22話 恋した人形
「とにかく理由を話せ」
「・・・えー・・・」
有無を言わさぬ口調で上から見下ろすルークに、横抱きにされているネネは渋っている様子。
「でないと俺がどうすりゃいいかわからないだろうが」
原因がわからなければ治しようもない。
ルークの言っていることは正しく、ネネはその場にいる全員の視線を浴びながら口を開いた。
「え・・・と、何を話せば・・・いいんですか?」
「何故熱が引かねえ、どうすれば治るんだ」
「場所、を・・・移動すれば・・・治ると、思います」
は?と間抜けな声が何重にもハモる。
身体が弱っている所為でネネは思うように話すことができず、ぽつりぽつりと自分のペースで続ける。
「ここは、世界の中心で・・・神の真下、です。私の、・・・身体が持ちません・・・。
もとは・・・ただのボロ人形、ですから」
「ちょっと待て、ネネ。ボロ人形ってどういうことだよ!
神の真下って、あんた一体・・・」
突拍子もない話にヴィラが問い詰める。
「・・・言葉通り・・・ただの作り物で・・・たぶん・・・人間じゃ、ない、と思う。
私を作った方、は・・・人形に魂を入れて、自分の血を注ぎ、私を作ったと・・・」
「魂を入れてってそんなことできるわけないだろ、魔術でだって無理なんだ」
「これを使ったんだろ」
何の感情もなく古い本をローブから取り出したルークは、ぽいっとベットの上に放り投げる。ネネはこくん、と頷いた。
「そう、それがベルガラ王家に・・・代々伝わる、悪魔契約書・・・と呼ばれるもの、です。
自らの魂を差しだす代わりに・・・力を得ることができる・・・」
「悪魔?悪魔ってなんです?」
聞いたこともない言葉にルードリーフが首を傾げる。意味はわからないけれども、なんとなく言葉の響きから邪悪であることは推測できた。
「悪魔は・・・、実態のないもの・・・・この世界には存在しないもの・・・。
負の感情・衝動、・・・・神の反対に位置する存在・・・」
「要するに悪いものってことだ」
ヴィラはおそるおそる本に触れ、それを慎重に持ち上げる。
かなり年季が入って文字が消えかけている上に、見たこともない形で一切読むことができない。
「悪魔は、魂がない・・・。だから契約者の・・・魂をいただく・・・。
・・・・そして、代わりに力を与える、これが契約」
「その本がベルガラ王家のものということは、お前はベルガラ王家の人間に作られたのだな」
レオナードの言葉はやけに冷たく響いた。その事実が本当ならばネネは最初から魔女ではなく、ドローシャの敵として位置するべき存在だったことになるのだから。
「・・・・そう」
「ちょっと待て、また分からなくなってきた。
ネネはベルガラの人間ってことだ、魔女じゃなくて。じゃあ国の命令を無視することも、ルークについて行くこともできたと思うんだけど・・・」
「わざわざ死にに来なくてもよかったじゃねえのか?」
ヴィラとルークの問いにうんうんと頷くアルフレット。
ネネにとってこの場所が命取りならば、最初から来なければ何も困ったことは起こらなかった。
ネネは少し不安そうに眉を僅かにしかめる。
「・・・わからなかった・・・んです。何故女王陛下が、私を作ったのか・・・」
生まれたときには、ただ存在していた。契約者の血を与えられ、魂を入れられ、動く人形として生きていた。
しかし、目の前にあったのは血まみれの少女の死体。彼女は何も語ってくれることはない。
ずっと怖かった。自分が何のために存在しなければならないのか。親もなく、保護者もなく、その答えを教えてくれる人はいない。
それでもネネはルークと出会い恋することで、自分で生きたい道を選ぶことができた。例え作り物であっても普通の人間と同じように恋をすることができた。
ところがルークがベルガラ王家の生き残りだと知ったことで、ネネはふとこう思った。
―――――もしかして自分はベルガラ王家を復興させるために作られたのではないか。もしそうだとしたら―――――
「・・・もしかしたら・・・・ルーク様に恋したことは・・・仕組まれたことでは・・・ないのか、と」
もしも契約者は最初からルークと手を組ませる心積もりでネネを作ったのだとしたら。
恋を必然的に仕組んでいたとしたら。
そしたら、この恋は作り物―――――偽物になる。
「だから・・・・思ったんです。
ドローシャの、敵として生まれたなら・・・・、ドローシャに従うことで否定できる。
ベルガラの、王家の為に生れたのなら・・・・、自分の中に・・・流れる王家の血を捨てることで・・・証明できると・・・」
「もしかして自分が作られた理由を知りたかっただけ!?」
「・・・はい」
皆は絶句すると同時に大きく脱力した。
しかし、ネネにとっては自分の命よりも大切なこと。
「紛い物の自分でも・・・人を好きになれたこと、嬉しかった・・・。
だから・・・・自分の心まで、偽物にされることが、嫌だったから・・・」
本物だと知りたかった、証明したかった。
ベルガラへ向かうルークを追わずにここで死ねば、それが立証される。
「・・・悪魔に、作られた私は・・・神と相容れない。予定通りだったの・・・」
思惑通りに身体は弱っていき、すべてが順調。
しかし途中でルークが来たことで、シナリオが大きく変わってしまった。
「うーん、じゃあ、ネネさんが途中で断念したのは?」
「ルーク様の命令だもん・・・」
当然とばかりにスラリと答えるネネ。ルークに逆らうという選択肢は最初からネネにはなかったため、彼に止めろと言われれば止めざるを得ない。
そして結局は、証明できずに終わってしまう。
「お前の考えそうなことだが、死んだら意味ねえだろうが」
「・・・・うう」
ネネは下を向いて申し訳なさそうに呻いた。
「イジ・・・です・・・女の、意地」
「生れて来た理由なんざお前に限らず誰でもわかんねえよ。
もし不服だったら俺が止めてやるから、とりあえずそのやり方は止めろ」
「・・・はい」
「それでもどうしても死にてえなら俺が殺してやるから言え」
「わかりました・・・」
不器用だが優しいルークとルークにだけは素直なネネにほんわかしてきた一同。最初見たときは意外な組み合わせだと思ったが、今は2人が恋人だというのも納得できる。
「じゃあとにかく、ネネを移動させようか」
話がひと段落したところで、ヴィラは手をパンッと叩き話題を移した。
今後の問題は山積みだが、まずはネネに元気になってもらわなくてはならない。
「移動っつっても、どれだけ離れればいいんすかね?」
「スラムに住んでいたなら国内でも問題ないでしょうね」
「あたしらには見当もつかないな。
・・・で、どれくらいかわかるのか?」
再び視線がネネに集中する。
「じゃあ・・・・50メートルくらい・・・」
再びヴィラたちはズッコケそうになった。たった50メートル動かすだけでネネが元気になるなんて、今まで自分たちの苦労は一体なんだったのだ、と。




