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12話 出陣、そして




時は来た。そう呟いたのは誰だったか。

武器を手にし念入りにチェックをする手下たちは、目を煌々と光らせて笑みを浮かべた。久方の戦闘に胸が高鳴る。


戦力を高めた彼らは今からロドス組との戦闘へ向かう。決着がつけば、これが事実上ルークがスラムを統一するための最後の戦いとなる。


「お前は付いてくるんじゃねえぞ」


ルークはネネに向かって何度も念を押した。言い聞かせてはいるが、なんとなく黙って付いて来るような気がしたからだ。


「・・・・はい、大丈夫です」


「どうだか・・・」


ルークはため息交じりにそう呟く。

戦闘中に急に現れるネネの姿が容易に想像できてしまうから恐ろしい。前科があるからこそなおさら恐ろしい。


「何もせず、じっとして待っていろ。

必ず迎えに来る、いいな?」


「・・・はい」


ルークは深く頷くと腰に剣を差し、ジェルダの方を向いた。


「日が昇った、出発するぞ。準備は」


「は、滞りなく。敵方のアジトの情報の確認も取れました。

・・・・いよいよ、頂点を取る時が来たのですね。貴方ならいつか・・・とは思っていましたが」


当たり前だとルークは不敵に笑い、武器を手に指示を待つ手下たちへ言い放つ。


「てめえら!行くぞ!」


「「「おおおおおおおおおお!!!」」」


建物がミシミシと音を立てるほどの歓声に押され、ルークは最後の戦いへ向かう一歩を踏み出す。

一度も振り返ることはなかったが、ネネはその背中を見えなくなるまで見送り続けた。


「・・・いってらっしゃい」





















ネネは陽が一番高いところまで昇っても、ルークを見送った場所から動かなかった。

心配はしていなかった。不安でもなかった。ただ離れているのが嫌で、一緒に居られないことが寂しい。


今朝までは活気づいていたアジトも今は物音ひとつせず、ネネは俯いて目を閉じる。


今頃ルークは剣を振っているだろう。その証拠に、今日のスラムはいつにも増して殺伐としていた。遠くからかすかに聞こえる喧騒に、恐怖を感じた住民たちは家に閉じこもっている。


「こんなところにいたのかい?」


色気のあるアルトの声に振り向けば、そこには懐かしいルージュラの姿。相変わらずの派手な娼婦の恰好は、明るい日差しの中ではとても違和感があった。


「ルークはどこだい」


「・・・もうここには・・・」


彼女は「そうかい」と眉をしかめて呟く。

深刻そうな表情で辺りを見回しながら、ネネの目の前まで近づいて見下ろした。


「噂じゃルークがロドスの首を取りに行ったって言うじゃないか。これが叶えば間違いなくスラムはルークの天下になる。

どうだい?お前の目から見て勝機はあるかい?」


「・・・もちろん」


「あたしもね、ルークが勝つと思うよ。

ただね、戦いってのは一日二日で終わるもんじゃない。なのにあんたはずーっとここで突っ立ってる気かい?」


「・・・何も手に付かないから」


「気持ちはわかるけど、その調子じゃルークが帰って来る前にあんたがミイラになっちまってるよ。

戦いに勝って戻って来たってのに一番にあんたの死体を見せられたんじゃ、ルークも堪ったもんじゃないさ」


ネネは少し考え込んだ後コクリと頷く。ルージュラは紅で赤く塗りつぶした口から大きなため息を吐いた。


「女一人をこんな薄汚いところに置いていくわけにもいかないし、うちの娼館で保護してやるから付いて来な」


「でも・・・ルーク様はここで待てって・・・」


「そりゃ魔女ちゃんが戦場まで付いて来たり行方不明にならないように言ったのさ。問題ないよ」


強く勧められるも、ネネは首を縦に振ることができず黙りこむ。できることならここでルークの帰りを待っていたかった。


「あーもう、仕方ない子だね!」


痺れを切らしたルージュラは無理やりネネの細い手首を掴んで歩き始めた。ずんずんと引っ張られるネネはされるがままに足をもたつかせながらその場を動きだす。


掴まれている手首が痛い。


「あ・・・あの・・・」


「グズグズ言わない!さっさと歩くんだよ!」


有無を言わさず付いて行った先は娼館ではなく、何故か住み慣れた師匠の家だった。ネネはここに連れてこられた意図が分からず、困惑してルージュラの顔を見上げる。


一方ルージュラはきまりが悪そうに顔をしかめて口を開いた。


「悪いね、でもこれもあたしの仕事なんだ。

悪く思わないでおくれ」


「遅かったね・・・ネネ」


家の中からは懐かしい老婆の声。ネネは肩を小さく震わせながら、意を決して建付けの悪い扉を開く。

そこには椅子にゆったりと腰かけた師匠の姿があった。

しばらく会っていなかったからだろう、久々に見た師匠の顔には以前にも増して皺ができている。年老いてもうすぐ寿命を迎える証拠だ。


「探していたんだよ、ネネ」


ネネはゆっくりと師匠に歩み寄り、ルージュラは腕を組んで静かに扉に背凭れる。


「・・・なぜ、私を?」


「陛下から招集命令が下されたよ。

もちろん―――――ネネも参加しなければならない」


一瞬息を止めてから大きく吐き出すネネ。無表情だが、顔には“面倒くさい”と思いっきり描かれていた。

よりにもよってルークの帰りを待っているこの時にしなくても、とネネは心の中で独りごちる。


「・・・・どれくらい?すぐに帰ってこられる?」


「わからん・・・が、お前はもうスラムには戻ってはならん」


「え・・・・」


黄土色の瞳を大きく開いて師匠を見つめるネネ。言われたことが上手く飲み込めず、ネネはもう一度問うた。


「でも・・・なんで・・・?」


「知らぬが仏―――――という諺があるだろう?知らないほうが幸せなこともあるんだよ。

とにかく、お前はわたしのヘソクリを返してから今すぐに王城へ向かいなさい」


「・・・やだ、いかない・・・・やだ」


ネネは何度も首を横に振る。

ネネには約束があった。ルークの帰りを待つという約束が。


駄々を捏ね始めたネネに老婆は頭を抱え、困った様子で説得を続ける。


「そう言うとは思っておったが・・・。

まったく手のかかる弟子だ」


「約束、してるから・・・いけない。絶対にイヤ・・・」


「しかし、陛下直々の命令なのだから断ることはできないんだよ。

何度も言い聞かせただろう?

魔女は神の子、神の化身とも言われるドローシャ王に逆らうことは不可能」


「・・・・・」


ネネは軽く唇を噛んで黙り込んだ。普段使わない頭を必死に動かしても、招集から逃れる方法は見つからない。

老婆は大きなため息をつく。


「往生際が悪いね。これは魔女という生き物に生まれた運命。

お前があの男に惚れた時にもちゃんとわたしは忠告したはずだ。やめておけ、と。

何の覚悟も無しにあの男と一緒に居たわけではなかろう。ただ、今その時が来ただけだよ。残念だろうが、ネネはもうスラムに戻ってくることはできん。あの男と会うことはもうないだろう」


ネネはぶんぶんと首を横に振った。


「わからない・・・なんで・・・・」


老婆の言うことには多少の矛盾があった。招集がかかっただけなのになぜ引き離されなければならないのか。

もちろん約束を果たしたいネネは招集を受け入れることができない。しかし“もうルークに会えない”という言葉は、もっと受け入れることができない。


知らぬが仏、そのようなありきたりな諺では納得できず、もう一度老婆に訊ねた。


「なぜ・・・今招集がかかったの・・・・なぜスラムに戻れないの・・・・何のために陛下が私を呼んでるの・・・」


困り果てた老婆は眉を八の字にしてルージュラを目を見合わせる。2人の無言のアイコンタクトで、今まで静かに見守っていたルージュラが口を開いた。


「それはとーっても単純な話さ。とーっても、ね。

ま、いつかは知らなきゃならないことなんだけどさ、魔女ちゃんには相当ショックだと思うよ?

それでも全てを聞きたいのかい?」


ネネは無言でコクリと頷く。

ルージュラは小さく頷いてから話し始めた。


「つまりはねルークが《ドローシャの敵》、だということなんだよ。

そして今の私たちにとって、最も危惧すべき存在だからだよ」


ネネはわけがわからず小首を傾げる。

ルークはまだスラムの統一を果たしていない。果たしたところで、それは無法地帯のスラム内だから許される行為のはず。わざわざ国王が動く理由にはならないし、ドローシャの敵になる理由にもならない。


ルージュラは続けて口を開く。


「だってあの男は―――――――――」






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