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3-x《修繕/Tinker》

エンチャント(伝説のアーティファクト)

 ようやく、波乱続きだった入学式が終わった。特別に何かをした覚えはない。それでも、全身から力が抜けるような疲労感だけが、確かに残っていた。


 ──あれ……?


 寮へ向かって歩いていた僕は、ふと足を緩める。視界の先、通路脇に見覚えのある後ろ姿があった。


 疲労の原因。つまり、エイン君だ。


「エイン君、どうしたの?」


 正直言って、今はあまり関わりたくなかった。できることなら、このまま見なかったことにして通り過ぎたかった。でも、ここで放っておけば、どうせまたロクでもないことになる──そんな嫌な確信が先に立ってしまい、気づけば声をかけていた。


「お、フレッドか。ちょっと見てくれよこれ」


 そう言ってエイン君は一歩だけ後ろへ下がり、視線で先を示した。


 そこにあったのは──


「歴代校長の胸像だよ。ほら、そこの通路沿いにも並んでるだろ」


 言われて初めて、僕は周囲を見回した。確かに、植え込みの陰や柱の隙間に、いくつかの胸像が無言で鎮座している。


「……気づかなかったな。で、それがどうかしたの?」


 問い返すと、エイン君はその中の一つ──レオナルド校長、つまり現校長の像の前に立ち、興味深そうに身を屈めた。


「これな、魔石製なんだけど、自己修復の魔法回路が仕込まれてるんだ。土台の下に魔法陣があって──ほら、こんな感じで組まれてる」


「へえ……そんな機能が……。じゃあ、壊れても勝手に直るってこと? ちょっと見てみたい気もするな……」


「お、乗ってきたな。じゃあ実際にやるか──ていっ!」


 言うが早いか、いつの間にか手にしていた小石で、彼は像の表面を軽く引っ掻いた。


 カリッ、と乾いた音。頬に細い傷が走った──と思った次の瞬間、淡い光が滲むように溢れ出し、その傷は見る間に消えていった。


「うわっ……」


「すごいだろ? 俺もちょっと感心してたんだよ。よくできてるよな、こういう仕組み」


 彼の表情は、いつになく無邪気で──どこか誇らしげですらあった。普段の言動はともかく、魔法そのものに向き合っているときだけは、本当に真剣なのだと、思わず感心してしまう。


「でもさ……これ、似てないよな?」


「似てない?」


 促されて、改めて像を眺める。たしかに、言われてみれば違和感があった。


「うーん……ちょっと、若すぎるかな?」


 レオナルド校長を模したその像は、妙に若々しかった。肌の張りがよく、年齢を感じさせる刻みはほとんど見当たらない。


 おそらく、この像は制作された当時の校長の姿をそのまま写し取っているのだろう。だからだ。今、僕たちが知っている校長と比べると、顔つきが全体的に引き締まり、どこかすっきりして見えた。


「だからさ、せっかくだし直してやろうと思ってな。【魔路切断】!」


「ちょ、いきなり何してるの!?」


 制止する間もなく、エイン君は像の土台へ手を伸ばしていた。


「言ったろ? 修復回路があるって。そのまま直そうとしても元に戻っちゃうから、まずその回路を一回切るんだよ。この【魔路切断】、もともとはカツラ外すために開発したんだけど──意外と便利なんだよな」


「そんなことのために開発したの!?」


 思わず声を上げたが、エイン君はそれに構う様子もなく、次の工程へと進んでいく。


【塑形変質】(モルフォスアレンジ)!」


 詠唱と同時に、像全体が淡い光に包まれた。石の輪郭が、生き物のようにゆっくりとうねり、顔立ちがぐにゃりと歪んでいく。


「うわっ……ちょ、ちょっと気色悪いんだけど……」


 反射的に一歩引いてしまった。像の顔がうねる様子は、流石に生理的に怖い。それでも彼は気にも留めず、手を止めることなく黙々と作業を続けている。


 僕はそれ以上近づく気にもなれず、少し距離を取ったまま、その背中を眺めていた。


 像の輪郭が何度も歪み、少しずつ形を整えていくあいだに、気づけば日は傾き、通路にはうっすらと影が差し込んでいた。


「ちょっと暗くなってきたな……フレッド、【照光】使ってくれないか?」


「えっ、あ、うん……【照光】!」


 彼の真剣な表情に気圧され、僕は言われるがままに魔法を使ってしまう。校長の像を勝手にいじくるなんて、どう考えてもやってはいけないことだ。


 ……でも、これで僕も共犯だ。


「あ、やっぱり明るいとやりやすいな。ありがと」


 そう言いながら、エイン君は像の加工を続ける。少しして、ふと手を止め、何か思い出したようにこちらを振り返った。


「そういえばさ、お前の【照光】、やっぱすげー安定してるな。試験のときも思ったけど、サイズも出力もほぼ変わってない。普通、そんなに一定にはならないもんなんだぜ。すごいよ、フレッド」


「そ、そうかな?」


 突然の言葉に、思わず声が裏返る。


「だって、お前さ……魔法使い始めたの、ほんの数週間前だろ? それでこれは、普通にすごいって。なんというか……、基礎がちゃんと身についてるんだよな」


 僕はどこか気恥ずかしくて、でも嬉しくて、口の中がくすぐったくなった。


 ──試験のときに感じていた不安が、考えすぎだったのかもしれないと思えて、胸の奥が軽くなるのを感じた。


「よし、だいたいできたかな。フレッド、どう思う?」


「えっ、あ、うん……彫り、もう少し深かった気がする……かも」


 自信はなかったが、正直に思ったことを口にする。


「だよな。じゃあ、こうして──……よし、今度こそ完成!」


 彼は満足げに頷き、一歩引いて像全体を眺めた。


「……すごい! そっくりだよ! 完璧だ!」


「──いや、まだ大事なとこが残ってる」


「えっ……?」


 褒め言葉を遮るように、エイン君は人差し指を立てた。


「仕上げだ! 【構文再編】!」


 三度目の魔法が放たれ、像がふわりと淡く発光する。だが、光はすぐに収まり、像は何事もなかったかのように静止した。見た目には、特に変化はない。


「えーっと……何が変わったの?」


 恐る恐る尋ねると、エイン君は一歩近づき、僕の耳元に顔を寄せてきた。


「魔法陣の機能をちょっと増やしてさ……決まった時間になると、頭のてっぺんが──」


「え、それ絶対バレるって! ……っていうか、なんでそんなこと……!」


「いや、だって……なるべくリアルに再現したいじゃん?」


 悪びれもせずそう言い切る。


 ──そのとき。


「エイン君、フレッド君。……なにをしているのかね?」


 背後から、低く落ち着いた声が響いた。


「「うわぁあっ!!」」


 反射的に二人同時に振り返る。


そこに立っていたのは、レオナルド校長だった。


「あ、あの、校長! その……像がちょっと古くてですね、修正を……」


 エイン君は引きつった笑顔を貼りつけたまま、じり、と一歩下がる。額に滲んだ汗が、こめかみを伝って落ちた。


「ふむ。これは──ほぉ」


 校長は像に視線を移し、顎に手を当てる。


「ずいぶんと精巧にできているではないか」


「ほんとですか!? 嬉しいなあ!」


 エイン君は途端に表情を明るくし、あからさまにテンションを上げて、小さくガッツポーズまで作ってみせた。


「いやはや、見違えたな……以前よりも、さらに貫禄が出ておる。うむ、実に良い出来だ」


 ──まさか、本当に満足している?


 そう思った瞬間だった。エイン君は校長から視線を外し、僕の方へわずかに顔を寄せて、そっと声を落とした。


「──そろそろ発動時間だ。逃げるぞ」


「えっ、今!?」


 その瞬間、校長の目がすっと細められた。


「……だがこの像、自己修復機構が仕込まれておったはず……いったい、どうやって……?」


「やばっ」


「あ、あの、校長! そろそろ夕食なので、僕たちこれで!」


「おお、そうか。若いうちは、きちんと食べておくものだ。ではな」


 僕たちは礼をしてから、踵を返して一気に走り出す。


 寮の前まで駆けつけ、ようやく息をついたところで──


 二人そろって、そっと後ろを振り返った。


 ──像のあった中庭からは、ひときわ強い光が、まるで柱のように天へと伸びていた。


 その直後。


 石畳を震わせるような大声が、あたりに響き渡る。


 ……だがそれは、声とも悲鳴ともつかない、異様な響きだった。

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