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邂逅

 今まで奉公先の侍女頭が育ててくれたようなものだ。優しくはなかった。ただ仕事を教えてくれた。ユイが将来、有能な侍女になれるようにと、何度も言われた。


 屋敷の人たちの顔が思い浮かぶが、誰一人として探しに来てくれる気がしなかった。

「だれか、たすけて」

 

 涙のあふれるままに叫ぶが、雪に音が吸い込まれる錯覚におちいる。

 ふたたび鉄の罠に挑戦しつつ、ぼんやりと心を空にする。

 

 もうダメなんだな、このままここから逃げられないんだ。寒くて、疲れちゃったし、もうどうしようもできない。

 

 心の中で絶望が押し寄せてくるのをとめられずに、ユイはそれでも力の限り罠を外そうともがいた。指の皮膚が冷えた金属にはりつき血が出てきても、冷たくて何も感じなかった。怖くて、ただひたすら悲しかった。

 罠を外そうとしてもできずに、ユイは座り込んだ。

 

 しんとした冷たい空気に、何かを感じて顔を上げた。

 本当にそれは突然の気配だった。

 木々の間にじっと目をこらすが、雪の積もる枝だけが見える。物音などはなかった。


 次の瞬間、何の前触れもなく、少し離れた場所に灯りが無数に漂って見えた。ふわりふわりと淡い光が舞っている。


 灯りの中に、ゆっくりと歩いてくる人が見えた。淡い金色の長い髪が、まるで月明かりのようにほんのり光っていた。白い長衣に色の濃い羽織を着た男の人だった。

 

 ユイは夢でも見ているかのように、じっと男の人を見つめてしまった。ものすごくきれいだ。女の人とは違うけれど、キレイとしか言いようがない。


 淡い金髪の男はユイを見つけると、苦も無くそばに来た。男の人の蒼い瞳がものすごく冷たくて、ユイは一瞬だけ足の痛みを忘れた。その人は、簡単に鉄の罠を外してくれた。

 

 次に自分の長衣の裾を手に取ると、布を噛んで破った。罠で傷ついた足を取ると、手から光を出して、さらりと手当てをしてくれた。同時に指先のケガも治って、皮膚がきれいに元に戻った。

 

 ケガを魔法で治したの? 魔法を使えるなら、この人は魔導師だ。

 

 ユイは涙と寒さでこわばった口で、感謝を伝えようと笑顔を浮かべて見上げた。けれど、足に布を巻きつけている魔導師の姿を見て、不思議に思った。

 おかしいな……。


 お礼を言いたいのに、不思議な気持ちがふくれあがってくる。なんだか魔導師が、雪に消えそうな感じに思えた。


 ユイもそんな感じになるときがある。そう、とっても……

「おなかが空いてるの?」


 ユイはつい言っていた。寒くて、一人きりで、お腹が空きすぎて、どうしようもなく悲しい気持ちになるときに、雪に消えそうな気がする。そんな感じに似ている気がした。


 足から罠を外してくれて、しかも手当てをしてくれてるが、綺麗な魔導師はなんだかすごく寒そうな感じだから。


 手当てを終えてから応えるように、魔導師は小さくつぶやいた。

「焼き菓子を……」


 ちいさな声は、ユイにしか聞き取れなかったに違いない。


「焼き菓子、ユイも好き」

 なんだかうれしくなって小さく笑ってしまった。同じだなぁと、ゆっくり見上げると、首に銀細工のペンダントをしているのが見えた。


「きれい」

 なぜそんな行動をとったのかユイは後になっても分からなかった。


 ユイの足の治療を終えて、立ち上がろうとしている魔導師の首にあるペンダントの銀細工に触った。指でほんの少しだけ。

「きれいだなぁ」


 触れた手に気付くと、魔導師はペンダントを首から外して、何気ないしぐさでユイの首にかけた。


「もらっていいの? 大切でしょ?」


 ユイは首に掛けられたペンダントをにぎった。ぬくもりが伝わってくる。今の今まで魔導師が身につけていたペンダントには、彼の体温が残っていた。


 温かい。


 魔導師は何も言わなかった。手当てを終えると、立ち上がって背を向けた。


 ユイは魔導師に話しかけても反応しないことが分かって、手足の冷たさにぬくもりを取り戻そうとさすりながらその場所を離れた。魔導師もこちらを一瞬も振り返らずにどこかへ向かった。


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