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7話 私を利用して




――――――娼館が爆発した。




「一体何事だい!!」


ルージュラは頭を抱えながら大声を出す。

敵に居場所を悟られないために移動したルークたち。手下らは情報収集のために全て外へ出ており、幸いにも娼婦たちに怪我はなかった。


しかし前触れもなく突然破壊された娼館は修復しなければ住めない有り様。


「全く怪我がなかったからいいものの!」


一瞬ネネと視線が交わったが、彼女はすぐに顔ごと逸らす。


「姉さまどうしよう・・・」


「仕事、しばらくできないわよね・・・」


不安気な症状でルージュラを見上げる娼婦たちに、ルージュラは優しく肩に手を置いて頷いた。


「大丈夫、お前たちはあたしの知り合いの娼館に行くといい。

そこで働かせてもらいな」


「姉さん!!」


「ルージュラ様ーー!!」


一気に抱きつかれ団子状態になったルージュラは、もみくちゃになりながら「それよりも」と話を戻す。


「なんで爆発なんてしたんだい?

敵襲じゃないみたいだし・・・」


その時再びルージュラとネネの視線が交わるが、ネネがすぐに顔を背けた。これは明ら様に怪しい。


「お前かああああ!!!」


ぐわし!!とネネの小さな頭が鷲掴みにされ、ネネはわたわたと手をばたつかせた。


「お前か、お前だろう、お前以外考えられない!―――――なんで爆発させたんだ!!」


「・・・・・・・暇だったから」


ボソリと聞こえるか聞こえないくらいの声で言ったが、ルージュラの耳にはきっちりと届いている。

両頬を引っ張り間抜け面になったネネの顔。


「あんたのお陰であたしは今日から無職だよ」


ルージュラの手が離れると引っ張られていた頬が赤く染まっているのがわかった。

さすさすと小さな手で摩りながら淡々と答えるネネ。


「それも運命・・・」


「お前が言うな!!」


例え原因が分かったとしても爆発した娼館が戻って来るわけではない。

ルージュラはネネとの不毛な会話を早々に諦め、思考を現実的な問題へと移す。


「仕方ない・・・こうなったら修復するしか・・・」


「・・・ルーク様、眠たい・・・」


「あんたはもうちょっと反省しな!まったく・・・」


言葉も出ないと呆れるルージュラ。

一方で我関せずで話を聞いていたルークは立ち上がり、眠そうに目を擦るネネを小脇に抱えた。


「ルージュラ、娼館は手下に直させる。

それまで身を隠しておけ」


ルージュラはぽかんと口を開けたまま去っていくルークを見つめた。


―――――手下に直させる。

それはつまり、ネネの仕出かした問題をルークが処理するということ。

言い変えれば、ルークがネネを自分の物として扱っているということである。


ルークの気前がいいわけではないが、自分で落し前をつける性質だ。ネネを自分の領域であると認めているからこそ、彼は修復を申し出た。


なんだかんだ言いながら、彼はネネを傍に置くことを認めている。誰にも心を許さず受け入れなかった“あの”ルークが、だ。

意外すぎて言葉も出ないルージュラは、言い様のない感情に顔をだんだん赤らめて半開きになったままだった口を動かす。


「そ・・・そうかい・・・へえ・・・」


「ルージュラ姉さん、私あの子怖い・・・」


「なんだか不気味よね」


「そうだねえ・・・」


娼婦たちは表情のないネネを思い出す。

何をしても何を言っても感情を表に出さない、まだ少し幼さを残している魔女。


ルージュラは赤らめていた顔に手でパタパタと風を送りながら難しい顔をした。


「確かに・・・少し気になるね・・・」




















ルークは微睡んでいるネネを小部屋の隅っこに下ろした。

すぐに立ち去ろうとしたが、ネネが服の袖を掴んで放さない。


「・・・・おい」


「もうちょっとだけ・・・」


だめ?と上目使いでお願いするネネに、ルークは眉間の皺と盛大な溜息で答えた。

仕方なく隣に腰を下ろすと、ネネはさらに強く袖を握りしめる。


うつらうつらと頭を揺らしつつ、眠そうな声で話し始めた。


「あの・・・怖い人、私が探しましょうか・・・?」


怖い人はジェルダのことであろうと見当をつけたルーク。

困窮しているルーク組の為を想ったネネの申し出に、ルークは鼻で嗤って即座に拒否する。


「余計なことをするな」


ネネの中では自分の力を拒否された悲しさと自分を利用しないルークへの感動が渦巻く。非常に微妙な気分だ。


「・・・利用していいのに」


小さく零れた言葉。

ルークにならば利用されても構わない。例えそこに自分への愛情がなくても、例え利用し尽くした後に捨てられたとしても。

ルークが自分を必要としてくれる、それはネネにとっての喜びなのだから。


「必要ない」


占術を使えばジェルダの居場所も簡単に知ることができるだろう。

呪術を使えば敵を簡単に殺すことができるだろう。


しかし、ルークはそれをしない。


「・・・どうして?」


「俺は得体の知れない力を頼らなければならないほど弱くねえ。

―――――欲しいものは自分の力で手に入れてみせる」


もう寝ろとでも言いたげに、ネネの頭の上に乗ったルークの大きな手。その手の重みと温もりを感じて、ネネはゆっくりと瞼を下ろした。


「でも・・・嬉しい・・・。

力を求められなかったのは初めてだから・・・」


魔術を使うことのできるネネは、ずっとずっと“魔女”という役目を求められてきた。

師匠には魔術の上達を求められ、病人には薬を求められ、国には魔女としての存在を求められ・・・・。


誰かに必要とされるのは幸せなことかもしれないが、必要とされているのは魔女であって“ネネ自身”ではない。

ネネは自分の存在意義を気にするような性質ではないが、それでも初めて力を求めなかったルークの存在が嬉しかった。


そう、彼は最初からネネを魔女として扱っていなかったのだ。

すれ違ったネネを突き飛ばし、すり寄って来るネネを拒んだ。


「“こんな風に”生まれたこと、後悔はしてません・・・・でも、できるなら・・・」


もっと欲しいものがある。

魔女としての膨大な力と権力よりも、もっと喉から手が出る欲しいものが。


「・・・生まれや存在を超越したものが欲しい」


魔女としての運命を逆らって、魔女では絶対に手に入らないものが欲しい。

それを人は欲張りだと言うかもしれないが、素直なネネの本心だ。


ルークは何も答えず赤い瞳で見下ろしていたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「気味悪い薬やペットはそのためか」


「いえ、あれは趣味です」


今までの眠たそうな声色が嘘だったかのようにきっぱりと答えたネネ。

ルークは目を細めてネネの頭の上に置いていた手に力を加えた。


「うー・・・重い・・・」


「お前の仏頂面にも大分慣れたな・・・」


最初こそ人形のようで気味が悪かったネネの無表情も、ずっとネネに付き纏われて一緒に居たため慣れてしまったようだ。

しかしやはりネネの表情が崩れたところが見てみたいルークは、ネネを見つめながら少し考え込む。


じっと見つめられたネネは首を傾げた。


「・・・なんでしょう?」


「いや、・・・早く放せ」


ずっと掴まれていたままの袖を振り払おうとしたが、未だにネネの手はしっかりと握りしめている。ネネは放せばルークが行ってしまうことがわかっていたため、てこでも放そうとしない。


「・・・嫌です」


「放せ」


「嫌」


いつもの言い合いが始まってしまい、ルークは盛大な溜息を吐く。ネネはピコンッと何やら名案が浮かんだらしく、袖をひっぱりながら少し早口で提案する。


「じゃあキスしてくださったら放してあげます」


「・・・・はっ」


乾いたルークの笑い。


「してくださらないなら放しません。死んでも放しません」


ネネの決意は固く、ルークは仕方なくネネのピンク色の唇に自分の唇を押し当てた。





「きっ・・・・」





き?


ネネから奇声が聞こえ、ルークは怪訝な顔をしてネネを見下ろす。

ネネは大きな目を見開き、自分の口を両手で押さえるとものすごい速さで反対側の壁まで後退った。


だんだん真白だった顔が赤く染まっていくのがわかり、ルークは噴き出して笑いを噛みしめる。


あのネネが顔を赤くして照れている。何を言っても何をしても無表情で、鬱陶しいほどに積極的なあのネネが。自分から服を脱ごうとしたり平気で誘ったりするあのネネが、たかが触れ合うだけのキスで顔を赤くして動揺している。


「くっ・・・」


さらに笑われたのが恥ずかしかったのか、可哀そうなくらいに真っ赤になったネネ。



そして―――――逃げた。



普段あれだけ積極的なのに受け身になると恥ずかしがり。

ルークは笑いが止まらず、しばらく小屋に押し殺したような笑い声が響いた。




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