11-1 終身名誉新入生
【悲報】首席ワイ、魔法学校を追い出される
◇1:名無しの元引きこもり
助けて、退学になった。
2:名無しの転生者
いきなりで草
3:名無しの転生者
いつになったら落ち着くんだお前は
4:名無しの転生者
裁判で一応は無罪になったんじゃなかったっけ? 何で退学になったの?
◇5:名無しの元引きこもり
>>4
素行不良だって。ワイ首席なのにおかしくね?
6:名無しの転生者
お前が首席な方がおかしいだろ
7:名無しの転生者
素行不良で退学とか至極真っ当な理由で草
8:名無しの転生者
どうしよう、全くイッチを擁護できないんだが
◇9:名無しの元引きこもり
あとなぜか校長が降格して教頭になってた
10:名無しの転生者
責任取らされたんやろなぁ……
11:名無しの転生者
校長……イッチを田舎から連れ出したばっかりに……
12:名無しの転生者
もう校長じゃなくなったぞ
13:名無しの転生者
元校長よりイッチのが深刻やろ。退学ってことは飯も寝床もないんちゃうの? 今どこいんの?
◇14:名無しの元引きこもり
>>13
普通に警備員に追い出されたから、今はそこら辺の路地で座りこんでる。朝から裁判で何も食べてへんかったし、腹減って力が出ない……おばちゃんのハンバーグ……セレナのお菓子……食いてぇ……
15:名無しの転生者
そのまま物乞いでもしてみるか
16:名無しの転生者
セレナって誰? 前に言ってた第四王女?
◇17:名無しの元引きこもり
つーか昨日から法典読んでて徹夜だったせいで眠いわ、寝る。ぽやしみ~
18:名無しの転生者
道端で寝るな
19:名無しの転生者
落ちるところまで落ちたな
20:名無しの転生者
引きこもり→学生→死刑囚→路上生活者 クラスチェンジ激しすぎだろ
◆
「……退学?」
誰かが、呆然と呟いた。僕だったのかもしれない。視線が勝手に張り紙へ戻り、もう一度、文字を追う。だが、何度確かめても、そこに記された内容は変わらなかった。
隣のエイン君は、張り紙をじっと見つめていた。怒りも嘆きもなく、ただ怪訝そうに首を傾げている。理解できない、というより、理解しようとしているような顔だった。ベイルとスザンナ教授もまた、黙ったまま、険しい表情で張り紙を睨んでいる。
これからどうなるのか──。答えの出ない沈黙が、僕たちの頭上に重く垂れ込めた。誰も言葉を選べないまま、時間だけが止まったかのようだった、その時。
校舎の玄関から、規則正しい革靴の音が響いた。
振り返ると、そこに立っていたのは──ギルバート教頭だった。
張り紙に記されていた名が、遅れて現実の輪郭を伴う。
背筋を不自然なほどまっすぐに伸ばし、舞台に立つ役者のような佇まい。野心を隠そうともしない眼差しと、貼り付けたような不敵な笑みが、その顔に浮かんでいる。
彼は、まるで今ここで初めて張り紙に気づいたかのように、わざとらしく首を傾げた。
「おや、諸君。揃いも揃って、どうかなされたかな? 何か珍しいことでも書いてありましたかな?」
エイン君は、まっすぐに張り紙を指差し、ぽつりと言った。
「……これ、マジ?」
ギルバートは、待っていましたと言わんばかりに肩をすくめる。
「ええ、マジですよ。そこに書いてある通り、君は退学ですな」
ぱちん、と乾いた音が鳴った。彼が指を鳴らすのと同時に、校舎の陰から数人の警備員が現れる。屈強な体格、無表情の顔。ためらいという言葉とは無縁の存在だった。
「さあ、部外者は速やかに立ち去りなさい。ここは神聖なる学び舎だ。君のような者がいていい場所ではない」
「あっ、その指鳴らして召喚するやつ、俺もやりたい! ……って、ちょ、ちょっと待って、こっち来んな!」
呑気な声を無視して、警備員たちは無言でエイン君の両腕を掴む。そのまま一気に、校門の方へと引きずっていった。
僕が声を上げるよりも早く、彼の体はみるみる視界の外へ遠ざかっていく。
夕陽の中で、引きずられながら連行されていくエイン君の手足だけが、ぶらりと揺れていた。その光景だけが、やけに鮮明に記憶に焼きついた。
その一方で、
「ギルバート教頭」
氷の刃のような声で、スザンナ教授が制した。その鋭い視線が、まっすぐにギルバートを射貫く。
「これは一体どういうことです? このような重大な決定、私も初耳なのですが」
するとギルバートは、心底愉快そうに口角を歪め、ねっとりとした笑みを浮かべた。
「おや、スザンナ教授。ご存知なかった? それも無理はない。あなたが〝遊び〟に出かけている間に、緊急の職員会議が開かれましてね。──これは、すでに可決された〝決定事項〟なのです」
胸の奥が、かっと熱くなった。
「なんて横暴な……!」
思わず漏れた声に、ギルバートの視線が値踏みするように僕へと向けられる。
「横暴? これは規則に則っただけの、至極まっとうな処置ですな。……私が、何か〝間違ったこと〟でも、言っていると?」
「そ、それは……!」
僕は反射的に言い返そうとした。エイン君は無実なんだ! こんなの一方的な処分……だろうか?
──僕の脳裏に、これまでの光景が次々と蘇ってきた。
忘却魔法で試験をやり直し、入学式を崩壊させ、カツラを何度も剥ぎ取り……。戦闘訓練では拷問魔法を使い、法廷では関係者全員の記憶を消して──。
「…………あれ?」
「……どうしましたかな? 何か反論でも?」
(……ない!)
反射的に口を開きかけて、すぐ閉じた。どうやっても擁護できる気がしなかった。
僕が黙り込んだのを見て、ギルバートは満足げに笑みを深くする。彼は僕たちに見せつけるように、わざと胸を張ったまま言う。
「ああ、それと皆さん。一つ、訂正が」
その声には、権力を手にした者の、隠しきれない悦びが滲んでいた。
「私はもう、教頭ではありません。本日より、この私が〝校長〟です。以後、お間違えのないように」
くっ、くっ、くっ……。
喉の奥で押し殺した笑い声を残し、彼は僕たちに背を向けた。勝利者の足取りで、悠々と校舎の中へと消えていく。
後に残されたのは、遠ざかっていくエイン君の抵抗する声と、胸の底に沈殿する、どうしようもない無力感だけだった。
「……まずは、レオナルド校長……いえ、教頭にも話を聞かなければなりませんね」
静寂を破ったのは、スザンナ教授の冷静な声だった。その瞳は、すでに次の行動を見据えている。
「私はひとまず職員棟へ向かいます」
それだけ言い残し、彼女は一瞥もくれずに踵を返した。迷いのない、毅然とした足取りだった。
その背中を見送っていると、隣でベイルが静かに口を開く。
「……済まないが、俺は俺で動かせてもらう」
その声に、かつての傲慢さは微塵もない。
「当たるべき〝敵〟が、俺にはいるかもしれん。……今回の退学処分にも関わっている可能性がある。その程度であれば、調べておこう」
それだけ言うと、彼もまた僕に背を向けて歩き出した。その足取りには、もはや迷いはない。
一人、また一人と仲間が去っていく。
気づけば、その場に残っているのは、僕だけだった。
(どうすればいいんだ……)
答えの出ない問いを抱えたまま、無意識に足が動く。向かっていたのは、寮の方角だった。
その、道すがら。
「──フレッドさん!」
切迫した声に呼び止められ、思わず顔を上げる。息を切らし、こちらへ駆け寄ってくるのは、第四王女のセレナ王女と、その侍女であるイレーネだった。
「エイン様は……! 先ほどの裁判、どうなりましたの!?」
声に滲む焦りと不安。必死に取り繕おうとしているが、隠しきれていない。
僕は、すぐに答えられなかった。何から話すべきか、言葉が絡まって出てこない。
「……それが、その……」
結局、僕は裁判で起きたことと、ほんの少し前に起きた出来事を、要領を得ないまま、途切れ途切れに説明した。
「……それで、エイン君は……退学、だって……」
その一言で、セレナ王女の顔から血の気が引いた。大きく見開かれた瞳が、理解を拒むように揺れている。
対照的に、隣に立つイレーネの表情には、ほんの一瞬だけ、安堵とも取れる色が浮かんだ。
「そん……な……」
息が、うまく続いていない。
「エイン様は……今、どちらに……?」
今にも崩れ落ちそうな声で、彼女は問いかけてきた。
「さっき、警備員の人に校門の外へ追い出されたばかりだから……たぶん、まだ、その近くに……」
言い終わる前だった。
セレナ王女は、何も言わずに駆け出していた。返事も、立場も、周囲の視線も置き去りにして、ただ一直線に、校門の方角へ。
「お待ちください、殿下! お一人では危険です!」
イレーネが鋭く叫び、慌ててその後を追う。
あっという間に、二人の姿は夕暮れの中へ溶けていった。
また、僕だけがその場に残される。
頬を撫でた夕風が、やけに冷たく感じられた。
(退学……)
フレッドの言葉が、頭の中で何度も反響していた。
◆
セレナは駆けていた。息が切れる。心臓が、早鐘のように胸を打つ。それでも、足は止まらなかった。
(わたしのせいで……)
決闘の原因は──あの時の自分だった。ベイル兄様がわたしを叱責し、わたしは言葉を失って立ち尽くした。エインは、それを庇って──
あの人は、何も悪くない。巻き込んでしまったのは、わたしの未熟さだ。
だから今は、立ち止まってはいられない。
イレーネの制止を振り切り、正門を駆け抜ける。石畳の校舎から、砂埃の舞う街道へ。ひやりとした夕暮れの冷気が、喉の奥に刺さり、呼吸を浅くした。
(どこに……どこにいらっしゃるの、エイン様……!)
あの頃の自分は、ずっと誰かの言葉を待っていた。誰かに命じられて、初めて動いていた。
でも今は違う。
(これは、わたしが決めたこと)
退学。その二文字が、また胸の奥で鳴った。あんなにも理不尽な形で、彼が学校から追い出されてしまうなんて。過去の自分が招いた結果だと思うほど、足は勝手に前へ出た。
校門を出て、左右の通りを必死に見渡す。人通りはまばらで、彼の姿は見当たらない。
(まさか、もう遠くへ……? いいえ、そんなはずは……)
焦りが胸を締め付けた、その時。
街道脇に立つ一本の大きな樫の木、その根元に横たわる人影が、視界の端に引っかかった。
「……!」
見間違えるはずもない。あの制服、あの黒髪。
間違いない、エインだ。
(まさか……警備員が乱暴を……? それとも──イレーネが言っていた、あの襲撃者がまた……?)
最悪の想像が脳裏をよぎり、血の気が引く。
「エイン様っ!」
悲鳴に近い声を上げ、彼女は駆け寄った。
ぐったりと横たわる彼の肩に、恐る恐る手を置き、何度も名を呼びながら揺さぶる。
「しっかりしてくださいまし! エイン様! 今、回復魔法を……!」
まるで瀕死の重傷者を前にしたかのように、涙声で介抱しようとする。
だが、その背後から、追いついてきた侍女の、あまりにも落ち着いた声がかけられた。
「──殿下。……どうか、落ち着いてください」
遅れて到着したイレーネは、わずかに息を切らしながらも、その視線は冷静に状況を捉えていた。
「え、でも、イレーネ! エイン様が倒れて……!」
「よくご覧ください」
イレーネは無機質に、彼の胸元を指し示す。その胸は、穏やかな間隔で、静かに上下していた。
「外傷はありません。呼吸も安定しています。……聞こえませんか、この健やかな寝息が」
すー……すー……。
言われてみれば、口元からは、この状況を意に介していないかのような、呑気な寝息が漏れている。
「え……あ……」
セレナの頬に、さっと朱が差した。先ほどまでの取り乱しが、急に恥ずかしいものに思えてくる。
慌てて、触れていた手を引っこめた。
そんな主の様子を見て、イレーネはわずかに眉をひそめる。
それでも侍女としての礼節を崩さず、静かに問いかけた。
「それで、殿下。その男を、どうなさるおつもりですか」




