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5話 娼婦ルージュラ



炎が建物を覆い、パチパチと弾ける音を立てて全てを燃やし尽くす。

広い部屋で目を覚まし身体を起こすと、霞む視界に白い女性の足を捕えた。


透き通って見えるほど肌の白い女性はくるくる回る。こんな熱い場所で何が楽しいのか、クスクスと降って来る楽しげな笑い声と鼻歌。



『―――・・・―――・・・――――――・・・・――・・・・』



何かの言葉を耳元が囁かれるが、その言葉を聞き取ることができない。

重く自由の利かない身体はズルッと腕の支えを失い崩れ落ちる。


すると、彼女のぬるりと生暖かい手が自分の顔を掴み、無理矢理上を向かされた。


見えたのは口角を上げている唇。


その唇はゆっくりと吐息がかかるほどに近づき、そして――――――












急に視界が開けると、目の前には小奇麗な天井があった。

ルークは汗だくの額を乱暴に拭い、先ほど見た夢の気味悪さに眉間の皺を深くする。


コンコンと控えめなノックを共に部屋の扉が開き、入って来たネネの姿を見て全てを思い出したルーク。

ノロゾイ組との抗争に勝ち祝杯を上げていたところに、ロドス組の襲撃を受けて民家の屋根裏部屋に隠れた。その後陽が昇ると共に2人は小さなアジトの一つである娼館へ移動したのだ。


一睡もしていなかったルークはすぐに就寝し、現在に至る。


「・・・目が覚めたんですね」


ネネはルークの顔をのぞき込み、すとんとベットの端に腰を下ろした。

無言でじろじろ寝起きの顔を見られるのは不快だと、ルークは寝がえりを打ってネネに背を向ける。


「ジェルダはまだか」


「まだ来てないです。

・・・あ、でも他の方なら何名か・・・」


チッと小さく舌打ちをするルーク。

そしてネネが何か口を開きかけたとき、再びノック音が部屋に響いて扉が開いた。

やって来たのは胸元が大きく開いたドレスを着ている女性。金髪巻き毛のグラマラスな美女だった。


「お目覚めかい?」


彼女はこの娼館のボスとも言える女性で、名はルージュラ。

ルーク組の手下の一人であり、匿う場所を提供している1人でもある。


「水持って来たよ」


彼女の手にある盆の上に乗せられた水差しとコップを見たネネは、今までになく素早く立ち上がって盆を受けとろうと手をかけた。

しかしルージュラは手に力を込め、奪い取られまいと自分の方へ引き寄せる。

寝起きのルークの傍で行われている無言の女の戦い。お盆を制すれば、ルークに水を差し出す権利を得ることができるのだ。


お盆を引っ張り合っているうちにそれはあらぬ方向へ飛んで行き、バシャッと水音を立ててルークはずぶ濡れになった。


額に青筋が浮かぶルークにルージュラは顔を真っ青にして慌ててタオルを探し始める。


「ご、ごめんよルーク。

このチビが邪魔するから・・・」


「・・・人の所為にしないでもらえますか、オバさん」


睨みあいで火花が散るとはこのことか。

ずぶ濡れのルークそっちのけで2人は睨み合い、両者ともタオルを掴んで再び奪い合いが始まった。

しかしそのタオルは最終的にルークが無理やり奪い取り終わりを告げる。


「出て行け」


「でも・・・」


ルークに睨まれたルージュラは何か言いたそうに口を開きながらも、顔色を悪くしてすごすごと出て行った。

残ったネネはぽつんと立ち尽くしてルークを見上げる。


「お前も出て行け」


「・・・はい」


扉へ向かったネネは名残惜しげに一度だけ振り返り部屋を出て行った。

ルークはタオルで濡れた髪を拭き終わると、ベットの傍に置いてあった自分の剣を手にする。


スラムを支配するまで、残った強大な勢力はあと一つ。

ここで手をこまねいている暇などない。


ルークは抜いた剣の刃を眺めると、剣を素早く鞘に納めた。




















ルークに部屋を追い出されたネネの前に仁王立ちしているのはルージュラ。


「まったく、あんたの所為で追い出されちまったじゃなか。

久しぶりに会ったというのに、まったく相手してくれないなんて」


ぶつぶつと文句を言われるがネネは全くの無視を貫く。

ルージュラはさらに不機嫌顔になってネネの鼻に人差し指を突き付けた。


「だいたい、なんでルークの恋人がこんなへなちょこりんのガキなんだ!

魔女っていうのは美貌で品の良い生き物だと聞いていたのに」


「・・・知ってるの」


「当たり前だよ。娼館はスラムの情報の溜まり場さね。

荒廃の魔女の弟子が赤獅子の恋人になったことくらいあたしたち娼婦は知ってて当然だ」


赤獅子?と無表情のまま首を傾けるネネに、ルージュラはそんなことも知らないのかい!?と大きな声を出して詰め寄る。


「だって・・・興味ないもの・・・」


ルークを知る前までスラムの情勢に全くの興味を示さなかったネネ。当然ながら勢力争いには疎い。


「呆れたね、まったく。

ほら、おいで」


ルージュラはネネを少し離れた部屋に案内しお茶を出した。

他の娼婦を纏め上げる器を持っている彼女は、なんだかんだで非常に親切だ。色気を前面に押し出している風貌にも関わらず、その内面は割とさばさばしているらしい。


ネネがお茶を飲み始めると、ルージュラは向かい側に座って話し始める。


「赤獅子ってのはね、ルークの異名さ。あだ名みたいなものかねえ。

昨今のスラムは3大勢力で成り立ってた。赤獅子ルーカス、黒烏ロドス、猿王ノロゾイ、この3つでね。

でも一昨日にルークがノロゾイの首を取っただろう?」


こくり、とネネは頷く。


「だからは今目まぐるしく勢力図が変わっててね。

ノロゾイの残党がロドスに加わっちまったものだからさ」


当然ノロゾイの手下たちは自分の頭の首を取ったルークを恨んでいる。

一方ロドス組はスラム統一まであとルークの首を取るのみ。双方の利益が一致したわけだ。


ルージュラはふう、とため息を吐いて唇を歪めつつ続けた。


「まあ、この通りあたしらは赤獅子の一員。ルークがスラムを支配しちまえばいいんだけど、難しいだろうねえ。

スラムはこの不法地帯という土地柄、今までも多くの有名人を排出してる場所。灰色の殺し屋シルヴィオからノースロップ王国の革命家エヴァン、殺戮王子ステファーまで様々。

これからもいろんな奴が台頭してくるだろうし、例えスラム統一を果たしてもルークの道のりは平坦じゃないよ。覚悟しときな」


ネネは紅茶をテーブル置き、ルージュラの目を見てゆっくりと口を開く。


「・・・貴女は、ルークが好き?」


「あーっはははははは!!何言い出すんだい!!」


大きく口を開けて女性らしからぬ笑いをするルージュラ。テーブルを手でバンバンと叩き、豪快に腹の底から笑い声を出した。

ふーっ、と最後に大きく息を吐き、身を乗り出して肘を突く。


「あのね、魔女ちゃん。

スラムの女は恋をしないの」


「・・・なんで?」


「恋に溺れて生きていけるほど、ここは生易しい世界じゃないのさ。特に、女子供にとってはね。

だから恋はしないの、自分を守るために。

金を出さない奴に抱かれるような真似はしないよ」


「じゃあ・・ルーク様は?」


ルージュラはルークの名前を聞いて片眉を上げる。


「そりゃあいい男に好かれれば気分はいいさ。

ルークほどの権力があれば、生活には困らないし。

でもそれだけだ。

あんたみたいなちっこいのを恋人にするなんて意外だったけど」


ネネはちっこいと言われて反射的に自分の胸に手を当てる。


「いや、胸じゃなくてね・・・・。

まあ、一番変なのはあんたの顔かねえ」


「・・・・変?」


「当たり前だろ、なんでずーっと無表情なんだい。

まるで人形みたいだよ」


「表情・・・ある、たぶん」


「どこがだ」


「ある・・・・・・たぶん」


ルージュラは「まあいいさ」と呆れた様子で話を流した。


「魔女ちゃんは一応ルークの恋人って話だから追い返しはしないけど、あんたは目立つんだ。

あまり派手なことはしないでおくれ。

あんたが人の目に触れればルークを匿ってるってバレちまう」


「・・・わかった」


「それから、服の中でペットを飼うのはおやめ」


ルージュラは視線を反らしてネネの胸を指差す。

ネネの胸元からは、ニョキッとヘビが顔を出していた。




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