8話 手に負えない捕虜
ネネは顔の熱を冷まそうと夜の街を彷徨っていたら・・・・敵に捕まった。
敵達は額に脂汗をかきながらも、見事に捕えた魔女に歓喜する。
「やったっす!きっとアニキも喜ぶぜ!
これはいい取引の材料になる!」
「本当にこんな“ちんまい”のが赤獅子の女あ?間違えじゃねえのか?」
「間違いないない。
水色の長髪と黄土色の瞳・・・これが荒廃の魔女の弟子ネネだ。あんまりいい噂は聞かないがな」
「魔女ったらそれだけで傍に置く価値がある。
こんなんでも赤獅子にとっては大切に違いねえさ」
ネネは抵抗するのも面倒なので黙って聞いていたが、散々な言われようである。
男だらけのむさ苦しい敵のアジトは、非常に簡易な造りの小屋。冬には隙間風が入ってきくるほどボロボロなところだった。
彼らがルークの敵であり、ネネを利用してルークを陥れようとしているのは明白だ。
ネネはさっさとこんな場所から出ていきたかったが、抵抗するのが非常に面倒だという理由で動こうともしない。
「どうするよ、これ」
「とりあえず手足を縛ろう。魔術とやらを使われたら面倒だ。
傷つけるなよ、国に殺されるぞ」
魔女を傷つけたら死刑。
その恐怖に男達は喉を鳴らし、ロープを持ったまま突っ立っているネネを見た。
「・・・・・」
「・・・・・」
「やっぱり無理だって!!なんか睨んでる!!こっちめっちゃ見てる!!」
見られているだけでも妙な威圧感を感じた男の一人が根を上げる。持っていたロープを他の男に無理やり渡したが、その男も嫌だったらしく別の男にロープを無理やり押し付けた。
順にぐるぐる回って行くロープをよそにネネは放っておかれている。
「お前がやれよ!」
「やだよ!お前がやれよ!」
「・・・・」
暇すぎて言葉も出ないネネ。
そう言えば眠いなあと欠伸をしながらロープの行方を見守った。
最後に回って来たらしい男は、この中では下っ端なのか、他の者に押しつけることができずにおろおろと狼狽している。
「え・・・ええ・・・・・僕がやるんですか?」
「ほら、行けよ!」
ドンッと背中を押され、彼は深く息をして覚悟を決めるとロープを強く握りしめてネネを見つめた。
じりじりと慎重に近寄って行き、ネネの腕を掴もうとしたところで事件が起きる。
掴まれそうになった左腕の袖から蛇が顔を出し、近寄って来た彼の腕を舌でチロリと舐めたからだ。
生ぬるいヌルッとした感触に彼は飛びあがる。
「ひいいいいいい!!」
「おい!どうした!」
「だめだ、こいつ泡吹いてる・・・」
「クソッ!やはり魔術か!」
「魔女・・・なんて恐ろしい・・・」
男たちは勝手に魔術だと勘違いしているが、ただペットの蛇が少し舐めただけ。それでも随分と驚いたらしい可哀そうな彼は、ひっくり返って意識を失ったまま泡を吹いていた。
「一体こいつに何をした!?」
気迫のある声で問われ、親切にもネネは答える。
「・・・私じゃない。バートリちゃん・・・」
ほら、と服の中に手を突っ込んで取り出した蛇に絶叫する一部の男達。
「ぎゃあああああ!!ヘビーーー!!!」
「やめろ!!こっちに向けるなよ!!」
一方で冷静な男達は冷めた目で慌てふためく仲間を見遣る。たかが蛇ごときでスラムの不良が驚いてどうする、と。
「落ち着け・・・。
おい、お前」
話しかけられたネネは別の男の方へと振り向く。
「・・・なにか?」
「ここに連れてこられた理由はわかってるだろう。大人しく従う気がないなら魔女でも容赦はしない。
俺達はスラムの不良なんだ」
国など恐れない、そう言った男はしっかりとネネの目を見据えた。
彼の言葉で目が覚めたのか、他の男達も顔つきをしっかりと変えてネネと対峙する。
「・・・では私は何をすればいいの?」
「大人しくしていろ。
もうすぐアニキがこちらにいらっしゃる。時期に命が下りるだろう」
アニキとは彼らの親分のことらしい。
手下たちの人数や性質から、どうやら大した組織ではなさそうだ。
ネネは眠気から目をコスコスと擦りながらその場に座り込む。
「おい、大人しくなったぞ・・・」
「何考えてやがるんだ」
黙って従うネネに様々な憶測が飛び交うが、本人が一番何も考えていないことに気付かない敵達。
しばらくすると、彼らの親分と思われる人が小屋へ入って来る。
「こいつが例の魔女か」
「へい!間違いありやせん」
真っ黒の髪に真っ黒の瞳。容姿は案外どこにでもいそうな感じで普通だった。ルークと比べたら月とすっぽんだなあ、などとネネは失礼なことを思いながら彼を見上げる。
彼は値踏みするかのようにネネの頭上からつま先まで見回した。
「ふーん・・・魔女ねえ・・・。
お前、魔術が使えるのか」
「ええ、もちろん」
「じゃあ今ここでやってみせろ」
まるで曲芸扱いの命令。しかしネネはあっさりと承諾する。
「何でも構わないなら・・・」
「ああ、いいさ」
「・・・じゃあ鍋と火を用意して」
わざわざ敵の目前で披露してくれるらしいネネに、未知の魔術を間近で見られる敵達は緊張を高めていく。
手下が用意した簡素な鉄鍋を火にかけると、ネネは近くにあった飲み水を鍋の中に少量流し入れた。
「鳥の目玉と」
服の中から取り出した小瓶に詰まった目玉。それをひとつだけ鍋の中に放り込む。
いきなりのグロテスクな光景に先ほどまでの期待は一気に打ち砕かれ、引きつった表情になる一行。
鍋に入っている水分と一体になった目玉は、とろんと溶け出して水となじみ始めた。
「蛙の足と・・・」
別の場所から取り出した小瓶から、蛙の足と思わしき物体が鍋の中へ。
「蜘蛛の内臓と・・・」
別の場所から取り出した小瓶の材料が加わる。
「ヒルの皮と・・・」
別の場所から――――(以下省略)
後ろから「おえっ」と吐き気を催す音が聞こえたが、ネネはお構いなしに続けようとしたところで、とうとうストップがかかる。
「おい!これが本当に魔術なのか!?」
敵の親分はお怒りの様子だ。
ネネは小首を傾げる。
「なんでもいいって言ったじゃない・・・」
言った。確かに言った。
しかし想像の斜め上を行ったネネの行動で、彼女が鍋へ材料を入れるたびに敵達の顔色が悪くなっていく。
「こんなの魔術じゃねえ!」
「ええええ・・・」
「えええ、じゃない!何を作ってるんだ!」
「何って・・・・」
ネネはぐつぐつと煮えたぎり始めた地獄鍋をチラミし、視線を元に戻す。
「・・・・なんだろう」
「ボソッって言ってもダメだからな!ちゃんと聞こえたからな!!」
自分でも何を作っているのかわからなかったらしいネネ。
「たぶん・・・自白剤的な・・・」
「もういい!魔術はいいから!
てめえは赤獅子との取引材料にする!」
てめえら、こいつを縛れ!と命令が飛んだ。
もう気味の悪い魔術を見たくなかった手下たちは、慌ててロープを片手にネネに近寄る。
―――――しかし・・・
「ぎゃあああああ!!なんかきたああああ!!」
「蛇!?いや蜘蛛だ!!」
「げっ!こいつ蛇以外にも服の中に詰めてやがったのか!!」
手下の1人の腕に飛び移った一匹の蜘蛛。
手のひらサイズのたかが蜘蛛一匹に、敵達はこれまでにないほどのパニックに陥った。
「ぎゃあああ!!とって!!とって!!」
「あ!逃げたぞ!!」
「ひいいいいいいい!!」
ぴょんぴょんと飛び回り逃げる蜘蛛。それを追いかける男達。
別の男の服の中に蜘蛛が入り込んだとき、一番大きな悲鳴がボロ小屋に響き渡る。
「きゃああああああああ!!」
「落ち着け!今捕まえっから!」
上の服を脱がせて取り出す作戦のようだ。1人に男達が集って上着を引っ張り合う。
「ったく、たかが蜘蛛一匹で騒ぐんじゃねえ」
うるせえぞ、と親分。
彼が苛立ち始めたのを感じ取った手下は、さらに慌てて蜘蛛を捕まえようと躍起になる。
しかしいとも簡単に男達の手をすり抜けた蜘蛛は別の場所に飛び移った。
―――――親分の顔の上に。
突如目の前に現れた八本足。細かい毛までしっかり見え、さらに蜘蛛のきょろっとした目と親分の目が合った。なんとも言い難い嫌悪感とショックに見舞われる。
ふ~っと倒れる大きな身体。
「ああああああ!!アニキいいいい!!」
「アニキを気絶させちまうなんて!!」
「なんて魔女だ!!」
彼を気絶させたのはネネではなく蜘蛛である。
それでも自分たちの崇拝する親分が倒されてしまい、彼らはネネの魔術を見たとき以上に真っ青になった。
ネネは欠伸をしながらも器用に話す。
「・・・・帰っていい?」
「「「帰ってくれ!!」」」
土下座された。