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ざまあな短編

モブ令嬢ですが、有能な友人がいわれのない罪で断罪されているので力になろうと思います

作者: 早島りんご
掲載日:2026/09/03

「エイダ・クラウト! お前はここにいるジーナに根拠のない言いがかりをつけて、彼女を傷つけたそうじゃないか⁉ 平民のくせにこの王立学院で大きな顔をするなんて、どれだけ恥知らずなんだ! お前なんか父上に頼んでこの学院からいつでも追放できるんだぞ!」


 ある日の昼休み。多くの生徒が集まる食堂ホールに、侯爵令息エッカート・フェルマンの声が響いた。


 ここは王立学院。貴族と、平民の中でも富裕層の子息令嬢が通っている学校だ。


 エッカートに突然絡まれたのは私……ではなく、私の友人エイダ。

 彼女は全く動じることなく、涼しい顔でエッカートを見た。


「根拠のない言いがかり……とは一体どういうことでしょう? 全く身に覚えがありませんわね」


「なんだと? フン、どうせ普段からそんな不遜な態度でいるから、自分が何をしたか省みることができないのだろう。これだから平民は!」


 王立学院には貴族も平民も通う。そして、ひとたび校門をくぐればそこは身分によって差別されない空間であるべきだ、というのが学校の方針である。


 けれど、実際にはエッカートのように相手の身分によって態度を変える生徒は珍しくない。


 エイダは大きな商会の娘で、貧乏男爵の我が家よりよっぽど裕福だ。けれど平民かつ隣国からの留学生ということもあり、たびたびこういった貴族の嫌がらせを受けている。


「うううっ、エイダ様、ひどいですわ! 昨日教室のみんなの前で、わたくしのブラウスを偽物だの品がないのだのと大声で乏したではありませんか!」


 エッカートの後ろから身を乗り出しウソ泣きをしているのは、ジーナ・ドーフェル男爵令嬢。平民あがりの成金男爵の娘で、今日もゴテゴテと刺繍やビーズが散りばめられた派手なブラウスに身を包んでいる。


 王立学院の制服は、指定のスカートとズボン、それからベストのみとなっている。

 ブラウスやシャツ、靴下、靴、それから髪飾りなどは自由なのだが、女子生徒たちはその自由な部分で自身の財力やセンスを見せつけるのが流行りとなっている。


 ジーナは今流行りの仕立て職人マダム・シルビアのブラウスを何枚も所有し日替わりで着ている……と自慢していたのだが、エイダが昨日それを「それは偽物ではありませんか」と一刀両断したのが気に食わなかったらしい。それでエッカートに泣きつき、いまこの状況に至るという訳だ。


「たかが商会の娘に、マダム・シルビアの服の真贋が分かるというのか? ハッ、お前の故郷は無駄に歴史が長いだけの小国ではないか。貴族のように目が肥えている訳でもないのに、偉そうなことを言うんじゃない。今後はもっと自分の立場をわきまえろ。分かったか!」


 エッカートは一方的にまくし立てると満足したのか、そのままジーナを腕に巻きつけたままどこかへ去って行った。


「……た、大変だったね」


「勘違いした貴族に絡まれるのはいつものことよ。気にしていないわ。それより、ランチが冷めちゃったらもったいないわ。早く頂きましょう」


 エイダはニコリと微笑むと、優雅な手つきで皿に載った肉を切り分け、口へ運んだ。


「いつも思うけど、エイダって平民とは思えないくらい所作が洗練されてるよね。はあ、美しすぎてうっとりしちゃう」


 おまけに、エイダはとびきりの美人だし、大きくウェーブのかかった金髪も思わずため息が出るほどに美しい。どこかのお姫様だと言われれば絶対に信じてしまう。


「ありがとう、シリ―。貴族にナメられないように所作だけは気を付けているのだけれど……でもエッカートのような人間は少なくないから困っちゃうわね。あら、あなたも早く食べないと、せっかくのスープが冷めてしまうわよ」


「ああ、そうだった!」


 今日は私の大好物の特製ポタージュの日なのだ。心して味あわないといけない。

 だって貧乏男爵の私の家では、こんなに美味しいものは食卓に並ばないもの。


 私はシリ―・ブラムバーグ。貧乏男爵家の末娘だ。上に兄が2人いる。

 ただでさえ貧乏なのに、家を継ぐ訳でもない娘の食事は最低限で良いという父の方針により、家族で私だけ食事がショボいのだ。


 おまけに、学費だけはギリギリ出してもらえたものの、教科書や日用品を買うお金までは出してもらえなかった。まさに絵に描いたような苦学生である。


「それにしても、ジーナもよくエッカートに泣きついたよね。だって、ジーナが着てる服はマダム・シルビアの仕立てたブラウスじゃないのに。食堂みたいに大勢が集まるところであんな断罪劇をやって、恥ずかしくないのかな。見る人が見れば分かるじゃない」


「そうね、まさか目の前にマダム・シルビア本人がいるだなんて思わなかったんでしょうね」


 エイダはイタズラっぽい目で私を見る。私は思わず「しー!」と唇にひとさし指を当てた。


「私がマダム・シルビアってことは、私達だけの秘密なんだから!」


 そう、何を隠そう、私こそがこの国で指折りの人気仕立て職人マダム・シルビアなのだ。

 実際の中身は、親に教科書すら買ってもらえない貧乏男爵令嬢なのだけれど。


 昔から服飾品をほとんど買ってもらえなかった私は、平民あがりの母に教えられて裁縫技術を身に着けた。そしてブラウス、スカート、ドレスなど一通りなんでも作れるようになった。

 私にあるゆる裁縫技術を仕込んでくれた母は、数年前に流行り病で亡くなった。私は母のいない寂しさを紛らわすかのように、裁縫の世界へどっぷりハマっていった。


 出来上がった作品たちを置いておくスペースもなく、それらを顔見知りの商会に売り込んでちまちま小銭を稼いでいたところに学院で知り合ったのが、隣国の大商会の娘であるエイダだ。


 エイダは隣国製の中古ミシンを私に格安で譲ってくれた。うちの国ではまだミシンは珍しいのだが、これを使うことによって私の制作スピードは各段に上がった。


 ミシンを利用し、また自分の睡眠時間を極限まで削ることによって、私は週に何枚もの服を作れるようになった。


 作った服は商会に卸し、そこから貴族を中心に爆発的な人気を得た。

 刺繍をふんだんに取り入れた斬新かつ洗練されたデザインの服ということで、若い令嬢を中心によく売れている。


 ちなみにマダム・シルビアという名前はエイダがつけた。小娘が作っているというイメージより、手練れのマダムが作っているというイメージの方が売れるだろうという彼女のアドバイスは、まさにその通りだった。

 私はあくまでマダムの助手、という名目で令嬢たちと会ったり採寸をしているのだが、今のところバレてはいない。


 マダム・シルビアはあっという間にこの国の人気仕立て職人になり、そして近頃では模倣品も多く出回るようになってきた。


 刺繍にビーズを織り込むというのは私のアイデアなのだが、それもどんどん模倣されたし、オリジナルの刺繍の図案もあっという間に模倣されてしまった。


「ところでマダム……いいえ、シリ―。あなた、再来週の文化発表会では何を発表するの? やっぱり服飾品の展示発表かしら?」


 再来週は王立学院きってのお祭りである、文化発表会がある。

 生徒たちの作った作品の展示や、普段の勉強内容から研究成果の発表、大店の子息令嬢たちは家のツテをフル活用して学内で高級店さながらのレストランを出したり、他国の珍しい商品を並べたりもする。


 そしてそれはただのお祭り騒ぎではなく、王立学院のかつての卒業生たちも多く訪れる。その中には国内外の要人や、王族も少なくない。


 文化発表会はただの学園祭もどきではなく、国を担う次世代の若者の能力を見せつける場でもあるのだ。この文化発表会で卒業後の進路や就職先が左右されることも多い。


「そうねぇ、新しいデザインの服でも作って展示しようかとも思ったんだけど……それじゃぁインパクトが無いのよね。あまりに奇抜すぎるデザインだとウケないのは今までの経験から分かるし、いっそモンスターでも狩ってきて、魔石を縫い込んだ服でも作ろうかしら」


「うふふ、あなた、モンスターを狩ったことがあって?」


「あるわけないじゃん。言ってみただけだよ。まあ炎の魔石を縫い込んで保温性を上げたコートとかは需要もありそうだけどね……。でも、私は王族お抱えの仕立て職人になりたいの! 男爵令嬢として家でも学校でも肩身の狭い思いをするのはもう嫌よ。自分の手で稼いで、しっかり自立したいの! そのためには、裁縫技術だけじゃダメなんだよ……もっと斬新なアイデアも盛り込まないと。あーあ、どっかに良いアイデアが落ちてないかなぁ」


 私がむむむ、と唸りながら食後の紅茶をすすっていると、向こうから青白い顔をした同級生が歩いてきた。


「あら、ウルフじゃない。ずいぶんと顔色が悪いけれど」


 ウルフは中規模の商会の次男だ。ウルフは私達に気付くと、悲壮感をたっぷりと漂わせながら近寄って来た。


「聞いてくれ。エッカートに研究結果を奪われそうなんだ」


 またしてもエッカート。アイツはどれだけ周囲に迷惑をかければ気が済むのか。

 私とエイダは思わず目を見合わせた。


「それって、文化発表会で展示する予定だったもの?」


「そうだ。僕は色んな国の郵便事業について研究していて、それを踏まえた上で新しい郵便事業の提案をしようと思っていたんだ。もう展示資料は8割がたできてる。王立大学の教授も見に来てくださると言っていて、僕の進路にも関わってくるんだけれど……」


「それをエッカートが横取りしようとしているのね」


 ウルフは力なく頷く。


「エッカートやジーナ、その他取り巻き連中は、文化発表会に向けて何も用意していなかったらしいんだ。でも、彼らは貴族だけれど跡取りじゃないから、進学なり就職なりが必要だろ? そこで僕の研究結果を横取りして、実績を作ろうとしたみたいなんだ」


「横取り騒動にはジーナ達も関わってるってことね?」


「ああ、あいつら大勢で僕を言いくるめようとしてきて……貴族だからって平民を馬鹿にしてるんだ! これだから貴族ってやつは! ……ああ、ごめん。シリ―、君はそんなことしないね」


 ウルフはばつが悪そうに私を見た。


 私は貴族といえど貧乏すぎるし家の格も低いため、ほとんどの貴族の同級生からは相手にされていない。よって、友人は平民ばかりだ。

 だから平民を馬鹿にしないというのもあるけれど、彼らと付き合ってみると身分と能力には相関性がないことがよく分かった。


 貴族だから有能な訳じゃない。

 逆に、平民だから無能な訳じゃない。むしろその逆で、エイダもウルフもとても勤勉だし成績も抜群にいい。おまけに性格もいい。


 私にとって、身分とは背が高いか低いか、くらいの違いでしかない。


 けれど、この王立学院の中では平民は圧倒的に弱い。

 なぜなら、だいたいどこの平民の子息令嬢の実家も、貴族と大きな取引をしているからだ。


 平民が貴族に楯突けば「お前との実家の取引をやめてやるぞ!」と脅されるのがオチだ。


 そして、いまウルフも全く同じような状況で実家同士の取引を盾に、研究成果を脅し取られようとしている。


「許せないわね、エッカートの奴。ううん、ジーナも。こっちも、さっきエイダが絡まれて大変だったんだから」


 私が憤慨しながら先ほどの断罪劇について話すと、ウルフは仲間を見つけたような、一方で同情するような複雑な表情でエイダを見た。


「エイダも大変だったね。身分の差でこんな思いをするなんて、絶対に間違ってると思わないか? 王立学院の中もそうだけど、社会に出たってこの身分制度の延長戦にある苦しみは変わりゃしないよ。もうこんな時代遅れの国、捨ててやりたいくらいさ!」


「あら、一回捨ててみる?」


 エイダが優雅に微笑むと、ウルフは「うっ」と言葉を詰まらせた。


「捨てる……は言い過ぎたかもしれない。でも、僕は身分で差別されない場所で自分の力を試してみたいんだ」


「私もよ!」


 私が前のめりになって同意すると、その様子を見ていたエイダは何かを思いついたようにすらりと伸びた指をあごに当てた。

 エイダが考え事をするときの仕草だ。


「郵便事業……種……販売……これを服飾品に置き換えて……そうだ絵師を……」


 エイダは私とウルフの存在を忘れたかのように、ブツブツと呟き続けている。


「エイダ?」


「思いついたわ。エッカート達ををぎゃふんと言わせる方法を!」


 エイダは優雅な仕草で立ち上がると、その仕草に似合わない闘志に満ちた表情でニヤリと笑った。


「おじいさまの商会に早速連絡よ!」



 2週間後。王立学院の文化発表会の日がやってきた。

 本日と明日の二日間にわたる、私達の将来をも左右する盛大なお祭りの始まりだ。


 浮足立った生徒たちの声をBGMに、展示スペースとなったホールでウルフやエイダ達と最後の確認をしていると、やたらと大きな足音を立てながらエッカート達が現れた。


「あら、偉そうな足音が近づいて来たと思ったら、悪趣味な髪飾りをつけた令嬢もご一緒なのね」


 エイダが優雅に嫌味を言うと、エッカートに腕を絡ませていたジーナがぷくっと頬を膨らませた。


「悪趣味ですってぇ⁉ これはマダム・シルビアの特注バレッタなの! アンタみたいな平民には手が出せない代物で羨ましいからって、変な言いがかりはやめてちょうだい!」


 マダム・シルビアこと私はそんなモンスターの羽がついたような悪趣味なバレッタは作っていないし、それをマダム・シルビア作だと言いふらすのは辞めてほしい。


 偽物をつかまされているのか、嘘をついているだけかは知らないが、本物を持っている客も多く来場する今日は恥の上塗りになるだけなのでもう黙っていた方が身のためだと思う。


 一方エッカートは女子たちのバトルには興味がないようで、ウルフの手元と壁に貼り付けられた資料を見比べ「フン」と鼻で笑った。


「ちゃんと準備はしたようだな。最初から楯突かずに、言われた通りにやっておけばいいんだよ」


 ウルフはエッカート、ジーナ、その他2名の名が連ねられた「郵便事業を利用した種の通信販売」とタイトルの書かれた資料を壁に貼り付けている。

 エッカートは肩眉を上げながら、意地悪い表情でそれを眺めている。


「種……種ぇ? 種を遠隔販売するのか? パッとしないな。農民かよ」


「エッカート。この事業が成功すれば、気候に恵まれた我が国での農産物の生産量や品目が劇的に向上するはずなんだ。今までは限られた地方でしか作られていなかった作物が広く生産されるようになったり、逆に他国の珍しい作物を広大な国土の端から端まで広げたり——」


 ウルフが熱心に説明しようとすると、エッカートはめんどくさそうに手を振った。


「あー、堅苦しい説明はいらないから。要点をまとめたメモだけよこせ。はぁ、ウルフなんかにやらせたのが間違いだったかな。こんな研究を誰が評価してくれるっていうんだ」


「やっぱり平民の考えることって貧乏くさーい。貧乏くささがうつっちゃうわないうちに、早く向こうに行きましょ」


 ジーナはキャハハと下品な声を上げながら、エッカート達とともにホールを後にした。

 ぐっと下唇を噛むウルフに、エイダが優しく声をかける。


「さぁ、もうすぐ来賓の方々がいらっしゃる時間だわ。私たちの反撃の始まりよ」



 文化発表会は、有志の学生たちによるプロ顔負けの楽器演奏で幕を開けた。演奏している彼らもまた、卒業後の進路のために己をアピールするべく必死だ。


 外で売られている食べ物の匂いがふんわりと漂い始めた頃、ホールにも次々に見学者が訪れた。研究発表の展示を行う者は、基本的にホールに待機し、見学者からの質疑応答に応えなければならない。


 エッカート達もウルフの用意した展示スペースの前でえらそうに立っている。手にはちゃっかりメモを持っているので、もし質問があればあのメモを見ながら答えるつもりなのだろう。


 文化発表会の一日目も午後に差し掛かった頃、ひとりの男性がエッカート達の前で足を止めた。男性は丈の長いマントに、手には所々に金をあしらったようなステッキを持っている。明らかに貴族の装いだ。

 

 男性はエッカートに質問を投げかけた。


「この研究は、君が?」


「ええ、そうです! この事業が成功すれば、気候に恵まれた我が国での農産物の生産量や品目が劇的に向上するはずです。今までは限られた地方でしか作られていなかった作物が広く生産されるようになったり、逆に他国の珍しい作物を広大な国土の端から端まで広げたりといったことが——」


 エッカートはウルフが言ったことをほぼそのまま喋った。

 朝には「農民かよ」とか「貧乏くさい」などとあんなにバカにしていたのに、調子がいいものだ。


 男性はエッカートのことを頭から足先までジロリと見ると、「君が、本当にこの研究を行ったのかね?」ともう一度確かめるように言った。


 エッカートがヘラヘラと笑いながら「はは、準備期間が足りなくてついこの程度の出来になってしまいました。侯爵家の息子としては少々不出来かもしれませんが……」と答えたところで、貴族の男性は持っていたステッキでガン! と床を打ち鳴らした。


 その音はホールじゅうに大きく響きわたった。ホールにいた皆の視線がエッカートと貴族の男性へと注がれる。


「この恥知らずが!」


 顔を赤くして激昂する男性を前に、エッカートは訳が分からないと言った様子で口をパクパクさせている。


「この、郵便事業を利用して種を通信販売するという案は私の娘であるクラリッサが3年前に発表したものだ! 既に昨年から実用化され、今年は各地の農地で成果も出ている。戦争後荒らされた土地が成長の早い作物を投じることでいち早く再生したのは、うちの娘の努力あってこそだ! それをあたかも自分の研究成果のように見せかけるとは何事だ!」


 それを受け、エッカートは咄嗟にウルフの方を見た。顔には「お前、まさか人の研究成果を盗用していたのか」と書いてある。

 

 ウルフは私達と同じスペースに立って涼しい顔をしている。こうなることは予測済みだ。


 その時、ホールの入り口から騒ぎを聞きつけた数人の先生がバタバタと入って来た。

 

「ランベルク公爵!」


「こ、公爵だって……」


 先生の呼びかけに対し、エッカートの顔がみるみるうちに青くなっていく。

 ランベルク公爵が子供たちの卒業後も王立学院に多額の寄付をしていることは、生徒たちの間でも有名だ。


「公爵、どうなさいましたか」


「この小僧が、私の娘の研究成果を丸ごと盗用し、まるで自分のものであるかのように発表しておるのだ! これは許されざることだぞ、学院長! 事前チェックはどうなっている⁉」


 先生たちは誰も公爵に頭が上がらないようで、平身低頭で平謝りを繰り返すばかり。


 そのうち、エッカートは先生の一人に首根っこを掴まれてホールからつまみ出されていた。もはや侯爵令息としてふんぞり返っていた、かつての輝きはない。


 ジーナたちもオロオロとしながらそれを見守っていたが、研究資料に名を連ねていた以上、そのうち先生に捕まって大目玉を食らうのは確実だ。


「あーいい気味だわ。ちょっとスッキリしちゃった。まさかエッカートもウルフから研究成果を奪ったなんて言えないだろうし、強めのお叱りは免れないでしょうね」


 私がこみ上げてくる笑いを抑えられずにいると、ウルフもそれに同調した。


「まさか真面目かつ堅物で通っている僕が、盗用した研究を渡してくるだなんて思っていなかったんだろうね。これまでエッカート達の言いなりになってばかりだったけど、一矢報いてやれてスッキリしたよ。はは、明日からが怖いけどね……」


「ふたりとも、お喋りはそのくらいにしないと。ここからが本番なのよ」


 エイダはそう言うと優雅な足取りで、いまだ怒りのおさまらないランベルク公爵の元へと歩いて行った。


「ご無沙汰しております、ランベルク公爵」


 エイダが美しい微笑みを向けると、ランベルク公爵は「おや」と肩眉をあげた。


「君は隣のランス国の……」


「クラウト商会の会長の孫娘、エイダ・クラウトでございます」


「クラウト商会の……ははあ、そういうことですか。こちらの国に留学されているとは聞いていましたが……王立学院ではお噂を聞かなかったもので」


 どうしてランベルク公爵ほどの偉い人がエイダに丁寧な喋り方をしているかは謎だが、とりあえず和やかな雰囲気になったことは大歓迎だ。


 エイダはランベルク公爵や先生たちをまとめてこちらのスペースへと誘導してきた。


「こちら、クラリッサ・ランベルク様の研究に着想を得て、私達が考案した新しい事業でございます」


「ほう、郵便事業を利用した服飾品の通信販売、ですか」


「ええ。今まで何かにつけ、流行の最先端は王都近くに住む貴族だけが独占しているような状態でした。しかし郵便事業を利用することで、より遠くの貴族や、ゆくゆくは平民にも販路を広げていけるように事業を展開したいのです。そこで私達はカタログという新しい冊子を考案いたしまして、これには絵師による商品の模写や——」


 エイダがぺらぺらと説明する横で、口下手な私とウルフはうんうんと頷くだけだ。


 元々、郵便事業を利用した通信販売は、ランベルク公爵令嬢の研究に着想を得てウルフが考えたものだった。ウルフは種以外のものも遠隔販売するのに、商品の絵をふんだんに載せたカタログを考案した。


 しかし壊れやすいものや、輸送中に劣化しやすいものは郵送に不向きだ。そこで郵送中に破損、劣化しにくい私の服飾品をメイン商品に据えた。


 さらに、エイダは祖国でクラウト商会を営む祖父にこの通信販売をプレゼンし、なんと早速来月から通信販売事業がスタートすることになったのだ。


 それに伴い、私はマダム・シルビアの刺繡の図案、製法、デザインなど一部をクラウト商会に公開し、売り上げの数パーセントをデザイン料として受け取ることになった。クラウト商会はマダム・シルビア考案商品を工房に大量生産させ、大規模な通信販売へと踏み切るのだ。


 学生の案でひとつの商会が動くだなんて、考えてもみなかった。けれどエイダいわく、エイダのお爺さんは新しいものが大好きだそうだ。

 また、エイダ以外の孫娘もマダム・シルビアのファンだそうで、「このデザインなら大量に、国の隅々まで売れる!」と確信したらしい。


 これでマダム・シルビアの名がより有名になり、私もいつか自分の工房を持って、ゆくゆくは大金持ちに……ぐふふ……などと考えているうちに、文化発表会の二日間は大盛り上がりで幕を閉じた。

 

 研究発表もなかなか好感触で終えられて、私達3人はほっと息を吐いた。



 文化発表会が無事に終わった翌月。


「おい、聞いたか? エッカート達がついに退学になったって話!」


 息を切らせて走って来たウルフが、驚きと喜びの混じったような顔で言った。


「本当に⁉ それってジーナも……?」


「ああ、あの研究に名前を連ねていた生徒は、全員退校になった。なんでも学院の品位を著しく貶めたため、らしいよ。あれから彼らずっと休んでいたけれど、正式に退校処分になったらしい。おまけにエッカートもジーナも家から勘当されたらしいよ。これで彼らも平民だ。自分たちが差別してきた身分に落とされて、どんな気持ちなんだろうね」


「まぁ! それはいい気味だわ……いや、人の不幸を喜んだらよくないわね……」


 でも、これで下品なデザインの服をマダム・シルビアのものだと吹聴されることがなくなったかと思うと、胸がスッキリした。

 あの女なら、私の知らないところでやっていそうな気もするけれど……。


「それから、僕たちの共同研究が、なんと学院長賞をもらえるかもっていう話なんだ!」


「あらウルフ、そっちの方が大きいニュースなんじゃなくて?」


 エイダも嬉しそうに顔を綻ばせた。

 まさか、学院長賞をもらえるとまでは思っていなかった。これで卒業後の進路や就職が有利になることは間違いない。私は目の前がぱあっと明るくなるような気持ちになった。


「でも……」


「なによウルフ、辛気臭い顔して」


「エッカート達がいなくなっても、僕たちが学院長賞を取っても、この王立学院の身分差別は無くならないんだなぁって思ったら、ちょっと残念で」


「どういうこと?」


「エッカート達がいなくなったと思ったら、次は別の侯爵令嬢があからさまな平民差別をし始めてさ。クラスの雰囲気がギスギスしっぱなしなんだ」


 敵はエッカートだけじゃなかったってことね。私は平民じゃないけれど、この学院で貧乏男爵令嬢の地位が向上することはない。

 これからの自分の生活を想像すると、なんだか明るい未来は描けない。


「いいよなぁ、エイダは自分の国に帰れば変な差別もないんでしょう? エイダの国って身分や人種で差別されることのない、先進的な考え方の国だって聞いてるよ」


「それなら貴方たちも、私の国に来ない?」


「……えっ⁉ エイダの国に?」


「そう。幸い言語もよく似ているし、生活様式も劇的に変わることはないわ。文化の違いに戸惑うことはあるかもしれないけれど、ウルフとシリ―なら上手くやっていけると思う。おじいさまは……クラウト商会の会長は、通信販売を考案した2人を商会で雇いたいと言っているわ。卒業後でも、卒業を待たなくても良いそうよ」


「それって……!」


 私とウルフは思わず目を合わせる。どんよりと雲った空から、急に一筋の光が差し込んだような気がする。


「通信販売、大盛況らしいわ。おじいさまが嬉しい悲鳴を上げているもの」


 エイダがウフフと微笑む。

 

 貧乏男爵令嬢として生きてきて、学校でも家でもずっと肩身が狭かった。

 でも、もうそこから飛び出して自分の生き方を選んでいいんだ。

 私はその事実にはっと胸を打たれた。


 身分による差別がない国だからこそ、結果も求められるだろう。

 うまくいく保証がある訳でもない。


 でも、自分の未来は昨日までよりずっと、ずっと明るい。


「私、エイダの国に行く! エイダが留学を終える来月に、私もそっちへ行く!」


 ミシンとやる気さえあれば、どこでだってやっていけるはず。

 男爵令嬢の身分を捨てた私は、誰よりも自由だ。


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