11-2
窓の外は、とっぷりと夜の闇に沈んでいた。ランプの柔らかな光が満たす静かな部屋で、セレナはただ、ソファーに横たわる彼の寝顔を見守っていた。結局のところ、彼をここへ連れてくる以外、思いつく手立てがなかったのだ。
「ん……」
しばらくして、彼がゆっくりと身を起こす。まだ覚醒しきらない様子で、焦点の定まらない目が、ぼんやりと周囲を彷徨った。
「……目が、覚めましたか」
緊張を抑えた声でそう告げると、エインはようやくセレナの存在に気づき、そちらへ視線を向ける。
「ここは……?」
「交流棟にある、私のお茶会の部屋です」
セレナは静かに答えた。
「フレッドさんから、おおよその事情は伺いました。……もし行く当てがなくお困りでしたら、しばらくの間、私のお茶会の〝お客様〟として、ここにお泊まりになってはいかがでしょうか」
エインは短く頷いた。その視線が、自然とテーブルの上へ滑る。焼きたてのスコーンから立ちのぼる甘い香りに、喉がわずかに鳴った。
だが彼は一度だけ名残惜しげに皿へ目をやり、それから改めてセレナへ向き直る。
「……助かった」
それだけが、口をついて出た言葉だった。
「あんたがいなかったら、どうなってたか。……それに、聞いたよ。ベイルのこと、説得してくれたんだろ」
そう言い切ると同時に、彼は衝動的に、しかしどこか不器用に、セレナの手を両手で包み込んだ。
「……マジで、ありがとう」
「えっ……きゃっ!?」
不意に手を握られ、セレナの頬に一気に熱が集まる。
エインはその反応に気づく様子もなく、満足げに一度だけ頷くと、すぐに彼女の手を放した。そして、先ほどまでのやり取りがすでに終わったものとでも言うように、何事もなかった顔で再びテーブルへ向き直る。
彼は無言のまま、迷いのない手つきでスコーンを取り上げ、心底幸せそうにそれを頬張り始めた。
その間も、セレナは握られた右手を見つめたまま、頬を染めて身動き一つ取れずにいた。
そしてその横では、赤面したまま微動だにしない主君の姿を、侍女イレーネが、まるでこの世の終わりでも見るかのような表情で見つめていた。
◆
◇62:名無しの元引きこもり
というわけで、なんか王女様が助けてくれたわ
63:名無しの転生者
ラブコメの波動を感じる
64:名無しの転生者
唐突にヒロインムーブかましてきたな
65:名無しの転生者
えっ、食堂のおばちゃんがメインヒロインじゃなかったの?
66:名無しの転生者
おばちゃん「誰よその女!」
67:名無しの転生者
そんな!?
おばちゃんとひとつ屋根の下、ムフフな展開になるのを期待してたのに!
68:名無しの転生者
>>67
おはD
69:名無しの転生者
つーかこれからどうするのよ
退学という問題は解決してへんやろ
◇70:名無しの元引きこもり
>>69
いや、よく考えたら好きでこの学校入ったわけじゃないし別にええかなって
しばらくはこのお茶会部屋でゆっくりしてようかな、食事も出るし
71:名無しの転生者
えぇ……
72:名無しの転生者
うーんこのニート思考
73:名無しの転生者
まーた引きこもりに戻るのか
74:名無しの転生者
引きこもりと言うかこの場合ヒモだからさらにタチ悪い
75:名無しの転生者
王女に寄生するヒモとか逆にレベル高すぎるわ
76:名無しの転生者
これ以上恥晒す前に田舎に帰れよ
◇77:名無しの元引きこもり
>>76
あのさぁ……マッマはワイを期待して送り出してくれたんやで?
それを退学になったから戻ってきました、って言えるわけ無いやろ
78:名無しの転生者
急にまともなこと言うな!
79:名無しの転生者
それならせめて仕事しろよニート
◇80:名無しの元引きこもり
>>79
いや、最初はいつもみたいに造幣の内職しようと思ったんやけど……ここ借り物の部屋やし、金属片撒き散らして汚すのはマズいやろ。
81:名無しの転生者
造幣の内職ってなんだよ
82:名無しの転生者
他に気にする所あるだろ
83:名無しの転生者
恩人に借りた部屋を犯行現場にしようとするな
◇84:名無しの元引きこもり
でも流石に部屋代程度は稼いだほうがいいよな?
別の仕事探さなきゃ……、なんかいいバイトない?
85:名無しの転生者
バイトと言えば接客よな、店番とか
◇86:名無しの元引きこもり
>>85
できると思うか?元引きこもりに
87:名無しの転生者
じゃあ肉体労働。畑耕すとか運搬とか
◇88:名無しの元引きこもり
>>87
できると思うか?元引きこもりに
89:名無しの転生者
もう就活やめて物乞いしろお前
90:名無しの転生者
接客もダメ、肉体労働もダメ、
他に何ができるんだよこいつ……
91:名無しの転生者
そら魔法しかないやろ
◇92:名無しの元引きこもり
>>91
あ、それならできるわ。てかそれしかないわ。
◆
主の変わった校長室。ギルバート・モーリスは革張りの椅子に深く身を沈め、窓の外の闇を満足げに眺めていた。レオナルドが座っていた頃にはやけに大きく見えた背もたれが、今は不思議と自分の肩に馴染む。
(……ついに、ついにこの日が来た)
長かった。レオナルドという巨大な影の下で、教頭という二番手に甘んじ続けた日々。だが、それも今日で終わりだ。この学び舎の権威も、裁量も、今やすべてが自分の掌の上にある。
くっ、くっ、くっ……込み上げる笑いを、ギルバートは隠そうともしなかった。
「……それにしても、感謝せねばなりますまいな。あの、エインとかいう平民の小僧には」
独り言が、静かな部屋に落ちる。あの少年が次々と騒動を起こし、学校の品位を汚してくれたおかげで、レオナルドを引きずり下ろすための大義名分は、これ以上なく整ったのだ。
「もっとも、最大の功労者は……この好機を授けてくださった〝あの方〟だが」
勝利の余韻に、もう一度だけ浸ろうとした、その時だった。
コン、コン。
控えめなノックが、彼の思考を切り裂く。
「……なんだ」
不機嫌を隠さずに応じると、扉がわずかに開き、職員が恐る恐る顔を覗かせた。
「校長、失礼いたします。教職の任を希望したい、という者が面会を求めておりますが、いかがいたしましょうか」
「教職希望者だと?」
ギルバートは眉をひそめた。
(この時期に? ……ふん。どうせ権威にすがりつく出世欲の塊だろう)
だが、レオナルド派を一掃したばかりの今、手足はいくらあっても困らない。媚でも忠誠でも、利用価値があるなら拾い上げればいい。新校長たる自分の威光を見せつけ、使えるかどうか品定めしてやるのも一興だ。
「……よかろう。通せ」
「はっ」
職員が下がり、ほどなくして扉が再び開く。
ギルバートは革張りの肘掛けに指を置いたまま、値踏みするように視線だけで来訪者を迎えた。
そして──次の瞬間。
得意げな笑みが、顔の上で固まった。
「どうも。新しくお世話になります」
気の抜けた挨拶とともに、そこに立っていたのは、つい数時間前、自らの手で退学処分にしたはずの、あの平民。
元生徒エイン。その人であった。




