24話 交渉
「いきなり取って食ったりしねえから、警戒するなって」
ヴィラは腕を組んで呆れたように言う。
敷地内の離れに大勢でやって来た彼女たちに、ネネは警戒してベッタリとルークに張り付いていた。
「ほら、お前の恋人を見習え。堂々としてるだろ」
「いえ、あれは堂々としているというより、横柄なだけな気が・・・」
ルードリーフは冷や汗を拭いながら乾いた笑いを漏らす。
わざわざここまでやってきた王と王妃に対して、ルークは興味なさげに挨拶ひとつしなかった。一方でルークに何かするのではと危惧しているネネはルークに抱きついたままぴりぴりしている。
「ヴィラ」
レオナードはヴィラの腰に手を回してソファに座るようエスコートする。2人はゆったりと腰を下ろし、ルークとネネにも向かいの席に座るよう促した。
「こっち来て座りなって、少し長くなるかもしれないから」
ネネはルークを不安げに見上げて様子を伺う。ルークは面倒臭そうにネネを抱きかかえボスンとソファに下ろした後、自分もどっかりと足を広げて座った。
「何の用だ」
ルークを睨み返えしながら話し始めるレオナード。
「無駄話をするとお前の魔女の機嫌が悪くなりそうだから止そう。
単刀直入に言う、ベルガラとお前たちの今後についての話だ」
「ハッ、ずいぶん偉そうに言うじゃねえか」
偉いんですよ、とアルフレットが涙を拭きながら言う。本当にルークは怖いもの知らずで傍から見ていると胃が痛くなりそうだ。
ヴィラも頭を抱えながら話を進めようと口を開く。
「あのね、とりあえずあんたたちはベルガラ王家と関わりのある人なわけ。だからあたしたちも無条件で野放しにするわけにはいかないんだよ、政治的に。
もちろん好きで言ってるわけじゃねえんだ、ネネを傷つけたくないしな」
「そちらが譲歩するならば無条件とはいかないが我々もできるだけ善処する」
「それで、俺たちにどうしろと?」
「陛下、私の口から説明させてください」
ルードリーフが許しを請い、レオナードが静かに頷く。
「私はドローシャで宰相を務めさせていただいております、ルードリーフと申します。ドローシャ王であらせられますレオナード様に変わりまして私から説明させていただきます。
まず我々は戦勝国としてベルガラ国の統治権を持っております。これをベルガラ王家の子孫であるルーカス様に返還するする代わりに―――――」
「待て、俺に王になれとでも言うつもりか?」
正気を疑うような目でルードリーフを睨みつける。
一度ベルガラに行ったもののあまり興味を示さなかったルーク。その彼に敵国の人間である彼らが王になれという。それはとてもおかしな話だ。
「はい、簡単に申しますとその通りです。
我々は元々ベルガラの人間ではありませんし、特に介入する気はございませんでしたから。先のノルディ戦争に巻き込まれ、仕方なく粛清したまで。興味はありませんでしたが、中心の国として毅然たる態度を示す義務です。
条件さえ整えば統治権は返還しても構いません」
「そういう問題じゃねえ。
俺はスラムの人間だ、政治なんざ知らねえよ」
「それは全く心配ないでしょう。ベルガラは王族の血をなにより尊ぶので、ルーカス様が王家の人間だという事実だけで臣下が勝手に祀り上げますよ。
後は時間をかけてゆっくり学ばれればよいかと」
はあ、と面倒そうにため息を吐くルーク。心配そうに見上げてくるネネの頭に手を置いてルードリーフに向き直った。
「で?俺に何をしろと?」
「はい、ドローシャの属国から独立する条件としてまず一切の軍事攻撃をしないと誓約すること。
そして王家復活の条件として、ベルガラの国宝2つを我々に差し出すことです」
「国宝?」
「悪魔契約書と赴鵬の剣のことだよ」
ヴィラがルークの胸元を顎で差し示す。悪魔契約書とは古びた本のこと。
剣は以前本と一緒にジェルダから渡された物のことだろうと、腰に差した剣をテーブルの上に置いた。
「これかよ」
ルークが訊ねるとルードリーフは視線を落したまま神妙に頷く。
「それが赴鵬の剣と申しまして、お庭番の調べたところによりますとどうやらある一定の範囲において魔術を無効化する能力があるようです。
その2品を引き渡せばドローシャはルーカス様の即位を認めます」
「悪魔契約書もその剣も、危ない代物だからな。
悪いけどそれだけは渡してもらうよ」
どうする?とヴィラに訊かれ、ルークの視線にネネはコクリと小さく頷く。
「・・・好きにしろ。
ただし代わりの剣を用意しろよ。丸腰になるのは落ち着かねえ」
「それはもちろん、お好きな物をお持ちください。いくつか準備させますので」
話はこれで纏まった。
ネネは不安からきゅう、とルークの服の裾を握りしめる。
2人はこれから未知の世界へ飛び込まなければならないのだ。それはスラムで生きていた時とは全く違う生き方。
「どうせやることねえんだ。心配するな、適当にやりゃいい」
ルークがネネに向かって言うと、コクリと上下に頷いた。しかし、「あ・・・」と何かを思い出したようにネネが口を開く。
「あの・・・」
「他に何かございましたか?」
「ノルディは・・・」
ノルディ?と一同は一斉に首を傾げる。
ノルディは先の戦争でベルガラとオーティスが奪い合った土地のこと。今までの話との脈絡がわからない。
「ノルディは今・・・どうなって・・・?」
「オーティス領になっておりますが・・・」
「・・・そう」
ネネは無表情のまま俯く。それはどこか悲しげで、口を閉ざしていたレオナードが問うた。
「ノルディがどうしたんだ」
「・・・あの土地は元々ベルガラの一部で・・・」
「ベルガラは元々自国のものだと、オーティスは今現在オーティス人たちが住んでいて自分の国のものだと主張していた。
どちらにも理はある。だから戦争に発展するまでの争いになった」
「そう・・・・あの・・・一度行ってみたいの・・・」
レオナードとヴィラは顔を見合わせ、ヴィラがゆっくりと頷いて肯定の意を示した。
「何か思い入れでもあるのか?
そういえばネネは前にも言ってたな、ノルディの神殿に亡骸を埋めろって」
「あそこは・・・お墓・・・王族の」
「墓あ!?」
「・・・だめ?」
「いや・・・・別に行くくらいいいけど。手配しとくからさ」
「・・・うん」
ネネはルークに向き直り、上目遣いで見つめる。
「あの・・・一緒に・・・」
「ああ、行ってやる」
「ありがとうございます・・・」
「その代わり俺のものになれよ?」
「え・・・っ・・・それは・・・まだちょっと・・・」
一気に赤くなるネネにヴィラたちは目を見開いた。このようにネネが表情を変える所を初めて見たからだ。
「おーー!!あの無表情のネネさんが赤くなってる!!」
「照れてる!照れてる!可愛いじゃんお前!!」
「・・・・うぅ」
四方から追い詰められたネネは顔を手のひらで覆って困った声を上げる。
それがますます可愛らしくてヴィラたちは狂喜乱舞。
「よっしゃ!!ネネの表情解禁祝いにパーティー開くぞー!!」
「俺胴上げしたいっす!!」
「仕方ありませんね。では、今月の遠征費から見繕って予算を作りましょう」
「あたしネネのドレスデザインしていいか!?」
「白にしろ」
「お!わかってるねー、お前も」
結局その日はこれ以上政治の話をすることはなく、ネネの話で盛り上がったのだった。




