15話 王と王妃と謁見
ネネに与えられた部屋は、今までの暮らしからは想像できないほど豪華なものだった。食事も入浴も着替えも贅沢を尽くしており、まるで金持ちのペットにでもなった気分だ。
綺麗に磨かれた窓ガラス越しに見える景色は、埃に曇ることなくありのままの美しさを映している。庭に積もった落ち葉も人の足に踏みつけられることなく、赤々とした色を保ったまま景観に華を添えていた。
「だーいじょうぶだ!俺に任せてくれ!」
隣で頼もしい発言をしているのはランス。
謁見の間へ向かう途中でだだっ広い廊下を歩きながら、ネネはため息と共に肩を落とす。今からドローシャ王と王妃に会わねばならないが、彼女はあまり気乗りしなかった。
噂によると完璧とも揶揄されている現王レオナード陛下は怒らせると怖い、と耳にしたことがある。王妃エルヴィーラに限ってはかつて彼女を怒らせたベルガラは王城ごと吹き飛ばされたらしいのだ。
一応師匠に作法や礼儀は一通り学んだものの、きちんと実践できるか怪しい。そもそもネネにはルークのことがある。何を言われるかわからない。
そこでネネの心中を察しているランスが朝からつきっきりでネネを励まそうとしているのだった。
「確かに母さんは怖い!父さんはもっと怖い!だが話がわからない人たちじゃない!
きっとネネのことも気に入ると思うんだ!」
「あ・・・・洗濯物・・・・まわしたっけ・・・・」
「そもそも恋愛なんて自由なものなんだ!人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死ねって言うし!」
「まあ・・・だいじょうぶかな・・・」
「そう!問題ない!大丈夫だ!
ちょっと雰囲気ただ事じゃないけど慣れれば大したことはない!」
「・・・帰って確かめたら・・・いっか・・・」
「やっぱポジティブっていいよな!」
「・・・・虫、全然いないんだけど・・・」
相変わらず話が噛みあっていない2人。
兵士たちはハラハラしながら後ろで見守っていたが、ランスの中では何故か会話は成立しているらしい。今のところ特に問題はなさそうだった。
ランスが大きく重そうな扉の前で足を止め、ネネの方を向く。ここが外部の者が王族との謁見を許される場所、謁見の間。本来ならば王子であるランスもここで会うはずなのだが、本人がコレなので言っても仕方ない。
「ここだ、開けていいか?」
訊ねたくせにネネの返事を聞く前にちゃっちゃと扉を開けるランス。
一瞬部屋の明るさに目が眩んだが、玉座に座っているランスによく似た男性がドローシャ王、隣に居る黒髪黒目の女性が王妃で間違いないとすぐに断言できた。なぜなら彼らの美貌と纏っている空気そのものが普通の人間とは少し違っていたからだ。
目が合った瞬間にピリッと肌が焼けるような衝撃が走りネネは後退ったが、ランスが背中に手を添えてくれたお陰ですぐに踏み留まった。
ランスは頬を膨らませて2人を睨みつつ文句を言う。
「2人とも、そんなに睨むなよお。ネネが怖がってるじゃん」
「なんだ、ランスもいたのか」
「昨日帰って来たばっかりなんだ」
最初に口を開いたのは王妃の方だった。
最強の魔女と名高いドローシャの至宝。どんな花や宝石よりも美しいと言われている、この世界で最も美しく強い女性。まるでこの世界にあるすべての美しい物が彼女のために存在するかのように、身に纏っているドレスも、豪華な城も、彼女の引き立て役に過ぎない。
しかし見た目の衝撃とは裏腹に、その言葉も言葉遣いもとても気さくなものだった。
エルヴィーラ王妃はネネを見てから口角を上げる。
「遅かったな。
急に呼び出したあたしらも悪かったけど」
「・・・遅すぎだ。他の魔女たちはもう用を済ませて帰った」
王のほうは・・・ちょっと怖い。顔立ちはランスによく似ているが、性格はどうやらランスと真逆らしい。
オブラートに包まずズバッと言ったレオナード王に、ランスは笑いながら頭を掻いた。
「あはは、まあいいじゃんこうやって来てくれたんだしさ。
ほら、ネネ、挨拶」
まるで保護者のようにランスに促され、ネネはおずおずと顔を上げて口を開く。
「・・・・・ネネ・・・です」
「あんたが荒廃の魔女の弟子だな、話は聞いてるよ。ルーカス・ブラッドのことも・・・大変だったな」
「・・・・まあまあ」
「スラムの外はどうだ?この城もデカくて驚いただろ」
「・・・・べつに・・・」
掴みどころのないネネに王と王妃は顔を見合わせる。噂には聞いていたが実際に会ってみるとやはり違和感が拭えない。
今度はレオナード王の方が口を開いた。
「収集をかけたのは例の件が全てだ。ベルガラの王家に生き残りがいたことに対し、ドローシャの総力をかけて探し出すため。
手紙でのやりとりは漏洩の危険があるため、直接集まってもらうことになった。戦争の記憶も新しく周辺諸国に混乱を招きやすいため一切公にしない」
ランスと似ているはずなのに似ていない。レオナード王は王妃よりもさらに人間っぽさの欠片もない容姿だった。完璧すぎるのだ。吸い込まれるように視線が向かう王妃とは対照的に、レオナード王にはあまり視線を向けたくない。
ネネは目を細めて遠慮がちに口を開くと、小ぶりな唇から小さく覇気のない声が漏れる。
「・・・何をすれば・・・?」
「事が収まるまでお前にはこの城で過ごしてもらう」
レオナード王の声が広い謁見の間で重々しく響く。
ネネは2人から視線を外し、無言のまま俯いた。すぐに玉座から降りたエルヴィーラ王妃は、ネネの肩を持ち、視線を合わせるように屈んで申し訳なさそうに言う。近くで見ればまた凄い迫力。
「悪かったな、大変な思いさせて」
「・・・・いえ」
「辛いよなあそりゃ。まさか恋人がこんなことになるなんて思ってなかっただろうし。
そっとしておいてやりたかったんだけど、スラムを牛耳ってるような実力ある奴を野放しにするわけにもいかなくてさ・・・・にゃっ!」
にゃ?
一斉に見守っていた王やランス、兵士たちが頭の上にクエスチョンマークを乗せたところで、王妃は今度は大きな叫び声を上げた。
「ぎゃあああああ!!なんか動いた!!動いた!!」
「ヴィラ!?」
慌てて駆け寄るみんな。ネネの肩を掴んでいた手をワナワナ震わせる王妃の様子に、攻撃を受けたのかと勘違いした兵士たちは剣を構えてネネを取り囲む。
「ストップ!お前らやめろ!!」
ここでもまず庇ってくれたのはランスだ。ネネの前に立ち、すぐに兵士たちに制止をかける。
「なんか動いたんだ!肩の所!!」
必死のエルヴィーラ王妃の訴えに、ランスは首を傾げながら肩に手を置いた。すると確かに、何かが動いた。何とも言えない堅い感触が一瞬盛り上がったのだ。
おそるおそるもう一度触ってみると、ネネが「・・・ああ」と納得した様子で首元から服の中へ手を突っ込み、いつもの要領で取り出す。
「・・・・これ?」
「ああ、それそれ・・・・って蛇!?」
素っ頓狂な声を上げるエルヴィーラ王妃。一方顔の目前に蛇を突き出されたランスは笑顔のまま固まっている。
「・・・ペット」
「ペットは服の中に仕舞うものじゃありません!!」
王妃は全力で訴えた。
レオナード王は頭痛に耐えているかのように眉間にしわを寄せ頭を抱える。
「じゃあ・・・・非常食?」
「どっちもダメだっつの!ってか食えるかっ!」
結局ネネのペットは危険物とされ、兵士にネネごと謁見の間から摘まみ出されたのだった。