8-2
いつも通りの朝。僕は教室へ向かったが、扉を開けた瞬間、空気がどこか違うと気づいた。案の定、昨日の決闘の話題で持ちきりだった。
「ようフレッド、今日はエインのやつ、一緒じゃないのか?」
クラスメイトの一人が僕に声をかける。
「うん、部屋に行ってみたけど返事がなくて。たぶん昨日の決闘で疲れて寝てるんじゃないかな」
「そうか……みんなその話を聞きたがってるんだけどな」
「そろそろ静かにしたまえ」
ハーゲン教授が咳払い混じりに言うと、教室はすぐに静まり返った。
「エインはまだ来ていないようだが……まあいい。授業を始めるぞ」
普段通りの講義が始まったが、彼は最後まで姿を見せなかった。
昼になり、クラスメイトたちがぞろぞろと校内の食堂へ向かう中、僕は足早に寮へと引き返した。食堂では、おばちゃんが一人、夕食の準備を始めていた。
「おや、フレッド君じゃないか。こんな時間にどうしたんだい?」
「ちょっと聞きたいことがあって……」
おばちゃんは眉をひそめた。
「……まさか、あんたも王子との関係を聞きに来たんじゃないだろうね」
「ち、違いますって!」
ため息まじりに笑うおばちゃんの顔は、朝から何度も同じことを聞かれて疲れきっていた。どうやら、決闘での〝あの発言〟のせいで、寮生たちから散々詰め寄られていたらしい。
「エイン君のことで来たんです。今日、授業にも出てなくて……朝、見かけませんでしたか?」
「エイン君? そういえば今日は見てないねぇ。朝ご飯にも来なかったし」
──やっぱり、おかしい。
あのエイン君が朝食を逃すなんて、考えられない。昨日だって、決闘より先にしっかり夕食を摂ってたし、寝坊して遅刻しそうな日でも、食事だけは絶対に外さない(そして、絶対に遅刻する)。これはもう、ただ事じゃない。
胸騒ぎを覚えながら、僕は寮の廊下を駆け抜け、彼の部屋の前で立ち止まった。
「エイン君、いる?」
ノックの音に返事はない。ドアノブをそっと回すと、鍵は──かかっていない。
「……開けるよ」
扉を開くと、部屋の中は静まり返っていた。だが、その光景は想像と違っていた。
──彼の姿はない。
椅子は倒れ、ベッドの掛け布がずり落ちていた。床には倒れたインク壺が黒い染みを広げ、机の上には書きかけの紙がぐしゃぐしゃに残っている。誰かが荒らしたというより──抵抗の痕跡だった。
彼が自分の意志で出ていったとは、とても思えない。
その後、食堂に戻った僕は、クラスのみんなよりも遅れて中へ入ると、すぐに目当ての人物を見つけて声をかけた。
「カイル王子! 聞きたいことが!」
彼はベイルの弟であり、第三王子でもある。彼は取り巻きに囲まれながら、静かに食事をしていた。
「お前、たしか……フレッドだったな。俺はいま食事中だ。すぐに立ち去れ」
「ご、ごめん! でも、エイン君が──」
「待て」
カイル王子が僕の言葉を遮った。
「話を聞かないとは言っていない。ただ、ここでは人目がある」
彼は一瞥だけこちらに寄越すと、静かに言った。
「放課後、俺の部屋に来い。そこで、お前の知りたいことを教えてやる」
午後の授業中、僕の頭はずっともやもやしていた。エイン君の部屋をもう一度訪ねてみたが、やはり不在のまま。何かがおかしい──そう確信した僕は、放課後、重い足取りで貴族寮へと向かった。
カイル王子の部屋。護衛に通された先で、僕はようやく本題を切り出した。
「エイン君が、今朝からずっと見当たらないんだ。それに、部屋も……荒らされたような跡があった。何があったか、知っていたら教えてほしいんだ」
僕の問いかけに、彼はしばし無言で僕を見据えたあと、低い声で答えた。
「ああ、知っている。……教えてやろう」
「……!」
「だが最初に言っておく。今回の件で、俺が君たちに肩入れするつもりはない」
「……分かってるよ。君は王族だもんね」
「そのとおり。俺には──俺の立場がある」
その言葉は冷たかった。だが、拒絶ではなかった。どこか、真実だけは伝えようとする意志が、そこには確かに感じられた。
「エインは今、王立裁判所の牢に収監されている。罪状は──王族殺害未遂。裁判は明日午後だ」
「……どうして!? あれは決闘だったんだよ! ルールの範囲内で……!」
「その〝結果〟が問題なのだ。決闘であっても、致命傷を与える攻撃は禁止されている。それはお前も知っているだろう」
「でも……あれは、ベイルの魔法が跳ね返っただけだ! エイン君は──」
「本当に、そう断言できるか?」
「……え?」
「俺もあの場にいた。たしかに、表面上は兄貴の魔法が自滅したように見えた。だが、それをどう証明する?」
「証明……」
そう口にした自分の声が、情けないほど頼りなく聞こえた。
「エインが使った魔法は、誰も見たことのない未知のものだった。威力を増幅して跳ね返した可能性もあるし、表向きには受け流していたが、同時に【石槍】を撃ち込んでいたのかもしれない」
「そんな……」
カイル王子は目を細め、声を低くした。
「今回の件には、おそらく父上が関わっている。だが──」
そこで一度、言葉を切る。
「正直なところ、なぜ兄貴の面子を潰してまで、あの平民に執着するのか……俺にも分からん。本来なら、第一王子の名誉を最優先し、決闘の一件も穏便に片づけられるはずだった。だが、実際には真逆の判断が下された。王家の利益にすら反してまで、エインを潰そうとしているように見える」
彼の目がさらに細まり、声に冷ややかな響きが宿る。
「一つだけ確かなのは、父上が絡んでいる限り──エインが裁判で勝つ可能性は、限りなく低いということだ」
僕の背筋が、すっと冷たくなるのを感じた。
「そんな……」
「それでも、お前が何かをやるというのなら──好きにすればいい」
カイル王子はそれきり黙り、窓の外に目を向けた。その瞳は、まるで何かを──いや、僕の奥を見透かしているかのようだった。突き放すような言葉。けれどその響きには、微かに、期待の色が混じっていた。
◆
分厚い扉が軋む音を立てて開き、僕は面会室へ通された。格子の向こうに、エイン君がいた。椅子に腰かけたまま、こちらへ手を振っている。
「エイン君、本当にここに……」
「フレッド、来てくれたのか!」
笑顔。怪我はなさそうで、顔色も悪くない。思ったよりずっと元気で──いや、元気すぎる。牢の中とは思えないその様子に、僕は言葉を失った。
「とにかく、ちょうど良かった。フレッド、お前に頼みがある」
開口一番、彼が言い出したのはお使いの頼みだった。
「俺の部屋の机、一番下の引き出し。そこに金がある。それ使って、この国の法典を買ってきてくれ。金貨五枚もあれば足りるはず」
「法典って……法律の本?」
「そう。裁判に備えて、準備しとかないとな」
まるで、次の授業の教材を揃えるような口ぶりだった。
「このままだと、たぶん死刑になるし」
「……え?」
「だからさ。本当に来てくれて助かったよ」
その言い方に、思わず力が抜けた。
ああ、いつものエイン君だ。こんな状況でも、変わらない。
「……わかった。すぐ買ってくる!」
考えるより先に、身体が動いていた。
寮に戻ると、僕はそのままエイン君の部屋へ向かった。机の前にしゃがみ込み、言われたとおり一番下の引き出しを引く。
──重い。
思わず眉をひそめる。中身が詰まっている感触だった。
引き出しを最後まで開けた瞬間、金属がぶつかり合う、鈍い音がした。
「……え?」
中には、金貨が山のように積まれていた。雑に放り込まれているせいで、何枚かは縁に引っかかり、今にも零れ落ちそうになっている。
……いや、金貨だけじゃない。
金塊。鉄の塊。形の整っていない、鉛のような鈍い色の塊まである。
「ちょ、ちょっと待って……」
思わず声が漏れた。
量が異常だ。金貨五枚どころの話じゃない。数える気にもならないほど、ぎっしり詰め込まれている。
どう見ても、学生が普通に持っていていい額じゃない。
喉が、ひくりと鳴った。
(……これ、どうやって手に入れたんだ?)
いや、今は考えるな。考えたら負けだ。
必要なのは法典だ。
金貨をいくつか掴み取ると、僕は引き出しを閉め、部屋を飛び出した。
そして──忘れずに、ちゃんと鍵もかけておいた。
◆
◇90:名無しの元引きこもり
よっしゃ、フレッドから法典もらってきたで!
91:名無しの転生者
きたか
92:名無しの弁護士
別スレ立てた。さっき言った決闘と王族関連の法律、そこに探して貼っといて。
◇93:名無しの元引きこもり
任せろ! 引きこもり時代に鍛えた爆速入力スキル、ついに活かすときが来たようやな……!
94:名無しの転生者
活かすときが特殊すぎる
95:名無しの転生者
人生、何が役に立つか分からんもんやな




