4話 祝杯は敵襲とともに
見事ノロゾイ組を打ち倒したルーク一行は、アジトの一つで祝杯を上げていた。
好き勝手に安い酒を煽る手下たちとは対照的に、ルークは独り離れた所で椅子に座りワイングラスを煽っている。ありきたりな行為でもルークには王者としての品格と威厳があった。いつにも増して彼の機嫌がいいのは、強大な勢力であるノロゾイ組を倒したからだろう。
「乾杯!!おら、飲め飲め!!」
瓶ごと傾けて一気に飲み干す男達。大口を開けて豪快に笑い、お酒の消費量も早い。
そして彼らの視線の先にあるのは、独りで酒を楽しんでいるルークだ。
「さすがルーク様!
あのノロゾイと一騎打ちで勝っちまうとはな!」
「見たかよ、最後の一撃。あれどうやるんだろうな」
「だがよ、ルーク様について来て正解だぜ。
見ろよ、あのヨダレが出そうなほどの色気」
「俺ルーク様になら抱かれてもいい!」
「だよなあ。
でも俺たちみてえな色も糞もねえ男相手にしないっつの!」
がははははは、と下品に笑う手下たちに混ざって、うんうんと頷くネネ。
近くに居た手下たちは驚きのあまりズササササササササササッ!!と後ずさった。
「い、いつの間に・・・!!」
「居たのかよ!」
「神出鬼没だなあ、おい!」
いきなり現れた魔女に、心臓をドキドキ言わせてため息を吐く一行。
ネネは驚かせてしまったと少し申し訳なさそうに話す。
「・・・いえ、ルーク様関連の猥談をしていたから、つい・・・」
「猥談じゃねえ・・・ってか興味あるのかよっ!」
無表情のままコクリと頷くネネ。欲望に正直である。
「・・・あ、飲む?
ネズミの肝臓と鳥の目玉酒」
ネネが差し出したのは、瓶に目玉が入った緑色の液体だった。
ぷかぷか浮かんでいる目玉が生々しく恐ろしい。
「「「ぎゃああああああああ!!」」」
いい歳した大人たちが泣きべそをかきながらゴキブリ並みの速さで散り散りに逃げて行く。
ぽつんと中央に取り残されたネネの身体が、急にふわりと宙に浮いた。―――――ジェルダに首の根っこを掴まれて持ち上げられたからだ。
「貴様、まだルーク様の周りをうろちょろしておったか」
虎視眈眈と獲物を狙う鷹のような鋭い視線がネネを貫く。
不快感と嫌悪感を露わにしたジェルダは、ルークと同じく普通ならば逃げ出したいほどの殺気が込められていたが、図太いネネにはまったく効果がない。
「・・・恋人、ですから」
「ルーク様はお前のようなガキに興味はない」
ガキと言われ反射的に自分の胸に視線を落とす。
「そういう意味じゃない!!
ルーク様はいずれこのスラムを支配する御方!!
お前の相手をしている暇などないんだ!!」
「えー・・・」
「えー、じゃない!
さっさと出て行け!」
大声で怒鳴っていた所為で吹き抜けの天井いっぱいに声が響き、アジト中の人々の視線を集めてしまった2人。
静かに飲んでいたルークも黙っていられなかったのか、ネネの方を向いて顔を険しく歪めながら口を開いた。
「また来てたのか」
「・・・・はい。
あ、飲みますか?」
ゴツン!!
目玉酒を掲げるとジェルダから頭突きを食らう。ネネの小さな頭から小気味いい音が鳴り、一瞬脳みそが揺れたような感覚があった。
「そんな下卑た物をルーク様に勧めるな!」
「・・・痛い・・・」
「ジェルダ、やめろ」
制止をかけたルークにジェルダは驚いてネネを解放する。
すとん、と地面に足を着いた彼女は掴まれてくしゃくしゃになった襟を正す。
「なぜ止めるのです」
「小娘相手にムキになるな」
バカが、と吐き捨てるルーク。
敬愛する主に庇われたネネをジェルダは恨めしそうに見遣った。
ルークの為を思ってネネを注意したのに、逆に自分が咎められるのは納得がいかない。
「良いのですか?
こんな―――――頭のネジ一本外れた人形みたいなものを傍に置いても」
「イイ男ってのは寄って来た女を上手く利用してやるもんだ」
ピュー、とはやし立てるような口笛が飛び交う。
「さすが頭!」
「男前!」
「てめえら煽るな!」
ジェルダは大声を出して手下たちを注意するが、皆一様にネネを傍に置くこと自体は反対していないようだった。ネネが魔女であろうが怪物であろうが、尊敬するルークが決めたことに逆らうことはない。ルークがイエスと言えば全てがイエスなのだ。
本来ならば、ジェルダも。
しかし彼はイエスを言うことができない。
まるで人形のように表情がなく、ゲテモノをこよなく愛する魔女。容姿も強さも完璧であるルークの恋人に相応しいか、それは言わずとも解るだろう。
奥歯をギリギリ鳴らして睨んで来るジェルダを無視し、ネネがいそいそと目玉酒を服の中に仕舞ったその時だった。
急にアジトの外が騒がしくなり、皆は武器を手に取って即座に警戒する。
外を覗いた手下が顔を真っ青にして叫んだ。
「敵襲です!!
見張りの奴ら全員殺られちまってる!!囲まれてます!!」
「落ち着け」
「・・・ルーク様、このお団子食べてもいいですか?」
「お前はもう少し慌てろ」
―――――敵襲。
ノロゾイ組を倒したばかりこのタイミングは、疲弊しているところを狙う魂胆だ。
現に2大勢力の抗争で多くの手下を失ったルークにとって、最悪のシチュエーションともとれる。手下たちは一様に顔を険しくして不安そうに武器を握りしめた。
「情けない面をするな、たいしたことじゃねえだろ。
戦力を一点に集中して包囲網を崩す」
「「「わかりやした!!!」」」
ルークの指示で困惑から闘志漲る表情に変わった手下たちは、指示通りに同じ方向へ走って剣を振りかざした。
敵はすぐそこまで迫っている。
「ジェルダ、先に行け」
「わかりました」
ジェルダも大剣を持ち駆けだして行き、椅子に座ったまま動く様子のなかったルークもやっと立ち上がって腰の剣を抜いた。
そして視界の端に映ったのは、のん気に団子をもごもごと咀嚼しているネネ。
「・・・・ったく」
無視して行きたいところだが、ルークは仕方なくネネを小脇に抱えて歩き出す。
アジトを出れば想像していた通りの混戦状態になっていた。敵味方入り混じり、四方から金属音が響いてくる。
「はっ、舌噛むなよ」
自分を囲んだ敵を見て鼻で嗤い、ルークはそう言うと不敵に笑った。
片手で敵を薙ぎ払うルークの剣技は凄まじく、ネネを小脇に抱えていたため絵になるかと言われれば微妙であったが、スラムの住人が名前を聞いただけで震えあがる理由を知ることのできる程度の働きをしたルーク。見事に敵の包囲網を破ったものの、その先に待ち構えていた別の集団の攻撃を受けて皆ははぐれてしまった。
追いかけてくる敵を巻き、身を隠すために入ったのは民家の屋根裏。手入れされているのかそこまで汚くない。
ルークは人の気配がないことを確認してから、荷物のように抱えていたネネを下ろす。
「・・・ロドスにノロゾイの残党か、通りで数が多い」
機嫌はいつになく最低である。
ロドス組の襲撃を受けただけでなく、ノロゾイ組の残党と組んでルークの首を取りに来たのだ。
せめて今晩くらいはゆっくり飲んで過ごしたかったものを。
「・・・皆、大丈夫でしょうか・・・」
「殺られたんならそれまでの奴だったってことだ。
弱い奴に興味はねえ」
仲間を見捨てるような発言はシビアだがここはスラム。ルークの言うとおり弱い者が生き残れる世界ではない。
ネネはぎゅっとルークの腰に抱きつき、無表情ながら嬉しそうに頬ずりしている。
機嫌の悪いルークは心底鬱陶しそう。
「・・・離れろ」
「せっかく・・・・2人きりになれたのに・・・」
「こっちは悪夢だ」
ベリッと引き剥がされたネネはまるで子犬のような瞳で訴えた。2人きりになったのだからもっと構ってほしい、と。
しかしルークは大きなため息を吐いて視線をそらす。
「もう少し表情変えられないのかよ。人間と居る気がしねえ」
喜びも悲しみも顔にほとんど表れないことを指摘されたネネは自分の顔を手で触って首を傾げた。
「人間っぽくない・・・・ですか?
欲求沸きませんか?性的な」
「ない、ついでに欲求も沸かない」
「じゃあ、ダッチワイ―――――「ガツン!!」
ゲンコツを喰らったネネは頭を押さえて蹲る。
「ったく、もういい。
とにかくお前は黙ってろ」
「・・・・・うう」
忘れてはいけないのは2人とも侵入者だということ。
下の階ではこの家の住人がすやすやと眠っていることだろう。あまり物音を立てると起こしてしまう。
敵に追われている身であるルークはもちろん警戒を怠るわけにはいかず、はっきり言ってネネを相手にする暇はないのだ。
「邪魔だ、寝ろ」
「誘われた?」
キャッと頬を染めて喜ぶネネに、もう一発ゲンコツがお見舞いされた。
「“独り”で寝てろ」
「・・・・・はい」
ぽっこりと盛り上がったタンコブを抑えつつ、ルークの膝を枕にして横になるネネ。
ルークはもう注意する気も起きず、されるがまま黙り込む。
「・・・ルーク様は寝ないんですか?」
「・・・お前は追われてる自覚がねえのか」
苛々した口調で返答するルーク。
2人とも寝てしまえば敵に見つかった時、抵抗することもなく殺されてしまうだろう。
当然見張りが必要になるが、ネネに任せると不安なのでルークがやるしかない。だからルークはネネに寝ろと言ったのであるが、ルークが戦っている間腕にぶら下がったままお団子を食べていたネネに彼の意図が理解できているか否か・・・。
「抱き枕が欲しい・・・」
理解できていないようだ。
ルークは膝の上に頭を乗せているネネにデコピンをし、盛大にため息を吐いた。




