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3話 お見合いしましょう




スラムの日常は死と隣り合わせである。


ルークは血が流れる腹を抱えながら、人気のない小屋へ逃げ込んだ。そこは人が住んでいる気配がなく空家のようだった。

好都合だとばかりのルークは外に敵がいないのを確認して戸を閉める。


「大丈夫ですか・・・」


「・・・・」


「・・・・」


無言で見つめ合う2人。

誰もいないかと思いきや待ち構えたように空家に居たネネに、ルークは舌打ちと共に視線を外す。


「なんでてめえがいるんだ」


「・・・怪我・・・」


ネネは座り込んだルークの身体を見た。

服に染みついている血のほとんどは返り血だが、シャツが裂けている腹部だけは彼自身のもの。深くはなさそうだがパックリと肉が切れているその個所にじいーっと見入るネネ。


「・・・おい」


「はい・・・治療しますね」


傷口に見入り残念そうに治すと言ったネネに、ルークは突っ込む気も起きず彼女と反対の方向を向いて身体を横にした。

ネネの白く小さめの手は、幹部を覆い隠すように指を開いてゆっくりと上に乗せられる。

ルークは傷口が少しずつ暖かくなるのを感じた。


「・・・これくらいしかできませんが・・・」


しばらくそのまま時間が経ち、ネネは手を引っ込めて申し訳なさそうに言う。

傷は多少良くなっただろうが、やはりまだ完全に治ったと言えるほどではない。血を大量に流したこともあり、ルークはそのままじっとしていた。


「本当に治ってんのかよ」


「自然治癒力を高めただけなので・・・・治りが早くなるのは確かですけど・・・」


傷そのものをどうこうしたわけではない。

通りでまだ痛いわけだと、ルークは鼻で小さく嗤う。


ネネはルークが動けないのをいいことに、さらに近寄って頬に可愛らしくキスをした。


「・・・おい」


低い声で注意されるが無視し、彼女はルークの隣に寝ころんで頬を擦り寄せる。

ぴったりと身体を寄せて満足そうなネネ。


「・・・ノロゾイ組との抗争はどうなったんですか?」


「混戦中」


短く簡潔な答えにネネは首をひねる。


「・・・まだ終わってないんですか?」


「・・・・ああ」


「スラムの歴史では・・・今まで誰も統一を果たしたことはないそうですね」


ネネは独り言のように小さな声でそう漏らす。

ルークの目的はもちろんスラムの全てを支配することだろう。それを成し遂げた者はまだドローシャの歴史上に存在しない。


現在では長らくルーク・ノロゾイ・ロイドの3組が均衡を保っていたが、最近は徐々に抗争が激化して勢力図が変化しているらしい。


「お前、もう出て行け」


「え・・・」


「奴らが俺の居場所を探してる。

本気で巻き込まれたいのか」


敵はルークが負傷しているのを知っている。

彼も一時的に小屋に身を潜めただけで、敵がいつここへやって来るとも知れない。

もし見つかれば確実にネネも巻き込まれるだろう。巻き込まれるだけじゃない、ルークにとって足手まといなのだ。


「・・・バートリちゃん、見張っててください」


服の中からニョキッと顔を出した蛇が、横に波打ちながら外に向かって出て行った。

これで大丈夫、とネネは自信満々に言い切る。


一方でルークは呆れたように溜息を吐き、固く目を閉じて体力の回復を図ることにした。






















ネネはルークと一緒にいるのが当たり前になると、“ルーカス・ブラッドが魔女を従えている”という噂がスラムで流れ、その噂がネネの師匠の耳にも届くこととなった。


久しぶりに帰宅したネネを待ち構えていた老婆は、部屋の中央を指さしてネネを正座させる。

老婆は深いため息と共に胸の内を語った。


「ネネ、もうあの男に付き纏うのはお止め。

魔女とは国に従う生き物。犯罪者の恋人など、自分の首を自分で絞めていることと同じ」


「問題・・・ない」


「お前は国に携わったことがないだろうから自覚がないであろうが、魔女はドローシャ王に逆らうことができぬ。

そもそも魔女は中心の国と呼ばれるドローシャにしか生息しない貴重な存在なのだ。

神の恩恵を最も多く受けているこの地で魔女が生きる、これには非常に意味のあること」


老婆からの説教に唇を尖らせるネネ。

今更世界の理を説かれたって、ネネの心を動かすことはない。


「高い地位を約束されているお前が、あのような誰とも知れぬ男に懸想するのは国にとって大きな損益になる。

本来ならお前ほど若い魔女なら王に嫁ぐのが慣行だというのに・・・・」


「・・・でも現ドローシャ王にはもう魔女が嫁いでるじゃない」


「身分が高いのは王だけではないよ」


老婆はしたり顔で分厚い紙の束を取り出した。

一枚目をネネに見えるように掲げると、それはハンサムな男が描かれた人物画だった。


「こうなったら見合いでさっさと結婚相手を決めた方が話が早いだろう。

案ずるな、面喰いのお前のためにそこそこ見られる男を集めた」


「え・・・」


「ほら、この男なんでどうだ?

文官でなかなか頭が切れる」


最初に勧められたのはネネと同じ水色の髪の、中世的な顔立ちの男性だ。


「・・・弱そう。

ルーク様はとても強いもの」


「これならどうだ、貴族出身の兵士だ」


「・・・マッチョは嫌。

ルーク様みたいに太すぎず細すぎず、程よく質の良い筋肉でないと」


「おすすめだ、これならよかろう」


「・・・ルーク様みたいな色気がない」


「これなら!」


「・・・男らしくない。

ルーク様みたいに野性的でなきゃ」


「じゃあ、この男!」


「・・・なんだかバカっぽい。

ルーク様は知性にも溢れてるから」


「ならば、剣が強くて太すぎず細すぎず程よく質の良い筋肉で色気があって野性的で知性を併せ持つ男!!

レオナード陛下ならどうだ!!」


じゃん、と派手に取り出したのはドローシャ王の絵。

確かにネネの注文はすべてクリアしていると言っていいし、世界で最も美しく強い男性である。


「・・・獰猛さが足りない」


「お前は結婚相手に何求めてんだあ!!」


ブチ切れた老婆は絵をぶちまけて怒った。ドローシャ国内から集めた選りすぐりのお見合い相手のすべてにダメ出しされるとは。

ネネの注文が多すぎることも原因のひとつであるが、とどのつまり、ネネはルーク以外の男を認めることはないのだ。


ネネは無表情のままそっぽを向き、視線を逸らされたのが気に食わなかった老婆はネネの顔を掴んで自分の方へ無理やり首を捻る。


「よいか、お前はもう一度この世界がなんたるか、魔女とはどんな存在なのか、そこから勉強し直しだ。

わたしは買出しに行ってくるから、その間に全て目を通しておくように」


宣言通り財布と籠を持って小屋を出て行く。

老婆が去った部屋で、渡された本に視線を落としたネネは小さく息を吐いた。


『世界には中心がある。その中心には神がいると言われ、そこに位置しているのがドローシャ王国であり、他国では見られない様々な恩恵を受けている。例えば魔女が生まれるのも国内のみで他国には存在しない。また、神の宣託により王が決められるのもこの国の特徴である。人々の寿命も中心に近づけば近づくほど長く、国内では約1万年だが隣国では約9千年、遠く離れた国では6千年と大きな違いがみられる。神の住まう世界の中心、それが我がドローシャ王国である。』


子どもから大人まで耳がタコになるほど聞かされた有名な記述。

その後はいかに魔女がドローシャにとって貴重な存在なのだとか、神に選ばれた王がいかに優れているかという、ネネにとっては非常につまらない文章が続く。


魔女がこの国だけでなく世界にとっても有益な存在であることはネネも理解している。

その存在は自由の地であるドローシャのスラムでも無視できないほどであり、魔女だからという理由だけで誰にも危害を加えられることはない。

あのルークでさえ、ネネが魔女であるから殺すことはしないのだ。


魔女、スラム、監視者。


様々な言葉がネネの脳内を駆け巡るがやがてどうでもよくなった彼女は、老婆が絵をぶちまけたように本を放り投げて立ち上がった。


いちいち教えや地位に縛られるなんてスラムで育った人間らしくない。


この恋を否定されるくらいなら、堂々とここを出て独り立ちしてみせよう。


満足気にコクリと頷いたネネは、家中の自分の荷物を集めてトランクに文字通り押し込んだ。

最後に窓辺で昼寝していたペットの蛇を、胸元から服の中に仕舞う。


家から出て振り返れば、そこには8年間近くお世話になったボロ小屋。ここでネネは魔女としての修行に励み、師匠と共に生活してきた。

爆発した思い出もあれば、火事にした思い出もある。その度に師匠があたふたと駆けまわり修復を繰り返してきた。小屋をぶっ壊した当の本人であるネネは傍観していただけだったが・・・。


「・・・さようなら」


風にかき消されてしまいそうなほど小さな声でネネは呟き、正面を向いて自立への一歩を踏み出した。






「あああああああ!!わたしのヘソクリがあああああ!!」


―――――師匠のヘソクリと共に。





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