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18話 お茶会とマナー講座




城に来て1週間ほど経ったころ。

ネネとヴィラは東の庭園でお茶をしていた。騎士のシルヴィオからはネネと2人きりにならないほうがいいと散々言われたが、女水入らずでなければ話し辛いこともあるだろうとヴィラが気を回したのだ。


紅茶の上品な香りと香ばしい焼き菓子の香りが漂う中、よく手入れの行き届いた華やかな庭を眺める。スラムでは想像もつかない贅沢な時間の過ごし方だった。


「どうだ?ここは。もう慣れたか?」


美麗の極みを尽くしたかのように美しくヴィラがほほ笑む。


「・・・まあまあ」


「アルフレットはどうだ?結構がんばってると思うんだけど」


「・・・まあまあ」


相変わらずネネの表情に変化はない。ヴィラは大きく肩をすくめてカップを傾けた。


「辛いなら辛いって言えばいいのに」


「・・・・べつに」


「会いたくないのか?好きなんだろ?あの男のことが。

あたしだったら国の命令なんて無視して会いにいくけど?」


「・・・へえ」


「へえ・・・ってあんたね」


まるで他人事のように生返事を返すネネ。もうヴィラからは呆れかえったため息しか出てこない。

恋とは普通情熱的なものではないのか。身分も年も関係なく、時には国や性別までも超えて。


しかし今のネネはこの有り様だ。情熱の“じょ”の字もない。


「やっぱり魔女だからなのか?・・・だとしたらすげー罪悪感」


王の命令に従わざるを得ず、ルークへの恋心を消そうと魔女の本能が働きかけているとしたら・・・。

ネネの無表情では確信が持てないが、とんでもなく悪いことをしてしまったのではとヴィラは頭を抱えた。


「どうしよう、参ったなあ。

ベルガラ相手じゃ認めてやるわけにもいかないし」


本来ならば王妃として国のために犠牲を厭わないヴィラもさすがに悩ましいところ。こうして目の前で本人と対峙し交流を図ることで、多少情が移ってしまったのかもしれない。


「・・・・」


ネネはカップを持ち上げて傾けたが、飲まずにソーサーに戻して小さくため息を吐く。

王城での生活は平和だが暇で仕方なかった。気まぐれにヴィラの誘いに乗ってみても、王妃とスラムの小娘じゃ趣味が合うはずもない。


「ベルガラ王家の生き残り、かあ。

あんときは全部ぶっ壊したつもりだったんだけど・・・」


ベルガラ王城を破壊した本人が物騒なことを呟いている間、ネネは立ち上がってさっさと歩きだした。慌ててヴィラが後を追う。


「おい!ちょっと!どこに行くんだよ」


「・・・・ペットたちの餌の時間だから」


ネネは完全に振り向くことなく行ってしまい、ヴィラはぼりぼりと頭を掻いて肩を落とした。


「せめて会わせてあげられたら・・・」


「無理だな」


ぽつりとつぶやいた言葉に返事が返ってきて、ヴィラは後ろを振り返る。


「レオナード!」


「未だにルーカス・ブラッドの居場所が特定できていない。おそらく何かある」


ドローシャの総力を上げての探索もむなしく、まだ目撃情報のひとつもなかった。魔女の魔術も人海戦術も通用しないということは考えられない。

つまり、こちらの手を読んで何か対策を施したに違いなかった。


レオナードはヴィラの手を取って彼女を立たせると、2人は自然と東の庭園を歩きだす。夫婦として手を繋ぎながら何度も通ったお馴染みの散歩コースだ。


「魔女の占いですら見つけられないってことは・・・ワケあり?」


「そのようだ。元々ベルガラ王家は秘密が多くて得体がしれない」


不気味だな、とレオナードが言うとヴィラは天を仰ぐ。魔術を凌ぐ魔術でない“何か”。レオナードの言うとおり不気味だ。


「そういや名前も公表しないほどの徹底した秘密主義だったな、あの国は。

国民が王の名前知らなくてどうするよ」


「矜持が高くて他者を受け入れないんだろう」


「それが自国民であっても・・・ねえ」


強い風が吹いて2人はしばらく口を開かなかった。冷たい北風に乗ってヒラヒラと木の葉が舞い、目の前を踊りながら地面へと降りてくるそれはなんとなく物悲しい。

さらにもう一陣の冷たい風が吹きヴィラが身を縮めると、レオナードは自分の肩に掛けられていたローブを彼女に巻きつけた。


「・・・特に、先代の王はかなりの変わり者で傀儡だったと聞いている」


「傀儡って?」


「実質的に権力を持たず臣下の言いなりになっている形だけの王のことだ。言うなれば人形。

先々代はノルディ戦争の起こる直前に亡くなり、急きょ新しい王を立てたと」


邪魔者を消し、都合のいい者を選ぶ。手っ取り早く思い通りにできるため政治家の好みそうな手口だ。


「じゃあベルガラの王は戦争に反対してたのか?」


「そこまでは分かっていないが、そもそもノルディ戦争の発端となったのはベルガラ王家の人間たちだ。そもそもあの一族は血気が荒い上に行動力がある。

ルーカス・ブラッドにも同じ血が流れている以上、油断できないだろう」


「本人もベルガラに行って戦う気満々だからな。

ネネ、どうすんのかなあ」


レオナードは目を細めてヴィラを見た。彼女は完全に恋する乙女目線でネネに同情している。

できることなら愛しい妻の願いを聞いてあげたいところ。


「何か他に方法がないか考えてみよう」


「うん、そうだな」


ヴィラとレオナードは手を繋いだまま、東の庭園を抜けて自室へと向かった。

















「ぎゃああああ!何やってるんですか!!食材を潰さないでください!!」


「・・・・ルードリーフの顔」


「やめてくださいいいいいい!!」


ネネの目の前に置かれたプレートにはぐちゃぐちゃになった食材の残骸が。彼女曰く、それはこの国の宰相でありネネのマナー指導を担当しているルードリーフの似顔絵だそう。


スラム育ちのネネに食事マナーは難しいだろうと最初は優しく教えていた彼も、ネネのやる気のなさっぷりに涙が零れ落ちそうだった。


「お願いですから真面目に・・・いじめないでください!」


「・・・・・」


「だから食事中に爬虫類の世話は禁止です!仕舞ってください!」


自分の首に蛇を巻きつけたまま離そうとしないネネ。ルードリーフが必要以上に近づかないための見事な防衛線を築いてくれている。

アルフレットは部屋の隅っこで「ご愁傷さまです」とルードリーフに合掌していた。


「ナイフを右手に持って・・・・そうです。

フォークで止め、斜め30度の角度で奥から手前に」


無表情で肉を切り刻むネネの姿はどことなく恐ろしい。たかがステーキ用のナイフなのに、まるで子供に与えてはいけないものを与えてしまった気分だ。


「・・・食べていい?」


「だめです!・・・って言った傍から食べない!まったく、ヴィラ様より手のかかる・・・」


お腹が空いていたのかパクパクと食べ始めたネネに、先ほどまで必死になって教えたマナーは全く無視されていた。口の周りにはべっとりとソースがつき、皿の外にも切れ端や零れ落ちた食材の欠片が散らばっている。


そしてほとんど食べ終えると、今度は両手に持ったナイフとフォークの柄をテーブルに小突いておかわりを要求してきた。


「駄目です!いくらなんでも食べすぎですよ。

もう3人前も召し上がったじゃないですか」


―――――ドンドン


「駄目です」


―――――ドンドン


「駄目です、無言で要求しない。

そして蛇をこちらに近づけて脅さない!!」


ネネは不満そうに頬を膨らませてルードリーフに向けた蛇を服の中に仕舞い込んだ。

彼は安堵と断念から頭を抱えて首を横に振った。


「貴女はマナーよりそれ以前の問題ですね・・・」


「まあ落ち込むなって」


ぽんぽんと肩を叩いて励ますアルフレット。ルードリーフは恨めしげにネネを見る。


「どうしましょう・・・このままでは来月の誕生祭に間に合いませんよ」


「多めに見てくれるだろ、まだ成人してないんだし、仮にも国に保護されてる魔女なんだし」


「これ以上悪い噂が広まらないといいのですが・・・」


このままではドローシャの沽券にかかわる、と宰相としての悩みは尽きない。一方ネネは食事に未練があるのか空になった皿を物欲しげに見ていた。


「せめて愛想というものをご存じだったならマシだと思うのですが・・・」


「ネネさんには不可能だな」


「ですよね」


「・・・おやつ」


催促の止まないネネを見て2人のため息が重なる。


「・・・だんご」


「いい加減にしないと太りますよ。

今晩からは半分に減らしますからね」


その瞬間ルードリーフの前をキラリと光るものが通り過ぎた。壁を見れば見事に突き刺さっているナイフ。ネネがルードリーフを目掛けて投げたものだ。

その見事な刺さりっぷりに「う~わ~」とアルフレットから声が漏れる。


「殺す気ですか!!」


どうどうと宥めるアルフレットの功もむなしく、結局ネネはそれから小一時間ほど説教を食らったのだった。





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