Case.3 Death's lover ~指二つ~
「ごめんなさい、私は・・・やっぱり無力だから・・・」
涙で顔をぬらして泣きじゃくる少女は、ある瓦礫に向かってそう呟いた。
「私、父さんが言ってた通りだ。何もできない。探し物すら・・・うっ、ごめ、ごめんなさい、ごめんなさい・・・!」
一つ一つの言葉を吐くたびに、涙の数は増えていく。雨のように落ちる雫は差し伸べられた手を通り抜けた。
「いいんですよ。こうなることは、きっと運命だった。必然だったんです。」
その手の青年は優しい笑顔を浮かべながら少女に向かって話す。
「それに、もう無くなったと決まったわけじゃありませんし、僕もほんの少し休むだけです。」
少女はまだ俯いたままだ。灰色と染まってしまったシャツをまとい、雨の中一人で頭を下げる。
「私、諦めない。」
「これからもずっと、あなたの身体を捜し続ける。」
******
圧力が何倍にもかかった空気の中で後ろを振り向けば、そこには鋭く輝いた肉切り包丁を手に取り、かっきりと見開いた目をした金髪の少女が立っていた。
「せっかく・・・愛し合えるかと思ったのに・・・」
金髪の少女、桂李美佐は残念そうにそう言った。
パッチリと開いている瞳からは二つの淡いオレンジ色の光を放ち、白く細い両手には電球の光を反射して発行している灰色の凶器が握られている。とっても可憐で明るい顔立ちには不似合いのその光景は、真先たちをプレッシャーのどん底に落としいれようとしていた。
「やっぱり・・・」
「え、ちょ、美佐ちゃん!?どうして!?てかその危ない物置いて!!」
「あ、時雨先輩。いやだ、恥ずかしい、あの写真見られちゃったんですね・・・」
かわいこぶった言葉が時雨の警戒に答える。頬を染めながら首を横に振り、恥ずかしそうに言葉をつむぐ。
「でも、やっぱり好きなんです。愛しているんです、時雨先輩のこと・・・」
そう言うと、鉄色の凶器を思いっきり振り回し、ビニールカーテンを真っ二つにきってしまった。その光景に、3人は固まる。
「私、言ってなかったけど、先輩のことすっごくすっごく愛しているんです。毎日毎日毎日毎日先輩のことしか頭が無くて、何度も何度も何度も何度も愛して欲しいんです。」
「え、へぇ・・・あ・・・」
「だからですね、愛して欲しいんです。私に愛してあげて欲しいんです。私の愛の花畑の一つになってほしいんです。だから―――――」
「邪魔なんです、無垢先輩。」
さっきまでの台詞が時雨から真先へと激変したその時、空気も同じく急激に変わってしまった。ゆっくりと埃臭くこもった空気から、狂気と肉の腐る匂いに変わってしまった。
「え・・・」
「邪魔なんです、いつもいつも時雨先輩のことをけしかけて、私から離そうとする。気に食わないんですよ!」
「・・・・・・。」
嫉妬そのものの言葉を向けられた真先は特になにも言い返さない。ただ真剣に美佐のほうをじっと見つめているだけだった。肥料になる前パートの生き物達を背にしながら。
「なんで、何も言わないんですか・・・?あなたはこの花畑じゃなくて、犬の餌にでもしますのでご安心を。」
「・・・・・・。」
「何か答えたらどうですか?」
「無用。」
その一言に、表情を一気に変える美佐。あの穏やかな少女とは思えないほど顔が引きつり、白目をむけ、口をはにかむ。
「そうですか、なら・・・」
美佐の凶器が右腕と共に上へと上り―――――
「死ねぇ!!!」
力いっぱい真先の顔面へと振り下ろされた。それをあと3センチほどでかわした真先はギリギリのところで命を突き止める。後ずさったおかげで足はもう右腕畑の土の中にめり込んでしまっていて、その光景に時雨も狼もやっとのことで我を取り戻した。
「死ねぇ!!死ね死ね死ね死ね死ね死ねぇ!!!」
唸りを上げながら同じ言葉を炸裂する美佐。輝いた包丁を上下左右に振り回しながら真先を攻めてくる。その攻撃を次々と交わしていく真先は一歩ずつビニールハウスの中へと入っていった。
「真先!!」
それに続き、時雨よ狼も入り込む。さっきつけた電球のおかげで中は前よりはっきり見えていて、生えている右手を避けながら二人は奥で死闘を繰り広げている真先と美佐に近づいていく。不気味な上に足場が悪く、走るのは一苦労だ。
真先は攻撃を交わすのとバランスをとるので手間をかけながら後ろへと後ずさる。しかし、ビニールハウスは永遠に続くはずは無く、気づくと一番向こう側の壁へと追い詰められていた。そこですべて終わる、と美佐叫びを出しながら包丁を振り下ろす。が、狼が実物の獣と変化し、美佐を突き飛ばした。
ガッ、といやな呻きを放ち、壁に打ち付けられた美佐は腹部を押さえながらもがく。それを期に、真先は壁から離れ、狼のところに駆け寄りながら美佐の調子を見る。
「はぁはぁ。真先ちゃん、大丈夫?」
「あぁ、何とか。」
あの攻撃で傷一つつけていない真先はある意味すごいが今はそんなことを話し合っている場合じゃない。後ろから時雨がゆっくりとバランスを取りながら大慌てで駆け寄ってくるのが見える。2人の目の前には、痛みに慣れてきた美佐が立ち上がっていった。
「う、ぐ。渡さない、時雨先輩はあんたなんかに渡さない!!!!」
そう叫ぶと同時に包丁を持っていた腕を思いっきり振り上げた。また切りかかってくるのかと思ったが、良く見れば彼女の手には包丁の姿はなかった。
「う、うわあぁ!!!」
その瞬間、包丁は時雨の左肩にブスリと突き刺さる。痛みのあまりに時雨はその場に座り込んでしまうが、それが一番の危機を呼び寄せることなど知るすべも無かった。
時雨は姿勢を下げた直後、高速で美佐は彼に駆け寄り、押し倒した後馬乗りになった。
「心配しないでください、時雨先輩。すぐ終わりますから。催眠薬が無いからちょっと痛いかもしれませんが、我慢してくださいね・・・」
「あ、あ、あぁ・・・」
「あはは、先輩のお花、きっととっても綺麗で素敵なんでしょうねぇ。」
目の前の狂った女を瞬きもせず見ながら、時雨は一つも言葉が出ない。彼が自分に対してどんな恐怖を抱いているかなんてお構いなしで、美佐は時雨の肩に刺さった包丁を掴む。ジタバタともがこうとする時雨を自分の体重全てをかけて止めながら、時雨の身体から凶器を思いっきり引っこ抜いた。その激痛に時雨は苦しみ混じりに叫ぶ。
「あまり動かないでくださいよ。右手以外は傷つけたくないんですから。」
何かを答えようとしたが、やはり呻き以外声が出ない。ただ肩の死ぬような痛みがガンガンと脳を突き、目の前の狂気が自分をあのすさまじい橙の眼で見つめている事を睨むしかできなかった。
死にたくねぇ。
死にたくねぇ
こんなとこで、こんな事で死にたくねぇ!!!
「がはっ!!」
美佐の包丁が時雨の右手を切断するまであと2センチのときに、グッドタイミングで狼が美佐を捕らえる。馬乗りになっていた彼女を銜え、鋭い牙が突き刺さるギリギリの所で確保した。
「狼!殺すな!」
一大事を突き止めるためにも、一応真先は忠告を叫んだと同時に時雨に駆け寄る。時雨のTシャツはほとんど血で赤くなっており、出血を止めるためにも真先は上着を脱いで傷に押し当てる。
「グルァ!!」
「私と先輩の邪魔をするなああああぁぁぁ!!!!!」
振り向くと美佐は包丁をまだ握っていたらしく、狼の口から逃れ、再び振り回していた。幸い、まだ狼は怪我はしていないようだが腹部を思いっきり蹴られ、すこし佇む。
「私のものだああああああああああああ!!!!!」
衝撃と恐怖で人間の姿に戻ってしまった狼に対しひるむことも無く、絶叫を響かせながら美佐は包丁を振るう。
ガキィン!!
あ、れ・・・
斬った感触が無い・・・?
血が無い・・・?
暖かく、無い?
金属同士がぶつかり合う音が叫ぶ。いつもの肉が切り裂ける感触と違うことに気づく美佐。そして―――――
さっき、机の横に立てかけられていた日本刀でしゃがみながらガードしている真先がいた。
二人とも一歩も引かずに、両凶器が痙攣をおかしながらぶつかり合う。
気づくと美佐は入り口に思ったよりも近かったらしく、それを期に追いかけた真先が刀を取りディフェンスに入った。
「ぐっ・・・らぁ!!」
めいっぱい力を込めて、真先は刀で振り払った。それと同時に美佐の顔面をめいっぱいぶん殴る。
「ひゃぁ!!」
叫びを流しながら美佐はその場に倒れる。すぐに側に落ちた武器を取ろうと思うが、その手は真先の足によって蹴られ包丁はずっと遠くの土にブスリ、と突き刺さる。
そして、ゆっくりと彼女は刀の鞘を抜く。所々が錆付いた刃が怪しく光り、その場の空気に圧力を加える。真先は目を見開いて、美佐を見つめたまま抜いた犀を地に落とし、刃を向けた。彼女の顔はもうあの冷静な表情ではなく、怒りが頭のてっぺんまで上ったことをくっきりと表していた。真剣な彼女はこの場所には今、いなかった。
「い、や。こ、殺さない、で・・・」
美佐はさっきの凶暴さは別人かと思わせるほど人格が変わり、体中震えながら限界を超えてしまった真先を、涙いっぱいの眼で見つめる。右手だらけの地を這い蹲ろうとするが、恐怖のあまり腰が抜け、バランスが取れずにいた。
「許さない。時雨を傷つけたこと、絶対に許さない!」
自分の親しい仲間達に怪我を負わせた所為で真先は怒り狂った。過去に自分の所為で傷を負ってしまった人たちの顔が浮かび、光景がよみがえり、そして自分の無力さを思い出された。もうこんなことは二度と起こさないと彼女はその仲間達から離れたが過去は今まで一生、彼女を透き無く追い続けていた。それを繰り返さないためにも―――――
「な、真先やめろ!!!」
「真先ちゃん!!!」
彼女が長い刃を振り上げるのを察した時雨と狼は必死に叫ぶが、止まる様子は無い。ゆっくり、ゆっくりと高さは上がっていき、真先自身も汗を垂れ流し、息が荒れ始めていた。同じ状態が10秒ほどたち、ついに凶器を振り下げようとしたとき―――――
「やめろっつってんだろ!!」
時雨が立ち上がり、真先を抱くように引き止めた。決して腕を動かさないように、自分の肩は苦痛で脳に悲鳴を上げているのにも関わらず、めいっぱい力を込めて。
ギロリ、と殺意のこもった鋭い目がこちらを見る。必死で腕を動かそうとするが時雨がそれを邪魔する。
「殺してなんになるんだ!やめろ、真先!!」
「そんなの、こいつと何の変わりも無いじゃんか!!」
「!」
ダメだ。
こんなこと、やってはダメだ。
でも、でも。
許せない。こいつは、私の仲間を傷つけた!
だから、だから―――――
「退け!!」
そう叫ぶと、真先は時雨を横に突き飛ばす。そして瞬時にもうすでに硬直している美佐に歩きより、思いっきり刀を振りかざした―――――
グシャッ。
「・・・・・・!!」
何の衝撃も無い。何も感じられなかった。それとも感じる暇も無く死んでしまったのか。
いや、違う。
殴られた痛みがまだ残っている。
「私・・・生きて、る・・・?」
必死で目を瞑った美佐はゆっくりと視界を広げる。すると、目の前には自分の首まであと1センチともいえないほどの距離に深く突き刺さった刃が見えた。その銀色の鉄を見た瞬間、再び彼女は怯えだし、悶える。
「吐け。」
静かな、それでも聴いたことがあるような声が鼓膜を突いた。
「・・・え?」
「全て吐け。」
刃を上に辿り、目の前には黒い髪をまとった少女がいた。辺りは薄暗く、視界もまだ慣れていないためぼやけて見える。
「お前はコレを望んでなんかいなかった。けしかけたヤツのことを全て吐け。」
真先の顔は、元の冷静で無関心な表情に戻っていた。
が、それもつかの間。
美佐の口から出た言葉によって、怒りではなく、驚きで目を開くことになった。
*******
「では、署に連行いたします。」
バタン、とパトカーの扉が閉められる。自分の娘が連続切り裂き事件の犯人だと知った母の美湖はショックのあまり、一言も喋れないでいた。ただただそこに跪き、涙を流すだけだった。
ただ、車の中に入れられた美佐は苦痛でも、恐怖でも楽しみの顔でもなく、重荷が背から取れたような、蟠りが消え去って行ったような、そんな清々しい表情を見せながら前を向いていた。
旅館には警察が数十人入っていき、調査を進めている。
五月が携帯に着信が届き、他の警官たちと旅館に着いたのは10分ほど前のことだ。奥にあるビニールハウスの調査が進められ、検死用のカメラマンが何人かまとめて、土に植えられた右手たちにフラッシュを当てていた。他の物は指紋の確認や衣類品の検査、凶器の持ち運びなどを行っている。
それと、数台のパトカーの中にもう一つ、一台の救急車が止まっている。
タンカを運ぶ4人の救急員たちは慌てて旅館の玄関に座って肩り出血を少しでも和らげる為に真先の上着を赤に染めていた時雨を乗せ、再び車へと運び戻る。そばにいた真先と狼は門まで出て行き、丁度警察署に送られた美佐を目に入れた。
「狼、時雨と一緒にいろ。」
「え、ちょ真先ちゃん、どこいくの!?」
「すこし野暮用だ。」
そういうと、すこし駆け足で真先は狼を置いて旅館から出て行ってしまった。
「真先ちゃん待つんだ。」
「・・・。」
そこに丁度現れたのは連絡を受けた五月哉吾だった。タイミングよく、玄関から出て行く真先の腕をしっかりと掴み、離そうとしなかった。彼は真先が探偵という仕事をやっていくことをよく思っていない。ましてや霊が見えるわけでもなく、ほとんど彼女の言うことは信じないのだが、小さい頃から面倒を見ていた事がある所為か心配性になることも多々ある。
「今回はやりすぎだと思うよ。いい加減首は突っ込まない方が良い。もし君が殺されていたらどうする気だったんだ?」
「・・・、でもそうはなりませんでした。」
「幸い、ね。こんなことをして、清十郎さんにどう説明するのさ。君にもし何か起こったら僕の責任でもあるんだ。頼むから大人しく、高校生らしくいられないか。」
「無理ですね、こっちも頼まれた責任はあるので。あと親父の名前は出さないでと頼みませんでしたか」
「君はいつまで清十郎さんとそんな関係でいるつもりなんだい?いい加減仲直りしたらどうなんだ。」
「・・・・・・。」
少しの沈黙のあと、真先は腕を振りほどき、歩き始める。清十郎という名前を聞くだけで嫌気が漂うほど、彼女は自分の父のことを底知れなく嫌っていた。
「あ、どこへ行くんだい!」
「用を済ませに、です。」
振り返りもせず真先は歩き始める。
五月はもう何もできず、ただ呆れと心配の混じった顔で大きなため息を吐き、パトカーへと乗り込んだ。
*******
今度は棕櫚町の都内へと来た真先。
桂李旅館を後にし、急いでここに来たのは理由があった。
最後に桂李美佐が吐いた言葉だ。
「お前はコレを望んでなんかいなかった。けしかけたヤツのことを全て吐け。」
ゆっくりと顔を近づけながら真先は問う。
そして、美佐が必死で頷いた後、彼女の上から退き、手を差し伸べ、立たせた。
何分か経って落ち着いた後、美佐は喋りだした。
「私、最初に付き合った人とあまりうまく行かなくて・・・でもやっと叶った恋だったから、今の関係を壊したくもなくて・・・それで・・・」
「それで?」
「男の人が声をかけてきたんです。私が桂李美佐かって。はいって答えたら、君は今恋愛関係について悩んじゃってるね、て言ってきて・・・急なことだったから私、何を言ったら分からなくなって・・・」
俯きながら話し始める美佐。顔は涙で付いた土だらけで茶色く染まっている部分がいくつかあった。彼女は続ける。
「それで、その人、写真を見せたんです。その時付き合ってた人が違う女の人と抱き合ってる写真を。それで、私愕然として・・・頭が真っ白になって・・・それで、その日彼を家に呼んで聞いてみたんです、この写真は本当なのかって。そしたら彼、何のためらいも無く頷くから・・・」
「もめて、向こうは家に帰って、その途中でやっちまったってことか。」
「・・・はい。」
「こわ、美佐ちゃん、さすがにそれは怖いよ。なぁ真先・・・真先?」
この時点でもう、真先にはその男が誰か、見当は付いていた。
彼女の知っている中でそんなことを仕出かすのはたった一人だけだ。
人の個人情報を徹底的に調べだすことができ、そのうえ人を茶化すのが大好きな人物。
真剣な顔で、その人物を浮かべる。
そして今、その人物のオフィスと化している自宅に踏み込もうとしている。
棕櫚町の都内はかなり混雑で、中には巨大なビルが何丁も続いており、電車駅もすぐ近くにあるというので毎日人が大勢いる。ガヤガヤと騒がしい道を一人で歩き、ある青く巨大なオフィスビルの前に立つ。中に入り、エレベーターで指定した階に付いた後、無数のドアの一つのインターホンを押す。
『はい、開いてるよ。』
二日前、携帯から聞こえた蓉弥という青年の声がインターホンのスピーカーから響いた。その声を聞いた瞬間―――――
勢い良くドアを開け、ズカズカと靴を脱ぐこともせず、広いリビングのようなオフィスに入っていき、机に座っていた青年の胸倉を思いっきり掴んだ。
「ちょっとちょっと、これは乱暴すぎるんじゃない?」
急に乱入していきその上、手を出されたのにも関わらず、青年はケラケラと簡単な口調で真先に話す。
「お前だろ、全部仕組んだの。」
それに対し、真先は眉間にシワを寄せ、さっきと同じようにすこし白目をむかせながら、鋭い口調で青年を攻める。
「えー、何のことかな」
「とぼけるな。依頼人をよこしたのも、美佐に写真を渡したのも、遺体を警察に報告したのもお前の仕業だろ。」
「ちょっとちょっと、何で僕を疑うのさ、何の根拠も無いのに。」
「疑っていない、決めているんだ。それに根拠はお前はこう言うことが大好きな人物だからだろうが。」
ワイン、というより血の色のような髪をした青年はなんのためらいも無く、両手を挙げ、呆れた笑顔を向ける。
「はぁ、まったく君は冗談が通じないね。はいはい、分かった、認めるよ。ぜーんぶ俺が仕組んだ。桂李美佐に写真を渡したのも、遺体の場所をチクッたのも、君がもう少しで殺人を犯そうとしたのも。これで満足でしょ。」
「・・・・・・。」
青年が白状したとこで見切りをつけたのか、ゆっくりと掴んでいた胸倉を離す真先。
降参したように両手を上に掲げている青年は不気味な笑みの表情を少しも変えず、また椅子に座っていった。
せっかくだから、とその木製人形を弄んだ後、青年は立ち上がり、紅茶を2人分用意し始めた。中には彼と真先以外は誰もいず、それにしては大きすぎるオフィス。彼が座っていた机は横に同じタイプの物がもう一つ並んでおり、パソコンが3台、プッシュ式電話が2台、ばら撒かれた書類やファイル、とやはりどこかの事務所のように思わせる光景だった。ただその横に立てかけられた薄茶色の木製人形が違和感を出している。
「何故私に情報を渡した?」
「情報売りだからね。商売さ。それに―――――」
「信じてたから。君が犯人突き詰めるって。」
そんな優しいことを口から出す情報売り、作田蓉弥。淡い赤色の少しハネがある髪に鋭い目つき。灰色の目は人の何もかもを見透かしていそうな、それでいて見下しているような、そんな視線を送る。黒い長袖Tシャツに重ね着の無地の半袖Yシャツ、ラインの入った黒いスキニーパンツ、腰からぶら下がる銀色のチェーンにメタリックブラックのピアス、と外見としては特に変わっているところは無く、何も知らなければただの美青年にみえるのだ。
だが、だ。
彼は性格が標準より酷く傾いている。
オタクだとかホモだとかではなく。人を茶化すのが大好きな人間。人の感情に誰よりも執着し、それでいて引っ掻き回すことが大好きな人間。人の行動を観察し、中に割り込み結果を破損させるのが大好きな、そんな変わった行動を取るのだ。どこかの小説に出ていそうなキャラだが、さすがに彼自身もそこまで偏ってはいないと自覚はしているはずだ。
それに今、彼の注目は全て真先に中心していた。彼女の行動は今まで見た人々のなかでも飛び切りに新鮮で飛び切りに変わっていたからだ。彼にとっては、新しいおもちゃを見つけたかのような感覚だった。
「よく言う、もう少しであの世行きだった。」
「はは、もし君が死んで霊になったら僕に会いにおいでよ。たぶん見た瞬間、俺は大爆笑すると思うけどね。」
そう言い残すと、甘苦い香りがほんのり漂う紅茶を真先に差し伸べ、その後は来客用の高級そうなソファーに腰を下ろす。くるくるとティースプーンを何回か回したあと、紅茶を口にする蓉弥。
「遠慮する。また何か入れただろう。」
「まったく、ここに来るの何度目なのさ。入れたのは最初だけでしょ。あと俺のお嫁さんになるんだったらまずは俺の入れるお茶ぐらい飲んでもらわないと困るよ。」
「誰が嫁になるか。」
そう言い捨てると紅茶の入ったカップをテーブルに置き、蓉弥の座っている向かい側のソファーに腰を下ろす。
黒い
「まぁ、情報のことは感謝する。無かったら未だに見つけてないだろうし、時雨も危なかったと思う。」
「あのナルシー王子くん?ハハ、さすが。君と違ってモテるねぇ」
「余計なお世話だと言ったろう。」
「まぁストーカーまで引き付けたとなると、やっぱり引いちゃうよね。俺にとっては君はそのまま、モテないままでいて欲しいよ。ライバルが多くなるとやっかいだし、無意味な争いは嫌いなんだ。」
「意味があれば良いのか」
「あればね。でも人間の争いのほとんどは無意味。というか意味があった争いなんて無かったと思うよ。今は特にね。今の社会はほら、君が言うように腐っているからさ。」
そんな会話を続ける二人。蓉弥は相変わらずケラケラと喋っていたが、真先は紅茶に一口もつけず、その場を去ろうとした。
玄関に着いた直後、彼はこう言った。
「今回の遊びはね、君を試す物だったんだよ。知ってた?」
「・・・?何をだ」
「俺がバックアップしていく人にふさわしいか。お嫁は決まってるからさ。成人するまで何かできないかなーって思いついたのさ。」
「・・・、もし失敗だったら」
「そこまでの人だったって事になっていただろうね。」
軽い口調重たい言葉を吐く。それが彼の特技。自分はこれっぽっちも悪いと自覚はせず、ただ相手が背けたい現実を次々と暴き投げつける。まさにリアルそのもの。
「嫁だとかなんだとか自分でほざいていれば良い。ただ大切な人達を危険にさらしたら、いくら私でも殺人は犯すぞ。」
「うわーこわいねー。」
忠告をしたはずだったのだが、蓉弥は恐怖をちっとも感じてなんかいず、その上からかう手草で答えた。
前を振り返り、そのまま真先は何も告げず、ドアを閉めて去っていった。
黒く重たいドアの裏側に一人立つのは蓉弥だけ。彼は一言、聞こえるはずが無いのにこういった。
「どうなったって、絶対君は俺のところに戻ってくるのさ。俺がループを作ってるんだからね。いつかは居座りたくなるよ。」
ニタリ、と不気味な笑みを見せながら。
*******
「あ、あの。本当にありがとうございました。」
ペコリ、と深いお辞儀をしながら功松辰は感謝を告げた。
蓉弥と話をつけた後、電車で棕櫚町を後にし、駅から自宅へと帰る道の途中、依頼人がふと現れた。現場自体は特に何も発展は無かったようで、依頼をこなしてくれたお礼を真先に渡しに来た。
「お礼なんていいですよ。自分がやってることなんで。」
「あの、それで報酬の方は・・・」
「良いですよ。どうせ、蓉弥のヤツに渡したのでしょう?あとでかっぱらって来ますから。」
優しい笑顔で真先は言う。黄昏に包まれる川沿いの道を歩きながら、外から見れば独り言を言っているようにしか見えない。だが、彼女は気にしない。自分の声を本当に聞いてくれる者がそこにいるのなら。
「え、じゃぁもしかして」
「あなたが第一の被害者だって事も、知っていますよ。」
鋭い目つきで功松のほうに視線を流す。顔からは未だ、笑顔を消さずに。
そう、彼女は知っていた。依頼人は蚊帳の外の人物ではなく、実の被害者だったことを。蓉弥に会いに言った後、確認したからだ。
「でも、あれはやっぱり僕が悪かったんです。自業自得ですよね。」
ハハ、と少し消え入りそうな笑い声を出す霊。彼は美佐に殺される前、彼女のストーカー行為に見切れをだし、内密で違う女性と交際を続けた。美佐のほうは仕事を終えた後、極度に狂ってしまったのか、その行為を3度も繰り返したのであろう。
真先は呟く。
「どんな人でも、他人の命を奪う権利なんて無いんですよ。」
真剣な目で、呟く。
それはかつてあるものから告げられた言葉だった。
彼女にとっては、救いのある台詞だった。
そのあと、功松辰は少し驚いたような表情を見せ、ニコリと笑い、もう一度お礼を告げた後、跡形も無く消えて言った。
真先は川の方向をつぶらな目で見つめる。今日起きた事、明日起きること、全てをひっくるめて打ち流しているかのように。ただただ、そこに立ったまま、オレンジ色に輝く太陽を見つめる。
そのあと、携帯に着信が届き、時雨の安全が確認された後、静かな笑顔で口を引きつりながら、ゆっくりと歩き始めていく。
またまた長くなってしまいましたね・・・
今回の話はもうちょっと調節した方がいいかな~と少々思ってたりもしてます・・・(なら投稿する前に直せ)
これからもよろしくお願いします。