出会い
北の王国から南に数キロ離れた所に、深い森がある。そこは北の王国ほどではないが、一年中雪が降り続く極寒の大地だ。しかし、降り続くと言っても月の半分ほどで程よく雪が地を染めている。
森の奥へと進むと大きな屋敷がそびえ立っている。風格漂う立派な屋敷だ。噴水の水は凍りつき、植木は枯れ枝の上に雪が積もっている。とても誰かが住んでいるようには見えないが、人が歩く場所は丁寧に雪かきがされている。
二階の部屋から若い男の声がする。
「アーサー、今日はとてもいい天気だ。鹿狩りにでも行こう。」
「マスター、いい天気なのはわかりますが、なぜ鹿狩りなのです?昨日もその前の日もそして、その前の日もここの所天気の良し悪しにかかわらず鹿狩りに出かけているような気がするのですが・・・。」
最初の声がした方の男の名は、アル 。風貌は、短髪で髪の色は茶色、背も170センチほどでごくごく普通の青年である。
アルにアーサーと呼ばれた男は、アルの従者である。短髪黒色の髪に190センチはあろうと言う身長に服の上からでもわかるがたいの良さ、その割にスリムで、世の女性がほっとかないだろうというほどの綺麗な顔立ちだ。
どうやらアルは、ちょうど寝間着から私服に着替え終わり、戸の外で待っているアーサーに話しかけていたようだ。
「それは質問になってないぞアーサー。」
アルは馬鹿にしたような口調で言った。アルの声は、透き通った声で聞き心地がなんだか良い。
「ですから、こう来る日も来る日も鹿を追い回して、飽きは来ないのですか?と言う質問です。」
ドア越しのアーサーの声は、低いがしかしはっきりと聞き取れるはきはきとした声だ。
「それも質問になってないな。理由ならはっきりしてるだろ?」
「はいそれは勿論。先月の下旬に暇そうにしていたマスターを見かねて、私が{鹿狩りなどいかがですか?}などと申したのが運のつきでした。この地には腐るほどの鹿がいるにも関わらず、マスターは類まれなる運動神経の鈍さを発揮し、小鹿でさえしとめることができずそして今日までの討伐数0と言う驚異的な記録を叩きだしているからですよね。」
アーサーは鹿狩りはもううんざりだという思いを込めて溜息交じりに言った。
「そこまで明確に言われると泣けてくるな。」
アルはドアノブに手をかけドアを開けようとしたが、アーサーにハッキリと言われその場で言葉を濁した。
「言い出したのはお前なんだから、僕が見事鹿を討伐できるまで何日でも付き合ってもらうからなアーサー。」
アルはドアを開けアーサーに向かって言った。
「え!!」
「なんだ、絶対無理みたいな{え!!}は。びっくりマーク二個ついてるぞ。」
「これは失敬いたしました。マスターのためならば一周間だろうと一月だろうと1年だろうとお付き合いさせて頂きます。」
アーサーは真剣な顔で、お辞儀をしながら丁寧に言う。
「えと、あの・・・そんなに僕見込み無いですか・・・。一年って・・・泣くよ、ホント泣くよ。」
「まずは腹ごしらえです。空腹では低い可能性がさらに厳しいものになります。したにご食事は用意して御座いまので、早速参りましょう。」
アーサーは、アルの言葉を無視して話題を強引に変えた。
「ははは、そうだな。行こう。」
アルは少し涙目で答えた。
色々な装飾が施された廊下を通り、階段を下りると正面に立派な扉が現れた。アーサーがその扉を開けるとホール状の部屋に20人ほど座れる長テーブルが中央に置かれている。
そしてその長テーブルの一番奥に料理が用意されていた。食器は銀食器で高級感があふれている。その食器の上には、ステーキとライス、サラダそしてコーンポタージュが盛られている。
「どうぞ。マスター朝食です。」
アーサーは、飛び切りの笑顔で言った。
「嫌味だよね、これ。」
「何の事ですか?ただの鹿のステーキじゃないですか。」
「嫌味だなんてそんな、私はただ奪ってしまった命はありがたく頂かなくてはと今日のメニューに及んだだけです。ふふ」
「{ふふ}って何?語尾に確かに聞こえたよ。」
アーサーに向かってその真意について問いかけた。
「冷めてしまっては味を欠いてしまいます。温かいうちにお召し上がりください。ふふ。」
アーサーはまたしても話をそらした。
「馬鹿にされてる・・・。」一度アーサーの顔を見る。アーサーは、今日一番の笑顔だ。「完全に馬鹿にされてるよ。とほほ。」
溜息をつきながらしぶしぶ席についた。
そして、一口鹿のステーキを口へと運んだ。すると予想していたより、鹿の肉は美味しくどんどん口へと肉片が運ばれていく。
「結構美味しいなこの肉。今までお前が仕留めた鹿、ベアーの餌にしてたのは勿体なかったかな?」(ベアー・真っ白な毛のライオン。北国に住む幻のライオンである。)
「これは良かった。お喜びいただけて恐縮でございます。」
アーサーは会釈した。
アルはあっという間に食事を食べ終わり水を飲み干し、
「ごちそう様でした。」
と手を合わせた。
「片づけだけ済ませてしまいますので、マスターは先に馬とご愛用の弓矢等をご準備の上お待ちくださいませ。」
「分かった。ついでにベアーに餌をあげとくよ。」
「申し訳ございません。ご足労をおかけします。」
アーサーは深々と頭を下げた。
(しかしアーサーのやつ、時々僕を馬鹿にしたようなことを言うが、その割に僕の面倒を嫌味交じりではあるが、よく聞いてくれるな。記憶喪失になる前もしかして、僕はとても偉かったのかも。)
アルは屋敷の廊下を歩きながら、アーサーがなぜ自分の従者なのかについて、想像してみる。想像してみると確かにそうかもしれないと思い、少し顔がにやけた。
アルは、14歳より前の記憶がない。気が付くとこの屋敷のベットの上で白い天井を見上げていた。横を向くとアーサーが一人悲しそうな顔で、「申し訳ございません、マスター」と一言いった。その後なぜ僕が記憶をなくしたのか、なぜここにいるのかを尋ねるが断固として話してはくれない。ただ「私はあなたの従者ですマスター。なんなりとお申し付けください。」と言うだけだ。それから5年の時が流れ今に至る。
「ベアー、出ておいで餌の時間だよ。」
アルは食料保管庫にあった鹿の肉を片手にベアーを呼んだ。しかし反応がない。
「早く出てこないと寒さで肉が冷凍肉になっちゃうぞ。」
すると裏庭の茂みががさごそ音を立てている。次の瞬間、
「ガオォォォォォ!!」
ベアーが飛び出してきた。本来のライオンより、小さく大きさは中型犬ほどだろうか。
「ベアー、よせ。痛いじゃないか。」
ベアーはよほど空腹だったらしく、アルに飛びつき鹿の肉にかぶりついた。
「はぁぁ、たく毛が白いからお前はここではステルスだな。ははは。」
ベアーの肉を食べる姿は、なんだか伝えようがない愛らしさで、思わず笑みがこぼれてしまう。
「しかしお前、ライオンらしからぬその体格とその猫にも劣らない愛らしい眼、本当にライオンなのか?」
答えが返ってくるわけはないがアルがベアーに問いかける。
「にゃ?」
ベアーは目を真ん丸にして首をかしげる。なんと可愛いことか・・・。
「{にゃ?}って・・・、ライオンなのに。」
一呼吸置いて、
「めっちゃ可愛いじゃないかーーー!」
アルは鹿の肉を加えたベアーを抱きしめた。
ベアーはとても嫌そうな様子である。
そうこうベアーとじゃれあっているうちに、アーサーが片づけを終えてアルを探しに来た。
「ネコ科ですよ、ライオンは。」
アーサーがじゃれあうアルを見下ろし言った。
「アーサーもう終わったのか。」
「ええ、馬小屋にマスターが見受けられなかったので、私が準備を整えさせていただきました。」
アーサーは淡々と言った。
「そうか、ありがとう。じゃあそろそろ行きますか~。」
アルは、ベアーを離し立ち上がり言った。
「本日は午後より雪が降るそうなので、早めに切り上げます。参りましょう。」
アーサーが笑顔で促す。
「よし、今日こそ狩って見せる!!!」
アルは、自分自身を鼓舞しガッツポーズした。
「一応、頑張ってください。」
アーサーがニコっとした。
「一応は余計だ。」
アルがしかめっ面で言い返した。
二人はベアーと別れ、馬小屋へと向かった。古びた扉を開き、中へと足を踏み入れる。
すると二匹、馬がそこにはいた。一方の馬は、茶色の毛でもう一方の馬は白い毛。アルは白馬の方へ行き自分の愛用の弓矢を持ち、馬を外へといざなった。アーサーは、何も持たず、アルと同じく外へと連れ出した。
二人は馬にまたがり、正門まで行く。
「アーサー、今日は何も持たず行くのか?」
アルが疑問を投げかけた。
「いえ、持ってますよ。」
「武器らしきものは見受けらえないが・・・。」
「まあ、私のことは気にせず、自身のことにご集中ください。」
アーサーは、またニコっと笑った。
「なんか、笑ってごまかされてばかりだな。」
アルは少し嫌な気分になった。
そして二人は正門を抜け、真っ白な森の中へと消えていった。
この時アルとアーサーは、予想もしていなかった。特にアーサーは。
後、運命の出会いが、
時を変える出会いが、
世界を変える出会いが、この先に・・・・。
今から起こる運命の出会いを予感させるかのように、森は異様な静けさを保っていた。