Case.2 信頼の絵本~Piece 2~
「あぁ~・・・神様~なんでだよぅ~」
真先とはぐれた後、彼女が落とした小型ライトで照らし、玄関の方へと、一旦戻ることにした時雨。入ったすぐ横に、階段があったことを思い出し、そちらから上の階に上がり、裏をくぐろうと作戦を立てた。
しかしあたりは闇、闇、闇。いつ何が出てもおかしくないぐらい暗い闇。それを一人で歩くなんぞ、恐ろしいの言葉以外でない。時雨としては、一刻も早く真先と合流したかった。
そんな事を考えてる自分に気づいたのか、首を横に振り、
「違う違う!!俺は怖いんじゃなくて、真先のことが心配なんだ!!いまごろ怖がってるだろうなぁ・・・」
そんな強がりをいいながら、時雨は涙を少しためながら上目遣いで助けてくれたことに安堵している真先を思い浮かべ、ニヤニヤと唇を傾ける。
「よっしゃあああ!!待ってろ真先、今惚れ直させ・・・いや助けに行くからなー!!!」
そんなことを叫びながら、突進していく。
ギシギシと音を立てながら、階段を上り、2階に到着。
「しっかし暗いなー、ここ。古いし、臭いし、今にも崩れそうだし。」
永遠に続く暗闇を、小さい光で灯しながら進んでいく。いまだ恐怖でガタガタな足場だったが、これも真先のためだと、さっき浮かび上げた表情とともに奥へ、奥へと歩いていく。妄想に気をとられ、ほとんど何も調べてなかったが。
ただこれだけには気づいた。
「ん?これって・・・」
廊下の一番奥。黒い何かが落ちいていた。一つだけ、ポツンとその冷たい床に落ちていた。
「真先の帽子・・・」
真先がいつも愛用している帽子。夏でも冬でも、明るい日も暗い日も、学校以外ではいつも着用していた、水色の飾りが良く冴える黒い帽子だ。
彼女はいつもこの帽子をつけていた。こんな所で落とすわけがない。だとしたら―――――
「何か、あったのか?」
そうとしか、考えられない。
時雨は帽子を手に、立ち上がる。
「探さねぇと・・・」
自分にとって、すごく大切な人だから。頼りに出来て、支えれる人だから。初めて、偽っていた自分のことを直球で言ってくれた人だから。
最初からこの二人は知り合いだったわけではない。1年前、彼は学年1位のイケメン男子と祭り上げられていた。自分もそれを気取り、一人、また一人と女子の心を掴んでいた。
そして、真先も彼のターゲットの一人だった。このとき彼女はまだあまり変な噂は立てられてなく、その上中々の美人女子高生とも言われていた。そんな理由で彼は目的にした。
しかし単なる手始めにベタな告白を芝居したら、帰ってきたのは想定内の戸惑いの返事などではなく、まったく反対の、考えを飛びぬけた返事だった。
「手前のその猿バカ面かがげて来るんなら断る。」
時雨はこんなことを言われたのは初めてだと、いう表情を見せた。当たり前だが。そして、真先は付け加える。
「あと、これから生きていくんだったら、芝居なんかやめろ。偽りの自分なんか、だれも好きにならないよ」
突き刺さった言葉。深く深く、時雨の心に突き刺さった言葉だった。
それから時雨は目的は「美女」ではなく「無垢真先」そのものに絞られた。彼女を振り向かせるために、彼女といるために、彼女を永遠に見て、守るために。
「守らねぇと。」
決意をしたから。自分に約束をしたから。
そして、帽子が落ちていたすぐその前のドアに気づく。少し隙間があるドア。そして唯一、開いているドア。
「・・・?」
もしかしたらここに何かあるかもしれない。真先がいるかもしれない。
そんな希望を抱きながら、時雨は恐る恐る、身をかがめながら部屋の中を覗く。
薄暗い部屋。古くボロボロになっているカーテンが、半開きの窓から入ってくる風に揺れている。そのほかはもう倒れそうな机や本棚。
部屋の中には人影が2つ見える。ベッドには一人が眠っていた。
「あれは、真先!」
ベッドにはさっき、頭を殴られ気を失った真先が横たわっていた。いまだに気は取り戻していないようで、ぐったりと白いシーツに倒れている。羽織っていた上着は脱いでいて、そのすぐそばに落ちてある緑の分厚い本の横に置いてあった。
そして、二人目の人影が動く。ゆっくりと、滑らかな動きで真先のほうに近づいていく。このとき、時雨は彼の身体に、異常なものが生えている事が分かった。
狼のような動物の耳と尻尾。何かを擬人化したような特徴を持っている少年だった。
その少年はベッドの前に立ち止まると、なにか話しかけているように、そっと真先の黒い前髪に指を絡ませる。そして、
「!」
ベッドに膝をかけ、すぐに真先を囲むように腕を伸ばしながら、馬乗りになった。両腕の長さ分の距離をとりながらじっと彼女の顔を拝む。紺色の髪が風で靡く。刹那、顔を徐々に近づけていく・・・ゆっくり、ゆっくりと真先の首筋に目掛けて、少年の口が動きはじめ、次には鋭い牙のようなものを浮かばせて、噛み付こうとしていた。
「真先!!」
時雨が叫びながら飛び出す。それに気づき、黄金に輝く眼がぎろりとこちらを向いた。そんなこともお構いなしに時雨はベッドに向かって突進し、その少年を部屋の反対側に突き飛し、すぐに真先のいるベッドに駆け寄る。途中で床に落ちていた本を踏み潰し、転がりそうになりながらも立ち上がり駆け寄った。彼女の身体を起こし、両手で抱えながら揺さぶる。
「真先!起きろ真先!!」
「・・・っ。うっ・・・」
時雨の声に気づき、真先はゆっくりと目を開ける。時雨・・・と静かに呟くと小さい呻きを鳴らせながら頭を咄嗟に抱える。
「・・・っ!!痛って・・・ここは?」
「大丈夫か、お前!気ぃ失ってたんだ。」
「・・・、たしか誰かに頭をぶん殴られたような・・・」
「なっ!?マジで大丈夫なのかよ!!俺のこと!俺のこと覚えてるよな!!・・・まぁ覚えてないなら言っとくけど、実はお前はこの俺の僕で・・・ごふっ!」
「お前が誰かはっきり分かってる。あと変な妄想を撒き散らすな。」
そう言うと真先は時雨の顎を平手で打つ。
ほんの少しの間だけ部屋の中を見渡すと、気絶する前まで自分がいた部屋だという事を理解した。
そしてその中にはあの狼男の少年もいる事も。
彼はじっと二人のことを見つめていた。暗闇の中、金色に輝く眼で爛々と二人のことを見つめていた。
「ひいどいなぁ、その人を喰えば少しは楽になれると思ったのになぁ。」
「楽って・・・お前真先を食うつもりだったのかよ!!性的に、ガッ!!」
「そっちの食うじゃない。」
時雨に手刀突入。普通にツッコミを入れた後、静かに狼少年に目を向ける。
細い等身にまとった無地のシャツと黒い半ズボン。首には千切れた鎖が付いている皮製の首輪。淡い夜色に靡く髪。頭には髪と同じ色の毛が生えた狼の耳。下半身には同じ毛色でフサフサの尻尾。顔は幼いが整っており、背丈は真先と同一ぐらいだ。裸の両手足には鋭い爪。瞳は窓から刺してくるかすかな光で黄昏色に輝いていた。
「もういいや。君たち出て行っていいよ。僕は違う部屋に行くか・・・」
バンッ。
作戦に失敗したのが呆れたのか、何もせず移動しようとする少年。彼が部屋のドアノブに手を掛けたとたん、右手の全指が折れるか折れないかの勢いで真先が扉を押し閉じた。
「説明するまで誰も出さない。お前も。」
「っ・・・。」
ぎろり、と再び金色の眼が真先を睨む。しかし、真先の冷静な眼も彼のことをじっと見つめている。
ちょっとした視線バトルの沈黙の後、真先が問う。
「質問に答えろ。お前は狼男か?」
コクン、と少年は頷く。
「名前は?」
「・・・・・・。」
2つ目の質問には黙りこくる。お構いなしに繰り返す。
「名前は?」
「・・・・・・、分からない。」
そんな言葉を吐く狼少年。まだ尋問は続く。
「どこから来た?」
「分からない。」
「親はいるのか?」
「分からない。」
「あの森に散らばっていた人骨はお前の仕業か?」
「・・・、分からない。」
無意味な言葉の一点張り。でもそれは嘘ではないらしい。少なくとも、嘘をついてるようには見えない。それを真先は察知していたが、
「おい、真先ー。こいつ、しらばっくれてんじゃね?」
「っ!!」
「時雨、お前は黙っと・・・」
「分からないんだもん、仕方ないじゃないか!!!」
無意識な時雨の言葉に、癇癪を起こして声を張り上げた少年。その目には悔しさや寂しさ、痛みが交じり合っている。
「あぁ、分からないだろうさ!!君たち普通の人間には分からないだろうさ!!名前もあって、親もいて、どこから来たのかも、どう生まれているかも分かってる君たちには分からないだろうさ!!!何もしていないのに、周りに嫌われる痛みなんて分からないだろうさ!!」
その言葉に、自分が感じていた物全てをぶつけた。自分が周りから受けて、感じていた痛みを、目の前の見ず知らずの人間二人にぶつけた。どうせ分かってもらえないだろうと感じているのに。全てを彼らにこぼした。
真先は少し涙目になっている少年を静かに見返す。そして紡ぐ。
「普通の人間・・・?」
その言葉を聞いたとたん、がらりと彼女の印象が変わる。静かに静かに、なんの音も立てず、空気を変えていく。
「私は、普通の人間なんかじゃないよ。」
「え?」
意外な答案にきょとんと目を丸くする狼少年。
「普通の人間はこんな森には近づかない。普通の人間はゾンビなんかの後を追わない。普通の人間は廃洋館を一人で探索なんかしない。普通の人間は・・・」
そこで少しの沈黙を流し、続けた。
「狼男の話なんか聞かない。止めない。接触なんてしない。」
まるで誰かの死でも告げられたような顔を現す少年。意外だったからだ。
―――この人は、この人は違う。
―――この人は、周りとは違う。
そう感じた。確かにそう感じた。前々から強い何かを保っている人だと分かってはいたが、予想内を思いっきりぶっ飛んでいた。
こんな存在がこの世界にいたなんて、思っても見なかった。
―――――見なかったんだ。
また再び沈黙が戻るかと思うと、真先は続ける。
「グレゴリッチっていう作者知ってるか。結構マイナーな学者なんだが。」
突然聞いたこともない変な名前を語りだす真先。
「この人は結構、未確認生物とかそーゆーモン探してたりしてる。ゲームとかの参考本にもなってるんだが、その中で狼男について書いてあったんだ。」
このことについては時雨もまったく知らなかった。いや、見当は着いていた。真先が世界一のゲーム好きと言うことから引き出すネタだったと。
彼女は続ける。
「吸血鬼は血の契約、死神は魂の契約と、狼にも契約法とかがあったんだ。」
「来た、真先の中二病発言。」
「だまれ、芋虫が。」
「いっ芋虫・・・っ!?」
突っ込んだ時雨の発言にドストライクで返す真先。気にせず続行。
「!」
真先はズボンのポケットにしまっていた「タチアオイ」の花を取り出した。赤から白へと薄くグラデーションがかかる無数の花びらは薄暗い部屋には輝いて見えた。
「狼男は昔から森の門番、草木や花、植物の自然の中に溶け込む生体と伝われてきたと書いてあった。その門番との契約法。初めて誰かのために、自分の立場を作り上げるための契約法。それは――――」
親となる主人から子へと、「信頼」の言葉を授かる華を受け渡すこと―――――
そう言うと同時に、真先は腕を伸ばす。輝くタチアオイを手に絡ませ、少年へと受け渡すように。
「私が、お前の「立場(居場所)」になる。」
目を丸くしながら見返す少年。じっと、今見えてる光景がまるで、今まで見てきた物全てを崩すぐらい。
―――――僕が?
―――――この僕に、立場をくれる?
―――――この僕に、こんな僕に・・・
「・・・れる、の?」
悔しかった自分に。人を殺してきた自分に。寂しかった自分に。
「居場所を、くれるの?」
痛かった自分に。悲しかった自分に。
いつもいつも、一人だった自分に―――――
「そうじゃなかったら、私は何故手を伸ばしている?」
ハッと顔を見上げる少年。もう涙は零れる寸前の目で、真先を見返す。今度は絶望の目ではなく、希望と安堵でで満ちている目で。
標準よりすこしとがって、伸びている爪の生えた細くて白い指を伸ばす。希望の満ちた花を目掛けて。信頼の輝きを保つ証を目掛けて。
そして―――――
「ぅわあああああん!!!!」
少年は泣き付く。今はじめて出来た「親」に泣き付く。彼女の細い体に腕を固め、首と胸の間に顔を埋めながら泣き付く。
今まで感じた痛みや悲しみ、寂しさと絶望をすべて、瞳からでるしょっぱい雫と一緒に外へ出すように。すべてを溶かして、新しい何かを付け加えるように。
ただただ、やっとできた『居場所』にしがみつき、泣き付く。
真先は泣いている少年の頭をそっと撫でる。
「痛かったんだな、苦しかったんだな・・・」
「うっ、・・・うぅぅ・・・」
「もういいんだ。もう、私達がいるからさ。いつでも泣いていいんだ。」
かつて自分が感じた同じ痛みを知っている。
周りに疎ましく思われ、嫌われ、氷よりも冷たい視線で自分を見られる痛みを。
この腐った社会で一人取り残される痛みを―――――
*******
少年は20分くらい真先にしがみついていた。
ただ大半は泣くためではなく、ただしがみついているだけ。真先がいっかい話そうとしたが、万事とも許さない。特に彼女はそんなに気にしてなかったのだが。
ただその後、やっとのことで落ち着いたかと思いきや、肩に乗せていた顔を胸へと移動させた。べつにたいした嵩があるわけでもないが、時雨はそれに気づき、必死と二人を引き剥がす。
「てんめぇ!!ドサクサにまぎれて何エロいことやってんだぁ!!!」
「やああぁぁぁ!!!真先ちゃんといるううぅぅ!!」
子供っぽいしぐさがやけに鼻に付く。
少年は必死に真先にしがみつき、時雨はそれを必死にはがそうとする。
あえて言おう。真先にとってはどーでもよかったと。
―――――?
―――――何かへんな感じがする。
―――――こいつ等じゃなくて・・・少し遠い距離から・・・
ギャーギャーと叫びのオンパレードの中、静かに考える真先。
部屋の向こうに何かの気配が感じたのだ。何かおかしい存在が。霊感が強いといつもこうだ。学校でも、町でも、家でも、どこでも。何かの気配を感じるとすぐに鼻に付く。そして、見捨てられない。
悪いクセだ、と真先は思った後、聞こえた。
どこからともなく、聞こえた。
「・・・うぁ・・・ダレ、か・・・い、イルの・・・?」
うっすらと、しかしはっきりと届いた。あれだけ騒ぎを立てていた2人にも、気を巡らせていた一人にも聞こえた。しっかりと耳に届いた。
乾ききった、怪しい声が。
「勝手に、ニ・・ダレ、か・・・イル。し、かけ・・・シカケ触って、ル・・・」
「や、やばい・・・」
怪しく途切れる声はかすかに女性のものだと区別が付いた。その声を聞いたとたん、狼少年はブルリと体を震わせ、呟く。
「来た・・・見つかっちゃった・・・」
「?」
恐怖に紛れながら図れた言葉。それはこの館が、この森が「呪われている」と示された原点を知る合図だった。とっても危険で残酷な合図だった。
「来たって、何がだ?」
時雨はちょっとずつ深刻になりながら唾を飲み、問いかける。
「ここの・・・呪い(まじない)・・・」
「ま、呪い・・・?」
ドンドンドンドン!!!!
そのときだった。
真先がさっき押し閉めたドアの外側から急に撲音が流れた。それもすさまじい勢いで。
「ひゃ、ひゃああああぁぁぁ!!!!」
「あ、ああぁぁ・・・」
「っ・・・!」
もう思いっきり悲鳴をあげる時雨だった。少年も言葉が半分出ていなく、真先は悔し紛れに下唇を噛む。
―――――さっきのいやな気配はコイツだったか・・・!
「出て・・・イッテ・・・ここから、出テイケ!!!!」
そう叫ぶ正体未明の存在。
そしてこんどはノブを強引にひねりまわし始めた。部屋には薄汚いドアから響く撲恩とガチャガチャと叫ぶノブのノイズ。そして恐怖に混じりに混ざった空気が流れる。
「ちょ、ど、どうするよぉ!!」
「う、うわあぁぁぁ!!」
「ちっ・・・」
もうパニック状態に陥った時雨と少年は唯一冷静を保ち続けられている真先にしがみつく。自分にも冷や汗が流れていくのを感じる。そして、―――――
「!?」
その音がぴたりと止まった。
しまりが悪かったこの部屋のドアは長い間、湿気や雨水で水分を吸ってしまい、通常より少しだけ拡張していた。その上無理に入り口に押し込んだせいか、しっかり塞がっている。たとえそのまま出ようとしていても、開けるのは一苦労だったかもしれない。
幸い、そのドアのおかげで一命をとらえられたのだが。
「・・・・・・。」
「い、行ったの?」
急にその音が止み、薄暗い部屋には沈黙が流れる。とてもとても怪しい沈黙が、ゆっくりと風と共に、流れる。
「・・・らしいな。」
安堵のため息を思いっきり吐く3人。その後、真先はあのおぞましい何かが本当にもういないか確かめるため、ゆっくりと、腰を下げながらドアに近づく。右耳を傾かせ、ドアに肩を当てる。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「もう行ったみたい――――」
ガァン!!!
「なっ!!!!」
真先の顔まであと2cmほどの距離に、斧の刃が扉を突き破って現れた。何とか頬に小さい傷一つだけで交わすことが出来たが、もしもっと近づいていたらどうなっていたことか。
「ウワアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアあああああああああ!!!!!!!!!!!」
『存在』の叫び声が廊下と部屋を埋め尽くす。
古いドアがさび付いた斧によってますます壊れていく。亀裂が入り、穴が開き、どんどん壊れていく。
向こうによって開けられた穴からギロリと、赤白い目玉が一瞬、こちらを覗いた。
「ほ、ン・・・そのホン、ヨコ、せ・・・ヨコセ!!!」
「おい!何でお前はこんな危なっかしいところに住み着いてたんだよぅ!?」
「だ、だって、人間界は大嫌いだし、ここは安全だったから・・・」
「全ッ然安全じゃないじゃねぇかぁ!!!」
「この部屋だけは近づかなかったんだ!!」
「!?」
本。緑の分厚い本。床に落ちていた、本。
真先はそれをとっさに広い、ドアの横に落ちていた木製の棒を掴む。そして窓の方に走ると、思いっきり、ガラスをぶち壊した。
「ドア先輩、もうちょっともってくれ!!・・・ちょ、真先なにやって・・・」
「飛び降りろ!!!」
「はぁ!?」
いきなりの発言に慌てる時雨。
「ちょ、トチ狂ったのかよ、おい!こんなとっから降りたら足が折れ・・・」
「足折れるか、死ぬかどっちかを選べ!!」
そう叫ぶと真先は窓縁に足をかける。
たとえ二階だとしても相当の距離だ。骨折はなかったとしても、筋肉の切断か捻挫などは承知しきれる高さにある。
「真先ちゃん、捕まって!」
聞いたことのない声が響く。後ろを振り返るとそこには夜色の毛皮をまとった狼が一匹、その場に立っていた。
リアクションを取るのに少し時間がかかる時雨と真先。そのあと我に戻り、狼の身体に両腕をしがみつかせ、身を任せる。
四足の獣は2階の窓から、人間二人をぶら下げ飛び降りる。しかもタイミングが良い所に、飛び降りた直後、ドアは破れ、あの『存在』が部屋に入ってきていた。
長い黒髪はもう自分の身長を超え、床を引きづられている。赤が混じった薄灰色のワンピースのような物をまとっており、『呪いの女』の右手には赤く錆付いた斧が握られている。
「にが、ニガサ・・・ない。ニガサナイ。」
「大ジ、あの・・・ホん、トリカエサ・・・ないト。」
*******
「ぜぇ、はぁ。」
やっとのことで逃げ切れた三人。あの後、高速で進む狼に変化した少年に捕まって森の中へと逃げ込んだ。
互いの安全を確認した後、ようやく普通に呼吸ができるようになる。
真先は脇に抱えていた緑の本を、すぐそばの木の樹に腰を下ろしながら、パラパラと調べ始める。
「?なんだ、真先?」
「それ、何の本なの?」
「絵本。・・・だと思う。」
「絵本?」
中を見て見ると、古さで黄ばんだ白紙の本が、子供が描いた様な絵で埋め尽くされていた。
色とりどりの花畑。星色に輝く羽で空を飛ぶ小鳥達。自然で魅入られた森。お菓子で出来た家。その隣に灰色だけどしっかりと明るく見える洋館のような物。次々と挨拶をし、遊びに来てくれるやさしい動物達。幸せそうな顔で微笑む、王子様とお姫様。すべてがクレヨンで描かれて、あんな古ぼけた洋館にはまったく似合わない、色とりどりの絵本だった。
「誰がこんなもん?」
「僕、初めて中身見たよ。」
パラパラ、とページをめくり続ける真先。表紙にはかすれるような字でこう書いてあった。
『ぼくたちのゆめのえほん。』
「やっぱり描いたの子供っぽいな。全部ひらがなだし。」
「お前も対して変わらないと思うが。」
「ひ、ひどい!!」
久々にバカっぽさを取り戻した時雨にさっそく突っ込み&攻撃。
それを期に、少年が笑う。
「やーい、子供~」
「てめぇだけには一番言われたくねぇ!!!」
そんなことは置いといて、真先は考え始めた。
少年が言ってた。
あの部屋だけは安全だったと。
あそこだけには近づかなかったと。
けど何故―――――
「たぶん、この本のおかげであの部屋だけが安全だったんだと思う。」
「?それってなんで?」
「さぁ、特別な霊力でも組み込んであったのか、あるいは魔法陣の中心だったとか、とにかくこの本のおかげであの部屋だけが守られていたのは間違ってないと思う。
こう言うパターンでは結構役に立ったり、強力だったりするけど、弱点はほんの少しでもかすれたり、変わったりでもしたらすべてが水の泡になることだ。」
ん?
見渡すために本を裏返した真先。そこには―――――
でっかい、黒い右靴跡がめり込んでいた。
「・・・・・・。」
自分は踏んでいない。部屋に入り込むまでにはもう気絶していたからだ。少年は裸足。だから靴は履いてない。
だとしたら―――――
「おい、時雨。ちょっと足貸せ。」
「え、ちょそんな唐突に・・・のわっ!!」
変に照れくさくなる時雨をお構いなしに、彼の右足を鷲掴みにする。そして、裏表紙についてある黒い靴跡と形を合わせ・・・
ぴったりと、一致している。
「・・・・・・。」
「うわぁ、ぴったり。俺シンデレラみたい~、靴だけに。な~んてな!あはは・・・」
少し冷や汗をながしながら冗談をかます時雨。もう終末はわかってるのに。
「お前・・・これ、踏んだか?」
「え、え?あぁ、そう?・・・う~ん、踏んだような踏んでないとも言えない様な~・・・」
ヘラヘラと時雨は途切れながら話す。冷や汗はさっきの倍。
「踏んだろ。」
「へ?」
「お前、この本踏んづけたろ。」
「え、あ、あぁ・・・」
沈黙。
「お前!!さっき私は何つった、あぁ!?触ったら水の泡だって、言ったよなぁ!!!」
「ぎゃあああ!!だ、だって俺、そんなん知らなくて、お前に向かって走ってたんだから気づかなかったん・・・だああああ、痛い痛い痛い痛い!!首!!首折れるうぅ!!!」
発狂に任せ時雨を十文字固めにする真先。理屈をどれだけ乗せようとも、もう何もできやしない。後戻り無しの道。
とりあえず、あの恐怖の原因、時雨を仕留めてから真先は言う。
「はぁ。まぁこれであの女が追いかけてきた理由がはっきりした。ここは危険だからさっさと森を出よう。」
「出れないよ。」
いままでうんとも言わなかった少年が呟く。
「出れないって・・・どういうことだよ?」
急な言葉に、息が吹きかえった時雨が問い返す。真先もそれに目を少し丸くしながら。
少年はまた喋りだす。
「出れないんだよ。『呪いの森』だから。入った人は誰も出れない。みんな、みんな、どこかに行っちゃうんだ。」
「どこかに行っちゃうって・・・まさか」
「あの女だな。」
「ミツケタ・・・」
ビクン!と3人の体が一斉に震え上がる。
同時に、声が聞こえた方へ、ゆっくり、ゆっくりと首を向ける。
後ろに―――――充血した目を黒い髪の間から輝かせている女が立っていた。
「う・・・」
「ミツケタ・・・ほン。返セ。返セエエエエ!!!」
「うわあああああぁぁぁ!!!!」
右手に握られている斧が真先たちに向かって振り下ろされる。奇声を出しながら咄嗟に走り逃げる3人。ただただ、ひたすら走る。
女は裸足で追いかけてくる。ただただ追いかけてくる。
求めている物を目掛けて。
「ちょ、マジ勘弁しろよぉ~!!!!」
「うわ~もうダメだぁ~!!」
パニック状態で走り続ける時雨と少年。真先も同じ状態に入る直前だった。
どうしてこうなった!!くっそが!!
ここで―――――
こんなところで死ねるか!!!
走り続ける。
ただただ走り続ける。
呪いをかわすために、自分のために。
約束のために―――――
「返セェ!!!ソノ、本・・・返セェェェ!!!」
狂気のこもった叫びを上げながら、女は追いかけてくる。
どうすれば・・・どうすれば逃げれる?
何かヒント・・・本。コイツを欲しがってる・・・渡すか。いや、すぐにまた追いかけられたりなんかしたら、意味がなくなる。本。絵本。中身。子供の絵。クレヨンの絵。小鳥。花畑。タイトル。ぼくたちのゆめのえほん。―――――
花畑―――――まさか?
今までのキーワードを全て頭に浮かばせ、思考回路を巡らせる。そして、真先は思い立つ。
「おい、こっちだ!!!」
「「へぇ!?」」
走りつかれてもう限界にたどり着こうとしていた二人を呼びとめ、以降としていた方角と真逆の横へと彼女は走る。あの花畑へと、走る。
「ここって。おい、なんで!?」
「いいから、急げ!!!」
「わあっ!!」
前にもきたタチアオイの花畑。こんな暗い森の中でも輝く花畑に真先たちはたどり着く。・・・まであと一歩だったんだが、目の前で少年がバランスを崩し、冷たい土に転ぶ。そして背後には赤く錆びた斧を輝かせてくる女。鉄の塊が、少年を目掛けて振り下ろされ―――――
「うわあああああ!!!」
「!」
ない。
振り下ろされない。
動かない自分の右腕に気づき、後ろを振り向く女。後ろには、斧を片手で力いっぱい握り、止めている真先がいた。
「くっ・・・」
「ハ、なせ。離セ。コイツ、盗ンダ。トッタ・・・私ノ大ジナモノ、トッタ・・・」
「取ってねぇよ!取ったのは私だ!」
斧を握っていない、もう一つの片手で緑の本を見せ付ける。
女はハッと気づき、斧をゆっくりと下ろす。同時に真先も離し持っていた方の力を緩める。
「私ノ・・・本。エホン・・・」
「あぁ、そうだよ!こいつが欲しいんだろ!!なら、渡すよ!!」
そう叫ぶと、彼女は思いっきり本を花畑のど真ん中へと目掛けて投げた。女はそれを必死に取り戻すため、斧を土に落とし、宙へ舞う絵本を追いかける。
バフッ、と音を立て、絵本は無事に花畑の中心に落とされる。まもなく女はそれを手に取り、大事そうに表紙を撫で始めた。
「アァ・・・私ノ・・・大ジなエホン・・・ゆめのエホン・・・」
すると、急に辺りが眩しくなる。タチアオイの花たちが通常異常に輝き始め、暗い周囲を真先たちごと飲み込み始める。
「な、どうなってんだ!?」
「くっ・・・!」
すると、見えてきた。
そして、聞こえてきた。
どこからかは分からない。どうやってかも分からない。ただしかし、聞こえてきた。
「結婚しよう。」
男性の声だ。誰かにプロポーズを継げている。赤白いグラデーションの背景を後ろに、髪が長く、若い女性に向かって。
「この戦いが終わったら。結婚しよう。そしたら家を買って、いろんなことを話して、いっしょに暮らして・・・」
あまり浮かれていない女性の顔を気休めるためにと、男性は続ける。
「それに、約束したじゃないか。あの絵本を描いたとき・・・」
その言葉で、女性の顔が急に上がる。その両目には透明の雫があふれ出ていた。
「絶対幸せにする。してみせるから。だから・・・―――――」
待っていてくれ。絶対に迎えに来るから―――――
そして男性は消え・・・女性のシルエットだけが残された。
そして再び聞こえる声。
「まだかなぁ、早く来てくれないかしらねぇ。」
「うふふ、でも向こうでもきっと頑張っているのだわ。気長に待たないと怒られちゃうわ。」
「戦いは終わった・・・でも、あの人はどこへ?」
「きっと出稼ぎに行ってるのだわ。先に家を買って、私をびっくりさせたいのよ」
「今日も来ない。でも明日はきっと・・・」
「きっと、きっと・・・来てくれる・・・」
きっと、きっと・・・私を迎えに来てくれる・・・
「・・・!」
光は徐々に消えて行き、背景は元の暗い森へと戻った。声もシルエットも消えており、真先、時雨、少年と、花畑にいるあの『女性』が残された。
緑のゆめの詰まった絵本を抱え、真先たちに向かって呟き始める。
「そう・・・もう、終わっちゃったのね。」
「あの人は、もうここにはいないのね・・・」
「迷惑かけちゃって、ごめんなさいね」
「それと・・・」
彼女は同一人物とは思えないほどの微笑ましい笑顔を向け、継げた。
「ありがとう・・・」
それだけ伝えると、淡い光に包まれ、彼女の姿は跡形もなく消えた。
ただ残されたのは―――――かつて彼女たちの『ゆめ』が詰まった緑の本だった。
*******
実はと言えば、真先は前もってこの森に足を運ぶ予定だった。
組長妖に依頼を頼まれる三日前に、もう一つ別の依頼が。
この時期はいつも行方不明事件が多発する。
とある地域を、今回の場合棕櫚町の森の周りを、人が歩いたと言うだけで、彼らの行方は湯気のように消えてしまう。
そして、この時期も今年は来た。
「高橋工」
そう、依頼カードは書かれていた。
その名は、前日ニュースで行方不明者リストに載っていた、学生の名前だった。予想通り、あの棕櫚町付近でいなくなったらしい。
このカードに名前を書き込めるのはもう身体の再生をなくした霊か妖怪かだ。
ご家族には申し訳ないが・・・恐らく彼はもう帰らぬ人物となっているだろう。
そして、真先は依頼を受けた。彼とは実際顔合わせはしなかったが、頼まれた以上、拒否する理由は見つからなかった。
彼のことを調べた上、見つかったのは彼の先祖はこの屋敷の元主だったと言うことだ。カードの中にはこうも書かれてあった。
「もし、屋敷の中に異変が感じられる物、または本などが落ちていましたら、どうか手に取り、お持ち帰ってください。」
彼とあの洋館とあの女性の関係は知らなかったが、知る必要もないと思っている。
そして、その三日後組長妖に狼男の件を頼まれ、ここに来た。
主に、高橋工からは報酬は貰っていた。
カードと一緒についてきた―――――彼と彼の家族が笑顔で微笑んでいる写真。
実際には何のために使うかなんてさっぱり分かりはしないが、それでも受けた。
彼にとって大事な品物だったのなら、こんな私に渡してくれるだけで十分だと、思ったからだ。
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「わあああ!!!天は!!地は!!!まだ我を見捨ててはいなかったああー!!!」
あの後、森の出口を探し、何時間か歩き回ってやっとのことで外に出られた真先と時雨。相変わらず、はしゃぎまくる助手はそこらじゅう飛び跳ねて、周りに「こいつ、ヤバイ。」の空気を出していた。
そして、後ろにはおどおどと立ち止まっている少年がいた。丁度、森の木陰とアスファルトの境目に突っ立っている。
「どうした?」
そんな少年に気づき、真先が問う。
「・・・・・・。」
「怖いのか?」
コクリ、とうなづく少年。
静かに見返す真先。
少しの沈黙の後、少年が口を開く。
「僕、この人間界には必要ないものなんだ。だた、忌々しいものなんだ。だから・・・ここにいちゃいけないから・・・」
今にも泣き出しそうな顔で呟く少年。
自分がいままでどんな扱いを受けてきたか、どんな目で見られてきたか・・・思い出すだけで胸が痛む。ズキン、ズキンと心に響く。
だから、ここで『親』の真先に別れを告げようと思ったが、心外だった。
「そうか、なら私もだな。」
「!!」
「私も、この世界には必要ない。この社会には関係ない人だ。何度も何度も嫌がられて、孤独を臨んで生きてきた。けど、仕方のないことなんだ。」
「私はお前と違って、人間界にしか立てないんだ。」
少年は気づいた。彼女がどれだけ傷ついたことを。傷つけられたことを。
感情も身体も同じ生体に避けられるほど、辛いことはないのだと。
それは自分が感じていた痛みとは核が違うほど、冷たく、苦しい痛みだったんだと。
それでも―――――
「それでも、人間界にいる君は強いね・・・本当に、本当に、強いね。」
そうだ・・・僕は―――――
少年は言う。そして想う。
僕は弱かっただけなんだ。
自分で感じていた痛みを、人のせいにしていただけなんだ。
「だから、僕も強くなる。」
少年は決意をした。自分のために、自分を救ってくれた人のために。
「主人(真先ちゃん)みたいに、超えるぐらいに、僕も強くなる!」
その言葉と一緒に、少年は一歩を踏み出した。
白い素足にアスファルトの冷たい感触が伝わる。でも気になんてしない。強くなるのだから。
初めてできた、『仲間(守りたい人)』のために強くなるのだから。
真先は微笑み、彼の頭を優しく撫でる。
「そうか、頑張れよ。いや、頑張ろうな。」
ポンポン、と優しく笑いながら触れる。幻想のような風景―――――
そんなつかの間を押し切る時雨の言葉。
「なぁ、こいつ仲間になんの?んじゃ、名前、いるんじゃね?」
「そうだな。うーん・・・」
真先は指を顎に押さえながら、少しの間考える。
そして、発言する。
「狼。」
「は?」
「狼。狼男の狼だ。」
「・・・・・・、何か単純すぎね?」
「覚えやすいからいいだろ。」
「お前・・・一応名づけ親なんだろ?名前ってのは大事なんだぞ。なぁ、お前もこんな名前じゃいや・・・」
狼と名づけられた少年はハァ~ッ、と目をキラキラ輝かせている。
「・・・、気に入ったみたいだな。」
「だな。」
真先、時雨、そして狼の3人は暗い森を後にし、アスファルトの上を歩き出す。元来た道を辿りながら、バス停に向かう。
ゆめがつまった緑の本を抱えながら、微笑みながら。
友人3人が、友人らしく微笑みながら。
表紙できたので投稿しました。
ホラーな目を描くのに苦労しましたww
話を書くのにも苦労しましたww