Case.3 Death's lover ~指一つ~
ねぇ、知ってる?
私、あなたを愛しているのよ。
そう、愛。愛なのよ。
大好きなの、愛してるの。
とっても、とっても。
なのに、あなたはどうなの?
何故愛してくれないの?
私の何がいけないの?
言ってくれなきゃ変えれないよ。
え、そこがいけないの?
でも、それは私の「愛」を否定してるみたいよ。
そう、これは愛なの。
あなたに注ぐ愛情なの。
それを見せる表現なの。
何故そこがいやなの?
「何故、『私』を否定するの・・・?」
*******
朝。7時12分。
とあるニュース番組。
『―――炸裂している連続切り裂き事件ですが、さすがにこれはひどいですね。』
朝食のスープの最後の一口を喉に押し込もうとした瞬間、その言葉がダイニングルームに響き、即座に真先は手を止める。テレビのニュースキャスターは続ける。
『調査によっては、被害者は全員、右手を切り落とされた状態で発見されたそうです。』
『右手を切断なんて・・・残酷ですね。』
『死亡者の検死はもう判明しているんですか?』
『はい、同じ凶器で殺されたかと。やはり怖いですよね・・・』
******
「ねぇ、真先ちゃんどこー?ねぇ、時雨ー!」
「だぁーっもう!今案内するからちょっと黙ってろ!!」
「やだよ、真先ちゃんと同じクラスにいたかったのに何で時雨なのさ!家も同じだしー。」
「仕方ないだろ、真先は自分の家はダメだっていうから。てかお前、本当は引き取ってもらえて感謝するもんなんだぞ!」
「ぶー。」
真先が3日前、個人で引き受けた「高橋工」と長妖の依頼。それらをこなそうとした彼らはある狼男と出合った。名も出所も知らなかった少年。孤独に身を引きちぎられそうになった彼を、真先は引き取った。自分も同じような体験をしたことがあるからの所為か、それともただ同情してしまった所為か。彼女は少年と契約をこなし、主(親)と子になった。真先は彼に居場所を与え、少年はそれに尽くす。それが、契約の内容だった。
狼と名づけられた彼は真先とその助手、時雨と共に行動することになる。そして、自分の家では問題になる、と言い張って狼は無理やり時雨と同居し、(狼自身も真先の家に行きたかったのだが否定された。)普通の少年のフリをして学校にも通うことになった。
「早くー!真先ちゃんのところー!」
「狼くーん、時雨くーん、お菓子食べるぅー?」
中々合わない二人の取っ組み合い。その最中に、廊下に立っていた女子のグループが彼らを誘う。
中身は超ビビりでも狼男であっても、二人はそれなりに学校で人気を集めていた。今の時代は顔がよければなんでも良し。前々から人気のあった王子様キャラの時雨に並び、かわいい子供系キャラの狼が加わったとこでもう女子は黄色い声の合戦だった。狼はあまり気にしておらず、普通に接する。
「わーい、食べるー♪」
子供っぽくとててっ、と歩きより、女子達にお菓子を貰う。そして時雨も同じ行動に出た。貰えるもんは貰っておく主義の彼にはよくあること。
「おいしい~♪」
「まだ、たくさんあるからいっぱい食べていいよ。」
「わーい!・・・あ、真先ちゃ~ん!!!」
女子から貰ったお菓子を手に取ったときに、向かい側の教室のドアから親しい主の真先は出てくるのが見えた。漆黒の髪を揺らせ、右手には黒いタッチ式の携帯が握られている。誰かに連絡を取ったのか、2、3回静かに画面を見つめ、Yシャツの胸ポケットに仕舞う。
彼女が廊下に出た後、狼は即座に彼女に向かって走り、ぴったりと細い腰に両手を回しくっつく。
ご機嫌な顔をすりすりと彼女の身体に擦り付け、実際は隠しているがどこからどう見ても懐いている犬が尻尾を振ってるような光景だ。それに耐え切れず、時雨はとっさに反論開始。
―――――かと思ったが、同時に真先の着信音がバイブレーションと共に、彼女の胸ポケットから歌いだす。
「悪い、携帯。」
と言い残すと、ひっついていた狼を優しく頭からはがし、携帯を耳に当てながら廊下の向こう側へと歩いていってしまった。
「む~・・・」
「狼くん、あんなモンほっといた方がいいよ。」
「そうそう。変な人だしねぇ~、幽霊が何とかかんとか。」
「幽霊?ばっかみたいぃ~」
すぐに離れられたのが不満だったのか、頬を少し膨らませながら通話している真先の背中を見つめる。すると、後ろにいた女子達がそんなことを言ってきた。
真先は学校の中ではあまりいい評価は付けられていない。その上、人気者の時雨とほとんどの時間を共に行動をしているので、特に女子からの嫉妬と嫌味は底知れない。女子グループの発言も、その波の一つだった。
「ちょ、そんなに言わなくても・・・」
グループが言い放つ、真先に向かう罵詈雑言。それを少しでも減らそうと、冷や汗を流しながら時雨はストップにかかる。しかし、
「てゆーかぁ、時雨君も無理やり付き合わされてたりするんでしょ。あの人といてあまりいい顔しているときって、私見たことないけどぉー。」
「うわああぁぁ。あの人本当にヒドイ人だよね~」
「時雨君は無垢さんといて幸せって感じたときってあんの?」
「え、いや、それはぁ・・・」
「あるよ!」
迷いがこもった発言を返す時雨の声を遮って、子供のような甲高い声が響く。良く見ると、今まで平然と幸せな顔を浮かべていた狼が、白目をむかせてこちらを睨んでいる。金色の瞳をギラリ、と輝かせながら。今にでも、この場にいる女子達を食ってしまいそうな怒りを堪えながら、叫ぶ。
「僕は君たち(ピ――)なんかといるよりも、真先ちゃんといたほうが何倍も幸せだよ!!」
あの可愛い子供キャラとは思えないほどの爆発発言を言い放つ狼。一瞬凍りつく廊下内。言葉を向けられた女子達は驚きのあまり、手も口も開いたまま停止しており、それは時雨も同じだった。
すると、クルリと180度振り返り、真先の向かった屋上へ続く階段へと向かう。
*******
「・・・で、あるのか?」
『もちろん、取って置きがね。』
4階の階段をさらに上にあがり、すこし錆びたノブに手を掛け、風が吹いている肌寒い屋上へと進む。携帯に着信があり、誰にも邪魔されないようここに場所を移した。
携帯から聞こえるのは淡々とした青年の声。どこかからかっている様なその口調は黒い携帯の内臓スピーカーから真先の鼓膜へとしっかり届いていく。
『連続切り裂き事件の情報。諭吉さん5枚でね。』
「・・・3枚。」
『え、ちょ・・・俺は5枚って・・・』
「3枚。」
『う・・・分かった、今回だけね。あと理由は俺のだーい好きな探偵さんだからだよ。』
「いいから、情報。」
『はいはい。今からメールで送るよ。』
こんな会話をコソコソと屋上でやっているのは、なにやらやばい物の取引でもしているんじゃないかと思わせる光景。
真先が連絡を取ったのは、普段から良く扱っている「情報屋」だった。
『まったく、高校生が諭吉さんを値切るとはね。』
「さっさとしろ、蓉弥。」
『もう送ったよー、まったく短気なんだから。』
蓉弥と呼ばれた青年は明るい口調で話しかける。
携帯にメールが一通届いた音がしたのを真先は察知し、一旦耳から離しディスプレイを確認した後、また耳につける。
「確かに届いた。」
『本当、君はモテないタイプだろうね。』
「余計なお世話だ。まぁ、毎度どうも。」
『礼には及ばないよ。いずれ、俺のところに嫁ぎに来る少女のためなんだからさ。』
「・・・ぶっ殺すぞ。」
『わー、こわいこわい。』
茶々を入れるような蓉弥の言葉に、真先は顔にすこしだけ血管を浮かばしている。鋭い視線を浮かべ、屋上のフェンス越しに見える木々を蓉弥を見ているように睨み付ける。
バタン、と屋上のドアがいきよいよく開く音がした。
そちらに視線を流してみると、見覚えのあるシルエットが屋上に踏み込み、こちらに歩み寄ってくる。
『どうやら、立て込んだみたいだね。』
「切るぞ。」
『じゃ、また。あ、そうだ俺結構君のこと本気だよ?もうほんと・・・』
ブツリ、と向こうの台詞が終えるのを待たずに通話終了ボタンを押す。そして、ついさっき彼から送られてきた情報の入ったメールを見ようと指を動かし、次にこちらに向かってくる人物に目を向けると―――――
ガシッ。
その人物、狼が思いっきり抱き込んできた。
何も言わず、何も訊かず、ただただ両腕を真先の後ろに回し、自分の顔を彼女の体に精一杯押し付ける。窒息するんじゃないかと思わせるほど蹲って、静かに抱きつく。
「どうした、狼?」
「・・・・・・。」
未だに口を開かない狼は、苦虫を噛み潰したかのような顔を、真先の鎖骨の部分に押し付ける。
?、と首を傾げる真先。
「・・・ぅやったら・・・?」
「?何だって?」
「どうやったら、こんな世界に生きれるの?」
唐突な質問に、少し目を見開く真先。狼は俯いたまま続ける。
「あの人たち、真先ちゃんのこと、酷い事言ってた。変だって言ってた。どうやったら、耐えられるの?」
「あー・・・」
そのことか、と察する真先。悲しげな顔を見せる狼に対し、ほんの少し考えてから口を開く。
「別に、気にしてない。」
「だから、どうやって・・・」
「気にしないんだよ。」
きっぱりと言葉を吐いた真先に少し疑問めいた顔を見せる狼少年。痛みと苦しみがいたるところで混じりに混ざったこの世界で生きていく方法が、彼にはまだ見つかっていなかった。その上、愛する主の悪口をあんだけ叩かれたとなれば、怒りどころか精神的に不安定になってしまう。それに察したのか、真先は話す。
「あいつらの言葉なんて、聞かなくていいんだ。耳を塞げばいいんだ。存在を見なくていいんだよ。だから・・・」
狼の顔を自分に向け、ポンポンと優しく頭を撫でる。
「気にしなくていいんだよ。」
自分の主の強さにまた目を見開く。
形のない怪物たちと戦う彼女の姿を、目に焼き付けるかのように。今この目の前にあるやさしい微笑みを忘れないために。
「・・・、分かった。」
そう言うと、また顔を俯かせ、真先の身体に押し付ける。
「僕、我慢したよ。人間らしく振舞わなきゃいけないって、真先ちゃんが言ってたから。食べるの、我慢したよ。」
「食おうとしていたのか・・・」
よしよし、と頭をなでる真先。流れる風に二人の髪が揺れる。ある意味、衝撃発言を吐いた狼に小さなツッコミを入れた後、優しく慰める。
その瞬間が続いた12秒後、時雨が入り込み、狼vs助手の取っ組み合いがまた始まる。
*******
最近、刈萱町で世間を揺さぶる連続切り裂き事件。
今までで16~18歳の人物が被害にあった。被害者は今までで4人。全員発見されたときは主に死に陥っている。
被害者は右手を凶器で切断された後、その場に置き去りにされていた。もちろん、その場で切断、殺害されたのは一目瞭然というほど、現場には血しぶきがはりめぐされており、被害者の周りを赤一色に染めていた。
しかし、被害者は何も争った形跡は残っておらず、眠ってしまった後、起きてみればあの世、というのがこの事件のセオリーだった。
これが、今までメディア内で広められている情報。
そして、真先はこれを、蓉弥に送られてきた情報と付け加える。
この被害者達には共通点があった。
一つ、全員が男性。
二つ、顔が整っていて、学校や大学でも中々人気があった。
三つ、刈萱町では結構人気のある旅館、桂李旅館に事件の前日、足を運んでいた。
四つ、ある少女と恋愛関係を保っていた。
そして―――――
全員、ストーカー、狂った女に追われていたこと―――――
「そのなか、凶器は恐らく同じってこと。事件が起こった時刻は夜の22時から24時の間で、被害者の自宅へ帰るルートの一番人目につかない場所が現場ってくらいだ。」
スッ。
狼と共に正座して聞いていた時雨が手を挙げる。
「なんだ?」
「あの・・・なんでこの事件のこと調べているんですか?」
「依頼来たから。」
短い言葉できっぱりと時雨の疑問に答える。
そのあと、ピラッと雪の結晶のシンボルが書かれた黒いカードを見せる。真先が取り扱う依頼カードの通りに白い文字で依頼人の名前、「功松辰」と書かれてあるのが見えた。
「あ~、マジか~・・・」
「マジだ。」
すると、どこからかすこし冷たい風が吹いてきた。もうすぐ梅雨に入る時期だが、こんなに冷たい風は未だにないはずだ。屋上にいたから、という説もあったが、それはべつに季節の所為でも、屋上の所為でもなく、どことなく現れた青年が原因だった。
「ど、どうもです。」
青年はふわふわと宙を浮かびながら、ペコリと頭を下げる。透き通って、ほとんどが透明とも言えなくもない姿の彼はまさしく「依頼人(霊)」だった。
「功松辰さんだ。時雨、バカなこと言うなよ。狼、じろじろ見るな。」
すこし引き気味の依頼人を紹介した後、口を開こうとしていた時雨と、何か珍しい物でも見ているかのような視線をあらわしている狼に注意を即座に打ちつけた。
「あの、本当によろしいんでしょうか?」
大人しそうな顔を振舞わせている依頼人の辰。恐る恐る、そんな台詞を真先にあてた。
「何がです?」
「いえ、その、探偵さん、結構お若い方だったのですので・・・その・・・」
「人手が足りないかもと?」
「え、えぇ。あ、いや文句をつけているわけじゃありません!その、お若いから僕の依頼を受け入れてくれるかどうか・・・あ、いや、えっと・・・」
喋っていくうちに少しづつパニック状態に入っていく依頼人。普通の営業者などだったら文句を言われている、信用されてないとすぐに自覚をするはずなのだが、真先はそれどころか、笑みを浮かばせながら答える。
「大丈夫ですよ。できる限りのことをやらせていただきますので。」
その言葉に安堵感が生まれたのか、功松もゆっくりと笑う。
受け取った情報を記憶しながら、真先は今回の依頼の遂行手段を伝えていく。この状況を狼と功松に順にそって説明していく中、時雨はなにかひっかかったような表情を浮かべて考える。
「ん・・・!桂李・・・?」
「なんだ、時雨?」
「いやぁ、何か聞いたことあるような名字だなーって思って・・・」
「結構有名な旅館だからでしょ?」
「いやそうじゃなくて、もっとこう、身近に聞いた覚えがあるような感じなんだよなぁ・・・」
唸りを上げながら思考を巡らせる時雨。すると、また勢い良く屋上のドアが開き、さっきとは違う女子が3、4人踏み込んできた。
「あ、時雨先輩ここにいたー」
「探したんですよー」
すこし鼻に付く口調で喋る女子グループ。接し方によれば一年の生徒であるようで、馴れ馴れしくも敬語を使っている。
時雨が彼女達に歩み寄っていくと、こんどは手作りのクッキーが入ったファンシーカラーの袋を渡されている。中にいた一番背が低く、金髪のロングヘアーを保つ少女がすこし照れながら差し出していた。それを礼儀良く感謝を伝えた後、時雨は袋の口を縛っていた赤いリボンを解き、中に入ってあったクッキーを一つ口に入れる。
「ありがとう、すごく美味しいよ。」
「え、そっそんな!嬉しいです、時雨先輩」
「よかったねー美佐。あとは告白だけだね!」
「ちょ、やめてよー」
「なに、美佐ちゃん俺のこと好きなの?」
「愛してるんだよー。ね、美佐」
「もういいってばー」
頬を染めながらそんな言葉を言い放つ。周りの女子達もそれを祝福しながらクッキーに手を伸ばす。こんなに軽々と「俺のこと好きなの?」なんていえる人など世界に何人いるのだろうか、と真先はかすかに思う。
「あ、そういえば美佐ちゃんの名字ってどんなだったっけ?」
クッキーを頬張りながら、時雨は軽く訊く。真先は名前も知らなかったのか、とツッコみたかったが、依頼人と話をつけていたので、何も口出しはしなかった。
その女子が言うことを当てる間もなく。
「桂李です。桂李美佐です。」
次の瞬間、場が凍りついた。
その名の響きに、ピタリと動きを止めた。それは聞いた時雨とかすかに耳に入れていた真先の動きと同じように、行動を途中でやめることになった。
*******
「まさか美佐ちゃんの家だったとは・・・」
連続切り裂き事件と関係がある旅館は刈萱町の山の方角にある。容疑がある旅館の娘が自分達と同じ高校に通っていると知ったのは二日前の出来事。
桂李美佐は時雨と同じく、聖ヴィクトリア学園において人気を集める人物。彼女の美貌と明るさは学園一とも言われ、多くの男子の心を揺さぶっている。
しかし、その美佐自身は信じがたくも、時雨に恋心を抱いていた。
そのきっかけは未だに明らかではないが、彼女にとっては一目惚れだったという。
今まで何度も友達として告白をしてきたがこれは回りが茶化す一方で、その中にも時雨は彼女の気持ちをまったく察していないような行動を取った。
「お前、告られて名前知らないなんて・・・私が言うのも変だが、それはさすがにひどいと思う。」
「んだよー。お前だって最初に俺のことフッたとき、名前知らなかったくせに。」
「名前は知らなかったが、お前のことは知っていたぞ。」
「へー、どう言う風に?」
「ただの有名な女たらし。」
「ひどい・・・」
真先、時雨、狼の3人は今、その旅館の目の前にいた。
和風の巨大な宿、桂李旅館。中には温泉、露天風呂、サウナやエステ、マッサージとさまざまなコンテンツが含まれており、この刈萱町でも結構有名な旅館の一つ。そして、すぐ近くにはアミューズメントパークや博物館、そしてもうすこし辺りを歩くと湖、山、と旅行や遊びには打ってつけの地域に建てられていた。
肝心の桂李旅館は年中仕事に持ちきりのようで、夜になると業務員たちが大慌てで晩餐の用意を運び、宴会が開かれている大広間の数々の扉を開けては閉め、裏に回り温泉を仕立て、調理場に戻りまた違う宴会場に駆ける。そんな日々が続いてそうな旅館だった。
「ん?」
入り口の門をくぐり、緑と石が綺麗にマッチしている中庭にそってあるラインを歩く3人。すると、巨大な旅館のそのまた向こうのほうに、小さな家があるのが見えた。小さいと言っても一般市民が扱える一軒家なのだが、この巨人のような建物に比べるとちっぽけな小屋に見えても仕方がないほどの差がついていた。
「なにあれ?」
「さぁ、倉庫とか?」
「にしては綺麗すぎだ。やっぱ、桂李の家か?」
「若女将にもプライベートが必要ってことか!」
「「・・・・・・。」」
真先は時雨の言葉を無視した後、灰色の道を乗り越え、その家へと向かっていく。時雨がそれを止めようとするも、どんどん進んでいき、一瞬で家を目の前にしていた。
旅館と同じように淡い茶色に包まれた一軒家。宿とは違い、こっちは洋風の2階建て。ドアを目の前にした時、そのまた後ろに庭が広がっているのが見えた。ほとんどが畑と化しており、横には生花用の花や食用の山菜、ミントなどの香りを放つ植物が爛々と根を張っていた。
「うっはー、さすが名旅館。」
「すっごーい!きゃほーい!」
「ちょ、狼ダメだって、お前が足踏み入れたら滅茶苦茶になるっつうの!」
「あらあら、お若いお客さんですこと。」
はしゃぎながら庭に向かって突進しようとした狼をグッドタイミングで引き止める時雨。すると、後ろから中年ほどの女性の声が聞こえてきた。
振り返ると、そこには薄いベージュ色の髪を簪で一つにまとめ、紅色の浴衣を羽織っている女性が、優しい笑みを浮かべながら立っていた。
「あ、すいません。お騒がせして。」
「いえいえ、いいのですよ。ちょうど、玄関の方からあなたたちが入ってくるとこを見ていたので。えっと、美佐のお友達かしら?」
微笑みを顔から少しも消さず、女性は言う。
「あ、はい。一つ上ですが。美佐さんをご存知で?」
「あら、ごめんなさい。私、母の桂李美湖と申します。」
「どうも、無垢真先です。」
美湖と名乗った女性は深々と頭を下げ、自然に時雨と狼にも頭を下げさせてしまう。「あの、美佐にご用件が?」
「あ、いえ。私、探偵をやってまして、例の連続切り裂き事件について調べたいのですが。」
「あら、あの物騒な事件ね。いやだわ、こんな若いお嬢さんがそんな危ないことに関わっちゃってぇ・・・でも、私の旅館に関係は・・・」
「ありますよ。」
心配そうな目で真先を見つめた瞬間、彼女の言葉が遮る。
「ご存知かどうかは分かりませんが、被害者は皆、事件の前日この旅館に足を運んでいると言ってました。何か知りませんか?」
「・・・、そ、そういえば、美佐が男性を連れてきたときが何度かあったわねぇ。」
その発言にピンとくる3人。
「その話、よく聞かせてくれませんか?」
5ヶ月ほど前のこと。
美佐は嬉しそうに家に帰り、「彼氏ができた」と母に宣言した。
それはそれは幸せそうな表情を浮かべてたという。やっと実った恋だと、美佐は語っていた。
その宣言から2週間後、桂李家が住む一軒家に一人の男性が美佐に連れられていた。その男はいかにも優しい表情でいて、美佐はとっても幸せそうだったという。いっしょに宿題をするために家に連れてきたと彼女は言ってた。もしかすると宿題以上のこともやってしまうのではないかと母親は思ったが、娘が幸せなら良いと心に言いかけ、仕事に戻ったらしい。
そしてまた2週間後、前回とは違う、すこし年の差がありそうな少年を家にあげていた。でもやはり学生のようで、学校は違うが勉強を手伝ってもらうとのことで誘ったらしい。母親は前の男の子はどうしたの?、と問いかけたらしいが、不思議なことに、彼のことはまったく覚えていないらしい。
そして、このようなことがあと2回、繰り返して続いた。
3度目の関係は他のよりも長く保ち続けたらしいが、やはり気づけば美佐の記憶から消えていたらしい。
「こ、こええ・・・」
「やんでれ、ってこういうことだっけ、時雨?」
「え、うん。たぶんそう。」
「何、教え込んでんだ。」
美湖の話を聞いた後、すこし考え、時雨にツッコんだあと、再び問う。
「他に異常な事はありませんでしたか?喧嘩とか・・・」
「うーん、喧嘩といえば・・・男の子達はいつも家から出るとき、少し不機嫌な顔をしていたような気が・・・いや、不機嫌というか、恐怖というか。あと・・・今思えば彼らが不機嫌な顔をして出て行ったその日に事件が起こったんですよ。これは、偶然ですよね?」
そう話した後、真先は真剣な顔をピクリとも動かさなかった。その表情に焦りが出たのか、旅館の女将は再び語る。
「あの子、とっても熱心な子で・・・何かに夢中になると少ししつこくなってしまう所があって、でもとってもいい子なんですよ。彼女が犯人なんてこと、ありえませんよね。」
心配そうに、美湖は語る。自分の娘が切り裂き事件の犯人だなんてこと、世間に知られたら大騒ぎになってしまうのは当たり前だ。その上、旅館の評判もがた落ちになってしまうだろう。
それを察したのか真先は静かに口を開く。
「そうだといいんですけどね。」
*******
母の美湖と話をつけた後、許可を取って家の中を調査させてもらった。リビング、台所、トイレ、シャワールーム、各寝室。どれもあまり異常はなく、極普通の家族の自宅だった。話によると、旅館の仕事が少ないときに、自宅の掃除と洗濯は全て母の美湖がこなしているという。
時雨は箪笥なども見る必要はないかと訊いたが、もし箪笥の中に凶器が入っているのならもうすでに美湖に見つかっているはずだと察し、家を後にした。
次に庭を見てみようとしたその時、丁度家の後ろがわに隠れるように作られていた小屋を発見した。もうほとんど手入れはされてなさそうな小屋だったが、一軒家と同じように、使われてはいるようだった。
その小屋は横にあるビニールハウスの入り口になるよう配置されており、中はどちらも暗くて見えにくかった。
その小屋のノブに、真先は手を掛ける。
「ちょ、真先そこはやめたほうがいいんじゃね?」
「おばさんは家だけならって言ってたよー」
美湖のことを「おばさん」と言った事で狼はいつか殴られそうだったが、さすがに今は彼女の気配はなかった。それを期に、真先は怪しげな小屋の扉をゆっくり開ける。ギギギ、といやな音を叫びながら古びたドアは開いていき、埃臭い匂いが3人の鼻を突いた。予想通りに当たりは真っ暗で、電球のスイッチはあったが電力は通ってないようだった。扉から差し込んでくるかすかな日光で当たりはほんの少しだけ見渡せたが、ビニールハウスへと繋がる透明のカーテンが入り口だと言うことが、日光の反射で分かっただけだった。
真先がそのカーテンを少し避けたとき。
「!」
ムワリ、と陰湿な匂いが漂ってきた。とっさに真先は鼻を手で覆ったが、すさまじい激臭に無意識で後ずさってしまう。
何かが腐ってでもいるのか、それとも死んでいるのか。
鼻を押さえながら真先は目を凝らすがまったく前が見えない。
「ねぇ、真先ちゃん。これなにー?」
後ろを向くと狼が鉄の塊のような物が玄関の横においてあるのを見つけた。中々大きいこの鉄の箱はパイプが張り巡らされており、何かのリードのようなものが上に付いてある。
ガソリン式の発電機だった。
そう気づいた時雨はガソリンが入っているかどうかも確かめず、リードを何度か勢い良く引っ張る。4度目に引っ張ったその時、ゴオンと言うノイズが走り、幸いにも発電機は起動した。
どおりで電力がなかったわけだ、と真先は電球のスイッチを入れ、辺りに怪しげな薄暗い光が差し込む。
すると―――――
「え、何コレ・・・」
そこには、時雨の写真が壁いっぱいに張り巡らされてあった。2メートルほどはありそうな、湿気で錆付いた壁にこれでもかといわせるほどの数の写真が、重ね合わされながら充満していた。中には彼自身も知らなかった場面やプールやシャワーでの隠し撮りなどもあり、立派なストーカー行為の表しだった。
「わー、見て裸だー」
狼が楽しそうに写真を見ている。一方、時雨がショックで硬直しており、恥ずかしさと恐怖で一言も出ていない。口をパクつかせながら真っ青な顔で突っ立っていただけだった。数分ほどその写真を目にした後、すぐそこの大きな木製机の上にも写真がばら撒かれてあることに気づく。そして大きく黒いポリ袋があることも。恐る恐る袋の中を開けてみると、中には違う男の写真がバラバラにされ、めいっぱい詰め込まれてあった。そのまた横には黒い日本刀が立てかけられており、刃をみるとすこし錆びてはいたが長年使われていなかった。
「これ、4人目の被害者だ。完全にストーカーだな。」
「ねぇ、真先ちゃん。この中、すごい匂いだけど何なのかな?」
袋を調べてる間に、狼はビニールカーテンを開き覗いたみたいで、その激臭に耐え切れず、今にも吐きそうな声で呟いた。
その匂いに、真先はもう目当ては付いてた。
ずっと前に、その匂いを嗅いだことがあるからだ。
あまり良い思い出ではない、それでも彼女が探偵を始めたきっかけでもあった。
その激臭で正気になった時雨は呻きながら鼻をおさえ、真先と狼のところに駆け寄ってくる。すぐ横にもう一つスイッチがあったのに気づき、カチンと音を立てながら起動させる。
やっとあの激臭が漂ってくるビニールハウスの中が見えるだろうと目を動かしたとき ―――――
ありえないものを、3人は見てしまった。
この世には絶対見えないだろうと、映画やゲーム、アニメにしかないだろうと思っていた光景がどこからかこの現実という世界に舞い降りたかのような、ありうるはずがない光景が。
茶色く盛りあわされた土に、もう半分腐れかかっている4本の右手が土の中から生えていた。
まるで、死者がよみがえるのかとでも言えるような絵。
どの右手も思いっきり5本の指を開いており、その中にはもう指がほとんど腐れ落ちてしまっているものもある。
信じきれないこの光景に3人は硬直してしまう。
「ちょ、や、やばいよ、これ!」
「これで、もう決まったな。」
「切り裂き事件、犯人は桂李美佐だ。」
その言葉を吐いた後、バタンと小屋のドアが閉まった。その轟音に3人は驚きと一緒に肩を震わせる。まだ誰も後ろを振り返らない。
誰も、誰も―――――
「あーあ、見つかっちゃいましたか・・・」
ほんの少し見返る背後には、
ギラリ、と刃の光が二つのオレンジ色の輝きと反射されていた。