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6-1 ラブコメのいてつくはどう

 この学校において、王族にとっての日々は政治の延長にすぎない。授業の席順も、昼食を共にする

相手も、誰と挨拶を交わすかさえ、すべてが立場と派閥を意識した選択の結果だ。


 第四王女セレナ・フォン・エルディスも、その枠組みの中にいる。少なくとも、表向きには。


 だが、彼女の立場は、政治に参加する以前の段階にあった。血筋の問題もあり、他の王族のように

派閥を率いることもなく、貴族たちに囲まれることもない。学校の中で彼女は、静かで、目立たず、

あたかも背景の一部のように扱われていた。


 そんな彼女にとって、授業が休講となったその日は、単なる空白でしかない。セレナは特にするこ

ともなく、寮の自室で本を読んでいた。古い歴史書──王族の系譜や、過去の学校における貴族の派

閥について記された退屈な一冊。政治に加わる余地すらない自分を確認するように、何度も同じ章を

読み返していたが、内容は頭に入ってこなかった。


 やがて、指先が止まる。視線は文字を追わず、膝の上に落ちたままだった。どこか落ち着かず、時

間を持て余している自分に気づき、セレナはそっと本を閉じた。


 ──お茶でも、買いに行こうか。


 制服姿のまま、彼女はそっと、護衛にも伝えずに部屋を出た。街に出るのは久しぶり。


 王都でも名の知れた茶舗の前に差しかかったとき、思いがけず騒がしい声が耳に入った。


「だから金はあるって言ってるだろ、売ってくれよ!」

「申し訳ありませんが、当店は紹介制でして……初めての方にはお売りできません」

「じゃあ俺を紹介できる奴を紹介してくれ!」

「無茶言わないでください!」

「それなら〝紹介できる奴〟を紹介できる奴を──」

「だから無理だって言ってるでしょう!!」


 言い争っていたのは、制服姿の少年と店主らしき男だった。声は荒いが、言葉の端々に妙な真剣さがある。


「……どこかで、見たような……」


 記憶を探るより早く、少年が苛立ったようにぼやく。


「お茶っ葉買うのに紹介がいるとか意味わかんねえ……危ない成分でも入ってんのか……」

「お客さん、営業妨害になるようなこと言わないでください!」

「え、いま〝お客さん〟って言った!? 買っていいの!?」

「そういう意味じゃない!!」


 そのやりとりを聞きながら、セレナは、胸につけたブローチにそっと手を添えた。無意識のうちに出る癖だと、彼女自身が気づいていた。迷いを隠すように、自然と足が前に出る。


「こちらの方は、私の知人です。紹介者として私が責任を持ちますので、お売りください」


 店主は彼女の顔を見るなり、はっと息を呑んだ。


「こ、これは第四王女殿下……。そ、そこまで仰るのでしたら……」

「ありがとうございます」


 セレナが小さく頭を下げると、少年は礼も言わず、棚の前に向かった。


「これとこれと……それから、その黒い缶のやつ。全部」

「ぜ、全部、でございますか?」

「うん、全部。支払いは現金で。袋、大きめで頼む」


 慌ただしく包みが用意される中、少年は紙袋から一包み取り出し、いきなりセレナに押しつけた。


「さっきは助かった。これはお礼の代わりだ」


 それは先ほど選んでいた中でも最上級のものだった。


「い、いえ、私は別に見返りがほしかったわけでは……」

「そういうのいいから。金だけは余ってるんだ。気にすんな」


 そう言って紙袋を抱え直し、少年は独り言のように続ける。


「……次はおやつだな。茶葉が良くても、合わせるもんが微妙じゃ意味ないし」


 その一言を最後に、少年は大袋を抱え、さっさと路地の奥へと去っていった。


 セレナはしばらく、その場に立ち尽くしていた。騒がしくて、雑で、こちらの都合を一切考えない態度。それなのに、不思議と腹は立たなかった。


 手の中には、高級な茶葉の包みがある。無造作に渡されたせいで、妙に重く感じられた。


「……おかしな人」


 そう呟き、歩き出す。足取りは、ほんの少しだけ軽い。制服のすそが風に揺れ、通りの雑踏にその姿が溶けていく。手の中の包みだけが、なぜかいつまでも手放せそうになかった。


    ◆


 試験と入学式、戦闘訓練にカツラ事件──その他もろもろの騒動(すべてエイン君が関与)を経て、僕たちの学生生活は、一応の落ち着きを見せていた。


 エイン君の目立ちぶりは相変わらずだったけれど、周囲の生徒たちも徐々に耐性がついたのか、「なんかすごいけど、なんか変なやつ」という評価に落ち着き、以前のように爆発的な注目を集めることはなくなっていた。


 しかし……


「フレッド、お茶会行こうぜ!」


 僕のささやかな平和は、そこで終わった。


 お茶会。字面だけ見れば、いかにも平和で優雅な催しに思える。けれど、この魔法学校で開かれるそれは、決してそんな生易しいものじゃない。貴族たちの派閥争いと見栄えの張り合いが渦巻く場所で、迂闊に足を踏み入れていい場ではないと、入寮直後に教師からきつく釘を刺された記憶がある。


 エイン君は入寮が遅かったせいで、その説明を受けていない。……いや、彼の場合、まともに話を聞いていなかったのだろう。だからこそ、こうして何の疑いもなくお茶会に行こうとしているのだ。


僕は、教師から聞いた忠告を思い出しながら、そのままエイン君に伝えた。


「……というわけで、僕たち平民がお茶会に顔を出すのは、結構危険なんだよ」

「え、でも貴族って平民に興味ないんだろ? だったら派閥もクソもないじゃん。参加したって何の問題もないじゃん」


 言っていること自体には、一理ある。平民がどこかのお茶会に紛れ込んだところで、派閥に加わるわけでもないし、他の勢力に睨まれる筋合いもない。


「……たしかに、そうかもしれないけどさ。それでお茶会に参加して、何するの。楽しいの?」

「いや、楽しいかどうかは知らないが──菓子が食えるらしいんだよ。うまいやつ」

「お菓子ぃ?」

「高級なお菓子って食べたことあるか? 普通の店には並ばないし、そもそも紹介制だから買えないって言われた」

「いや、それはまあ……でも、だからってお茶会……」

「王族も貴族も、どうせ見栄の張り合いだろ? ってことは、菓子に手を抜くわけがない。つまり、最高レベルのお菓子が出ることは確定的に明らか。しかも今年は王子も王女も揃ってる。だったら、みんな本気出してるに決まってるだろ」

「エイン君、まさかそのためだけに……?」

「一人で行ってもつまらないしな。フレッド、お前も来いよ」


 期待に満ちた目で、エイン君が僕を見る。行きたくない。正直、心の底からそう思う。でも、彼を一人で行かせたら、また何をやらかすか分かったものじゃない。


 ……仕方ない。


「うん。一緒に行くよ」


 そう答えたのは、彼の暴走を止めるため──というのももちろんあるけど。


(あとはまあ……ちょっとくらい、いいお菓子を味わってみたいってのも、ね)


    ◆


 お茶会は一週間に一度、交流棟で行われる。貴族たちは各々で申請した部屋を借り、そこで茶会を開くらしい。


「それでエイン君は、誰のお茶会に参加するの?」

「誰のって言われても誰がいるかも知らないぜ、俺」

「えっ、じゃあ交流棟に着いてから決めるの?」

「何言ってんだよ。何個あるかは知らんけど──片っ端から参加するに決まってるだろ」

「お茶会をハシゴする気!?」


 本来、貴族たちは派閥の象徴として特定のお茶会に出席し、他を回るような真似はしない。しかし、よく考えれば僕ら平民は、どの派閥にも属していない。理屈の上では、どこへ顔を出しても問題はない。


 ……歓迎されるとは限らないだろうが。


 嫌な予感がしたが、エイン君は気にも留めないまま歩き出した。


 不安を胸に抱いたまま、交流棟へと足を踏み入れた瞬間、僕ははっきりと理解した。ここは、僕らの居場所じゃない。


 上質な衣装に身を包んだ貴族たち。その合間を縫うように配置された豪奢な調度品。そこに、地味な制服姿の平民が二人。どう見ても異物だった。


「一番近いのは……一年の、カイル・ドラン・エルディス──第三王子の部屋か。フレッド、行くぞ」

「ちょ、ちょっと待って!?」


 だが、そんな場違いな雰囲気を意にも介さず、ついでとばかりに王族を呼び捨てて、彼は迷いもなく歩き出す。


「おじゃましまーす!」

「お、お邪魔します……」


 無遠慮に扉を開けた彼の背中を追い、僕は慌てて頭を下げながら室内に入った。視線が、一斉にこちらへ集まる。


 第三王子カイル・ドラン・エルディス。淡い金髪に、冷たく澄んだ宝石のような瞳。その目が、僕らを値踏みするように細められた。


「……お前は、首席の」

「エインだ。よろしく」


「そっちは?」

「フ、フレッドと申します……」


 カイル王子は小さく鼻で笑った。


「で、平民の首席様と、そのご友人が、わざわざ俺の部屋に何の用だ?」


 明らかに棘のある声音に、少しだけ空気が張りつめる。


「今日が何の日か、知らないのか? お茶会だろ」

「……平民のお前が、茶会に?」

「平民がお茶会に参加しちゃダメって決まりはないよな? それとも、そっちは平民に出せるような菓子もないのか?」

「ちょっとエイン君!?」


 露骨な挑発に、取り巻きたちの顔が強張る。だが──


「……いいだろう」


 カイル王子は、むしろ楽しげに口角を上げた。


「お前らはそこに座るといい。エヴァンス、もてなしてやれ」

「ですが、彼らは平──」

「俺の命令が聞こえなかったか?」


 冷たい声に、取り巻きの一人──エヴァンスと呼ばれた少年は顔をひきつらせながら頭を下げた。


 少しして彼が持ってきた茶器と菓子が机に並ぶ。


「それじゃ、いただきまーす」

「……いただきます」


 一口、口をつけようとした、その瞬間。


 バキッ。


 乾いた音とともに、カイル王子の拳がエヴァンスの頬を捉えていた。


「お前……俺の顔に泥を塗るつもりか」

「カ、カイル殿下! そんな……」

「誰が、残り茶と切れ端を出せと命じた?」


 改めて見ると、紅茶は色彩が薄く、菓子も形が崩れているように感じる。


「失せろ。二度と俺の前に現れるな」


 エヴァンスが何か言いかける前に、取り巻きたちは彼を連れ出し、部屋の外へ消えた。


 ──数分後。


 新たに運ばれてきた紅茶と菓子は、まるで別物だった。茶葉の香りも、菓子の艶も、本物の〝王族クオリティ〟だ。


「うん、うまいな」

「……美味しい」


 ご満悦なエイン君の横で、僕も静かに頷いた。


「さっきは悪かったな、気分を害しただろう」


「いいや、俺は満足だぜ。いい菓子にありつけたからな」

「ははっ、冗談が上手い」


 ──冗談じゃないんだけど。


「実のところ、アイツは追い出したくてな。上から目線だけが一丁前で使い物にならん。今日のは〝ちょうどよかった〟ってやつだ」


 そう言って笑うカイル王子は、思った以上に腹の据わった人物だった。


「それと、入学式のスピーチだがな」


 一瞬だけ、彼の目が鋭くなり、僕は緊張する。が、


「最高だったぞ、あれ。流石、首席の実力だな。平民が首席なのを面白く思わない者もいるだろうが、気にする必要はない。お前は実力で勝ち取ったんだ。それに俺は、ああいう〝予定外〟が嫌いじゃない」


 まさかこんな人物だったとは。その後も和やかに時間は過ぎ、やがて夕刻。交流棟を出て帰路につきながら、エイン君が言う。


「いや~意外と悪くなかったな、カイル」

「王子呼び捨てやめて……」

「でも、もうあそこには行かねーかな」

「えっ、なんで?」

「菓子が甘すぎたし、話ならお茶会じゃなくてもできるしな」


 それより来週はどこに行く? そう言いながら、次の〝うまい菓子〟を求めて、彼の視線はなお交流棟に残っていた。


 ──僕の胃の平和は、まだまだ遠い。

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