13話 これが運命
「終わったか・・・・」
数回の昼と夜が過ぎ、決着はついた。
ルークは顔に付いた返り血を無造作に手の甲で拭うと、剣を鞘に納めて後ろを振り返る。
「そっちは片付いたのか、ジェルダ」
「・・・・はい。とうとう・・・やったのですね」
ジェルダは夢見心地にそう言って、ルークの足元にある首のない遺体を見遣った。彼は先ほどまでルークとともにスラムのトップに居た存在。しかし今は、ただの動かない死体にすぎない。
そしてルークは頂点まで上り詰めた。長い長いドローシャのスラムの歴史の中で、誰も成し得なかったことをやりとげた。
間違いなく歴史的な瞬間であった。
「たった30年か・・・短すぎるな」
1万年という寿命の中でルークがスラムに居たのはたったの30年程。それだけで統一を果たせるならば意外と簡単なことだったのかもしれないと、ルークは興奮よりもため息が出る思いだ。
しかしジェルダは首を横に振って大声を上げる。
「違います!それはルーク様であったからこそ!貴方だからこそ30年で統一できたのです!
これは・・・運命に他なりません!貴方の・・・・!」
「そんなもんに興味はねえよ。さっさと帰るぞ」
「お待ちください!!」
ジェルダは慌てて行き先に立ちはだかり、ルークの額にくっきりと青筋が浮かび上がる。
「てめえ、何の真似だ」
「申し訳ございません、しかしルーク様をあの魔女のもとへ返すわけにはいかないのです」
「切り殺されてえのか?」
ルークはスラリと長い刀身の剣を抜き、ジェルダに切先を向けた。ジェルダは震えながらも意志の強い目でルークを見据え、しっかりとした口調で続ける。
「例え殺されたとしても、私は納得いくまでここを退くわけには参りません。
貴方に、ご自分の運命を受け入れていただくまでは。
そのために私は、貴方のそばに仕え、見守り、守ってきた」
「どういう意味だ」
ルークは不快そうに顔をしかめ、ジェルダを睨む。
「どうかご理解いただきたい。貴方が・・・ルーカス様が、ドローシャの敵である、ということを。中心の国を倒すことができるのは貴方しかいません。
――――――――ベルガラ王家の生き残りである、貴方しか」
「・・・・敵国の?」
ネネはルージュラの言葉を自分の口で繰り返す。
何故ルークと会うことが許されないのか、その理由が「ルークが敵国王家の生き残りである」ということ。
ルージュラは重い面持ちで深く頷いた。
「そうだよ。30年前に起こったノルディ戦争で滅ぼした敵国王家の生き残りだったのさ。
寝耳に水ってヤツだよ。まさかこんな近くに敵がいるなんてさ・・・参ったね」
「わかっただろう、ネネ。お前は最初から叶わない恋をしてたんだよ。
今は難しいと思うが・・・早く諦めることだ。受け入れるんだよ、お前の運命を」
「運命・・・」
ネネはポツリと零すように呟く。
「そう、抗い難いものなのだよ。
ノルディ戦争は・・・そりゃもう大変な戦争だったよ。ドローシャも手を焼いてね・・・結局は王妃の手によって終わらされたが」
老婆は思い出しながら話し、ルージュラも肩を竦めて続けた。
「私らはスラムの中にいたからあまり詳しいことは知らないけどさ。敵国の王家は滅ぼしたって聞いてたんだ。だからまさか生き残りがいただなんて思わなかったのさ」
「生き・・・残り・・・」
「そう。しぶといね、ベルガラ王家も」
「ベル・・・ガラ・・・・」
ネネは半ば呆然として目をパチクリさせた後、鼻で小さく息をして口角を上げた。
「あの人が・・・ベルガラ王家の生き残り・・・ふふっ」
―――嗤った、あのネネが。
老婆とルージュラは身震いを起こして自分の腕を抱きしめる。何があっても感情ひとつ見せず無表情を貫き通していたあのネネが、初めて嗤った。
それは喜びからか悲しみからかは分からないものだったが、彼女は確かに、《嗤って》いた。
ルークは眉間に皺を寄せてジェルダを睨み続けていた。面倒極まりないジェルダの告白は信じたくもなかったが、彼はどうやら本気で話しているようだった。
「何を根拠に言っている。俺がベルガラ王家の生き残りだと?
バカじゃねえのか」
「嘘ではありません。
ドローシャから逃れるために貴方を王城からスラムまでお連れしたのは私です。ルーカス様はまだ幼くて・・・記憶になかったでしょうが・・・。
陛下とは遠縁にあたりますが、間違いなく王家のご出自なのです」
ジェルダは腰を沈め、片膝をついて頭を垂れる。その姿はまさに主への忠誠を尽くす騎士であった。
「ずっとこの時を待っておりました。貴方が成長しベルガラの王として相応しい人物になる時を。
今ベルガラはこの国によって支配され、管理下に置かれています。ルーカス様はこれからベルガラにお戻りになり、ドローシャを倒すべく御尽力を――――」
「アホくせえ」
「ルーカス様!」
ジェルダは咎めるように名を呼ぶが、ルークは半ば呆れたような口調で話す。
「ただ生まれたってだけだろうが。そんな国に愛着も思い入れもねえよ。
俺はスラムの人間だ、根っからのな。今までも、これからも」
「叶いません・・・それは絶対に。
ベルガラ王家の血を引く以上、ドローシャは必ずや貴方の命を取りに来るでしょう。
貴方は生まれながらにして中心の国を敵に回す方なのです。もはや運命、どうして逃れられましょう」
ジェルダは力説する。そして彼の言う通り、他に道はないように思われた。
ルークは不機嫌そうに舌打ちをしてジェルダに向けていた剣を納める。
「・・・一度アジトに戻るぞ」
「なりません」
「迎えに来ると約束したんだが、俺に約束を違えさせる気か」
「しかし一度戻ってしまえば、あの魔女は無理にでも貴方について来ようとするでしょう。
まさか魔女にこの国を裏切らせるおつもりですか。それはあまりにも酷というものです」
「だが帰らねえと、ずっと待っているだろうが」
自分を交わした約束を今もネネは守っているはずだ。ここ数日間、戦いへ向かったルークの帰りをずっと独りで待って、そして今も待っている。
もしこのままルークが帰らなければ、一途なネネの性格上、ずっと待ち続けるだろう。たとえ何十年だろうが、何百年だろうが。
ジェルダは声のトーンを落として静かに言う。
「・・・残酷ですがこれが現実。
目の前で引き離されるよりも、何も知らず待っていたほうがあの魔女にとって幾分かマシなのでは?」
一理ある言葉に、ルークは再び舌打ちをして顔をそらした。
「今すぐに行かなきゃならねえのかよ」
「・・・一刻も早く」
ジェルダは懐に差していた自らの剣を手に取り、それをルークに差し出す。
「これはベルガラ王家よりお預かりしていたものです」
手に持ってみればなんの変哲もない剣。金持ちの持っているような派手な飾りのついた剣ではないが、手に持ったときに奇妙な一体感を感じた。
「ベルガラの国宝でございます、絶対に無くすことのないよう。
それから、これも・・・・」
今度はシャツの下に巻きつけたベルトから、挟んでいた本を取り出してルークに渡す。ボロボロな上に字が全く読めない、怪しげな本だ。
「それも国宝品でございますので」
「これが?」
疑いの眼差しで眺めるルークとは対照的に、自信満々に頷くジェルダ。
「はい。
中心の国を倒すためには、絶対に必要不可欠なものでございますよ」
運命が動き始める。
それぞれ、別の方向へと。




