Case.1 関係崩壊
初投稿&1話目です。長いし駄作ですが、最後まで読んでいただければ感動です!
「あなたならできる。そんな気がします。」
サイレンと人のざわめき、ニュースキャスターの戯言やテレビに映りたがる視聴者を背に、その青年は少女に向かって言った。
少女は呆然と、少し涙ぐんだ目で見つめていた。そして青年は続ける。
「私も救ってくれたんです。ここには私のような人たちが大勢います。」
青年は少女の頭をポンと触れ優しい笑顔を浮かべる。
「リュウは・・・?」
「私は・・・そうですねぇ、未練も無くなった事ですし、もしかしたら生まれ変われるかもしれませんね。そうなったら、一番にあなたに会いに行きますよ。感謝の証として。」
間もなくして少女は泣いた。涙をぼろぼろと落としながら、それでも顔を隠しながら一人で泣いていた。
そう一人で泣いていた。
だって消えていく青年は少女以外誰にも見えていないのだから。
彼は本来この世に存在しない者だから・・・――――――
静かだな・・・
何の変哲もなさそうな日。少し蒸し暑い春の日。
私立ヴィクトリア学校。名前だけでは最近言う「名門学校」的だが別にそうたいしたものではない。普通の私立高校だ。
普通の校舎、普通の教室、普通の校庭、普通の背景。
全部が普通、そして全部普通じゃない。
そう、普通じゃない、少なくとも真先にとっては。
「めずらしく静かだな。普通は面の被ったやつとか、ロリコンが好きそうな幼女がいたりするのにな。」
自分の席から窓を見ながら呟く。透き通った青の空。雲がいくつか流れているのが分かる。
無垢真先。普通の女子高生。16歳。黒髪、セミロング、と外見的には普通だ。
外見的には。
別に二重人格とか、変態だとかそういうことじゃない。
見えるのだ、存在しない物が。
平たく言えば、真先には霊感がある。霊や妖など、生まれた頃からずっと見える。でも別に気にはしていない。むしろその方が好都合だ。
「あ、あの人でしょ、ちょっと変わった・・・」
「そうそう、急に一人でぶつぶつ喋ってたりするんだ、噂によると霊感があるとか。」
「そんなの嘘に決まってるじゃん。帰国子女だからって調子に乗ってるんだよ。」
ドアから教室を見つめ、廊下に数人女子が立ち話をしている。どれも真先の話だがあまり良い内容ではない。
「お、ちょっとごめんねー。通るからー♪」
わざとらしく、話していた女子達の間から顔立ちの良い青年が通って教室に入っていった。
伊達時雨。同じく16歳。真先とは反対に結構おしゃれと言うか派手、学校からも注目される言わば人気者だ。
「まーーさーーきーー!!」
時雨はなにやら紙切れを手に、前に突き出しながら真先に向かって突進していく。それに気づき、真先は振り向く。
「依頼きーーたーーよーーー・・・へぶぉっ!!!」
と、叫ぶのが終わるのと同時に真先に向かってジャンプする時雨。真先はそれを受け止めるために立ち上がった。と、思いきや一回点をし、後ろ回し蹴りを見事、彼の腹筋部分に直撃させたのだった。
う・・・げほっ、と、腹を抱えながら床に四つん這いになる時雨。それを冷静に上から真先は釘を刺す。
「それぐらい普通に、冷静に言え。」
そしてひらひらと落ちていく、黒い紙切れをスッと手に取る。その紙には裏に雪の結晶の模様が一つだけ書いてあり、白い文字でこう書いてあった。
「萩蔦霞。」
*
「てかさー、何で三日後なんだ?しかも貴重な休日だしよー・・・」
依頼の手紙が来た三日後、真先と時雨は道を歩いていた。
少し遅れたかもしれないが、真先は探偵をやっている。それもただの探偵ではない。存在しない者、未練が残った『霊』の依頼のみ引き受ける、特別な探偵だった。そして時雨はその助手。主に場所、「事務所」と言われるところが彼の家である。今もそこに向かっている途中。まぁ、真先にとってはたまり場のような物しいが。
「この前も言ったろ。霊にも準備って物があるんだよ。最低は三日かかるの。あと間違ってもその内容きくなよ。」
「準備って何だ?」
言った矢先にわざとらしく時雨は言う。
「・・・、両腕へし折るぞ」
「ごめんなさい」
数分かけて時雨の家についた二人。普通の二階建ての家。庭が前にも後ろにもある、結構優雅な家だ。
「おかえり、あら、真先ちゃんいらっしゃい。」
玄関に入ったら閉まるドアの音に気づき、時雨の母親が台所から出てきた。
お邪魔します、と礼儀良く時雨の母親に挨拶を済ました後、廊下を進み、2階へと続く階段を上り、事務所、いわば時雨の部屋に入る。
学生だけだと思うと少し広い部屋。窓のすぐそばにあるベッドの横にはソファと小さいテーブルが。周りには本棚が2つほど並んでおり、そのよこにパソコンも置いてある。
とにかく、依頼人が来るまで待つしかないと二人は部屋にくつろぐ。
部屋に入ってどれだけの時間が過ぎたであろうか。30分、いや1時間くらいか・・・と、時雨が薄々感じてきたその時。
「いや、なんつーかさ・・・」
ソファに横になっている真先。その手には漫画が握られてあった。さっき入ってくる時に本棚から出した物だ。そして彼女の横にはもはや山積みになった漫画達。
「って、いやいやいやいや!!!!」
同時になって漫画を呼んでいた時雨が急に大声を出し、その場から立ち上がる。
「おかしいだろ!!!普通にこの設定おかしいだろ!!!」
「・・・何がだ?」
時雨はズイッと真先の顔面に自分の顔も近づける。
「だって休日だろ!!学生の休日だろーが!!しかも男女二人、一つ屋根の下だぞ!!密室監禁状態なんだぞ!!」
「監禁は無いが」
「なくても同じようなもんだろーが!!もっと他にやる事あるだろーが!!男女二人でやることあるだろーがァァ!!」
うりゃーっと叫びながら時雨はジャンプ。真先はそれを今度はラリアットで返り討ちにする。
ドタン!バタン!と分かる人には怪しげな音を出しながらバトる二人。結果的には真先のほうが一方的に勝っているが。
コン、コン。
「あのー・・・」
叩きのめしている音と叫び声しか聞こえない部屋の外から声が聞こえた。来たか、と真先は踏んづけながら両腕を摑まれていた時雨をその場に離し、声が聞こえた窓の方へ歩いて行く。カララ、と窓のガラスを開ける。
そこには、涼しげな、でも悲しそうな顔をした少女が立っていた。二人がいる場所は二階なのに。
*
「萩蔦霞さん、ですよね。」
「はい・・・」
窓から入ってきた少女、それはまさしく霊の、そして例の依頼人だった。
上品なワンピースを着ており、ふわふわとした短髪、透き通る瞳。
「まぁ、全身透き通ってるけどな。」
「黙れ、犬。」
「う」
一見汚れなき少女と見えるが目立つ点が一つ。
彼女の細い首にくっきりと見える錆色の両手形が覆うように付いていた。
真先はじっと霞の方を見つめ、沈黙を割る。
「で、依頼と言うのは?」
霞は少し俯き、口ごもる。数秒経過した後、
「私の・・・死因を教えて欲しいんです。」
・・・・・・。
時雨が目を見開く。
「え、でも・・・」
さっきも言った両手形。それは首を一週回ってるように見える。
「絞死ではないんですか?まぁ、殺害として。」
真先はそう言う。
霊と言うのは死因が姿に出る。最後の瞬間の姿が霊になったときの姿になる。つまり、刺死ならば体のあちこちに傷があり血だって出てる、病死なら顔色が以上に悪かったり(外から見える病気に限る)、水死なら身体全体びしょ濡れ、中には首を切断されて死んだ霊の依頼を引き受けるとき、彼の首がゴトッと落ち時雨のトラウマになったこともある。
「それは、分かっているんです・・・。でも、その・・・どうやって死んだかを明らかにして欲しいんです・・・」
「そっちの死因ですか。」
「はい・・・。」
「じゃぁまず、状況説明を行ってもらってもいいですか。」
事が起きたのは一ヶ月前。
萩蔦家はかなりの名門家であった。裕福で金持ち。どこでだって、名を知られてるような有名な家。そしてこの家の血を引く物は皆、万能と言われ、いわゆるエリートが揃う家だった。
中でも霞はいちばん優秀で「エリート」と言える存在そのものだった。
それなのにだ。
4月22日の夜。萩蔦霞は殺害される。
死因は絞死。
他人により背後から首を絞められ死亡。その証拠に死体には首にくっきりと両手の形が付いていた。
犯人はいまだに行方不明。
そして一番鼻につくのはこの点。霞以外、萩蔦家の住人全てが身を晦ませていたこと。もちろん、死体も破片も証拠も無い。跡形も無く忽然と存在が消えていた。
警察は主に現場をありとあらゆる方法で捜索を行ったが、1mmも進歩が見えなかったと。
「で、自分がどうして、誰に殺されたか明かして欲しいと」
「はい。」
「普通は分かんじゃねぇの?」
真先の隣に座って話を聞いていた時雨が言う。
霊と言う物は普通、死ぬまでの瞬間を頭の中に記憶として残っている。しかしそれは限られた死因で亡くなった者だけで、ショックや衝撃が強い死因だとしたらところどころに忘却の穴が開いてことになる。中では自分が死んだとも分からなくなった者だっている。
「えぇ、そうなんですけど・・・」
「お前はニュースを見ていないのか。絞死だ。急に首を絞められたりなんかしたら記憶が飛ぶに決まってる。」
「俺ネット派だから」
「つまり知らないと。」
時雨がどや顔でうなづく。はぁ、と一ため息吐き、
「分かりました、引き受けましょう。」
と、真先は言う。
「本当ですか!」
「えぇ、以前から私もこの事件には興味があったんで。そうですね・・・報酬には・・・」
「報酬?」
「あなたが生前、大切にしていた物をいただこうとしましょうか。」
「大切な・・・物?」
「えぇ。」
このような仕事をただでやるわけには行かないだろ、と言いたげそうに目を光らせながら、真先は微笑んだ。
*
翌日。真先と時雨は現場に向かっているところだった。霞の依頼を引き受けた後、もう少しだけ話そうとしたが、
「もう遅いですし、このへんでお暇させていただきます。」
といい、話は終了となる。霊は去り、人間二人だけが部屋の中に取り残されることになった。しめた!と、チャンスかと思いのしかかるが顔面に中指強調のパンチをくらい、明日までに裏付けを終わらせて、朝の9時に時雨の家で集合となった。
「だからって顔面は無いだろ、顔面は。」
「そうか、当たり前だと思うが?」
「いや、おかしいよ!強くしすぎだっつの、まだちょっと腫れてるよ!見てよ、赤いよ!」
ちょっと涙目になりながら、まだ少し腫れが残っている額と鼻の天辺を指差す。
「そうか、そうか、良かったなぁ」
「聞いてないよ・・・この人やるだけやっといて、聞いてないよ・・・」
数分歩いた後、萩蔦家に到着。一目で金持ちが住んでいそうだと分かるデザインの門、何メートルも続く閉、中には5mほど芝生のグリーンスペースがあり、その奥に家がある。ゴージャスで上品な柱やドア、窓やベランダと外からでも目をひくものばかり。家の形からして3階、もしくは奥にもうあと1階ありそうだ、と真先は想定する。
そして表の門の外には霞がいた。もちろん、真先と時雨の二人しか彼女の姿は見えていない。
「すっげぇでかいなぁ~・・・さすが萩蔦家。」
「それは、どうも。もう今はほとんど人が入ってないですけど」
門を開け、玄関を通り家の中に入っていく。霞が言ったとおり今はほとんど人が入った形跡は内容で廊下や家具にはほんのりと埃が積もっていた。入りました、と見せびらかすわけにもいけないので三人|(一人除く)は土足で捜索していく。昼なのに結構薄暗く、視界が薄い。部屋の数、廊下の長さ、家具や小物の種類や置き方などを真先は自分の頭の中にインプットしていく。
ひととおり全体に見た後、また1階に戻る。
家族の写真や肖像画。オブジェなどがあちらこちらと廊下に並んでいる。
「たしかにでかいな。」
「うちの先祖が昔ヨーロッパの風習にあこがれていて、それをモチーフに作り上げたらしいです。」
「へぇ・・・」
「じゃぁさ!じゃぁさ!映画のオンボロ屋敷みたいにからくりとかあるの!?」
「それは、――――――」
「バカか、お前。あんなのは映画でだけだ。」
ガコンッ
ガガガガガガガガ・・・
二階へと繋がる階段の手すりの端にあった猫の銅像を右へ90度ほど霞が傾けると、踊り場だったはずの壁の一部が自動ドアのように動き、扉ができた。
「――――ありますよ。」
「あるのか。」
「何をしているんだ!!!」
隠し扉もついでにと、踏み出そうとしたとき、涼やかな、それでも張り上げられた様な掛け声が屋敷の1階中に広まる。気づかないわけにはいかない叫びに真先とビビッて半分腰が抜けそうな顔をした時雨が振り返る。
奇声が聞こえてきた方へ見るとメガネをかけ、淡い灰色のスーツをまとった男が慌てるようにこちらに向かって走ってきている。
「ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ!」
「関係者ですよ、五月さん。」
大人っぽく頼りがいがありそうな顔付き、鋭い視線を放つ瞳の前に透明グラスの眼鏡、細いスタイルを包み込んでいる濃いグレーのスーツと白シャツ、落ちついたデザインのネクタイをしっかり首の上まで絞めている。
五月哉吾。24歳と若くして日本警察捜査所長になった男。真先とは探偵の仕事をはじめてからの知り合いで、特に父との繋がりでよく顔を合わせている。警察が関係する事件のほとんどに足をつっこんでるせいかもしれないが。
「関係者って・・・また心霊なんとかか?」
「探偵ですよ。列記とした職業です。どっかの二週間ぽっちで、すぐにしっぽ巻いて逃げていく警察違ってね。」
挑発するように笑う真先に対して、むっと五月は眉を傾ける。
「真先ちゃん、君とは裕次郎さんとの責任だってある。このような危険なところに巻き込んではいけないんだ。さぁ、帰ってくれ。」
「霞さん、この中には何か?」
「あ、古くから使われている書斎です。」
「話を聞くんだー!!」
真剣に話していたつもりの五月をシカトし、霞に問う真先。人が言うことなんておかまいなしだ。
「まぁまぁ、いっきーさん。真先がこういうやつだってのは俺と同じくらい分かっていますでしょうが。」
「そうだが・・・あといっきーって呼ばないでくれ。」
「その上、頑固でムダに強くて、貧乳でむひょ・・・ぐぶぉ!!」
その直後、さっき霞が回した猫のオブジェの頭が時雨の顔面にヒットする。そして五月が一言。
「的中器用なところもね。」
「すみません、霞さん。そのドア、もう閉まらなさそうです。」
*
「まさかこんなところがあるとはな。」
「さすが刑事、気づいてなかったんですね。」
「っ・・・!」
踊り場に現れた隠し扉。そこには長く続く階段があり捜索のおために降りていくことにした。霞の話によるとこの家を建てた先代が、自分の本をしまう別部屋が欲しく、それも気温や湿気、当然雨漏りなどで本が台無しにならないよう特別な個室を地下に作ったという。いわゆる地下図書室だ。
「こんなことができるんだ、悪党達にとっては結構いい金ヅルだったろうな。と、君が「見える」娘さんに伝えてくれ。」
「言っときますけど、彼女は聞こえてますよ。しっかりとね。」
「聞こえても僕は見えないのでね、どうにもできないよ。」
「じゃぁ私語を慎んでください。」
真先と五月はあるいみ犬猿の中だ。その上、五月には霊感は無い。だから霞の声も聞こえないし姿も見えない。平たく言うと、真先に霊感があることも、霊が存在することもあまり信じていない。
「こちらです。」
降りる階段がやっと終わったかと思ったら、錆色の扉があった。いかにも怪しそうな浮陰気。もしかしたらこの中に、霞の家族の死体か失踪の手がかりが見つかるかもしれないと五月が踏む。
ガチャリ。
ギギギギギギィ・・・
鍵はかかっていないようで、ノブに時雨が手を回し、開ける。不気味な軋む音が通路中に鳴り響く。ゆっくり、ゆっくりと開く扉。
!!
扉を覗き込む4人。するとそこには屋敷の広間、いやそれ以上の広さの部屋が存在していた。そして一面が本棚、本棚、本棚。本当の地下図書室だった。
「ひぇ~!!!本だらけだぁ~!!」
あまりの衝撃に、感心する時雨。それに釣られて五月も目を見開く。その間、真先は部屋中にある本棚を見つめる。生物に関するレポート集や研究結果、参考書、爬虫類の合成方法、昔は平然と行われていたような人体実験の様子を描く本など、中にはめったに手に入りなさそうな物や禁じられたかもしれない物まである。
「ここは誰が使っていたんですか?」
「普段はだれも入らなかったんですが・・・一番使っていたとすれば、中原先生ですね。」
「中原先生?」
「ここで住み込み家庭教師を勤めていた方だ。他の萩蔦家住人と同じように行方不明だ。」
地下図書室を一通り見た後、真先が言う。
「一応状況説明しようか。」
まずは事件が起きた時刻。4月22日の夜22時39分。今日から丁度一ヶ月前。萩蔦霞が殺害される。
第一目撃者は屋敷の掃除を毎週二回担当していた男性。その男性によると、霞は二階の一番奥の自室に倒れていた。彼が屋敷に入るときはすでに誰もいなく、誰かが別に出入りした形跡も無かったらしい。
話によると、萩蔦家には娘が二人いた。姉の霞に妹の弓だ。ちょうどここ最近は、家の跡継ぎ問題が上がっており、霞がダントツで表が上がっていたらしい。彼女と違って、弓は平凡で普通な少女だった。成績も特徴も姉にそっくりだったが、周りからはあまり疎まれていなかった。
「妹さん、大変だったでしょうね。」
真先の一言に一瞬、霞の表情がゆがむ。そして真先はつづける。
「気持ちは分かるんですよ、エリートさんがそばにいたら、ねぇ・・・」
「それは私のせいじゃありません!」
あのもの静かだった霞が一喝あげる。時雨は驚いていたが、真先は口を閉じない。
「そんなの、生きている間は誰も気づかないものですよ。」
そう言い捨て、振り返る。
「一人でぶつぶつ言ってないで、できるものなら事件を解決したらどうだい、真先ちゃん。ま、この部屋を見つけたってことは褒めてあげるよ。」
「そりゃ、どうも。」
複雑な表情を浮かべる霞に対して、ピシャリを釘を刺した真先はほとんど何も知らない五月のうんちくに飄々と答える。
「っ・・・・・・!」
「すみませんね。でもあいつ、悪気があって言ったんじゃないんですよ。その・・・妹さんの立場が共感できるって言うか、あいつも・・・いろいろあるんで・・・。」
すこし悲しい瞳で真先を見つめる時雨。その視線に気づき、霞も落ち着く。
「わたしこそ、ごめんなさい。大きな声を上げてしまって・・・」
見上げると、真先はすこし奥前にある棚から本を一つ取り出し、真剣そうに見開いていた。それは続編が何冊もあったようで、一つ、また一つと、読み終えては元の場所に戻し、次の本を手にしていく。
数分たったあとついに、
「集まってください、分かりました。」
と、笑みを浮かべながら言った。
「謎が解けたの?」
「謎と言うか、ただの殺人の理由と言うか。トリックとかほとんど無かったんだよ。ただ単にドロドロした恋愛ドラマ以外ね。」
「ドロドロした――――・・・恋愛ドラマ?」
「では、晴らしますよ。霞さんの未練。さっきも言ったとおり、トリックはほとんど無かったんですよ。事は妹の弓さんが始めたものです。」
「弓が?でもあの子は・・・」
「ええ、行方不明。だからって発展じゃないとは限りませんよ。あとしいて言うなら彼女「達」ですね。」
そういうとついさっき真剣に読んでいた赤ワイン色の本を、全部床に落とした。
「これ、実は日記だったんですよ、中原先生の。」
「日記?」
「どうやら中原先生はやたらマメな性格だったそうですね。この家の住み込み教師として働き始めてから毎日書いてあるようです。最初の2冊はあまり重要なことは書いてありませんでした。自分の感想や、家族との関係事情など。まぁ、見つけたのはコレですね。」
すると、真先は二つのカルテらしき物を取り出した。
「中原先生は医学教師だったそうですね、免許は取ってなかったようですが。それぞれの身体検査が書いてありました。」
個人の体調診断、身長、体重、そして、弓のほうには「ナッツアレルギー、要注意」と書いてある。
「そして、他の日記には結構面白い物が見つけられましたよ。」
そして、真先は3つめの本を手に取る。たとえば、と彼女はペラペラといくつかのページを飛ばし、真ん中ぐらいのところで捲っていた指の動きを止め、重要なところだけ、と読み始める。
『2010年6月9日、霞様がヴァイオリンコンテストに出場できることが決まった、いつもどおり、弓様は提案すらされていなかった。』
『2010年8月15日、萩蔦家全員が海外旅行に出発した。去年と同じで弓様は屋敷に残ってしまった。』
『2010年8月21日、海外旅行から帰宅。ご両親と霞様が優雅にお茶を楽しんでいる間に、私が買ってきたお土産を弓様に渡した。やはり、少し寂しかったのだろう。満面の笑顔を浮かべてくれた。』
『2010年10月3日、霞様がある名門大学への入学が決まった。弓様だって霞様と同じ高校に入ったのに、なんなんだろう、この差は。』
『2010年12月5日、弓様が私に相談をしてきた。自分はこの家には必要ないのかと、存在している意味が欲しいと、思春期なら聞きそうな問題だが、彼女には何故だがとてもしっくりきていた。』
『2011年1月2日、昨日の新年の集まりに続け、て今日はお茶会を開くそうだ。弓様は変わらず、悩んでいる様子。』
『2011年1月23日、私は狂ってしまっているのか・・・近頃は弓様のことしか頭に入らない。霞様にも「なにか考え事でも?」と聞かれる始末だ。とにかく、今日は情けない行動を反省するとしよう。』
『2011年2月17日、最近は弓様と過ごせる時間が長くて短いと感じてしまう。なんなんだろう、この鼓動は・・・やはり狂ってしまっているのか・・・それとも――――』
『2011年2月23日、何て馬鹿なことをしてしまったんだろう。あの弓様に恋心を抱くなんて・・・叶うことなんてあるはずがない。』
『2011年3月5日、もう限界だ。もう我慢ができない。言うだけでもいい。ただこのわだかまりを溶かしたい・・・』
『2011年3月7日、言ってしまった。私の気持ちを弓様に、しかも彼女の誕生日に―――― 彼女は、どう思っているんだろう。「少し考えさせてください」と言われたが・・・』
『2011年3月10日、ダメだ。辞表を出そう。辞めよう。このままじゃ本当に狂ってしまう・・・』
『2011年3月11日、嘘だろう。あの弓様が―――私なんかを受け入れてくれた。感情を分かってくれたなんて・・・嬉しい、嬉しすぎて死にそうだ。思わず抱きしめてしまった。でも仕方が無いんだ。始めて「愛する」という言葉の意味を教えてくれた人だから。』
『2011年3月12日、とりあえず私達の関係は秘密にしようと決めた。それもそうだ、向こうは名家の娘、こっちはただの住み込み教師だ。様子を見てから打ち明けた方がいいだろう。それまでは、会うのはこの書斎のみと決まった。』
『2011年8月13日、今年の旅行は私も屋敷に残ることにした。少しはゆっくり弓様と時間をすごせると祈りたい。』
『2012年4月3日、弓様がとんでもないことを口に出した。それは――――脱出・・・。』
『2012年4月5日、脱出はこの屋敷内にある、隠し扉から行うことにした。ここにはいくつかの隠し扉があるらしい。しかし霞様がその全ての居場所を知っている。どうしようか・・・』
『2012年4月6日、私がある用事で外に出ている間、ティータイムに霞様と話してくれるそうだ。霞様がご了承してくれるよう、祈るしかない。』
『2012年4月18日、弓様が・・・弓様が亡くなられた・・・。どうして、どうしてなんだ・・・後もう少しだったのに、いっしょに行こうって約束したのに・・・。話によると発作が起こってそこで亡くなったと、霞様の部屋から出た数分後だったと・・・』
『2012年4月19日、霞様の部屋からナッツエキスが出てきた。やっぱり・・・』
『2012年4月21日、霞だ・・・アイツがやったんだ。弓様はアイツのために山ほどの苦しみを耐えてきたのに・・・あの女・・・あのクソジジイ共だって・・・弓様のことは何も分かっていなかったクセに・・・殺してやる。皆おなじ死刑にしてやる・・・。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す・・・』
『2012年4月22日、行こ う 弓 一 緒 に
狂ってし まう 前に 全てを 無
に し ても
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――(以下購読不可能)』
「そん・・・な・・・」
「もうここまで言えば、分かるでしょう。」
犯人は中原。しかしそれをおかしたのは―――――
被害者、依頼人、そして「真の犯人」の霞が目を向けられる。
「あなたは忘れているんじゃないんですか。妹さんを殺した時の事を。そこからの記憶を――――」
よみがえる記憶、あふれ出るパズルのピース・・・
そうだわ。あの日、私は中原先生に出合って・・・とても素敵な男性・・・頼りにできて、男前で、頭も良くて、すぐに好きになってしまったわ。
でもあの子がいたの。先生はやたらと弓と仲が良かった。二人ともすごく嬉しそうで、笑いあってて―――――認められなかった。
認められなかった、私のほうが上なのに・・・私のほうが優秀なのに。
「あなたは中原先生を自分の物にしたかった。だから妹にとっては『毒』その物のナッツエキスを、彼女が脱出の件について相談しに来たとき、お茶に入れた。」
私はあの時、聞こえたの・・・脱出するって・・・自由に、幸せになるって・・・認められない・・・認められない・・・
「認められない!!!」
霞が大声を上げる。さっきとは違う。
今は絶望、憎しみ、悲しみ、悔しさ――――その全部が混ざり合い、「狂気」と言うものを張り上げた。
「認めない、認めない、認めない、認めない、認めない、認めないー!!!」
うわああああああっ、と泣き叫んだ後、その場に座り込む。目を見開き、涙で顔とその顔を隠している両手をぬらし、その場で泣き叫んだ。
「そして―――――――」
真先は最後に言う。
「あなたの『愛しの』中原さんは妹さんがいる隠し部屋にご両親がいるのを確認してから同じ方法で殺害。その後、あなたが自室にいるときを計って、因縁の晴らしに絞め殺した。」
思い出した。あの時お父さんとお母さんはすごく悲しんでて・・・葬式の前日で・・・弓の身体は3階の部屋に置いてあって・・・体調が優れないからって「彼女がいる部屋」に行ったの。そう、少しだけ泣いて、色々話したわ。みんなでピクニックに行った時のこと、旅行の思い出―――――
でも思い出せば思い出すほど、弓の姿は私の記憶からかすれて消えていくの。
そして最後に言ったわ―――――ざまぁみろって。
霞はその後、服を着替えるために自室に戻る。見慣れたドアを開き、ノブに手をかけたまま中に入り、扉を閉めようとする。そのとき、気配を感じた。けど、もう遅い。霞は小物のように、その細い首を大きな両手で鷲掴みにされる。締め付けられる気管が甲状軟骨に絡みついていくような感触。ガキ、ゴキ、と音を鳴らせながら喉頭の肉壁がくっついていく。あんなに周りからキレイだ、キレイだと拝められていた瞳は、脳の中見えるほど上に向かい、これでもかと思わせるほど白目を表し、涙と唾液を沼のように垂れ流す。足掻き出る声はもはや誰にも届かず、ただ醜く自分の耳に入り、もうは他方から出て行く。首に巻いてあった白い肌は、もはや頸椎の形をとり、まもなくどっちも粉となって散っていくだろう。バキッと残酷な音を立てたら、やっと手は霞の首から離れた。そして最後の一言――――――ざまぁみろ。
「じゃ、じゃぁ中原さんは・・・」
「この日記を見たところ、最後はトチ狂ってしまったでしょう。可能性が高いとすれば、弓さん遺体がまだ残されている部屋で自殺したでしょうね。あと、どうして霞さんの遺体だけを残したかと思うと、たぶん「愛する物」と引き離したかったんでしょう。霞さんが彼らとやったように。」
見かけによるな、と言うのはまさにこのことではないだろうか。あんなに愛していた人が、自分のことを手にかけるなんて。今ではめずらしくないことであっても、たしかに「生きている間は誰も気づかない」ものだ。
「じゃぁ五月さん、これを。」
真先はそういって三つに折られた紙幣を五月に手渡した。その紙はけっこう古く、英語で文字が刻まれてあった。中を見てみると、それはこの萩蔦屋敷の地図、それも隠し部屋や細工の説明がびっしり書いてある設計図だった。
「それを元に死体が何処にあるのか捜索してください。そんなに数も多くないので、すぐに見つかると思いますよ。」
そしてもう一言。
「霞さん、たとえどんなに憎んでいても、どんなに悔しくても、人は他人の命を盗る権利は生まれないんですよ。」
そういうと真先は地下室を出、時雨と共に屋敷を後にした。
*
数日後、真先の携帯が音を吐いた。五月からの着信だ。話を聞くと、地図に示されていた3階にあった隠し部屋に、萩蔦家の住人全員の死体が見つかったと。そしてその中には、死後2週間以上も経った萩蔦弓んお遺体と、首吊り自殺を行った中原の死体も発見された。この事件はあと数時間後、マスコミにとらえられ、この卑怯な世界の通り、手柄は警察が貰っていくのである。
「いいのか?何も言わなくて。」
「別に。そんなのが目的で探偵やってるわけじゃないしな。」
あのあと、霞は成仏して消えてしまった。自分の依頼どおり、誰にどうやって殺されたか判明したからと、自分が自分の死に関わっていたとしても、純粋の優しい笑顔で透明の空気に混じっていった。
「んん・・・あ、そういや報酬は!?霞さんから貰った?」
「ああ、ちゃーんと「貰った」よ。」
そういうと、真先は右手にペンダントを取り出した。それは霞と弓が主につけていたペアペンダントがしっかり組み立てており、そこには文字が刻まれていた。「Forever love|《永遠の愛》」。中原が当時、萩蔦家に住み込む時に霞と弓、それぞれ片方ずつ渡したものらしい。
「愛は愛でも、偽りだった。でもその偽りは永遠に守ろうと思えばできる、ただし他人が傷つけられることを恐れなかったらな。」
真先はシルバーに輝くペンダントを見つめながら呟く。
「じゃぁ俺達の愛は真実?」
「私達の間に愛など1mmもないぞ。」
周りの人にとっては、普通で平凡な一日が続くだけだった。真先の席の周りには少しどよんだ空気が流れていたのは、分かる人には分かるだろう。
最後までたどり着いてくださったんですか!?ありがとうございます!!!これからももう少しは続けたいので、よろしくお願いします!!