが、助手は違う。何度起こしても、ベッドに横たわったまま。最終的には狼が起こしにいくことになり、布団から引き出される上に、頬を想いっきりつねったり、足を噛んだり、上に乗ったりと拷問かと思わせるかのようなゲットアップ体操を費やした。

やっとのことで目を覚ました時雨は両頬をこれでもかというほど引っ張っていた狼を蹴飛ばし、取っ組み合いというウォーミングアップが始まる。

すると、窓の外からコンコンという音がした。

最初は鳥か何かと思っていたがその音は徐々に拡大していき、まるで何人ものの誰かが必死で窓の外からガラスを叩いているような音になる。その音の嵐が止み、安堵のため息を時雨が吐き出したそのあと、ゆっくりと閉めていたはずの窓が開き始めた。

奇妙すぎるこのシチュエーションのなか、外から入ってきたのは―――――


20人ほどの幼稚園児ぐらいの子供達だった。


「だからって、ガキは苦手だ。」

徐々に気が戻っていく時雨に刺しかけた言葉。真先は子供の相手が苦手だ。何が欲しいのかも、何が言いたいのかも殆ど分からないと説を付け、あまり幼児には近づかないようにしていた。いわゆる、子供は真先の数少ない弱点だった。


「おねぇちゃんが探偵さん?」

「探偵じゃなくてぼうりょくおんなだー!」

「ゴリラおんなだー!!」

「あぁ?」

ゴリラおんなと聞こえた瞬間、ギロリと幼児達を睨みつける真先。

その視線で子供達はヒッ、と怯えた声を響かせ、後ろに後ずさった。

時雨は大人気ないなぁ、と首を振りながら子供達を落ち着かせる。と思ったら今度は「二人はラブラブカップルー」となどを叫びだしたではないか。その言葉に時雨は怒るどころか、照れながらニヤつき始めたと拍子に、彼の腹部に中指強調の拳がめり込まれた。

「はぁ、んで用はなんだ?」

時雨を片っ端からノックダウンさせた後、狼がいつの間にか見せてた獣の尻尾と耳で遊んでいる幼児達を睨みながら呟く。

「えっとね、いらいかーどって言うの送ったら言うこと聞いてくれるんだよね。」

「それで僕達送ったんだ、いらいかーど」

「頼みたいことがあるからー」


挿絵(By みてみん)


子供達の言葉で真先はすぐに気づいた。

彼女が扱う依頼人には2種類いる。

直接、どこからか噂を聞きつけて訪れてくる者。

もう一つはあの怪しい情報屋、作田蓉弥サクダハスヤから紹介を受けて訪れる者。

特に後者はとっても厄介な依頼が多い。

ある婦人が盗んだ衣類を盗み返してくれなど、私を殺した者に征伐を与えてくれなど、とにかく警察沙汰になりえそうなものが殆どだったりもする。

そして、蓉弥から送られてくる依頼カードは殆ど郵便で来たりもする。今朝の茶袋もその一つ。彼女がその時中身を確かめると―――――


中にはシルバーの雪の結晶のシンボルが描かれた黒い依頼カードがぎっしり詰まっていた。


どれもこれも子供が書いたような荒い字でそれぞれの名前が書かれてある。

その中身を時雨に見せ、話し始めた。

「たしかに届いてるけど。何の依頼だ?」

「いらい、って言うこと聞いてくれるって事?」

「依頼っていうのはね、頼みごとだよー」

「へぇー。」

「んじゃねー、えっとねー」

「それは―――――」


「僕達、私達のいたいを探してきてー!!!」


******

高速車道爆発事件。

それは今から約4ヶ月前、とある高速車道で起きた爆破事件だった。

朝の9時ごろ、なんの変哲も無かった車道が急に木っ端微塵に吹き飛んだという。その時点で通過していた車両すべてを巻き込んで。

周りは殆ど田圃や野原で、その車道は土から約3メートルほど間があり、歩道通過のために作ってあった小さなトンネルが爆発の根源所を作ったといわれている。原因は大量の火薬を鉄火させたのこと。

この事件は普通の平日の朝に起こり、幸いなのか不運なのかは分かりはしないが、爆発の様子は誰も記録していないらしい。

被害者の遺体はあまりにも強烈な爆破により、乗っていた自動車達と一緒に吹き飛んでしまい、ばらばらになったままそこらじゅうに撒き散らばってしまい、警察も捜索するのがやっとだったという。それでも、まだ被害者の体の部分は無くなったままになった物も多数あった。

その上、とある観光バスには遠足に行く途中の幼稚園児たちが乗っていたはずだったのだが、子供達の死体は一つも発見されなかった。

マスコミや警察はこう言った。

発火があまりにもすごく、バスのガソリンが燃えた上で子供達の小さな体はすべて跡形も無く、焼き崩れてしまったのではないかと。

しかし、もしかしたらそのバスには最初から誰も乗っていなかったのではないかと。


そして今、真先たちはその遺体達を捜索する破目になってしまった。


「うわ、さすがに何も無いな・・・」

刈萱町カルカヤチョウからは思ったより距離があった現場の高速車道。どういう方法でたどり着くか考えていたとき、時雨の頭に過ぎった物は真先の調理係、津久野冬季のことだった。真先は実際、この案に反対していたが、気づけば彼は家の電話に着信しており、あっさり許可が下りてしまった。

大切な人を危険にさらしたくない。

ましてや殆ど目に見えない者たちを相手になんかしたらどう扱えるか分かりやしない。

だから彼女は嫌がり、怖がるのだ。

自分の仕事に関係ない、家族や大切な人達を、知らぬ間に巻き込んでしまうのが。

そんな嫌な感じを胸の奥の奥へと響かせながら、車の来客席に真先は座っている。後ろには背景を見ながら興奮し、証拠という写真を愛用のデジカメで撮っている時雨と、窓際からまじまじと外を見つめ返す狼がいた。運転席には明るい表情で車を動かせる津久野がいる。彼がいま運転している車は義理の母、律子の物。津久野は免許は持っているが車実物は持っていなかったので、特別として彼女の自動車を借りた。ワイン色のメタリックな車は、周りに何も無い車道を走る。

―――――本当はいやなんだけどな。

―――――まぁ、この辺で止めさせておいて、後はあいつ等と単独で行くか。


「ここでいいよ。降りる。」

「え、でも現場はもうちょっと先ですよ?」

「いいよ。ここから歩いていく。津久野さん、問題に巻き込まれたらいけないし。」

「もっ問題に巻き込まれるような仕事なんですか!?そうなら行かせる訳はいけませんよ!!」

「・・・・・・。」

駐車したあと、シートベルトを外し車から降りようとする真先のシャツの袖を必死に掴み、その行為を止めた。

―――――時々思う。

―――――この人、つくづく面倒くさかったりする・・・

「私も一緒に行きます。でないと離しませんよ。」

指先でほんの少しの袖の部分を掴んでいるだけなのに、真先は津久野の手を振り払えない。ちょっと嫌味が入った表情で彼をじっと見つめる。

「ま、まぁ津久野さん。俺たちもいますし。あれでしたらほら、1時間ごとにメールしますよ!安全確かめるために。ね!」

「う、うんうん!!そうそう!!」

半メートルも無い距離の目の前でちょっとした揉め事を少しでも和らげる為に、時雨と狼が挟んで言う。その言葉に賛成したのか、はぁと一つため息を漏らした後、少し呆れた顔で掴んでいた真先の袖を離す。

「電話で。くれぐれも気をつけてくださいね。」

「うん。ありがとう。」

そう告げた後、真先は微笑んだまま車の外へと出て行った。念のため、と3人分のシャベルをトランクから取り出し歩き始める。それに時雨と狼が続き、津久野はその場で待つことになる。

「はぁ・・・」

―――――なんなんですか、あれ!可愛すぎます!!

さっきの真先の行動と表情が次々と津久野の脳内に浮かび、赤面したまま、ハンドルに顔を埋めていた。


*******

「ねぇ、真先ちゃん。どうやって死んだ子達を探すの?」

津久野が待っている車から500メートルほど歩き遠ざかっている時、狼が尋ねる。彼は実は狼男という架空内の人物だが、今は主である真先と共に行動することを決め人間のフリをして生活している。彼が訊いた後、時雨が続く。

「そういや、そうだな。受けちまったのはいいけど・・・何か案はあるのか?」

「いや、地道に探す。」

「マジかよ。事件から4ヶ月経ってんだぞ!もう肥料化しちゃってると思うけど!」

「皮膚はそうでも骨は結構丈夫だったりする。それに―――――」


「お前の写真があるじゃないか。」


そうだった。

今この場に、念写という技が使える時雨がいた。

肉眼では見えなくとも、写真に写せば散らばった遺体から霊力が放たれているところを目撃することは可能だろうと、真先は考えていたのだ。

「そうか!それがあったか!!」

自分の技なのに忘れているという実績をかました時雨は嬉しそうに自分のデジカメに電源を入れ、辺りを360度写し始めた。

現場はもうほとんど事件の跡が無いぐらい清掃されており、淡い緑に生い茂った野原には小さな瓦礫しか残っていなかった。

一通り取れたことを確認した時雨はあたりを見晴らしていた真先を狼を呼び、写真を見せる。

だが。


「・・・、え。」

時雨が撮った写真には霊力の欠片も写ってなかった。2枚目にも、3枚目にも。どれにも霊力らしい物は写っていなかった。

「お前、こんなときに力なくなったか!!」

「時雨の役立たずー!!」

とっさの落胆発言に二人は思わず(狼はわざとだったかもしれないが)叫び合う。今この場で唯一手っ取り早く行えるアイデアが台無しになってしまった、と察してしまったからだ。

こうなりゃシャベルで何か見つかるまで発掘し続けるか、と言おうとした真先は時雨のデジカメをいじくりながら写真の全てに目を通す。すると――――――

「おい、これ写ってた。」

「「え?」」

やっと自分の出番キターとはしゃいでいた時雨が地に叩き潰された直後、真先がそう呟き、二人は同時に振り向く。

「写ってた。ほら、この辺。」

その写真はもとトンネルがあった場面で、数少ない瓦礫が未だ残っている光景だ。今はトンネルだったっものは存在せず、今は灰色のトーンが淡い緑に飲み込まれようとしている部分だった。瓦礫の中には車のパーツや衣類品、鞄などがあったが、真先が指を指したのはとある車から外れたであろう、通常から少し大きいバックミラーだった。瓦礫の小さな山の頂点に突き刺さっていたその鏡は、淡い青紫の煙のような物を映し出していた。

「うわ、本当だ。てかわかんねぇよ、こんなの。」

自分で撮った写真にケチをつけているのは気づいていないのか、時雨は呟く。

写真に写っているバックミラーを見つけ、その中を真先は覗き込む。やはり肉眼では見えないか、と時雨にこの鏡だけを全面念写するよう頼む。

車の通りさる音がかすかにしか聞こえないこの野原のど真ん中では、時雨の切るシャッター音だけが響いていた。

「これ・・・このへんなのか?」

「近くなの?」

「・・・たぶん。あっちだ。」

写真を見ると、やはりその鏡には霊力が放たれていた。その写っていた部分を今時分たちがいる地点より数メートル東にあることが分かった。

指摘された場所まで歩いた後、時雨は写真に収める。そして、後ろの方でシャベルを持つ用意をしていた真先達に、真っ青になって戻ってきた。

「な、どうした時雨。」

「あそこ、超ヤバイ・・・」

震える手でカメラの画面部分を真先と狼の目に見せ付ける。


そこには、ある部分から大量に霊力が染み出ている光景があった。


何も無い野原のはずが、まるでぽっかりと穴が開けられ、中から焚き火でもしているように大量に淡い煙がゆらゆらと写っていた。

「これ、ビンゴだな・・・」

彼女は分かった。

子供達の死体はここに埋められている―――――


ゴクリ、と唾を飲み込む3人。

シャベルを手に、霊力が大量に放たれているであろう地面をじっと見つめる。

「うっ。や、やっぱやめようぜ真先!依頼人は子供だし、気づけばみんな成仏するって!」

「うぅ、僕ちょっと怖いよ」

「子供っていうとこが狙いなんだ。蓉弥はたぶん子供相手だから手を抜くか、熱心いなってやり遂げるかを狙ってたんだろ。」

「いっつも思うけど、俺やっぱ蓉弥さん嫌いだわ。」

「別に私も好かないよ。役に立つから使ってるだけだ。」

そしてすぐにシャベルを手に、ザクッと土に突き刺した。

突き刺しては土を起こし、よこに退ける。

掘って掘って大きな穴を土に開ける。

「ちょ、マジでやんの!?」

「当たり前だ。」

その言葉に降参したかのように、時雨もシャベルを掴み、穴を彫り上げる。狼は少しの間はシャベルを使っていたのだが、いつの間にかおおかみの姿に変わり、前足で思いっきり穴を開けている。その行為に見切りが付いたのか、真先はシャベルを手にもたれかかり、待機していた。

穴を開け始めた数分後、狼の動きが止まる。

「ん、どうした?」

「ま、真先ちゃん・・・これ」

「「?」」

1メートルぐらいの深さがある穴を覗いたその時。

中にあったのは埋められた白い物体。

土で少し汚れてはいたが、何かははっきりと分かる物体。

「真先。お前、カン良すぎだろ・・・」

真先は最初に言ったとおり、


そこにはもう白骨化している小さな子供達の遺体が何人も何人も埋められてあった。


*******

「もう見つかった頃かなぁ」

高級そうなオフィスビルの一つ、窓からは棕櫚町の絶好な背景が差し込み、中もモダンな家具でいっぱい。机には書類やファイルがばら撒かれているとしても、作業は十分できそうなスペースをきっちり作られており、それを背に黒い皮製の椅子に座った影が呟く。

「俺の可愛い探偵さんは鋭いからね。さて、連絡するか。」

すると、その影は机においてあったタッチ式の赤い携帯電話に手を伸ばし、とある電話番号をマークする。

「あぁ、ゆかりさん?あのさ、コレ確定。」


「君の大事な子供達、見つかっちゃったよ。」

情報屋、作田蓉弥はそう吐いた後、電話を一方的に切った。

相手がどんなに鋭い目つきで睨んでいるかを、楽しそうに想像しながら―――――


*******

白骨化した20人ほどの遺体を発見した真先達。

全てを確認するために、遺体の全面を見渡すため穴を掘り続け、仏達が増えていく一方の空間が広がっていくたび、時雨の顔色は健康さをなくしていった。

「やばいよ、これやばいよ。五月さんに連絡した方がいいんじゃないか」

「100パーセント決まったな。あとは誰がこんなこと仕組んだのか調べないと。」

「まっまだ関わる気なのか!?いくらなんでも今回はやばすぎるって、真先!!」

土で汚れまくってしまった狼をハンカチで少しづつ綺麗にしていく真先に時雨がつっかかる。

たしかに、事件は事件。警察沙汰になったのは変わりない。専門家でも解決できなかった疑問が今、この場で解き明かされた。

「もう1時間たったのか、津久野さんに連絡入れてくる。」

狼に続けるようハンカチを手渡した後、携帯を取り出しすこし距離を置いた。

陰に潜む物体が、狙いを定めてるとも気づかぬまま・・・


「あ、津久野さん。あともう少しで終わりそうです。」

「本当に大丈夫なんですか!終わったら連絡入れてください、迎えに行きますので。」

「え、いいですよ。自分達で行くから―――――」

「迎えにいきます!!」

「・・・・・・。」

ほんの少し過保護すぎじゃないか、と一瞬思ったが彼をこんなにも心配させてしまっているのは自分の行為の所為でもあると気づいていた真先は一旦、小さいため息を流した後、「分かりました」と言い残す。

「じゃぁ後で・・・、!!」

電話を切ろうとしていた瞬間、錆び色に輝く鉄パイプの素振りが彼女のストローハットを地に落とさせた。

真先は気配には薄々気づいていたが、覗き聞きしにきた時雨と狼だろうと油断していたその直後、背後から襲われた。パイプは宙を打ち、横にあった小さな瓦礫に辺りすさまじい轟音を垂れ流す。色々な形態の物質が地に落ち、それぞれが独特な音を叫びながら落ちてゆく。急な音の嵐に津久野は気付き必死に呼びかける。

「まっ真先さん!?どうなさったんですか!真先さん!?」

「後でまた掛けます。」

「え、ちょっ、ちょっとまってくださ―――――」

襲われたことを気付かせないため、急ぎをみせないよう冷静に携帯を切り、ポケットにしまいながら落ちた帽子を拾う。襲い主は打ったパイプを手に握りなおし、真先の顔をじっと見つめる。

襲った者は女だった。短く青い髪をなびかせ、すこし汚れた桃色のエプロンを白いワンピースの上に身にまとっている。もう半分狂ってしまっているというのがすぐに察知できる目はかっきりと見開き、何かをブツブツと口ごもる。

「汚した・・・私の子供達を汚したなぁ!!」

そう叫ぶと同時にまた、真先に襲い掛かり始める。錆びたパイプをブンブンと振り回しながら、彼女に近づき始め、それらを全て必死でかわし始める。

トンネルの一部だったコンクリート製の壁にすさまじい勢いでパイプがぶつかったあと、その間をくぐり真先は野原の方へと駆け出した。襲ってきたあの女をまくために。

「え、真先!?」

最初は予想通り覗き聞きしようと近づいてきた時雨たちだったが、真先の後ろから追ってきた人間らしき物が目に映った瞬間、180度回り、やってきた方向へと駆け出した。思いっきり叫びながら。

「許さない!!私の子供達を汚したこと、絶対許さない!!!」

よく見るとその女性のエプロンは血で汚れていた。時が経っても洗って無いのがすぐに分かる、さび色になってしまった血の跡。そして、彼女は手に持っていたパイプを今度は時雨と狼を目掛けて投げ出した。

「伏せろ!!」

真先が叫ぶ。二人は言われたとおり、地に頭をかがめようとしたが、前を見ていなかった所為で二人は自分達で掘り返した空間の中へと落ちて行ってしまった。

的に当たらなかったのはいいが、投げられたパイプは宙を舞い、ボトリと穴の中に落ちていった。今、時雨と狼は殺されたであろう子供達の遺体に囲まれていた。

「ろ、狼這い上がれるか!?」

「無理だよ、土が崩れちゃう!」

先日、その前の日と雨が降ってしまった所為か、土は以上に柔らかく、穴を開けるのにはとても助かったが、落ちてしまった今、上るには不可能な鉄壁と化してしまった。

彼らは今、暗い穴の中でもう動くことは無い生き物だったものたちに囲まれながら、上の様子を想像するしかできなかった。


一方、真先は襲ってきたあの女と一歩動かぬまま、じっと見つめていた。

凶器が女の手に無い今、体術を昔から少しづつ会得してきた真先にとっては有利な状況だった。ただ、彼女は気にかかっていた。

何故、この見知らぬ女が自分を襲ってきたのか。

どうしてこの子供達の遺体のことをこんなにも気にかけるのか。

そして、問う。

「お前、この子達を殺したろ。」

静かに、息の荒れを沈ませながら問う。

その言葉は女の耳にちゃんと届いたのか、すぐに口を開き答える。

「殺してないわ。お仕置きしたのよ。」

「?」

女はゆっくりと言葉を吐き始める。

「だってこの子達、私の言うことまったく聞かないんだもの。椅子に乗るな、ケンカするな、静かにして。どれもこれも無視の一点張りだったのよ。」

「だから殺した・・・?」

「それだけじゃないわ、親御さんにもちゃんと頼んだのよ。子供達のしつけをちゃんとやってくださいって。でも何て答えたと思う?それは私の責任だって!幼稚園は孤児院じゃないのに、私が全部の面倒を見ない方がおかしいって!」

「私にも限界が来たのよ。だからお仕置きしたの。」


「みんな私が注意したら、すぐ静かになってくれたわ・・・」


狂気がにじみ出ていく言葉が空気となって溶けていく。

自分が起こした犯罪を認め、今この場で公開した。

犯人、種村ゆかりは続ける。

「ここはね、私と子供達がいっぱい楽しめる新しい校庭でもあるの。静かにいっぱいいっぱい遊んで楽しく過ごしてるわ・・・それを汚したあなた達は許さない!!」

一方的に全てを吐き、嫌悪をむけてくるゆかり。

そしてそれをますます大きくさせてしまう言葉を真先投げつけてしまった。


「くだらない。」


その言葉で全てが変わってしまった。

その言葉でゆかりは完全に狂った。

自分が今まで保ち続けていた訳とプライド、自信を全て粉々に壊してしまった。

「なん・・・ですって」

「くだらないと言ったんだ。私はガキが嫌いだし、まともに相手したことは無いがたったそんなことのために自分の手を汚したのか。」

「う、うるさい・・・」

「大人げの無さにもほどがあるな。」

「うっうるさい、うるさああああああああいいいい!!!!!」

そして、ゆかりは汚れたエプロンのポケットからある物を取り出した。

黒く光そのものは言えばL字型であり、言えば短剣であり―――――


正確には拳銃だった。


黒いフォルムに包まれたその一丁の拳銃はすす汚れ、切り傷だらけの指に握られている。そしてその銃口は、真先の顔面へと向けられた。

彼女達の間の距離はやく2メートル前後。そういった距離でもないため、打とうと思えばその鉄の弾丸が真先の額にめり込んでしまうだろう。

「あなたも静かにさせてやる!私の言うことを聞かない人たちはみんな・・・みんな殺してやる!!!」

身体を鍛えてはいた真先でも、いくらなんでも弾丸は避けられない。

どうやったって、どうあがいたって避けられない。

その行為に怯みが出たのか、真先は苦虫を噛み潰したように睨んでいた。

「あはははははははははははははははああぁ!!!」

笑う。

何ももかもを壊す自分の行為に笑う。

全てを無にできるこの拳銃と共に笑う。

そしてゆかりは、引き金を引く。

引く数の分だけ命を壊せる拳銃の引き金を、汚れた指で引く。


轟音が一瞬、くっきりと鳴り響く。

銀色の鉄の塊が飛ぶ、

空気を切り裂き、向けられた方角へと、

灰色の煙を後に残しながら、飛ぶ。


「危ない!!」

銀の凶器が真先を貫こうとするまであと2秒もなかったそのとき、必死で走ってきた桃色髪の青年が真先を庇い、押し倒す。

真先は目を丸めながら、地に倒れる。

彼と一緒に無傷のまま。


弾丸が宙を打ち、威力が無くなったときには普通の速度を保ちながら地に落ちた。

まるで今まで込められていた殺意が一瞬で消え去ってしまったかのように。

地に倒れている二人は今、何が起きたのかも分からず、ただの数秒が何時間にも感じながら、一人は顔を俯かせ、一人は空を見開く。

「動くな!!」

チャキリ、と後ろには日本警察の調査本部長、五月哉吾イツキトシミチがゆかりに向けて小さなリボルバーを構えていた。

「種村ゆかり、お前を高速車道爆発事件の犯人として逮捕する!今すぐその銃を下ろせ!」

もうすでに落ちてきている夕日の淡い光を反射しているレンズの中からは鋭い視線が向けられている。

リボルバーを構えている両手もひるむことは無く、しっかりと宙に上げられている。

これが、経験というものなのだろうか。

「あ・・・あ・・・・・・。」

「早く、その銃を下ろすんだ。」

今自分が仕向けられている状況に納得いかないのか、ゆかりは目を泳がせる。しかし、拳銃を手に取っている腕は知らぬ間に極端に震え始め、定めが狂い始める。

今もう一度打てば真先か、彼女を庇っている津久野に当てられる。しかし、そうしようとしたら自分は彼に打たれるだろう。警官を務めているならそれなりの訓練と経験をつんであるはず。けど彼に打ったら目撃者を潰せない。

残りの弾はあと一つ。

どっちにする。

どっちを殺す。

どっちを静かにする。

どっちを――――――?


「あ、うわあああああああああああああああああああああああぁぁぁぁあ!!!!」

壊れた。

私はもう壊れてしまった。

もう何もできない。

私は何もできない。

ならば―――――


「え・・・」

ゆかりが泣き叫んだその時。

握っていた銃をこめかみに付きつけ、最後の弾で自分自身を沈黙に追いやった。


あぁ、私はもう何もできない。

子供達に合うことも、触れるのも、一緒に笑い合うことも・・・

もう、何も。

ならばいっそ。


この手で全てを黙らせよう―――――



銃声が響き、もう何時間経ったのだろう・・・

私は、何を果たせたのだろう・・・

真先は、死を身近に目に焼き付けてしまった。

ゆかりが引き金を引いた後、その身体は支えがなくなった人形のように、パタリと地に倒れた。

もう指一本動かない、ただの物となってしまった彼女は、開いた目から涙で頬を濡らしながら永遠に眠ってしまった。

その光景を、真先は見つめる。

赤い眼を見開き、自分を抱きしめる津久野の肩から見つめる。

その魂が、どう闇に喰われていくのか、見つめる。

一言も言えず・・・

「え、ちょ、何この急展開・・・」

「真先ちゃん・・・?」

やっとのことで穴から這い上がれた時雨と狼は今の状況をまったく理解できずのまま、ただそこに立つしかできなかった。

弾丸がめり込んだ衝撃で血しぶきが2滴、3滴と自分の顔についてしまったまま、固まっている真先も、


そこに立つしかできなかった。


挿絵(By みてみん)


*******

あの事態から2時間後。

時雨達を家に送った後、津久野が動かす車で自宅に戻る。

何も聞かれないまま、彼女は自室に入る

闇に飲み込まれた部屋に閉じこもり、あの時のことを考える。

―――――もし、あの時止めていれば彼女は死ななかったのだろうか?

―――――もし、止めていれば罪を償わせられたのだろうか?

―――――もし、この依頼を受けなければ皆、危険に去らせずすんだだろうか?

―――――もし・・・


もし、私がいなければ、こんなことは起らなかっただろうか・・・?


「真先さん?」

危機一髪のところを、運良く無傷で救ってくれた津久野が心配そうに、部屋の外で問いかける。

真先は答えない。

「真先さん、入りますよ。」

何度かノックした後でも返事はなかったので、ドアを開け優しくも心配性な表情の青年は真っ暗な部屋に足を踏み入れる。

暗闇に察したその時、咄嗟にスイッチをつけ、辺りが見違えるほど明るくなる。

自分のルックを殆ど暗い色で決めている所為か、さっきはどこにいるか宛も付かなかった真先の姿がくっきり見えるようになる。

窓の深い際の上に、膝を立てながら座っていた。

何も無い、暗い外の空間を紅色の目で見つめながら。

「・・・・・・。」

彼女は津久野が入ったことはまったく気にしていない。まるで何も無かったように、窓に顔を向けている。

津久野は一息ためていた空気を口から吐き、言葉も一緒に吐く。

と思ったら真先が遮るように口を開いた。

「人の死を、身近に見たのは初めてじゃない。」

そして、また二人の間に沈黙が訪れる。

居心地の悪く、思い沈黙が。

その状態が数分続いた後、もう飽きてしまったかのように津久野は話す。

「ならば、『死』の意味は十分お分かりでしょう。何故あんなことになってしまったんですか?」

真先は答えない。彼はもう一度名を呼んだが、変化は見えない。

その状態に一度目を閉じ、深呼吸をした後手に持っていた救急箱を床に置き、消毒スプレーにガーゼと医療用テープを掴む。

そして、いつの間にかできていた真先の右手に、消毒液を吹っかけた。

「っ!?」

自分自身も察していなかった傷から急に独特な痺れと激痛が走ったため、真先は慌てて振り返り自分の右手を振り払おうとする。

しかし、その行為は津久野の骨ばった大きい手で鷲掴みされ、動くことは不可能となった。

「あなたみたいな方が、傷など付けてはいけませんよ」

小さな声で呟いた。

彼の両手は慣れた手順で真先の手をガーゼで包み、白いテープでとめる。

できましたよ、とは言ったが右手は掴んだまま。

自分があんな事をやらかしたのに、何故彼はまだ優しいのかという驚きの表情を見せながら。

津久野は続ける。

「真先さん。私を関わらせたくないのも、問題を掛けさせたくないのも十分察しております。けどだからって自分の身を危険にさらすのは納得いきません。」

掴んだままの右手を、じっと見つめる。

そして真先もその付くのを見つめ、沈黙を保つ。

「私はあまり力にならないかもしれません。でも真先さんがこうやっていつもいつも自分ばかりを責めているのを、ただ見てるだけでは落ち着けません。」

「私には何でもお伝えして欲しいです。」


「私だけには、信頼していて欲しいです。」


その言葉を聞いた途端、真先は驚いた。

心の底から、驚いた。

そして、確信した。

彼は、この狭い社会の人間たちとは違うのだと。

彼は、自分の親と違って自分自身を見てくれているのだと。

右手を優しい手で掴んだまま両膝を着き、仰ぐように真先の顔を見上げる。

優しさが一部始終こもった笑顔で、彼女の顔を津久野は見上げる。

自分にとっては大切な人同士、見つめ合いながら。

翌日、事件に関しては五月が全て手配すると言い、未成年、それも警察署長の娘なんかが関係している事がバレてもいけないので見つからないようにしろと命令された。

最終的に、あの穴を開けた部分には行方不明となった幼稚園児の全ての遺体が発見され、犯人は担任を努めていた種村ゆかりとなった。

また、あの時の爆発を起こしたのも彼女であり、自白する余裕がなく自殺したという設定になった。

いつもどおり、真先の名は隠されたまま。

警察が全ての名誉を取り、それで世間的には丸く収まった。


だが、真先は気に止めてもいなかった。

彼女には報酬はもうすでに届いていた。

朝に、学校へと向かうための用意を済ましていたとき、ふと窓際の方角に目をやり、仕方なさそうに、優しく微笑んだ。

そこには、朝の日差しと一緒にあるものがひっそりと置いてあった。

子供が書いたような荒い字で「おねぇちゃん、ありがとう」と書いてあったメモと虹色に輝く小さなガラス球が太陽の日を浴びていた。


分けるには短い、そのままには長いという中途半端なサイズで送ります。たぶんこれからも・・・

ともかく、読んでくれて大感謝です。

うーん、ラストがなぁ・・・←(だからそう思うなら直してから上げろ。)

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