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7-4

 ベイル・ドラン・エルディスは、訓練場の中央に立っていた。


 観客のざわめきは確かにそこにあるはずなのに、耳に届く前に削ぎ落とされる。意識が拾うのは、足裏から伝わる地面の硬さと、喉の奥に貼りつく渇きだけだ。


 王子である自分が、平民──それも下級生と対峙する。その意味を、誰よりも理解している。


 勝つ。敗北など、あってはならない。


「始め!」


 スザンナの声が落ちた瞬間、ベイルは即座に詠唱へ入った。


「【石礫】!」


 最小詠唱。反応を見る初手として過不足のない石弾──だが、


「【反応防壁】《リアクティブシールド》!」


 わずかに遅れて響いたエインの声と同時に、目の前の空間が〝立ち上がる〟。


 石弾は障壁へ触れた瞬間、軽い音を残して粉砕された。破片すらも散らからない。散る〝はずの軌跡〟だけが、別方向へ薄く引き延ばされ、消える。


 ただ硬い壁で止めたのではない。攻撃そのものを、無害な方向へ逸らしている。


(……これは防御ではない。拒絶だ)


 ベイルの思考が一瞬、空白になる。


 反応式。それも防壁ではなく結界。術式は、接触と同時に対象を解釈し、捻じ曲げる。


(反応が遅れたように見せて、間に合わせている……? いいや、あれは「間に合わせる」構造そのものだ)


 頭の奥が冷える。理解が追いつくほどに、苛立ちが増す。


「では、これではどうだ、【岩刃】(ロックスラッシュ)!」


 足元から射出した鋭利な岩刃。直撃さえすれば皮膚を裂き、バランスを崩せる──はずだった。


 刃は障壁に触れた瞬間、角度を変え、砕け散った。かすり傷すら残らない。勢いだけが奪われ、意味だけが消える。


(単なる障壁ではない。局所に出力を集中させ、動的に反応している。見た目は壁、正体は結界……いや、侵入をトリガーに術式が作動する以上、むしろ攻撃魔法に近い)


 驚嘆と同時に、胃のあたりが焼ける。


「……小癪な」


(なぜだ。なぜ平民ごときが、これほど高度な魔法を……?)


 問いは答えを生まない。ただ、次の手を急かすだけだ。


【土槍陣】(アースジャベリン)!」


 地面が唸り、複数の土槍が包囲するように放たれる。同時多角。どれか一つでも通れば、そこから崩せる。


 ──通らない。


 槍は触れた瞬間に粉砕され、細かな破片すらも〝害を持つ前に〟無害化されて消える。


 手を休める暇はない。


【岩雨】(ロックシャワー)!」

 ──範囲で押す。


【地弾】(テラボール)!」

 ──面で潰す。


【杭列】(アーススパイク)!」

 ──足元から、逃げ場を奪う。


 ベイルは連打しているのではない。試している。圧をかけ、反応の癖を探り、わずかな綻びを待つ。


 だが、綻びは出ない。


 逸らされる。削がれる。角度が変わる。意味が死ぬ。攻撃が、攻撃として成立しない。


(こちらの手が削れているのに、奴は……)


 息が熱を持ちはじめた。周囲の声が遠のく。心臓の鼓動だけが、やけに大きい。


 これは焦りではない。冷静だ。冷静でなければならない。


 そう思い込むほど、呼吸が浅くなる。


「クソッ! 【連岩砲】ロックブラストラッシュ!」


 連続発射の高出力土魔法。押し切るための〝強さ〟を込めたはずの一手。


 それでも──通らない。


 魔力がじわじわと削れ、詠唱の声が掠れた。途中で術式が途切れる。腕が鉛のように落ち、足がわずかにふらつく。


 ──まだ立てる。


 だが、次が限界かもしれない。そう気づいた瞬間、喉の奥が冷たくなった。


 そして、ついに手が止まった。


(……このままでは、負ける)


 ベイルは肩で息をしながら、それでも勝ち筋を探した。


(奴は攻撃しない。防御に徹している。ならば……)


 攻撃に転じる瞬間が必ず来る。来なければ勝てない。ならば、その瞬間を撃つ。


 最後の一手を温存していた意味は、ただ一つ。


 負けを回避するためだ。


 視線の先、エインが静かに、障壁を解除する仕草を見せた。


 時間が引き延ばされた。意識が一点に収束する。世界が、そこだけを残して薄くなる。


(今だ──!)


 口元が、ほんのわずか歪んだ。勝利のためではない。敗北を拒むための歪みだ。


【石槍】(ストーンスピア)!」


 詠唱はすでに済ませてあった。反応速度を削るため、あえて魔力を伏せていた。──いや、伏せていたつもりだった。


 自覚のない熱が、そこへ混じっている。高火力と速度のすべてを込める衝動。負けたくないという執念。


 それは殺意だ。そう呼ぶしかない濃度が、刃先に宿っていた。


 だが──


【反射】(リフレクト)!」


 石槍は〝見えない壁〟に衝突し、逆方向へ折れ返った。速度も、角度も、ほとんど殺さないままに。


「なっ──」


 身をひねる。だが遅い。


 石槍が、主の意志を裏切ったように、ベイルの腹部を正確に貫いた。


 反射で返された一撃。──それが自分の魔法だと、脳が理解したのは、貫通の〝後〟だった。


「ぐ、ぁ……が、っ……ッ」


 痛みというより冷たさだった。体の中心が抜け落ちる感覚。地面が揺れているのか、自分が揺れているのか分からない。


 耳鳴りの向こうで、誰かの悲鳴が遠い。


(私が……? 平民に……負けた……?)


 膝が落ちる。世界が下がる。王子が地面に近づくという事実が、何より耐えがたい。


 それでも、倒れる前に、目だけは前を向いた。


 見たくないものから視線を逸らしたくない。そういう矜持だけが、最後まで残った。


 次の瞬間、視界が黒く滲み、音が途切れた。


 意識が闇に落ちていった。


    ◆


◇187:名無しの引きこもり

 アカンやらかした


 188:名無しの転生者

 おかえり


 189:名無しの転生者

 いつもの


 190:名無しの転生者

 こいついつもやらかしてんな


 191:名無しの転生者

 何があった?


◇192:名無しの引きこもり

 王子が死にかけてる、今は救護室の先生が必死で治療してる。


 193:名無しの転生者

 は?


 194:名無しの転生者

 何で!?


 195:名無しの転生者

 イッチ反射魔法しか使わなかったんやろ?


 196:名無しの転生者

 反射魔法……、あっまさか……


◇197:名無しの引きこもり

 そのまさかや。防御魔法解除したら案の定攻撃してきおったからそれに合わせて反射魔法使ったんや。石槍っぽいのが高速で飛んできたんやけど、それを跳ね返したら王子の土手っ腹ぶち抜いてもうたんや。


 198:名無しの転生者

 ヒェッ……


 199:名無しの転生者

 怖すぎる


 200:名無しの転生者

 もともと王子がそれだけの威力で撃ってきたってことやろ? イッチへの殺意が高すぎる。


 201:名無しの転生者

 おかげで王子自身が死にかけてるけどな


 202:名無しの転生者

 でも決闘には勝ったんやろ? やったやん!


 203:名無しの転生者

 おばちゃんも喜んでるで


 204:名無しの転生者

 これで王子の土下座が見れるな


 205:名無しの転生者

 どっちかといえば王子を瀕死にしたイッチが土下座するべきだろ


◇206:名無しの引きこもり

 >>202

 勝ちはしたけど王子のせいで決闘自体がうやむやになった感じやな。救護室の先生に治療の邪魔だから皆帰れって言われてもうたし。


 207:名無しの転生者

 土下座はまだ見れへんか……


 208:名無しの転生者

 王子が土下座したら視界共有して貼ってくれよ


◇209:名無しの引きこもり

 >>208

 ええで、王族の土下座なんてめったに見れるもんやないしな。あ、誰か来た。フレッド君かな?


 210:名無しの転生者

 また何か教えに来たんかな


◇211:名無しの引きこもり

 なんかフレッドちゃうんやけど。鎧着けたおっさんたちが何人も入ってきた。


 212:名無しの転生者

 何で?


 213:名無しの転生者

 突然のおっさんたち


◇214:名無しの引きこもり

 ペラ紙一枚持ってなんか読み上げてる。


 215:名無しの転生者

 まさか……


◇216:名無しの引きこもり

 王族殺害未遂の疑いで逮捕……ってファファファのファッ!?


 217:名無しの転生者

 草


 218:名無しの転生者

 ついに衛兵来ちゃったか


 219:名無しの転生者

 反射しただけなのにかわいそう


◇220:名無しの引きこもり

 アカンおっさんたちがワイに突撃してきた! 魔法撃って抵抗する暇もない!


 221:名無しの転生者

 アッー!


 222:名無しの転生者

 でも掲示板にレスする暇はある


 223:名無しの転生者

 脳内にあるから慣れると爆速で入力できるしな


 224:名無しの転生者

 のんきだなお前ら


◇225:名無しの引きこもり

 腹筋ボコボコにパンチ食らって変な薬嗅がされた。あっなんか意識が急にもうだめp


 226:名無しの転生者

 おやすみイッチ


 227:名無しの転生者

 坊や~よい子だねんねしな〜


 228:名無しの転生者

 よい子じゃないから逮捕されたんですけどね


 230:名無しの転生者

 はてさて、この先どうなりますことやら

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