17話 アルフレットの憂鬱
感情も読めず付き合い辛いネネだが、それでもランスとヴィラは根気強く接していた。ところが四六時中世話をしなければならない侍女たちは話が違う。
もともと彼女たちは貴族のお嬢様。ネネのゲテモノ好きに順応できるはずもなく・・・・
「きゃああああああああああ!!!」
王城に女性の悲鳴が響き、執務室でレオナードはまたかと頭を抱えた。小さな変わった魔女が来てからというもの、毎日のように悲鳴を聞いている。きっと今頃ネネの部屋では新しい侍女が気絶していることだろう。
「・・・他に適任者はいないのか?」
「残念ながら・・・」
レオナードの問いに答えるのはこの国の宰相であるルードリーフという男。ネネと同じく水色の髪をしているが、彼のほうが少し色が濃い。
「新しく雇うことは・・・」
「・・・それが、一応募集はかけているのですが・・・」
はあ、と2重のため息が。
元々城に居た侍女たちはネネの世話を嫌がって早々にストライキ。困ったレオナードはすぐに他の侍女を手配したが、どんな女性であってもネネの部屋を見ただけで卒倒してしまうのだ。
ケロッとしているのは旅慣れしているランスくらいなもので、図太いヴィラですら青い顔をして帰って来る時もある。
「そんなに酷いのか?」
コクリと頷くのはレオナードの隣でぐったりと座っているヴィラ。赤色のドレスを纏っているせいか、いつもより顔色が悪く見えた。
「一度部屋に行ってみればわかるぞ、あの子の趣味が」
「はあ・・・困りましたね。
ご自分の世話はご自分で・・・とお願いしたいところですが、一応監視もつけておきたいので・・・」
なにしろネネは今ドローシャにとって一番の悩みの種であるルークの恋人。魔女だからドローシャ王の命令には逆らわないはずなのだが、それでもやはり信用するわけにはいかない。
国の中枢に住まわせる以上は、監視をつけることが必要不可欠だった。
何かを思いついたらしいヴィラがぽんっと手を叩く。
「そうだ、アルフレットかシルヴィオに任せればいいじゃん?」
名を呼ばれた瞬間ビクリと震える赤毛と銀髪の兵士。しかしヴィラの提案はすぐにルードリーフによって却下される。
「なりません。
騎士なのですから、あまり主人のそばを離れては本来の仕事ができなくなります」
「じゃあどうしろってのさ。
雇っても雇ってもすぐに辞めてくじゃん」
「こうなると問題は侍女じゃなくてネネ様の方でしょう。どうにかなりませんか?」
「無理じゃないか?絶対にペットは手放さないだろうし。
今時の貴族のお嬢様に蛇や蜘蛛の世話ができるなら話は別だけど」
「無理ですね」
さてどうしたものか、と再び考え込む一同。そういえばとレオナードが切り出した。
「ランスはどうした。あれは仲が良かっただろう」
うっと息を詰め、ルードリーフが言いにくそうに答える。
「・・・もうすでに旅立たれました」
「あんの放蕩息子っ」
プルプルと震えるヴィラの拳。旅好きで城に居ることのほうが少ないランスは、親に挨拶もすることなく再び旅に出てしまった。
ヴィラはポンッとアルフレットの肩を叩く。
「悪いがもうお前しかいない」
「ええええええ!無理っすよ!絶対に無理!!
俺爬虫類苦手なんですって!!それに陛下の護衛が・・・!」
「仕方ないだろ、他にいないんだから。
レオナードもいいだろ?」
「わかった、アルフレットに一任しよう」
「そんなああああ!」
絶望に歪んだアルフレットにシルヴィオとルードリーフからは憐れみの視線が、ヴィラからは笑顔が送られた。
意を決したアルフレットは3回ノックをしてゆっくりと扉を開けた。中には異様な空気が漂っており、何度来ても慣れない。
目の前にある棚には所狭しと瓶が並び、そのコレクションぶりは素晴らしくもあるが決して目の保養にはならないゲテモノが詰められている。
視線を棚から外すとすぐにネネの姿が視界に入った。窓から外を眺めている彼女の横顔に表情はないが、アルフレットには何故か悲しんでいるように見える。
一番辛いのはネネなのだと、その時に初めて彼は思った。
無理やり好きな人と引き離され、城に閉じ込められて・・・彼女には何の非もないはずなのに。
「・・・あの、ネネさん?」
「・・・魔術の修行ならしない・・・」
振り向くことなく窓の外を眺めたまま答えるネネ。
「いや、そうじゃなくってですね。今日から俺がネネさんのお世話をすることになりましたんでご挨拶を。
男なんでいろいろ不便だと思うけど、まあよろしくお願いします・・・ほどほどに」
「・・・・どうも」
無視されずきちんと返事が返って来るので少し安心したアルフレットだったが、右足に突然違和感を感じ見下ろすと蛇が巻きついていて全身が凍りつく。
ネネのペットのバートリだ。
アルフレットは込み上げる絶叫を押さえ、ニコリと無理やり笑った。一刻も早く逃げ出したいという心の叫びを無視して無理やり作ったそれは、彼の史上最悪の笑顔であった。
「な、何か必要なものはないっすか?本とか・・・たまには読書もいいもんですよ、気が紛れますし」
「・・・いらない」
「じゃあ何か困ったことでもあったら相談してください。
俺これでも千才近くて人生経験は自分で言うのもなんですけどなかなか豊富ううぅぅぅぅ!!」
急に足に巻きついた蛇が動き出し素っ頓狂な声を上げる。振りほどきたいが噛まれるかもしれないと思うとなかなか手が出せない。
アルフレットはおそるおそる訊ねた。
「あの・・・ネネさん?
この蛇・・・毒とかは・・・ありませんよね?」
「・・・・ない」
とりあえず命に危険はなさそうだとほっとするアルフレットに、ネネは彼の肩を見て続ける。
「蜘蛛はあるけど・・・・毒」
「蜘蛛!?」
ネネの視線の先を辿ってみれば――――自分の肩にちょこんと乗っている手のひらサイズの大きな蜘蛛。
「くくくくく蜘蛛って可愛いですよねなんだか愛嬌があって毛が生えてるのはちょっと怖いけど名前なんていうんですかっっ」
早口言葉で息継ぎなく一気に言い切ったアルフレットにネネは近づいて蜘蛛を自分の手に乗せた。アルフレットよりもずっと背の低いネネは顔を上げ、黄土色の瞳で真っ直ぐに彼を見る。
「ツェペシュ」
「へぇ、変わった名前っすね。あの、蛇の方も外してもらえるとありがたいんですが」
「・・・・そっちはバートリ、女の子・・・」
「あ、あのぉ・・・」
「もう一匹いるけど・・・・会ってみる?」
「遠慮します!!」
0.1秒で綺麗に即答した。
ネネは至極つまらなさそうにアルフレットの足にいる蛇を自分の腕に巻きつける。やっと安心しきった表情になり、彼は本題を切りだした。
そもそもネネの世話係りになったのはネネを監視するためだ。怪しい行動をしていないか探る必要がある。
「大丈夫ですか?その・・・恋人と会えなくて、辛くないっすか?」
「・・・べつに」
「会いたいとは思いませんか?心配じゃないっすか?」
「・・・べつに」
「?・・・そう・・・すか」
かなり淡泊な答えであるが、普通恋人に会えないと寂しいものだ。例えばレオナードとヴィラが引き離されようものなら彼らは見事な暴れっぷりを披露してくれるだろう。そこまではないにしても、国の命令で勝手に別れさせられたら普通は腹が立つ。
やはり、ネネは魔女。だからドローシャ王には逆らえない。ならば恋人の肩を持つような真似もしないだろう。
アルフレットはそう納得し、満足顔で頭を下げると部屋から出て行った。
ネネは半開きにされたままの扉を閉めて鍵をかけると、両手に乗ったペットを優しくテーブルの上に乗せる。
そして無言のままもう一度窓の外を眺めた。今頃ルークが旅しているであろう、ベルガラがある西の方を向いて。




