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6話 ある男の災難




娼館の朝は遅い。

営業を始める少し前に部屋を用意させたルークは、手下を集めて酒を煽った。


「これだけしかいねえのか」


この娼館へやって来た手下はたったの10人余り。襲撃を受けたアジトから一番近いのだが、他の潜伏場所へ逃げた手下が多かったらしい。

手下の一人が返事をして説明する。


「へい、ジェルダの旦那が先鋭隊を連れて東の方へ行っていたので、たぶんそちらかと・・・。

ただ、戦闘中にばらけていたので一所にはいないかもしれません」


「ったく、めんどくせえ」


別々の潜伏場所に居るならば集めるまでに時間もかかるし情報の伝達も遅い。疲弊したところへの襲撃で大打撃を受けたルーク組にとっては、少しでも早い段階で戦力を確保しなければならないため、喜ばしくない現状である。

特にルークの右腕でもあるジェルダがいない事は大きな問題だ。


「あの、頭・・・。それより・・・その・・・」


手下たちは言い辛そうに口ごもりながらルークの横を控えめに見遣る。

視線の先に居るのは頭の上に蛇を乗せたネネの姿。もう何がしたいのかさっぱり理解不能である。


「無視しろ」


「でも・・・」


「無視しろ」


とても気まずい空気の中はっきりと言い放ったルークの言葉に頷く一同。

手下たちは極力ネネを視界に入れないよう気をつけながら話を続けた。


「・・・襲撃で確認された敵の数は約150、失った味方の数は約50ほど」


「大した数じゃねえな」


「へい、しかしノロゾイの残党を組み入れたロドス組の他、新たな組織が形成されつつあるとの情報もあります。

現状で我々は圧倒的に不利で・・・――――――」


バシャッと水音とともに手下が水浸しになる。


ルークが杯の酒をかけたからだ。


「俺の前で弱音なんぞ吐くな」


「・・・す、すみません・・・」


慌てて布を探し酒を拭う手下たち。

酒に濡れた男はルークを苛立たせてしまったと、顔を真っ青にして頭を下げた。


日が傾き始めた頃、ガヤガヤと部屋の前の廊下が騒がしくなり、扉が開くとともに煌びやかに着飾った女たちが入って来る。部屋に香水の香りが漂い華やかな空気になった。


スラムでは高級な部類に入る娼館だけあって、女のレベルもなかなかのものである。それぞれが個性的ながら美しい。


「きゃあ!ルーク様だわ!」


「やっぱりいらしてたのね!」


きゃいきゃいと黄色い声を上げながらルークに群がろうとする娼婦たち。―――――しかし


「きゃあああああ!!」


「ヘビ!!ヘビーーーーー!!」


「いやあああああ!!ルージュラ様ああああ!!」


ネネの頭の上に居る蛇を見て一斉に逃げだした。


「「「(このためだったのか・・・)」」」


納得する手下たち。再び一気に静まり返った部屋。

言い表しようのない気まずい空気が漂ったが、ルークはまるで何事もなかったかのように続ける。


「とにかく、戦力確保が第一だ。

早急にジェルダを探せ」


「「「へい!!」」」


「俺は武器商人を当たるが、後はお前らに任せる。

あまり派手に動くなよ」


ルークは腰に差した剣を鞘ごと引き抜き、剣先を地面に着けて肘を柄頭に置いた。

ネネは空になったルークの杯にお酒を注ぐと、何を思ったのか無表情のまま頬を染め、キャッと顔を背けながら言う。


「ルーク様と結婚したらネネ・ブラッドになりますね」


ブフォッ!!


突然の珍言にルークはお酒を勢いよく吹き出して、先ほど酒浸しになった手下が再び犠牲になったのであった。




















ネネの容姿は非常に整っている。

他の要素が強烈なために忘れそうになるが、僅かに幼さの残っている顔は愛らしく好ましい。肌も病的なほどに白く透き通っており、娼婦のグラマラスな色気とはまた違う魅力を持っていた。


ネネ自身はその容姿を、まったくと言っていいほど生かせていないが・・・・・。



「ああああ、最悪だああ」


先ほどルークに酒をぶっかけられた男は頭を抱えてうずくまった。

ネネの余計な戯言でルークの機嫌がさらに悪化し、手下たちは八つ当たりという名のとばっちりを受けたのだ。


当の本人たち2人が去った部屋で、他の手下たちは彼に憐みの視線を送る。


「運が悪かったとしか・・・」


「だな、今は大変な時だからさ。

ルーク様も虫の居所が悪かったんだろ」


「魔女様には逆らえねえしなあ」


腕を組んでうんうんと頷く手下たち。

例えルークの機嫌を損ねる原因がネネにあったとしても、魔女である彼女に危害は及ばない。もちろんルークの暴力や暴言もそれなりに受けているだろうが、マイペースなネネは全く意に介さないので効果は薄い。


一方でとばっちりを受けている手下たちはもろにダメージを食らっているのだ。不満は募るばかり。

しかしルークにその不満を言うわけにはいかず、こうして仲間内で愚痴を溢しながら酒に走る。


「ルーク様もルーク様だ。

こんな大切な時期に女囲うようなマネしねえ人だと思ってたんだけど・・・」


「仕方ないだろ、魔女なんだし」


「魔女つったってよお、負傷させなきゃ問題ないだろうが。

あの唯我独尊のルーク様が傍に置いておくほどの価値あんのか?」


男の口は止まらない。

尊敬し命を預ける主にとりついた虫。あまりいい気分ではないらしい。


しかし手下の中で際立って可愛らしい容姿の男が反論する。


「魔女ってのはそりゃもう特別な存在だろ。

本気になったらスラム全体を吹っ飛ばせるくらいの恐ろしい生き物だ」


「やけに詳しいな、お前」


「そりゃ、スラムに来る前は王妃仕えしてたからな」


「んだとぅ!?」


「マジかよ!」


驚く手下たちの前で彼は苦笑いする。


「ちょっとやーな騒動に巻き込まれて責任取らなきゃならなくなっちまったんだよ。

せっかくエリートコース走ってたってのに」


「王妃仕えって何やってたんだ?」


「将軍」


ブフォッと誰かが噴き出した。

将軍と言えば軍のトップ、しかも王妃軍の将軍ともなれば、国政の中でも指折りの権力者だ。


「おいおい、なんで将軍様がスラムの下っ端不良なんかになったんだよ」


「だから責任取らなきゃならなかったんだって。

30年前にノルディ戦争あっただろ?」


「あー・・・そんなのがあったようななかったような」


スラムは完全とまではいかないが、外界とかなり遮断されているため外の情報には疎い。

ノルディ戦争とはドローシャの近隣で起こった最も記憶に新しい戦争であるが、スラムの住民である彼らにはあまり知られていなかった。


「ノルディ戦争ってのはオーティス王国とベルガラ王国がノルディって土地を巡って争った戦争のことさ。

ドローシャが仲裁に入ろうとしたがすっとこどっこい、ドローシャの王妃軍が何故かオーティスを攻め入ったんだなあ。しかも王妃の命令でもないのに」


まるで第三者のような語り口をしているが、彼はオーティスに進軍した張本人である。


「なにやったんだよ、お前・・・」


「俺も騙されたんだって。

当時の王妃軍全責任者であるクロード様が『王妃の危機だから指示はないが進軍する』って言ってたから、すっかり信じ込んだんだよ。

だけど後から聞いた話だとクロード王子がベルガラと内通してて?もちろん王妃の危機だなんて嘘っぱちで?しかもオーティスの王妃がうちの王妃と親友で?

そりゃもうてんてこまい、後の祭りってやつでさ」


自嘲気味に言い切った彼は瓶に口をつけて酒を飲んだ。

他の手下たちははあ、と感心するような呆けるようなため息を吐く。


「難しいことはよくわからんが・・・災難だったなあ」


「まったくだ。

ってわけで、王妃に仕えてたから魔女がどんなもんか知ってるんだ。俺に言わせればおっそろしい化け物みてえなもんだな。

オーティスの死人を蘇らせたり、ベルガラの王宮を一瞬で吹き飛ばしたり」


魔女が怖い。

その気持ちは徐々に他の物にも感染していき、皆は一様に顔の筋肉を強張らせた。


他の男が苦笑いをしてフォローをする。


「で、でもさあ、それは王妃に限ってのことだろ?

うちの魔女さんはまだ若いし・・・・そんなに人間離れしてるわけじゃねえさ」


「・・・・わたしが、何か?」


「「「ぎやああああああああ!!!」」」


気配無く突如現れたネネに、一同はまるで幽霊でも見たかのような反応をした。

ネネは相変わらずの無表情のまま首を傾げる。


「・・・・猥談?」


「いや違うから!!」


手下が突っ込むとネネは先ほどルークに酒浸しにされた男の方を向き、手に持っていた黒い液体の入ったコップを差し出す。


「あの・・・これ・・・さっきのお詫びの品。

わたしの所為で、お酒かけられちゃったから・・・」


男は反射的に身構え、皆はコップの中をまじまじと見た。

ネネにはいろいろと、それはもういろいろと前科があるため、手下たちは多少学習している。


ネネから物を受け取るべからず。


差し出された男は顔を引きつらせて訊ねた。


「な・・・なんですかね、これ・・・」


「コーヒー・・・」


わっと声が上がる。

コーヒーや紅茶は庶民にとって特別な時しか飲めない高級品。スラムにおいてはほとんどと言っていいほど流通していない貴重品だった。


「いただきます!」


コーヒーの誘惑に負けた男はパッと笑顔になってコップを受け取り、一気に傾けて喉を鳴らしながら飲み干した。もったいないとヤジが飛ぶ中、急に男が固まって動かなくなる。


まさか薬か?と緊張が走るが、理由はすぐにわかった。

コップの下の方に沈んでいる、何かうねうねした白い物体。


「い・・・いもむし・・・・」


男は白目をむいてひっくり返った。




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