裁縫
魔導師の長衣に、ほつれがあった。
一か所ではない。何か所かある。
ユイは裁縫は上手ではない。けれど、洗濯をしたときに見つけたほつれは、なんだかユイの心を射止めてしまった。
「よしっ!」
小さくこぶしを握りしめて、まだ濡れている服を睨みつける。重みを増した衣を川から引き上げると、駕籠に入れてしまう。
まだ日は高い。今からなら、魔導師様が帰宅される頃には、終わっているだろう。
「きっと……、大丈夫」
結った黒髪をもう一度結び直して、きりりと前を見つめると、ユイは駕籠を持って邸へと走り出した。
雪はまだ降っていない、晩秋の、彩の鮮やかな庭には、枯葉が積もっている。ユイは枯葉が音を出すのが好きで、よくダンスの練習をするのだが、今日はそれどころではない。
「魔導師様の服がぼろぼろ……」
涙が出てきそうだった。
長い白金髪に、蒼い瞳を持つ、冷たいほどの印象の、とても優しい魔導師は、いつも上等の服を着ているのに。
「直せるかなぁ」
一生懸命やれば、なんとかなるかもしれない。
ユイは重い駕籠を体の横につけるように、走った。
邸に戻って、まずやったのが水を絞ること。裁縫には水分はいらない。乾くかなと、熱した石をざらざらと置いて、なんとか水分を飛ばす。全部を水に浸ける前で心底よかった。
しばらく乾かすと、なんとか縫えそうになってきた。
「がんばる」
もしかしたら、メイドさんとかに頼んだら、すぐに直るのかもしれないけど。
大好きな人の、大切な服だから。
ユイは書斎のソファに戻ると、しまってあった裁縫道具を取りだして、糸を針に通した。ここまでは順調!
難しい顔をしながら、針を布に通しては、指に刺し、悲しくなりながらも、また針を布に通した。
自然と緊張してしまう肩から、息をついて力を抜く。
ほつれはまだまだある。先は長い。針を布に刺して、糸が通って行く。……途中で、綺麗に仕上がっているかをチェックする。
「うーん……」
あれだけ頑張ったにしては、上手くない。ほつれは確かになくなっているけれど、いびつに歪んだ布が悲しい。
「あ、ありがとう」
メイドがお茶を持って来てくれた。
普段ならばしない心遣いを見せるメイドに、ユイは感謝の気持ちを送る。手を休めてお茶を飲めば、ごわごわした気持ちがすっと溶けて暖かくほぐれていくかのようだ。
すでにとっぷりと日は暮れている。たった20センチのほつれに、どれほどかかっているのだろう。
お腹も空いたし、張りつめていた気持ちも、ほつれのなくなりと共に、すっかりゆるんでしまった。
「これで、大丈夫かなぁ」
ほつれはない。穴みたいになっていた箇所も、見えなくなっている。
「うん……」
ほっとしたら眠気が襲ってきた。
長衣を抱いたままソファに横になってしまう。
「まだ……」
なにも片付けていない。
懸命に起きようとするが、どうしても目が開かずに、とうとう意識を手放してしまった。
深夜に帰宅したクラウスは、自分の魔導師用長衣を持ったまま寝てしまっているユイを見て、ほんのりと口唇に笑みを乗せた。
ユイが何をしていたのかは、テーブルを見れば一目瞭然。
繕いものをしていたに違いない。
「そうか……」
視察に行った帰りに、岩場に衣をひっかけてしまっていた。きっと破れていたのだろう。ユイの使っている毛布をかけてやると、クラウスは指先に力を宿してユイの額に触れた。
なぜか眉間にしわが寄っていたのだ。
眉間のしわがなくなると、クラウスはいつものように自分の机に向かった。




